第17話 レアな薬草を求めて
冒険者ギルドをあとにした俺は、宿へ戻ることなく街の大通りを歩いていた。
向かっているのは、ポーションや魔道具を扱っているという店だ。
べつに、ポーションや道具が欲しいわけではない。
そもそも、今の俺に回復用のポーションが必要なのかどうかも怪しい。
レベル59の勇者の身体には《治癒》のスキルがあるし、HPだって8000以上あるのだ。
なるべく危険な戦闘は避けるつもりでいるので、よほどのことがない限りは大丈夫だろう。
今回の目的は、ポーションそのものではなく、その材料となる薬草だった。
実は、ギルドから出る前にほかのランクの掲示板も少し覗いてみた。
すると、Eランク以上の依頼にも薬草採取の仕事があることに気づいたのだ。
しかも、その報酬がなかなか凄かった。
俺が3時間かけてようやく見つけた回復草とは比べものにならないほど高価なものが、いくつも並んでいたのである。
中には、下手をすれば100倍以上の値段がつくものまであった。
「……同じ薬草なのに、随分と違うもんだな」
俺は思わず呟いた。
だが、俺にとって重要なのは値段だけではない。
《変化》を使えば、普通の雑草を回復草に変えることができた。
それなら、もっと高価な薬草だって作れるのではないだろうか。
それが可能なら、回復草よりも効率よく稼ぐことが可能になる。
問題は、変化させたい薬草がどんな姿をしているのかわからないことだった。
回復草のときも、本物を見本にしたからこそ、あれほど簡単に再現できたんだと思う。
「……だったら、実物を見に行くしかないよな」
そう考えて思いついたのが、ポーションなどを販売している魔道具屋だった。
ポーションを作るための薬草なら、材料として置いている可能性もある。
うまくいけば、珍しい薬草をいくつか見せてもらえるかもしれない。
そんな期待を胸に歩いていると、目的の店が見えてきた。
通りに面した木造の建物で、入口の上には杖と小瓶を組み合わせたような看板が掲げられている。
「……ここか」
俺は扉を開け、店内へと足を踏み入れた。
中に入ると、漢方のような独特の香りが鼻をくすぐった。
壁際にはいくつもの棚が並び、色とりどりの液体が入った小瓶や、大小さまざまな杖が所狭しと置かれている。
ほかにも、何に使うのか見当もつかない金属製の道具や、淡い光を放つ石のようなものまで並んでいた。
「……おお、すごいな」
思わず声が漏れる。
いかにも異世界の魔道具屋といった雰囲気だ。
俺は興味を引かれるままに店内を見回した。
すると、奥のカウンターに座っていた女性と目が合った。
「いらっしゃい。何か探し物?」
女性は頬杖をつきながら、のんびりとした口調で声をかけてきた。
年齢はよくわからないが、落ち着いた雰囲気のある女性だった。
つばの広い黒い三角帽子をかぶり、濃い紫色のローブを身にまとっている。
その姿は、まさに絵本に出てくる魔女そのものだ。
……魔女って本当にああいう格好をするんだな。
俺は妙なところで感心しながら、カウンターへ近づいた。
「すみません。買い物じゃなくて申し訳ないんですけど、ちょっと薬草を見せてもらえないかなと思いまして」
「薬草?」
女性は不思議そうに首を傾げた。
「はい。冒険者になったばかりで、薬草採取の依頼を受けようと思っているんですけど……」
俺はそこで少し言葉を区切った。
「もし珍しい薬草を見つけても、それが何なのかわからなかったら、気づかずに捨ててしまうかもしれないじゃないですか。なので、できれば実物を見て覚えておきたいなと」
「ああ、なるほどね~」
女性は納得したように頷いた。
「確かに、薬草の知識がないと、せっかく珍しいものを見つけても見逃しちゃうことがあるものね」
「そうなんですよ」
「ふふっ。いいわよ。今は暇だし、特別にいろいろ教えてあげる」
「本当ですか? ありがとうございます!」
思っていた以上にあっさりと了承してもらえた。
女性は椅子から立ち上がると、カウンターの奥にある扉へと向かった。
「ちょっと待っててね。いくつか持ってくるから」
「はい」
女性が奥へ引っ込むと、俺は改めて店内を眺め始めた。
棚には赤や青、緑色の液体が入った小瓶が整然と並んでいる。
おそらく、あれがポーションなのだろう。
その隣には、先端に宝石のようなものが取り付けられた杖が何本も立てかけられていた。
さらに奥の棚には、金属製の腕輪や小さな箱、複雑な模様が刻まれた円盤のようなものまで置かれている。
「……これ、全部魔道具なのか?」
見た目だけでは、何に使うものなのかまったくわからない。
せっかく異世界に来たのだ。いずれ金に余裕ができたら、こういうものも試してみたいな。
そんなことを考えていると、奥の扉が開いた。
「お待たせ~」
女性が木製のトレーを手に戻ってきた。
その上には、4種類の植物が丁寧に並べられている。
「とりあえず、珍しいものをいくつか持ってきたわ」
