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第五章「攻撃」

UFOが最初に目撃されたのは、鳩が一万羽を超えてから二週間後だった。  場所はニュージーランドの南島上空。農家の男が撮影した動画がSNSに投稿された。銀色の物体が雲の上をゆっくり移動していた。音はなかった。  最初は誰も本気にしなかった。ニュージーランド政府が「調査中」と言った。  三日後、同じ物体がオーストラリア上空で目撃された。今度は民間航空機のパイロットが報告した。管制塔との交信記録が流出した。 「物体を確認。高度三万フィート。速度、計測不能」 「繰り返してください」 「速度が、計測できません」  この交信記録のいいね数は一億を超えた。

 一週間後、物体は東京上空に現れた。  夜の十一時だった。  直径はおよそ二キロ。形は完全な円盤ではなく、複雑な多面体だった。表面が鈍く光っていた。金色ではなかった。もっと深い、重い色だった。  音は、なかった。  東京の空に突然現れて、ただそこにいた。  SNSが文字通り爆発した。一時間でXのサーバーが落ちた。NHKが緊急特番を組んだ。キャスターが原稿を読む手が震えていた。首相官邸に緊急の電話が鳴り続けた。  石神井公園では、夜中だというのに人が集まり始めた。金色の鳩たちは、いつもと変わらず眠っていた。

 翌朝、諸星は公園にいた。  いつものベンチ。いつもの缶コーヒー。  空には物体が見えた。昼間でも見えた。東京の空の一角に、重い色の多面体がただあった。  佐伯が走ってきた。息を切らしていた。 「見ましたか」 「見えてますよ」諸星は空を見上げながら言った。 「どう思いますか」 「でかいですね」 「でかいじゃなくて」佐伯は額の汗を拭った。「あれが鳩と関係あると思いますか」  諸星は缶コーヒーを飲んだ。 「さあ」 「さあって」佐伯は諸星の隣に座った。「あなた先週、終わるって言いましたよね」 「言いましたね」 「あれが来たら終わるんですか」  諸星は空を見た。物体を見た。それから金色の鳩を見た。  鳩は地面でパンくずをついばんでいた。 「どうですかね」と諸星は言った。  佐伯は諸星を見た。諸星は缶コーヒーを飲んだ。  空を、物体が静かにいた。

 物体が動いたのは、出現から三日後だった。  ゆっくりと高度を下げ、東京湾の上空で止まった。  その日の午後、物体の底部が開いた。  出てきたのは、小型の飛行体だった。十数機。やはり音がなかった。  飛行体は散開した。東京の各地に降りた。公園に、河川敷に、空き地に。  着陸した飛行体から、彼らが出てきた。

 身長はまちまちだった。大きいものは二メートルを超え、小柄なものもいた。体は細く、関節が多かった。頭部は大きく、目が広い範囲を占めていた。皮膚に相当する部分は、深い金属色だった。鳩と同じではない。もっと暗い、宇宙の色だった。  そして彼らは、地球人を完全に無視した。  降り立った公園で、植物のサンプルを採取し始めた。道具は見たこともない形だったが、動作は単純だった。草を採る。袋に入れる。次の草を採る。  それだけだった。  周囲に人間が集まった。スマートフォンを向けた。叫んだ。手を振った。  彼らは一切反応しなかった。草を採り続けた。

 内閣官房が緊急会議を開いた。 「コンタクトを試みるべきです」 「どうやって」 「言語解析チームが」 「間に合いません」 「では視覚的なシグナルを」 「何を見せるんですか」  沈黙があった。 「数字はどうですか。数学は宇宙共通と言いますし」 「誰が言ったんですか」 「SFで」  また沈黙があった。

 最初に近づいたのは、民間人だった。  三十代の男で、後にインタビューで「歴史に名を残したかった」と言った。  宇宙人の三メートル手前まで近づいた。宇宙人は草を採り続けた。  二メートル。草を採り続けた。一メートル。草を採り続けた。  男は手を伸ばした。  バシッ。  男は五メートル吹き飛んだ。怪我はなかった。ただ吹き飛んだ。  宇宙人は草を採り続けた。その動作に、一切の変化がなかった。  ハエを払った。それだけだった。

