ノイズの平均律
三週間で、金色の鳩は世界中にいた。
ローマのサン・ピエトロ広場に二百羽。ニューヨークのブライアント・パークに三百十二羽。ムンバイの駅舎の梁に、モスクワの廃工場の屋根に、シドニーのオペラハウスの白い曲面に。増加曲線は佐伯の――正確には諸星の――予言通りに膨らみ続け、そして誰も、一羽も捕まえられなかった。
そして鳩の分布とちょうど同じ速さで、同じ報告が世界中から上がり始めた。
街の音が、時々ループする。横断歩道の誘導メロディが、同じ小節を二度弾く。地下鉄の構内放送が、言い終えたばかりの文言を、寸分違わぬ抑揚でもう一度言う。自分の足音が、半歩遅れてついてくる。深夜のコンビニで、自動ドアの開く音が、ドアが開き終わってから鳴る。世界中の耳鼻科と精神科の予約が埋まり、集団性の聴覚異常を疑う論文が短期間に三本出て、三本とも同じ一文で締められた。「録音機材にも同種の異常が確認されるため、心因性とは考えにくい」。
人類は、まず捕獲を試みた。それが人類の癖だからだ。
初動で最も本気を出したのはアメリカだった。セントラルパークに展開した野生生物局の精鋭チームは、投網、麻酔吹き矢、指向性音波を順に試し、順に失敗した。指向性音波に至っては、発振器を鳩に向けた瞬間、音波が「出なかった」。機材は正常に稼働していた。出力計の針は振れていた。ただ、音だけが、装置と鳩のあいだのどこかに消えた。作戦の四日目に呼ばれたのが、ペンシルベニアから来た五十九歳の鷹匠だった。
彼の鷹はハリスホークで、名をジューンといった。十一年、一緒に狩りをしてきた。ジューンは彼の腕からしか飛ばず、彼の笛にしか戻らなかった。
中継のヘリが二機、上空で旋回していた。芝生の上に金色の鳩が十四羽、めいめいに草をつついている。鷹匠は革手袋の上でジューンの脚環を外し、いつも通りに腕を送り出した。
ジューンは上がった。旋回し、高度を取り、群れの上で翼を畳んだ。急降下。教科書通りの角度。地上の全員が息を止めた。
そして、地上二メートルで、ジューンは翼を開いた。
失速ではなかった。減速だった。ジューンは金色の鳩の隣に、ごく丁寧に、ごく礼儀正しく降り立った。羽を軽く震わせ、それから羽づくろいを始めた。鳩は逃げなかった。鳩は、鷹がそこにいることに気づいた様子すらなかった。
鷹匠は笛を吹いた。
ジューンは振り向かなかった。もう一度吹いた。ジューンは首を掻いた。三度目に、鷹匠は笛を口から離した。
三十秒ほど、彼はそこに立っていた。周囲では隊員が無線に何か叫んでいたが、鷹匠には聞こえなかった。彼は、自分の鷹が自分を忘れたのではないと分かってしまったからだ。ジューンは彼の声を聞いていた。聞いたうえで、いま鳩の隣にいるほうが正しいと判断した。十一年かけて教えたのは、まさにそういう判断力だった。
この映像は「歴史上最も平和な作戦失敗」として一週間で再生十億回を超えた。そして一週間後、音声解析班が奇妙な事実を指摘して、もう十億回再生された。現場の十一本のマイクの、どの音声トラックにも、笛の音が入っていなかったのだ。三度とも。現地の全員が聞いたのに。ジューンが聞いて、無視した音なのに。鷹匠は取材に「あいつは仕事熱心な鷹なんです。本当なんです」と涙目で答えた。誰もその意味を理解しなかった。
網は素通りした。麻酔弾は逸れた。捕獲用ドローンは決まって直前に制御を失い、ある国では墜落したドローンが大使館の公用車に直撃して小さな外交問題になった。傷つけることも、触れることさえもできない。ただし鳩の側から人間に何かをすることも、一度もなかった。鳴き声一つ、羽音一つ、確認された限りでは一度も発しなかった。この事実は鳥類学者を最も震撼させたが、ニュースにはならなかった。地味だったからだ。
世界は解釈を始めた。
テレビは「専門家」を並べた。感染症学者が生態系リスクを語り、軍事評論家が偵察機説を語り、音響工学者が「音の遅延は観測環境の問題です」と言い切った三日後に自宅の風呂場でループする水音を録音してしまい、以後出演を辞退した。恐怖は視聴率になり、視聴率は恐怖を再生産した。日本の官房長官は会見で十七回連続「個体数の推移を注視している」と述べ、「注視」はその年の流行語大賞にノミネートされた。