女性はトレーをカウンターの上に置くと、植物を順番に指さした。
「右から、上級回復草、解毒草、上級魔力草、それからエレメンタルグラスね」
「……エレメンタルグラス?」
俺は思わず最後の名前を繰り返した。
「最後だけ妙にかっこいい名前ですね」
「あははっ、確かにそうかもね」
女性は楽しそうに笑った。
「でも、この薬草は特別なのよ。ほかにもいくつか素材は必要だけど、上級よりもさらに上の、特級クラスのポーションを作るには欠かせない材料なの」
「へえ……。ポーションにも種類があるんですか?」
「もちろん。普通のポーションに、上級ポーション、特級ポーション。大きく分けるとそんなところね」
女性は指を折りながら説明を続けた。
「その上にはエリクサーなんてものもあるけど……まあ、あれは一生見る機会がないと思っておいた方がいいわね」
「そんなに珍しいんですか?」
「珍しいなんてものじゃないわ。そもそも、作れる人間がいるのかどうかすら怪しいもの」
「……なるほど」
どうやら、この世界にも伝説級の回復薬というものが存在するらしい。
俺は軽く頷き、改めてトレーの上へ視線を落とした。
上級回復草は、普通の回復草よりも葉が大きく、色も濃い。
解毒草は細長い葉をつけており、茎の部分がわずかに紫がかっている。
上級魔力草は青みを帯びた葉が特徴的で、光の当たり方によって色合いが少し変わって見えた。
そして、最後のエレメンタルグラス。
ほかの薬草に比べると、葉は細く、全体的にすらりとした姿をしている。
その葉には淡い銀色の筋が走っており、見る角度によってわずかに輝いているようにも見えた。
「……綺麗な草ですね」
「でしょう? 見た目も特徴的だから、実物を見たことがあれば比較的わかりやすいと思うわ」
「なるほど……」
俺はそれぞれの植物をじっくりと観察した。
そこで、ふと気になったことを尋ねる。
「ちなみに、この中で一番高いのはどれなんですか?」
「エレメンタルグラスね。次が上級魔力草かしら」
「どのくらいで売れるんですか?」
「そうねえ……ギルドに持ち込んだ場合、エレメンタルグラスなら1本で銀貨50枚くらいじゃないかしら。上級魔力草なら銀貨5枚ってところね」
「……えっ?」
思わず聞き返してしまった。
銀貨50枚?
たった1本で?
「そんなに違うんですね……」
「ええ。エレメンタルグラスは、ほかの薬草と違って群生しないのよ」
女性はトレーの上の薬草へ目を向けた。
「それに、生える場所にもあまり共通点がなくてね。森の奥で見つかることもあれば、岩場の隙間に生えていることもある。だから、狙って採取するのがとても難しいの」
「……だから高いんですか」
「そういうこと。ただ、逆に言えば、運がよければ偶然見つけられることもあるのよ」
女性はそこで、店の外を指さした。
「現に、街のすぐそばにある森でも、過去に何度か採取されたことがあるらしいわ」
「へえ……そうなんですね」
俺は感心したように頷いた。
なるほど。
つまり、エレメンタルグラスは生息場所がはっきりしていない分、どこで見つけてもそれほど不自然ではないということか。
逆に、ほかの薬草はある程度採取できる場所が決まっているのだろう。
そうなると、下手に大量の上級魔力草なんかを持ち込めば、どこで見つけたのかと疑問を持たれるかもしれない。
……その点、エレメンタルグラスなら。
俺はトレーの一番端に置かれた植物へ視線を向けた。
「……あの、ひとつお願いしてもいいですか?」
「ん? 何かしら?」
「絶対に丁寧に扱うので、エレメンタルグラスを手に取って見てもいいですか?」
女性は少しだけ目を細めた。
「……盗まないでよ?」
「しませんよ!」
思わず即答すると、女性はくすくすと笑った。
「冗談よ。いいわ、落とさないように気をつけてね」
「ありがとうございます」
俺はそっと手を伸ばし、エレメンタルグラスを持ち上げた。
細い葉は思っていたよりもしっかりとしており、指先にはわずかに弾力が感じられる。
葉の表面を走る銀色の筋も、近くで見るとはっきり確認できた。
「……なるほど」
俺は植物をゆっくりと回しながら、その形を目に焼き付けていく。
それにしても、これ1本で銀貨50枚か。
この世界の貨幣価値はまだ完全にはわかっていないが、何となく銀貨1枚が日本円で1万円くらいなのではないかと思っている。
もちろん、物価の違いもあるだろうから、単純に換算できるものではない。
それでも、仮にその予想が正しければ、この草1本で50万円ほどの価値があることになる。
草一本で50万である。改めて考えるまでもなく、とんでもない金額だ。
俺は右手に持ったエレメンタルグラスをじっくりと観察しながら、左手をそっとズボンのポケットへ滑り込ませた。
ポケットの中で指先を動かし、そこにあるものへ意識を向ける。
そして、女性に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「……《変化》」




