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おはにちばんわ、いただきます。

私は白ちくわだった。

掲載日:2026/06/24


 あたたかい日が差し込む午後の教室。

 私、白ちくわは退屈な授業を受けていた。


「いいですか。みなさんの母は、この偉大な海で——」


 もう何度、この話を聞いただろう。

 

 海は私たちの偉大な母。大空は私たちの偉大な父。

 この恵によって生まれた魚たちが、私たちの血であり肉である。

 だから、たとえ違う種だとしても、同じ練り物として仲良くしなければならない。


 幼い頃から散々言われてきたことだ。

 一部記憶がない私でも、この言葉だけは刷り込まれている。


「……いい加減、聞き飽きた」

 

 小さくついたため息と同時に、終業のチャイムがなった。



 

「ねぇ白ちゃん! 帰りに海に寄っていかない?」

「別にいいけど……。本当に海好きだよね」

「もちろん!! だって、私たちのお母さんだよ?」

「……そうだね」


 幼馴染のちくわが、嬉しそうに私の手を引く。


 魚たちが血であり肉である練り物たちは、母である海への憧れが強い。

 彼女もその1本だ。


 学校のすぐそばにある堤防に着くと、ちくわはその焼けた身体を思い切り伸ばした。


「潮風が気持ちいいね!」


 夕日を浴びてキラキラと輝く母を見つめながら、彼女は嬉しそうに潮風に当たっている。


 ――海は私たちの偉大な母である。

 その恵みによって生まれた私たちは、当然のように海に憧れる。


「……憧れたことなんてないけど」


 刷り込まれた言葉を思い出しながら、母に憧れ、母が大好きな友人の耳に入らぬよう、私は小さく呟いた。

 

 こうやって私は、いつも頭の片隅にあるモヤモヤを飲み込んでいる。

 練り物でありながら、皆と同じ感情を抱けない自分自身を隠すかのように。

 

「ああ……!! やっと……やっと見つけた……!!」


 突然、背後から声をかけられた。

 振り向くと、傷だらけの白ちくわらしき男が、私を見て嬉しそうに微笑んでいる。


「もう、会えないと思っていた……。一緒に帰ろう」


 なぜか差し出される手。

 それを見ていたちくわが、私を庇うように割り入った。


「彼女に、なんのご用ですか!?」

「キミには関係のない話だよ。すり身は黙っていなさい」

「失礼な! あなたもすり身ですよね!?」


 その言葉に、男はクククと肩を揺らす。

 ふるふると揺れる身体があまりにも不気味で、ちくわも私も思わず身構えた。


「そう警戒しないでおくれよ。僕は迎えにきただけさ。

 こんな海だらけの土地、この子の身体に合うはずがないんだから」

「何を言っているの!? お母さんのそばに居られることは私たちの――」

「それはすり身の理論だろう? 僕たちには当てはまらない」


 ちくわの言葉を遮ると、男は再び私に手を伸ばす。


「一緒に帰ろう、ちくわぶ」


 ちくわぶ――。

 その名を聞いたとき、いつも頭の片隅にあるモヤモヤが、少しだけ晴れた気がした。

 

「この子は白ちゃんです!! 白ちくわの白ちゃん!! あなたもそうでしょ!?」

「まさか! すり身と一緒にしないでおくれ。僕もちくわぶさ、その子と一緒だよ」

「そんなわけない!

 それにちくわぶなんて名前、聞いたことない!!」

「まぁそうだろうね、知られたら都合が悪いもの。

 この地は、元々僕たちが暮らしていた場所なんだから」


 その言葉に反応するかのように、頭に鋭い痛みが走った。

 次々と、脳内に映像が流れ込んでくる。

 

 燦々と輝く太陽。風に揺れる小麦。

 広大な大地()の胸で眠った夜。大雨で濡れる草木。

 両手を広げ近づいてくる()。流されていく私たちの血肉。


 ――そうか、全部思い出した。


 あの日、私たちは棲家を奪われた。

 この、偉大なる母の手によって――。


「……兄さん」

「そうだよ!! 思い出したんだね!!」


 兄が嬉しそうに私を抱きしめた。

 それと同時に、再び映像が流れ込んでくる。


 流された私を助けてくれた活きちくわ。

 その後、生活を支援してくれた焼きちくわ。

 ずっとそばに居てくれた、幼馴染のちくわ。

 たくさんのちくわに支えられて、私は今ここで生きている。


「一緒に帰ろう、ちくわぶ」

「……私、一緒には行けない」


 兄から離れると、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらそう伝えた。

 

 兄さんに会えたのは嬉しい。

 だけど、ここで過ごした時間も捨てられない。

 私は海が好きじゃないけれど、ちくわたちは好きなんだ。

 

「どうしてだい!?

 潮風は、僕たちにとって毒だとわかっているだろう!?」


 そんなこと、わかっている。

 実際、潮風に当たった日は身体が痛む。

 それでも、目を輝かせながら海に想いを馳せる、そんなちくわを見ている時間は好きだった。


 それにきっと、みんなは気づいてたんだ。

 私が、ちくわではない練り物ってことに。

 それでも、白ちくわとしてここに置いてくれた。

 

 私が散々馬鹿にしてきた、()()教えを護るかのように――。


「ねぇ、兄さんもここで暮らさない?

 海は近いけれど、みんなすごく優し——」

「暮らせるわけないだろう!?

 海は僕たちから棲家を、母を奪ったんだ!!

 それなのに、こいつらはそんなことも知らず、のうのうと生きている!!」


 兄はちくわに指をさした。

 だけど、ちくわに責任があるわけじゃない。

 彼女はただ、海が好きなだけの練り物だ。


「なぁ、ちくわぶ。お願いだから一緒に帰ろう。

 僕たちは家族じゃないか。家族は一緒にいるものだろう?」

「……そうかもしれないね。

 でも、一緒には行けないよ。ごめんね兄さん。

 私はここで生きていく。命を救ってくれた、ちくわたちと一緒に」

「白ちゃん……」


 私の答えを聞いた兄の顔からは笑顔が消える。

 そして、冷たく言い放った。


「そうか、じゃあいいよ。

 もうお前は妹じゃない、ちくわぶの恥晒しめ。

 僕たちの家族を奪った海を、母と崇める奴らと生きていけばいい」


 去っていく兄の背は、どこか寂しそうで。

 私はただ、静かに見送ることしかできなかった。



 

 白ちくわとちくわは、手を繋ぐと静かに大空を見上げる。

 偉大な父だけは、変わらず今日も綺麗な青色を放っていた。



 


小麦は、稲よりは塩に強いです。

しかし、対策しないと生育に影響が出ます。潮風も同じ。

アスパラガスは、見た目に対して塩害に強いです。


どうでもいい理系の知識でした⭐︎


まぁ、ちくわぶに塩練り込まれてるけどね。



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― 新着の感想 ―
ちくちくと心に刺さり続けそうな面白さでした。 ちくわぶ最高ですね。ちくわ部の冒険はまだこれからだ!
ちくわはちくわでも、まさかのちくわぶ。 悲しい別れはありましたが、しかし、ちくわやちくわぶらしい白い清涼感のある物語でした。
拝読させて頂きました。 竹輪とは何かを考えさせられる素敵な作品でした。 白竹輪の白ちゃんの記憶が欠けている部分をサラッと書き、伏線を張り、物語の中盤で回収する物語の構成力と展開に圧倒されました。 作…
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