 この映像が世界中に拡散した。  反応は三種類だった。「侵略だ」「無害だ」「もう一回やれ」  三番目が一番多かった。

 宇宙人が地球に降り立って一週間が経った。  彼らは何もしなかった。  正確には、草を採った。海水を採取した。土のサンプルを取った。空気を測定した。それだけだった。  地球人への攻撃はなかった。コンタクトもなかった。近づきすぎた人間をハエのように弾いた以外、彼らは地球人を完全に無視し続けた。  そして地球人は、宇宙人を無視して、お互いを攻撃し始めた。

 国会は燃えていた。  比喩ではなく、議事堂の外で火が燃えていた。暴徒が投げた火炎瓶だった。機動隊が盾を構えた。報道ヘリが上空を旋回した。  議事堂の中では別の火が燃えていた。  右派の議員が叫んだ。「今こそ断固たる軍事的対応を示すべきです。この国の領土に無断で降り立った存在に対して、主権国家として毅然と」  左派の議員が遮った。「軍事行動など言語道断です。彼らは攻撃していない。こちらから手を出すことは国際法上も倫理上も」  右派が遮った。「国際法が宇宙人に適用されると思っているんですか」  左派が遮った。「だからこそ慎重に」  中道の議員が立ち上がった。全員が注目した。 「引き続き注視してまいりたいと思います」  右派と左派が同時に怒鳴った。議長がマイクを叩いた。  窓の外を、金色の鳩が横切った。

 科学者たちも燃えていた。  緊急シンポジウムが東京大学で開かれた。世界中から研究者がオンラインで参加した。参加者、三千二百人。  物理学の権威、田中博士が開口一番に叫んだ。 「軍事攻撃など絶対に許してはなりません。あの推進システムを見ましたか。ゼロ点エネルギーの応用です。あれを解析できれば人類のエネルギー問題が百年分解決する。破壊してどうするんですか」  別の権威が反論した。「解析が何年かかると思っているんですか。今は安全確保が」 「安全? 彼らは一週間、何もしていない。データがそう言っている」 「データが全てじゃない」 「科学者がそれを言うのか」 「お前こそ科学者か、あんな現象が物理的に説明できるか」  田中博士は顔を真っ赤にした。 「できないから解析するんだろうが」  マイクが切れた。誰かがミュートにした。田中博士は画面に向かって何かを叫び続けた。声は届かなかった。

 富裕層は静かだった。静かに、素早く動いていた。  長野県の山中に、地下三十メートルのシェルターが突貫工事で建設されていた。発注したのは都内の資産家グループだった。総工費、三百億円。  シェルターの中には食料が五年分。水が十年分。医療設備。発電設備。農業設備。書籍が十万冊。  金塊は一グラムもなかった。代わりに種があった。あらゆる野菜の種。果物の種。穀物の種。  資産家の一人が搬入作業を見ながら部下に言った。 「金はもういい。本当に価値があるものを残す」 「何が価値あるものですか」  資産家は少し考えた。 「生き延びられるもの、全部」  搬入作業が続いた。  その資産家グループの一人が、シェルターに持ち込んだ私物の中に、黄金の鳩の待ち受け画像を保存したスマートフォンがあった。本人は気づいていなかった。

 渋谷は三日連続で燃えていた。  暴徒は二派に分かれていた。  一派は「宇宙人歓迎」派だった。「彼らこそ救世主だ、文明の教師だ、跪いて迎えるべきだ」と叫びながら機動隊に石を投げていた。  もう一派は「宇宙人排除」派だった。「地球は地球人のものだ、出て行け、侵略者め」と叫びながら機動隊に火炎瓶を投げていた。  二派は互いにも投げ合った。機動隊は両方から攻撃されていた。  宇宙人は渋谷にいなかった。渋谷の宇宙人は採取を終えて、三時間前に飛び去っていた。  誰も気づいていなかった。

