第23話 初めての暴力
ギルドを出た俺は、宿へと続く道を歩いていた。
ひとまず、必要な金は手に入った。
あとは魔道具屋と冒険者ギルド、その両方にエレメンタルグラスを持ち込んだという噂が広まる前に、馬車に乗り込んでしまえばいい。
できることなら、今日中にこの国を出てしまいたかったが、馬車での移動となれば、それは難しいだろう。
この世界で最も速い一般的な移動手段が馬車というのは、いかにもファンタジーらしい話だが、現代日本で暮らしていた俺としては、どうしてもじれったさを感じてしまう。
車なら数時間で移動できるような距離でも、馬車では何日もかかることがあるのだから。
とはいえ、ないものに文句を言っても仕方がない。
《変化》を使えば車も作れるかもしれないが、さすがにそんなものを突然走らせれば大騒ぎになるだろう。
そもそも、そこまで精密な機械を正確に再現できるかも怪しい。
今は大人しく、この世界の交通手段に頼るしかない。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に前方を1人の男が塞いだ。
革製の防具を身につけ、腰には剣を提げている。
見覚えのない男……と言いたいところだが、正確にはそうでもない。
名前こそ知らないものの、昼間からギルドで酒を飲んでいる冒険者の1人だった。
確か、いつも数人の仲間とつるんでいたはずだ。
そう思った直後、横からもう1人、さらに背後からも別の男が近づいてきた。
気づけば、合計3人の冒険者が俺を囲むように立っていた。
「おい、ちょっと顔貸しな」
正面の男が、顎をしゃくりながら声を掛けてきた。
「……行くところがあるんですが」
「知るかよ。俺らの用事の方が先だ」
「へへっ、そういうことだ」
残りの2人も、下卑た笑みを浮かべながらこちらを見ている。
どうやら、あまり歓迎できる用事ではなさそうだ。
周囲を歩いていた人々も、俺たちの様子に気づいたらしく、何事かと視線を向けていた。
しかし、誰も立ち止まろうとはしない。
面倒事に巻き込まれたくないのか、足早に通り過ぎていくだけだった。
まあ、気持ちはわからなくもない。
武器を持った冒険者が3人も集まって、明らかに穏やかではない雰囲気を漂わせているのだ。
わざわざ首を突っ込もうとする人間など、そうそういないだろう。
俺は小さく息を吐くと、男たちの指示に従うことにした。
ここで騒ぎを起こすよりは、人目のない場所で用件を聞いた方が都合がいい。
何より、今の俺には余計な注目を集めている暇などないのだ。
男たちに促されるまま、大通りから外れた路地へと足を踏み入れる。
建物の間を縫うように進み、いくつかの角を曲がったところで、背後から声が掛かった。
「止まれ」
言われた通りに足を止め、ゆっくりと振り返る。
男たちは相変わらず、嫌らしい笑みを浮かべていた。
どうやら今日も朝から酒を飲んでいたらしく、顔は赤みを帯び、少し離れていても酒の臭いが漂ってくる。
よくそんな状態で冒険者を続けられるものだと、妙なところに感心してしまった。
「まあ、わかってるかもしれねえが、さっき受け取ってた金を置いていきな。素直に従えば、痛い目に遭わずに済むぜ」
正面の男が、おれの懐へ視線を向けながら言った。
「ルーキーがたまたま手に入れた金なんだ。別に惜しくもねえだろ?」
「そうそう。ギルドポイントが貯まっただけでもありがたいと思うんだな」
残りの2人も、好き勝手なことを言い始める。
なるほど。
どうやら、ギルドでエレメンタルグラスを納品したところを見られていたようだ。
銀貨50枚という大金を手に入れた新人冒険者。
しかも、普段は薬草採集ばかりしている相手となれば、格好の獲物に見えたのだろう。
それにしてもテンプレとはいえ、随分と勝手な言い分だ。
「……なんで、俺があなたたちに金を渡さないといけないんですか?」
できる限り抑揚をつけずに尋ねると、男は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「あぁん? そりゃ、お前が持ってるより俺たちの方が有効活用できるからだよ」
男はニヤニヤと笑いながら、腰に提げた剣の柄を軽く叩いた。
「新人だから知らねえかもしれねえが、冒険者の間じゃよくある話さ。結局、強いやつには逆らわねえ方が身のためなんだぜ?」
「俺たちはCランク。薬草しか採ってこられねえお前じゃ、どうすることもできねえってくらい、わかるよなぁ?」
Cランク。
確かに、冒険者としてはそれなりの実力があるのだろう。
少なくとも、さっきまでFランクだった俺よりは、ずっと経験は豊富なんだろう。
だからといって、他人から金を奪っていい理由にはならないと思うんだが。
「……ギルドが黙っていないんじゃないですか?」
おれがそう尋ねると、男たちは顔を見合わせ、揃って笑い始めた。
「あひゃひゃ! 何言ってんだ、お前!」
「証拠がねえ限り、ギルドはいちいち動いたりしねえよ。ここで何があったかなんて、俺たち以外に知りようがねえんだからな」
「そういうこった。あとで泣きついたところで無駄なんだよ!」
なるほど。
よほどはっきりした証拠がなければ、ギルドも簡単には動かないということか。
それなら、少し安心した。
少なくとも、この男たちが言っていることが本当なら、ここで多少の騒ぎを起こしても、すぐに問題になる可能性は低そうだ。
「ほら! さっさと金を出せよ!」
とうとう痺れを切らしたのか、3人のうちの1人が声を荒らげた。
さっきから同じようなことばかり繰り返しているが、どうやらこれ以上話し合うつもりはないらしい。
それなら、こちらも遠慮する必要はないだろう。
「……俺も急いでるんだ。悪いけど、これ以上お前たちの聞くに堪えない言い分を聞いている時間はない」
「ッ! てめぇ!」
突然変わったおれの態度が気に入らなかったのか、先ほど声を荒らげた男が顔を真っ赤にして踏み込んできた。
腰には剣を提げているものの、それを抜く様子はない。
殺すつもりまではないのか、それとも酒が回りすぎて剣の存在すら忘れているのか。
どちらにせよ、俺には関係のないことだった。
男が大きく振りかぶった拳を、俺の顔面めがけて突き出してくる。
そして、その拳は確かにおれの顔を捉えた。
……ように見えたはずだ。
しかし、次の瞬間。
男の拳は何の抵抗もなく俺の顔をすり抜け、そのまま身体の中へと入り込んだ。
「……あ?」
当然、拳が何かに当たると思っていた男は、勢いを殺すことができない。
そのまま俺の身体を通り抜けると、前のめりに体勢を崩し、無様に路地の地面へと転がった。
「なっ……何!?」
その光景をニヤつきながら見守っていた残りの2人が、驚愕に目を見開く。
だが、彼らが状況を理解するよりも早く、俺は動いていた。
ドスッ!
