【ちくわ探偵】永遠の夜風と血塗られた鎌
おでんの街の最果て、荒涼とした問屋街の廃倉庫。
かつて多くの練り物たちが散っていったその場所に、私は一人、琥珀色の外套を風になびかせて立っていた。胸の空洞を通り抜ける夜風が、今夜はまるで、一つの時代の終わりを告げるかのように冷たく鳴り響いている。
「――待たせたな、ちくわ探偵」
闇を切り裂いて現れたのは、シルクハットに紅きマントをまとった、あの美しき大泥棒。かつて私と互角の死闘を繰り広げ、虚空へと消えた宿命のライバル――怪盗カニかまだった。
「やはり来たか、怪盗カニかま。……何者かによってこの廃倉庫へ呼び出された時、私の空洞がお前との再会を予感していたよ」
二人の間に、一瞬にして火花が散る。言葉はもう不要だった。
怪盗カニかまが不敵に笑いながら構えたのは、なぜか生々しい赤に染まった一本の「鍬」だった。
対する私が外套の裏から引き抜いたのは、かつてお前の『カニかま』という名を暴くために私が自ら用意し、さらに「次にお前と戦う時は、絶対にその身を逃がさない」と誓って、先端に本物の【蟹のはさみ】をガチガチに溶接した、あの執念の特製「鎌」だった。
「行くぞ、探偵! これが我らの最後のディテールだ!」
「来い、怪盗! あの日の決着を、このハサミで掴み取って見せる!」
激突する二つの影。
怪盗の放つ「鍬」の一撃が、私の「蟹のはさみ付きの鎌」と真っ向からぶつかり合い、火花とともに金属音が夜の廃倉庫に木霊する。その凄絶な衝撃の瞬間、怪盗の鍬に付着していた真っ赤な【血】が夜空に激しく迸り、私の持つ鎌の刃へと、容赦なく、美しく染み付くように付着した。
キィィィィン!!!
実力は完全に五分と五分。幾度も刃を交え、互いの魚肉を削り合い、私たちはついに息を切らせてその場に膝をついた。出汁が床へと滴り落ちる。
「ハァ……ハァ……ちくわ探偵、流石だな。勝負がつかん……」
「フッ……ハァ……お前もな、怪盗カニかま。もう互いにボロボロだ、そろそろやめようか……」
二人が武器を収めようとした、まさにその時だった。パチ、パチ、パチ、と闇の奥から、冷徹で静かな拍手の音が響いてきた。
「素晴らしい戦いだったよ、二人とも。まさかお互いの凶器でそこまで美しいキャッチボールを見せてくれるとはね」
影からゆっくりと姿を現したのは、全身を黄色と白のスタイリッシュなビニールに包んだ、おでんの街のどの派閥にも属さない孤高の暗殺者だった。
「お前は……! 私たちをここに呼び出し、戦いを見物していた黒幕!」
私は自身の胸の空洞に右手を当て、怪盗カニかまの鍬から、私の鎌へと飛び散った【血】を凝視した。私の脳細胞に、ちくわ探偵としての生涯で最も美しく、最も切ない最後の閃きが駆け巡る。
「……謎はすべて解けましたよ。怪盗カニかまの手にある『鍬』から迸り、私の『鎌』に付着したこの鮮烈な赤。
そう、私の鎌にべっとりとついた、真っ赤な血。
すなわち、『血、鎌』。
短縮すれば、浮かび上がるあなたの名前はただ一つ。
――私たちを共倒れにさせ、練り物界の頂点に立とうとした黒幕、チーかま(チーかま)氏、お前だ!!」
「「「な、なんだってーーーー!!!?」」」
廃倉庫の天井を突き破るかのように、本日一番の、そして以前から続く因縁の武器と、そこに残された汚れのディテールを100%活かした終着点に、圧倒的な納得が轟いた。
物陰で最初からすべての事件を記録し続けていた相棒のゆで卵刑事も、あまりの完璧なダイイングならぬ『リビング・メッセージ』の回収に大号泣している。
そして、どんな時も物陰で泣きながら応援してくれていたナルト氏にいたっては、あまりの最終回の美しき語呂合わせの融合と、探偵の歩んできた歴史の重みに、呼吸を忘れて涙を枯らしながら、全霊のスタンディングオベーションを捧げている。
「ク、クソッ……! 鎌についた血だから『血・鎌』……! なんて完璧な配置、なんて完璧な伏線回収だ……! 私はちくわとカニかまという、自らのアイデンティティの元となった二大巨頭を消し去り、唯一無二の存在になりたかったというのに、そのガチ溶接された鎌の汚れから見破られるなんて……!!」
犯人であるチーかま氏は、あまりの探偵のロジックの美しさと溶接の頑丈さに自身のビニールパッケージを引きちぎり、その場に崩れ落ちて現行犯逮捕となった。
「フッ……終わったな、ちくわ探偵」
怪盗カニかまが、月光の中で静かにマントを翻す。
「ああ。またいつか、どこかの路地裏でお前の嘘を暴いてみせるさ、怪盗」
二人は背を向け合い、それぞれの道へと歩みを進めた。
数々の難事件を解決し、東西の血脈を乗り越え、医療の矛盾をねじ伏せ、ついに宿敵との因縁にも、溶接したハサミと最高のダジャレで決着をつけた。
私の胸の空洞を、今夜の夜風は、いつもよりずっと温かく、優しく、そしてどこまでも誇らしげに通り抜けていく。
私の名は、ちくわ探偵。
どんなに事件が不条理だろうとも、世界がくだらないダジャレで満ちていようとも、この空洞に夜風が通る限り、永遠に真実を追い続ける、気高き孤独な練り物である。
(ちくわ探偵・第一部 完)