 新興宗教は十七団体が「審判の日」を宣言した。  黄金鳩教の代表が会見を開いた。「ついに神が降臨されました。我々の教義が正しかったことが証明されました」  記者が聞いた。「神が降臨して、草を採っているんですか」  代表は三秒固まった。「神の御意志は人智を超えております」  別の宗教団体の代表が割り込んだ。「あれは神ではない。悪魔だ」  さらに別の代表が割り込んだ。「いや菩薩の化身であり」  記者会見が乱闘になった。カメラが回り続けた。

 SNSでは一人の男が英雄になっていた。  アカウント名「@宇宙人にミサイルぶち込め太郎」。フォロワー二千三百万人。  投稿内容は毎日同じだった。「なんでミサイル撃たないんですか」  本人は埼玉県川口市の六畳のアパートに住んでいた。一度も外に出ていなかった。ガスと電気が止まっていたので、スマートフォンの充電は近所のコンビニでしていた。  コンビニの店員が「ミサイルの人ですよね」と声をかけた。男は「そうです」と言った。  店員は「頑張ってください」と言った。男は「ありがとうございます」と言った。  充電して、アパートに帰った。また投稿した。「なんでミサイル撃たないんですか」

 石神井公園は、不思議と静かだった。  宇宙人が公園の外縁部で草を採取していた。大きいのが二体、小さいのが一体。全員が黙々と作業していた。  規制線の外から人々が眺めていた。スマートフォンを向けていた。泣いている人がいた。祈っている人がいた。ただ呆然と立っている人がいた。  諸星はいつものベンチにいた。缶コーヒーを飲んでいた。  おばさんが隣で手を合わせていた。座布団は二枚になっていた。  佐伯がベンチの端に座っていた。ノートパソコンは持っていなかった。手ぶらだった。  三人とも、しばらく黙っていた。宇宙人が草を採る音だけがしていた。音というほどの音でもなかった。ただ静かだった。  佐伯が小声で言った。「怖くないんですか」  おばさんが目を閉じたまま言った。「神様が怖いわけないでしょう」  佐伯は諸星を見た。  諸星は宇宙人を見ていた。  小さい方の一体が、草を採りながら、ほんの一瞬だけ、諸星の方を向いた。  向いただけだった。すぐに草に戻った。  諸星は缶コーヒーを飲んだ。  佐伯は気づいていた。聞こうとして、やめた。  三人はまた黙った。  渋谷の方角から、かすかに怒声が聞こえた。  公園の空を、四百羽の金色の鳩が旋回していた。  宇宙人は草を採り続けた。

 二人が石神井公園に現れたのは、宇宙人が降り立って十日後だった。  一人はグレーのスーツを着た五十代の男だった。シルバーの髪を綺麗に撫でつけ、顔に刻まれた皺が妙に様になっていた。元公安、現・内閣特命調査官。名前を倉田といった。  もう一人は白衣を着た四十代の男だった。黒縁眼鏡、細身、タブレットを常に両手で持っていた。行動経済学と統計学の専門家。名前を三浦といった。  二人は規制線の前に立って、公園全体を眺めた。  倉田が手帳を開いた。三浦がタブレットを起動した。二人は顔を見合わせた。 「始めましょう」と倉田が言った。 「始めましょう」と三浦が言った。

 倉田が言った。「鳩の最初の出現地点は石神井公園。ここを起点として同心円状に拡散している。この拡散パターンに規則性がある」  三浦がタブレットを見せた。「データでも確認されています。拡散速度は一定ではなく、三日ごとに加速しています。フィボナッチ数列に近い増加率です」 「つまり」倉田は手帳に何かを書きながら言った。「石神井公園が、この現象の震源地だ」 「震源地というより」三浦が訂正した。「起動点と言うべきでしょう。何らかのシグナルが最初にここで発信された可能性があります」 「シグナルの発信源を特定できれば」 「この現象の全容が見えてきます」  二人は同時に頷いた。完璧なコンビネーションだった。