増加数がフィボナッチ数列に乗っている、と最初に公の場で指摘したのは、京都の私大の数理生物学の准教授だった。准教授は一夜にして時の人となり、三日後、対抗する国立大の教授が「あれはフィボナッチではなくリュカ数列だ」と異を唱え、両者は生放送で怒鳴り合った。二人の論争は五日間続き、六日目の観測値がどちらの数列からも外れたことで、両者とも画面から消えた。金色の鳩たちは、その日から増えるのをやめていた。まるで数え飽きたように。
市場も、当然のように狂った。
金相場は乱高下の末に「本物の金への信頼が揺らいだ」という誰も説明できない理屈で下落し、代わりに鳩関連銘柄という前代未聞のセクターが生まれた。飼料メーカー、双眼鏡メーカー、なぜか補聴器メーカーの株が買われた。ラスベガスのブックメーカーは「次に鳩が確認される国」のオッズを公開し、バチカンが公式に不快感を表明した。
そして、祈る者たちがいた。
「黄金の御使いの会」が神奈川の山中で最初の集会を開いたのは、飛来九日目だ。教祖は元・健康食品会社の営業部長で、自分は「神の声を聞いた」と主張した。金色の鳩は「選別の使者」であり、清められた者だけが「回収」されると説いた。集会では「御使いの声」なる音源がスピーカーから流された。低く、正弦波に似ていて、どこか安い音だった。献金口座の開設は集会と同日だった。信徒は最初の月で八千人を超えた。
SNSには「本物の鳴き声」を名乗る音声が氾濫した。加工され、逆再生され、周波数をずらされ、クジラの声を混ぜられた無数の偽物たち。ある音声は「聞くと運気が上がる」とされて三億回再生され、ある音声は「聞くと回収される」とされて、やはり三億回再生された。
週刊誌記者の倉田は、もう少し上等な物語を探していた。
「予言者を見つけろ」と編集長は言った。「読者は現象に金を払わない。物語に払うんだ。顔だ。顔をくれ」
倉田はまず、誰もやっていない基本に立ち返ることにした。本物の鳴き声の録音を、一つでいいから手に入れる。偽物が三億回再生される時代なら、本物は三十億回の価値がある。倉田は放送局のアーカイブを漁り、野鳥録音家を訪ね、盗聴マニアの集うフォーラムにまで潜った。
一つも、なかった。
金色の鳩の声を録った人間は、地球上に一人もいなかった。それどころか、取材を進めるうち、倉田は背筋の冷える事実に行き当たる。聞いた、と証言する人間すら、一人もいないのだ。教祖の「神の声」は追及すると「心の耳で聞いた」に後退した。偽音声を作った投稿者たちでさえ、口を揃えて言った。「本物ですか? 聞いたことないっすね。誰もないでしょ」。誰も聞いたことのない声の、偽物だけが、世界に溢れていた。
この事件には主人公がいるはずだ、と倉田はまだ信じていた。すべての事件は誰かの物語であり、それを書くのが自分の仕事だ。取材網を辿るうち、倉田は奇妙な噂に行き当たる。増加数を初期の段階で正確に言い当てた男が、東京の、何の変哲もない公園にいる。
佐伯は佐伯で、諸星を調べ上げていた。結果は調べるほどに不気味だった。住民票はある。だが職歴が繋がらない。十五年前の勤務先とされる会社は登記が見つからず、卒業したはずの高校の名簿に名前がなく、写真は一枚も出てこない。SNSのアカウントは無く、ポイントカードの一枚も作った形跡がない。人間の形をした空白だった。
佐伯は諸星を尾行した。
公園を出た諸星は、商店街を抜け、スーパーに寄り、缶コーヒーを一本だけ買って帰る。それだけの、拍子抜けするほど普通の行動だった。佐伯はレコーダーを回しながら十メートル後ろを歩いた。帰宅して波形を開いて、指が止まった。
雑踏の音は録れている。何十人分の足音、話し声、自転車のブレーキ、レジ袋の擦れる音。その中に、諸星の足音がない。
