第18話 素材集め
「……何か言った?」
「えっ?」
不意に声をかけられ、俺は顔を上げた。
カウンターの向こうでは、魔女のような格好をした女性が、訝しげな表情でこちらを見つめていた。
どうやら、先ほどの呟きが聞こえてしまったらしい。
「い、いいえ! 何も!」
「……そう?」
女性は少し首を傾げたものの、それ以上追及してくることはなかった。
……危ない危ない。
いくら小声だったとはいえ、目の前に人がいるのにスキル名を口にするのは不用心だったな。
俺は何事もなかったように左手をポケットから出すと、両手でエレメンタルグラスを支え直した。
そして、葉を傷つけないよう慎重に、元あったトレーの上へと戻す。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「ふふっ、どういたしまして」
女性は微笑みながら、トレーを自分の方へ引き寄せた。
「薬草の知識は、冒険者にとって大切なものだからね。覚えておいて損はないわよ」
「はい。勉強になりました」
実際、かなり有意義な時間だった。
珍しい薬草をいくつも見ることができたし、エレメンタルグラスがどれほど高価なものなのかもわかった。
これだけでも、わざわざ店まで来た甲斐があったというものだ。
俺が改めて礼を言って立ち去ろうとすると、女性が「あ、そうだ」と声を上げた。
「ひとつお願いしてもいいかしら?」
「はい。何でしょう?」
「もし万が一、エレメンタルグラスを見つけたら、ここに持ってきてくれない?」
「……ここに、ですか?」
「ええ」
女性はにこりと微笑んだ。
「もちろん、ちゃんと買い取らせてもらうわよ」
「ギルドじゃなくてですか?」
俺が尋ねると、女性は頷いた。
「そう。私たちみたいな店は、必要な素材をギルド経由で仕入れることが多いのよ」
「そうなんですね」
「でも、ギルドだって商売だからね。冒険者から買い取った金額そのままで、私たちに売ってくれるわけじゃないの」
女性は肩をすくめた。
「当然、私たちは買取金額よりも高いお金を払って仕入れることになるわ。だから、冒険者から直接買えれば、その分だけ仕入れの費用を抑えられるのよ」
「なるほど……」
「もちろん、こちらだけが得をするつもりはないわ。直接持ってきてくれたら、ギルドより少し高く買い取ってあげる」
「……それは魅力的なお誘いですね」
思わず本音が漏れた。
確かに、双方にとって悪くない話だ。
店側は仕入れ値を抑えられるし、冒険者はギルドへ納品するよりも高い報酬を受け取れる。
デメリットとしては、おそらくギルドのポイントが付かないことくらいだろう。
レアな薬草はその分ポイントも高いだろうし、薬草採取に関してはどのランクの物でも受注可能だと確か説明された記憶もある。
だが、俺の場合は事情が違う。
そもそも、冒険者として名を上げたいわけではないのだ。
俺が欲しいのは、当面の生活費と、王都を離れて暮らすための資金。
ある程度まとまった金を稼いで、できるだけ早くこの街から遠くへ行きたい。
そう考えている俺にとって、ギルドよりも高く買い取ってもらえるというのは、願ってもない提案だった。
「わかりました。もし珍しい薬草を手に入れたら、すぐに持ってきますね」
「ええ、ぜひそうしてちょうだい」
女性は満足そうに頷いた。
「そうしてもらえたら、今日あなたにいろいろ教えた時間も、無駄じゃなかったって思えるから」
「ははっ。なるほど、そういうことですか」
「ふふっ、商売人だもの。少しくらい期待したっていいでしょう?」
「もちろんです」
俺は笑いながら頷いた。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
「ええ。またいらっしゃい」
女性に見送られ、俺は魔道具屋をあとにした。
◇ ◇ ◇
店を出た俺は、そのまま大通りを歩き始めた。
まだ日が暮れるには時間がある。
せっかく街へ出ているのだから、ほかにも必要なものを揃えておこう。
そう考えて、次に向かうことにしたのは布屋だった。
「……着替えくらいは欲しいよな」
俺は自分の服装へ目を落とした。
今着ているのは、元々ディーンが身につけていた服と装備だ。
防具の見た目こそ《変化》で変えてあるものの、着替えの類はひとつも持っていない。
