私は白ちくわだった。
あたたかい日が差し込む午後の教室。
私、白ちくわは退屈な授業を受けていた。
「いいですか。みなさんの母は、この偉大な海で——」
もう何度、この話を聞いただろう。
海は私たちの偉大な母。大空は私たちの偉大な父。
この恵によって生まれた魚たちが、私たちの血であり肉である。
だから、たとえ違う種だとしても、同じ練り物として仲良くしなければならない。
幼い頃から散々言われてきたことだ。
一部記憶がない私でも、この言葉だけは刷り込まれている。
「……いい加減、聞き飽きた」
小さくついたため息と同時に、終業のチャイムがなった。
「ねぇ白ちゃん! 帰りに海に寄っていかない?」
「別にいいけど……。本当に海好きだよね」
「もちろん!! だって、私たちのお母さんだよ?」
「……そうだね」
幼馴染のちくわが、嬉しそうに私の手を引く。
魚たちが血であり肉である練り物たちは、母である海への憧れが強い。
彼女もその1本だ。
学校のすぐそばにある堤防に着くと、ちくわはその焼けた身体を思い切り伸ばした。
「潮風が気持ちいいね!」
夕日を浴びてキラキラと輝く母を見つめながら、彼女は嬉しそうに潮風に当たっている。
――海は私たちの偉大な母である。
その恵みによって生まれた私たちは、当然のように海に憧れる。
「……憧れたことなんてないけど」
刷り込まれた言葉を思い出しながら、母に憧れ、母が大好きな友人の耳に入らぬよう、私は小さく呟いた。
こうやって私は、いつも頭の片隅にあるモヤモヤを飲み込んでいる。
練り物でありながら、皆と同じ感情を抱けない自分自身を隠すかのように。
「ああ……!! やっと……やっと見つけた……!!」
突然、背後から声をかけられた。
振り向くと、傷だらけの白ちくわらしき男が、私を見て嬉しそうに微笑んでいる。
「もう、会えないと思っていた……。一緒に帰ろう」
なぜか差し出される手。
それを見ていたちくわが、私を庇うように割り入った。
「彼女に、なんのご用ですか!?」
「キミには関係のない話だよ。すり身は黙っていなさい」
「失礼な! あなたもすり身ですよね!?」
その言葉に、男はクククと肩を揺らす。
ふるふると揺れる身体があまりにも不気味で、ちくわも私も思わず身構えた。
「そう警戒しないでおくれよ。僕は迎えにきただけさ。
こんな海だらけの土地、この子の身体に合うはずがないんだから」
「何を言っているの!? お母さんのそばに居られることは私たちの――」
「それはすり身の理論だろう? 僕たちには当てはまらない」
ちくわの言葉を遮ると、男は再び私に手を伸ばす。
「一緒に帰ろう、ちくわぶ」
ちくわぶ――。
その名を聞いたとき、いつも頭の片隅にあるモヤモヤが、少しだけ晴れた気がした。
「この子は白ちゃんです!! 白ちくわの白ちゃん!! あなたもそうでしょ!?」
「まさか! すり身と一緒にしないでおくれ。僕もちくわぶさ、その子と一緒だよ」
「そんなわけない!
それにちくわぶなんて名前、聞いたことない!!」
「まぁそうだろうね、知られたら都合が悪いもの。
この地は、元々僕たちが暮らしていた場所なんだから」
その言葉に反応するかのように、頭に鋭い痛みが走った。
次々と、脳内に映像が流れ込んでくる。
燦々と輝く太陽。風に揺れる小麦。
広大な大地の胸で眠った夜。大雨で濡れる草木。
両手を広げ近づいてくる海。流されていく私たちの血肉。
――そうか、全部思い出した。
あの日、私たちは棲家を奪われた。
この、偉大なる母の手によって――。
「……兄さん」
「そうだよ!! 思い出したんだね!!」
兄が嬉しそうに私を抱きしめた。
それと同時に、再び映像が流れ込んでくる。
流された私を助けてくれた活きちくわ。
その後、生活を支援してくれた焼きちくわ。
ずっとそばに居てくれた、幼馴染のちくわ。
たくさんのちくわに支えられて、私は今ここで生きている。
「一緒に帰ろう、ちくわぶ」
「……私、一緒には行けない」
兄から離れると、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらそう伝えた。
兄さんに会えたのは嬉しい。
だけど、ここで過ごした時間も捨てられない。
私は海が好きじゃないけれど、ちくわたちは好きなんだ。
「どうしてだい!?
潮風は、僕たちにとって毒だとわかっているだろう!?」
そんなこと、わかっている。
実際、潮風に当たった日は身体が痛む。
それでも、目を輝かせながら海に想いを馳せる、そんなちくわを見ている時間は好きだった。
それにきっと、みんなは気づいてたんだ。
私が、ちくわではない練り物ってことに。
それでも、白ちくわとしてここに置いてくれた。
私が散々馬鹿にしてきた、あの教えを護るかのように――。
「ねぇ、兄さんもここで暮らさない?
海は近いけれど、みんなすごく優し——」
「暮らせるわけないだろう!?
海は僕たちから棲家を、母を奪ったんだ!!
それなのに、こいつらはそんなことも知らず、のうのうと生きている!!」
兄はちくわに指をさした。
だけど、ちくわに責任があるわけじゃない。
彼女はただ、海が好きなだけの練り物だ。
「なぁ、ちくわぶ。お願いだから一緒に帰ろう。
僕たちは家族じゃないか。家族は一緒にいるものだろう?」
「……そうかもしれないね。
でも、一緒には行けないよ。ごめんね兄さん。
私はここで生きていく。命を救ってくれた、ちくわたちと一緒に」
「白ちゃん……」
私の答えを聞いた兄の顔からは笑顔が消える。
そして、冷たく言い放った。
「そうか、じゃあいいよ。
もうお前は妹じゃない、ちくわぶの恥晒しめ。
僕たちの家族を奪った海を、母と崇める奴らと生きていけばいい」
去っていく兄の背は、どこか寂しそうで。
私はただ、静かに見送ることしかできなかった。
白ちくわとちくわは、手を繋ぐと静かに大空を見上げる。
偉大な父だけは、変わらず今日も綺麗な青色を放っていた。
小麦は、稲よりは塩に強いです。
しかし、対策しないと生育に影響が出ます。潮風も同じ。
アスパラガスは、見た目に対して塩害に強いです。
どうでもいい理系の知識でした⭐︎
まぁ、ちくわぶに塩練り込まれてるけどね。