鈍い音が響き、右側に立っていた男が短いうめき声を漏らした。
「ぐっ……!」
男は腹を押さえ、その場に膝から崩れ落ちる。
「……は?」
残された男が、間の抜けた声を上げた。
目の前で仲間が突然倒れたというのに、何が起こったのか理解できていないらしい。
まあ、それも当然だろう。
何せ、男の目には、おれが最初から同じ場所に立ち続けているようにしか見えていないのだから。
そんな男の腹へ、今度は少し強めに拳を叩き込む。
ドスッ!
「ごはっ!?」
男の身体がくの字に折れ曲がり、そのまま後方へと吹き飛んだ。
背中から路地の壁に激突すると、ずるずると地面へ崩れ落ちる。
……おっと。
少し力を入れすぎただろうか。
一応、手加減はしたつもりだったのだが。
それにしても、やっぱり凄いな。
ただの《身体強化》でこれか。
俺は自分の拳を見下ろしながら、改めてレベル59という数字の恐ろしさを実感していた。
この2週間、俺が試していたのは《変化》だけではない。
《身体強化》や《治癒》、それに《光魔法》といった、ディーンが元々持っていたスキルについても、時間を見つけては色々と実験していたのだ。
その中でも、特に応用の幅が広かったのが《光魔法》だった。
勇者が持つ特別な魔法というだけあって、単純に光を生み出すだけのものではなかった。
光を操り、曲げ、集める。
その使い方次第では、相手の目を欺くことさえできてしまうのだ。
例えば、今も路地の中央に立ち続けている、もう1人の”おれ”。
あれは《光魔法》によって生み出した幻影だった。
そして、本物の俺はというと、光を操ることで、自分の身体を周囲から見えなくしていた。
いわゆる光学迷彩のようなものだ。
もちろん、身体そのものが消えているわけではない。
ただ、俺の姿が相手の目に映らないよう、光の進み方を調整しているだけである。
最初に路地の角を曲がったとき、すでに幻影と入れ替わっていたのだ。
男たちは俺を連れてきたつもりだったのだろうが、実際には最初から幻影に話しかけていたというわけだ。
もっとも、こんな芸当ができるようになるまでには、それなりに苦労した。
何度も失敗を繰り返し、ようやく安定して使えるようになったのである。
……まあ、その辺りの話は今はいいだろう。
とりあえず、目の前の問題を片づける方が先だ。
最初に殴りかかってきた男が、ようやく地面から起き上がろうとしていた。
仲間の2人が倒れていることには気づいているらしいが、何が起こったのかまでは理解できていないようだ。
男は周囲を忙しなく見回し、やがて路地の中央に立つ幻影へと視線を戻した。
その顔からは、先ほどまで浮かんでいた嫌らしい笑みが完全に消えている。
代わりに滲んでいるのは、明らかな恐怖だった。
どうやら、俺が何かをしたということだけは理解しているらしい。
膝が小刻みに震え、腰の剣に伸ばしかけた手も途中で止まっていた。
俺は足音を立てないように男へ近づくと、そのまま幻影の身体を通り抜けた。
当然、男には俺の姿など見えていない。
ただ、目の前に立っているはずの相手が、何の動作もしていないのに仲間を倒した。
そんな不可解な状況に、完全に怯えているようだった。
「……なんだ……何なんだよ!? お前!」
男が裏返った声で叫ぶ。
俺はその背後へ回り込むと、ゆっくりと顔を近づけた。
そして、男の耳元で小さく囁いた。
「……そんなこと、お前は知らなくていいんだよ」
「ひっ!?」
突然、すぐ耳元から聞こえた声に、男の肩が跳ね上がる。
振り返ろうとしたその瞬間、俺は拳を振り抜いた。
鈍い衝撃とともに男の身体が浮き上がり、そのまま地面へと崩れ落ちる。
これで3人。
俺は倒れた男たちを見下ろしながら、小さく息を吐いた。
……まったく。
せっかく平穏な生活を送ろうとしているのに、どうしてこんなことに巻き込まれないといけないのか。
この世界、いや元の世界にたときから合わせても、生まれて初めての戦闘はあっけなく終了した。