昨日は宿に到着してすぐ眠ってしまったが、このままだと、これからもずっと同じ服で過ごすことになる。
”元”になってしまったとはいえ日本人としては、せめて寝間着や下着くらいは、替えを用意しておきたい。
「……まあ、普通に買ってもいいんだけど」
この世界の服を購入するのも、ひとつの方法ではある。
だが、俺には《変化》という便利なスキルがある。
わざわざ完成品を買わなくても、材料さえあれば服を作れるのではないだろうか。
金はいくらあっても困らない。
特に、これから王都を離れて生活するつもりなら、無駄な出費はできるだけ抑えておきたいところだ。
「……よし。とりあえず布を買ってみるか」
俺は通りを歩きながら、布を扱っていそうな店を探し始めた。
大通りには食料品店や雑貨屋、武器屋など、さまざまな店が軒を連ねている。
道行く人々を眺めながら歩いていると、やがて店先に色とりどりの布が吊るされた建物が目に入った。
「……ここかな?」
俺は入口から中を覗き込んだ。
店内には木製の棚がいくつも並び、畳まれた布や糸の束が所狭しと置かれている。
壁際には出来上がった服も吊るされていた。
ほかにも、木製のボタンや紐、裁縫道具らしきものまで売られているようだ。
「……おお、結構いろいろあるな」
俺が店内を見回していると、奥から声を掛けられた。
「いらっしゃい! 何かお探しかい?」
振り返ると、恰幅のよい中年の女性がこちらへ歩いてくるところだった。
丸い顔に人懐っこい笑みを浮かべた、いかにも気さくそうなおばちゃんだ。
「布を探しているんですけど、安いやつでいいんです」
「安い布ねえ……」
女性は少し考えるように顎へ手を当てると、近くの棚から布の束をひとつ取り出した。
「それなら、こんなのはどうだい?」
そう言って広げてみせたのは、少しくすんだベージュの布だった。
「染めてない綿の布なんだけどね。値段の割には意外と生地もしっかりしてるんだよ」
女性は布の端をつまみ、軽く引っ張ってみせた。
「ほら、悪くないだろう?」
「……なるほど」
俺も布に触れてみる。
確かに、薄すぎるということはなさそうだ。
手触りもそこまで悪くない。
……まあ、正直なところ、いい生地なのかどうかはよくわからないけど。
元々、服にはそれほど興味がなかった。
日本にいた頃も、着心地がよくて値段が手頃なら、それで十分だと思っていたくらいだ。
それに、今回はあくまで《変化》の材料として使うつもりでいる。
見た目や形はあとからどうにかできるはずなので、そこまで高級な布を買う必要もないだろう。
「ちなみに、お値段は?」
女性から金額を聞き、俺は軽く頷いた。
思っていたよりも手頃な値段だった。
「じゃあ、これを5メートルお願いします」
「はいよ!」
女性は威勢よく返事をすると、手際よく布を広げて長さを測り始めた。
そして、慣れた手つきで必要な分を切り取り、丁寧に畳んでいく。
「はい、お待たせ!」
差し出されたのは、布を詰めた麻袋だった。
「ありがとうございます」
俺は袋を受け取り、大銅貨2枚を支払った。
「毎度あり! また必要になったらおいで!」
「はい。また来ます」
俺は女性に礼を言い、店をあとにした。
これで、服を作るための材料は手に入った。
あとは宿へ戻って試してみるだけだ。
「……いや、せっかくだし、もうひとつ寄っていくか」
俺はそこで、以前《変化》を使ったときのことを思い出した。
金属製の防具を手鏡に変えたときも、聖剣の見た目を変えたときも、元になる金属があった。
それなら、今後何か金属製の道具が必要になったときのために、材料を用意しておいてもいいだろう。
そう考えた俺は、通りの人に場所を尋ねながら、近くの鍛冶屋へと向かった。
店の中からは、金属を打つ甲高い音が響いていた。
炉の熱気が漂う中、俺は店主らしき男に声をかける。
「すみません。鉄くずって、売ってもらえたりしますか?」
男は少し不思議そうな顔をしたものの、事情を深く尋ねることもなく、使い道のない端材をいくつか見せてくれた。
俺はその中から適当な鉄くずを選び、安く譲ってもらうことにした。
「……よし、これでいいかな」
布に鉄くず。
ひとまず、試してみたいことに必要な材料は揃った。
俺は荷物を抱え直すと、今度こそ宿へ向かって歩き始めた。
さて、部屋に戻ったら、さっそく《変化》を試してみるとしよう。