 三日かけて聞き込みをした。神社の宮司に聞いた。鳥類学者に聞いた。最初に発見した小学生の両親に聞いた。黄金鳩教の信者に聞いた。守る会のメンバーに聞いた。  倉田の手帳が埋まった。三浦のタブレットにデータが積み上がった。

 四日目の朝、二人は諸星のベンチに近づいた。  諸星は缶コーヒーを飲んでいた。おばさんが隣で手を合わせていた。佐伯がベンチの端で空を見ていた。  倉田が正面に立った。三浦がその隣に立った。倉田が名刺を出した。諸星は受け取った。読んだ。特に反応しなかった。 「少しよろしいですか」倉田は言った。「この現象について、調査をしております」 「そうですか」 「単刀直入に聞きます。あなたは最初から、ここにいた」 「おりましたね」 「なぜですか」 「近所なので」  倉田は手帳に書いた。三浦はタブレットに入力した。

「我々の分析では」倉田は言った。「黄金の鳩の出現パターンは、地球上の特定の磁場ラインに沿っています。石神井公園はそのラインの交差点に位置している。つまりここは、何らかのエネルギー的な結節点である可能性が高い」  三浦が続けた。「加えて、鳩の増殖率をフィボナッチ数列で解析すると、最初の出現から百八十七日後に臨界点を迎える計算になります。その日付は」三浦はタブレットを見た。「来月の十四日です」 「十四日に何かが起きる。我々はそう見ています」  三浦が頷いた。「統計学的に見て、この日付に向けて何らかの収束が起きると予測されます。鳩の行動変容、あるいは宇宙人の行動変化、もしくは」 「もしくは」倉田が引き取った。「この現象の、真の目的が明らかになる」  二人は同時に諸星を見た。完璧なタイミングだった。  諸星は話を聞いていた。最後まで聞いていた。缶コーヒーを一口飲んだ。少し間があった。 「…………」 「…………」  倉田と三浦は息を呑んだ。  諸星は口を開いた。 「…平和の象徴だからじゃないの?」

 沈黙があった。  倉田は手帳を持ったまま固まった。三浦はタブレットを持ったまま固まった。  おばさんが目を閉じたまま言った。「そうですよ、最初からそう言ってるじゃないですか」  佐伯は空を見たまま何も言わなかった。  倉田はゆっくり手帳を閉じた。三浦はゆっくりタブレットを閉じた。二人は顔を見合わせた。  倉田が言った。「……磁場ラインは」  三浦が言った。「……フィボナッチは」  諸星は缶コーヒーを飲んだ。 「来月の十四日、何もなかったらどうするんですか」  二人はまた黙った。  倉田が手帳をまた開いた。何かを書こうとして、止まった。何を書けばいいのかわからなかった。

 それから倉田と三浦は毎日公園に来た。なぜか毎回諸星のベンチの近くに座った。  ある日、三浦が諸星に聞いた。 「あなたはなんで毎日ここに来るんですか」 「落ち着くので」  三浦はタブレットに何かを入力しようとして、やめた。倉田は手帳に何かを書こうとして、やめた。  二人はベンチに深く座り直した。公園を眺めた。  金色の鳩が飛んでいた。宇宙人が草を採っていた。おばさんが手を合わせていた。佐伯が空を見ていた。諸星が缶コーヒーを飲んでいた。  倉田が小声で言った。「……確かに落ち着くな」  三浦も小声で言った。「……落ち着きますね」  二人はそのまま黙った。  しばらくして倉田がぽつりと言った。 「来月の十四日、何もなかったら」 「なかったら?」三浦が聞いた。 「ここに来よう」 「来ましょう」  二人はまた黙った。  宇宙人は草を採り続けた。