佐伯は翌日も録った。翌々日も録った。距離を五メートルに詰めた日もあった。映像には歩く諸星が映っている。革靴の踵が、アスファルトを規則正しく叩いているのが見える。その音だけが、どのマイクにも、一度も、乗らなかった。ベンチで隣に座れば、プルタブの音は録れるのに。
録れる音と、録れない音を、この男は選んでいる。あるいは――選ばれている。
「あんた、この現象の首謀者か」
ベンチで正面から問い詰めた佐伯に、諸星はゲーム機の画面を見たまま答えた。
「ただのスケジュールだよ」
「何の」
諸星は答えなかった。餌をやる指は止まらなかった。ピ、と電子音が鳴った。答えないのだろう、と佐伯が腰を浮かせかけたとき、諸星は言った。
「保存の」
それきりだった。佐伯はしばらく待ち、それから、待っている自分に気づいて立ち上がった。答えないことと、答えを持っていないことの区別が、この男についてはつかなかった。ただ、保存、という二文字だけが、耳の奥に残った。残った音は、消えなかった。この世界では、それはもう当たり前のことではなくなりつつあった。
倉田が「予言者の素顔」という仮見出しと共にベンチに現れたのは、その翌週だ。諸星は取材を断りもしなかった。ただ全部の質問に「知らない」「暇だから」「安かったから」と答え、記事にできる言葉を一つも渡さなかった。四十分粘った倉田が「あなたにとって、あの鳩は何なんですか」と最後の質問を投げたとき、諸星は初めて考える顔をして、言った。
「鳩だろ」
倉田の手帳のページは、めくってもめくっても白かった。
その頃、戸倉初江の町内会LINEは、一日平均六十件のペースで膨張していた。「◯◯スーパーから水が消えたらしい」「友達の友達が自衛隊関係者で、もう準備が始まってるって」「夜中に、隣の家から自分の家の生活音が聞こえた方いませんか」。真偽は半々、いや三対七だった。初江は流れてくる情報を一つずつ、自分の目で確かめられるものだけ確かめた。スーパーの水は消えていなかった。ただし棚の補充が半日遅れていて、初江はそれを手帳に書き留めた。デマと事実の差は、たいていこの半日分の隙間に棲んでいる。
スーパーの特売日。初江は玉ねぎの棚の前で、見覚えのある男と隣り合った。公園の、缶コーヒーの人だ。
「あっちの店のほうが、二円安いですよ」
口に出してから、初江は自分を呪った。見ず知らずの男に話しかける趣味はない。世間が黄金だ御使いだと騒ぐ中で、初江の防衛線は物価だった。その防衛線が、勝手に喋った。
男は玉ねぎを一つ手に取った。掌の上で軽く弾ませ、重さを確かめ、それから底のほうを親指で押した。
「知ってる。でもあっちは芽が出かけてる」
まともだ、と初江は思った。声も、間も、まともだった。この頃、まともな会話は貴重品になりつつあった。
二人はそのまま、なんとなく同じ方向に歩いた。会話は続かなかった。レジの列で、初江は前に立つ男のカゴを横目で見た。玉ねぎ三個。缶コーヒー一本。それだけだった。
水がない。乾電池がない。カセットボンベも、乾麺も、ラジオの電池も、何もない。この男は、何ひとつ備えていない。
初江は少しだけ不安になった。それから、なぜだか少しだけ安心した。安心した理由を、初江は最後まで自分に説明できなかった。
そして四十一日目の夜が来た。
二十三時九分、世界中の電子機器が一斉に、微弱なノイズを三秒間だけ発した。スマートフォンも、テレビも、補聴器も、心電図モニターも、水田の電気柵も、諸星の古いゲーム機も。すべてが同じ周波数で、同じリズムで、三秒。後にその波形を解析したエンジニアの一人は、報告書に載せられなかった感想を私的なブログにだけ書いた。「サーバーの電源ボタンを押したときの音に似ている。つまり、巨大な何かの起動音に」。
人々が窓の外を見上げたとき、それはもう東京湾の上空にあった。
一辺およそ四キロメートルの多面体が、音もなく、広告も脅しもなく、ただ静かに浮かんでいた。四キロメートルの質量が大気を押しのけたはずの音を、聞いた者は一人もいなかった。
その晩のうちに、世界中の教団の献金額は前日比四十倍になり、ラスベガスは全オッズを凍結し、官房長官は「注視」を「重大な関心を持って注視」に格上げした。