 軍事行動のきっかけは、威厳だった。  国家の威厳でも、軍の威厳でもなかった。一人の男の、個人的な威厳だった。

 田村誠一郎は六十四歳で、与党の副総裁だった。  政界歴三十八年。選挙区では「田村先生」と呼ばれ、地元の道路を十二本作り、橋を三本作り、トンネルを一本作った。自他共に認める「この国を動かしてきた男」だった。  田村がなぜ石神井公園に来たのか、後に誰も正確に説明できなかった。本人は「視察」と言った。周囲は「選挙区が練馬区だから」と言った。秘書は「止めたんですが」と言った。

 田村は十二人の取り巻きを連れて公園に現れた。秘書が三人、警護が四人、地元の支持者が五人。全員がスーツを着ていた。四月にしては暑い日だった。  規制線を越えた。警察官が止めようとした。田村は止まらなかった。警察官は止められなかった。  田村は公園の中心まで歩いた。宇宙人が三体、草を採っていた。  田村は立ち止まった。胸を張った。三十八年の政治家人生で培った、最大限の威厳を込めた顔をした。  一歩、前に出た。宇宙人は草を採り続けた。もう一歩、前に出た。宇宙人は草を採り続けた。  田村は右手を上げた。 「我々は、対話を」  バシッ。

 田村は八メートル吹き飛んだ。  民間人が吹き飛んだ五メートルより、三メートル遠かった。体重の差だと後に誰かが言った。  怪我はなかった。ただ、背中から芝生に落ちた。スーツが緑色になった。  取り巻きが駆け寄った。警護が駆け寄った。報道陣のカメラが全部そこに向いた。  宇宙人は草を採り続けた。

 この映像は三時間で世界中に拡散した。  反応は割れた。「かわいそう」「自業自得」「もう一回見たい」  三番目が一番再生された。スローモーションで繰り返し流された。効果音をつけた動画が百七十種類出回った。一番人気はスーパーマリオのやられ音だった。

 田村は自宅に帰って、三時間後に電話をかけた。相手は防衛大臣だった。 「やれ」と田村は言った。 「は?」 「わかるだろう」  防衛大臣は三秒黙った。「……法的な根拠が」 「俺が根拠だ」  電話が切れた。  防衛大臣は窓の外を見た。東京湾の上空に、母船がいた。重い色で、ただそこにいた。  防衛大臣は深呼吸をした。電話をかけた。

 翌朝五時、航空自衛隊の戦闘機四機が東京湾上空に向かった。  管制塔との交信が後に流出した。 「目標、確認」 「了解。攻撃許可を」 「……許可する」 「了解」  ミサイルが発射された。四発。全弾命中した。爆発した。  煙が晴れた。  母船は、何事もなかった。表面に、傷一つなかった。ただそこにいた。草の採取を続ける小型飛行体を、静かに待っていた。

 政府が緊急会見を開いた。  記者が聞いた。「攻撃したんですか」 「訓練中の事案で」 「ミサイルが当たってましたが」 「技術的な」 「母船が無傷でしたが」 「現在精査中で」 「宇宙人の反応は」  防衛大臣は一瞬止まった。 「……ありませんでした」  記者が全員黙った。防衛大臣も黙った。その沈黙が、全部を語っていた。

 石神井公園では、宇宙人が草を採っていた。  諸星はベンチにいた。倉田と三浦が隣のベンチにいた。おばさんが手を合わせていた。佐伯が空を見ていた。  遠くで爆発音がした時、全員が東京湾の方向を見た。煙が上がった。それから静かになった。  母船はまだそこにいた。  倉田が呟いた。「……やったのか」  三浦が呟いた。「……無駄でしたね」  おばさんが目を閉じたまま言った。「罰当たりなことをするから」  佐伯は何も言わなかった。  諸星は缶コーヒーを飲んだ。  宇宙人は草を採り続けた。  公園の空を、金色の鳩が旋回していた。何羽いるのか、もう誰も数えていなかった。

 その夜、倉田は手帳を開いた。今日の出来事を書こうとした。止まった。しばらく考えた。  こう書いた。 「平和の象徴だから、か」  手帳を閉じた。  窓の外に母船が見えた。重い色で、ただそこにいた。


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