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第一章「一羽」

最初に見つけたのは、小学三年生の女の子だった。  四月の朝、練馬区の石神井公園。通学途中に池のほとりで立ち止まった彼女は、ベンチの背もたれにとまっている鳥を見て、首を傾げた。  鳩だ。でも、おかしい。  全身が、金色だった。  朝の光を受けて、ぬらりと輝いている。羽の一枚一枚が、まるで金箔を丁寧に貼り付けたように光を弾いていた。目だけが黒く、小さく、ちょこんとこちらを見ている。  女の子は三秒ほど固まった。それからランドセルのポケットからスマートフォンを取り出した。母親に持たされた、防犯用の古い機種だ。シャッターを押す指が、少し震えていた。  その写真が、最初の一枚だった。

 午前八時十七分。  Xへの投稿は、最初は静かだった。 「石神井公園に金色のハトがいた。加工なし。誰か見た人いる?」  リポスト、ゼロ。いいね、三。  午前九時。誰かが画像を切り抜いて再投稿した。「これマジ?CGじゃないの?」  午前十時。テレビの情報番組のSNS担当が見つけた。  午前十一時。リポスト数、四万七千。

 昼のニュースが流れる頃には、石神井公園の周辺道路は身動きが取れなくなっていた。スマートフォンを掲げた人間が池の周りを三重に取り囲み、警察官が二名、困り顔で交通整理をしていた。  肝心の鳩は、まだそこにいた。  ベンチからフェンスに移り、フェンスから地面に降り、地面でしばらく首を振ってから、また飛んでどこかのベンチに戻った。完全に普通の鳩の動きだった。ただ全身が金色なだけで。  鳥類学者がテレビ電話でコメントした。「突然変異の可能性は排除できませんが、これほど均一な金色の発色は前例がありません。標本として確認しなければ何とも」  スピリチュアル系インフルエンサーが投稿した。「金色の鳩は古来より天の使いとされています。この子を見た方は今年中に金運が大きく上昇するでしょう」いいね、十二万。  別のアカウントが投稿した。「どう見ても塗料。動物虐待で通報した」いいね、八万。  論争が始まった。

 公園の端のベンチに、一人の男が座っていた。  くたびれたカーキ色のジャケット。よれたチノパン。年齢は、わからない。四十にも六十にも見えた。缶コーヒーを片手に、特に急ぐ様子もなく、金色の鳩をぼんやり眺めていた。  隣に報道陣のカメラマンが腰を下ろした。機材の重さにベンチがきしんだ。 「すごいですね」とカメラマンが言った。特に誰に言うでもなく。 「そうですかね」と男が言った。 「本物だと思います?」  男は缶コーヒーを一口飲んだ。鳩の方を見たまま、少し間を置いてから言った。 「本物かどうかより、あの鳩が何も困ってないのが気になりますね」 「は?」 「ほら。あんだけ人間に囲まれて、平気でしょ。普通の鳩なら逃げますよ。あいつ、全然怖がってない」  カメラマンは金色の鳩を見た。確かに、囲まれても飛び立つ気配がなかった。ちょこちょこ歩いて、首を振って、また止まっている。 「……慣れてるのかな」 「どこに?」と男は言った。  カメラマンは答えられなかった。  男は立ち上がり、空の缶をゴミ箱に投げた。きれいに入った。 「諸星さん、また明日」  公園の管理員が遠くから手を振った。男は軽く手を上げて、人混みをすり抜けるように歩いていった。

 三日後、石神井公園の周辺はもう手がつけられない状態になっていた。  池のほとりに設営された報道陣のテントが六張り。近隣住民が「うるさくて眠れない」と区役所に苦情を入れ、区役所は「対応を検討中」と言ったまま何もしていない。コンビニの前には参拝客なのか野次馬なのか判別のつかない行列ができ、誰かが勝手に設置した賽銭箱に本当に小銭が投げ込まれていた。  鳩は、まだいた。  相変わらずベンチとフェンスの間を行き来して、首を振って、地面のパンくずをついばんでいた。誰かが「神様に市販のパンをあげるな」と怒鳴り、「お前こそ近づくな」と怒鳴り返され、警察官が間に入った。  諸星はいつものベンチにいた。  ただし今日は少し端に寄っていた。隣に六十代くらいの女性が座って、手を合わせて目を閉じていたからだ。諸星は特に何も言わず、缶コーヒーを飲みながらスマートフォンの画面を眺めていた。  画面の中では、テレビの生放送が流れていた。

 スタジオには三人いた。  一人目は鳥類学者の男で、眼鏡をかけて終始困り顔だった。「現時点では突然変異の可能性を含め複数の仮説を検討しており、実際に捕獲して検体を調べない限り断言はできません」と、五分に一回同じことを言い続けていた。  二人目はスピリチュアル系の女性で、金色のアクセサリーを全身に身につけていた。フォロワーが三百万人いるらしかった。「あの子はね、間違いなく天の使いなんです。私、見た瞬間にわかりました。あのオーラ、普通じゃない」と、眼を輝かせて言った。  三人目は動物愛護団体の男で、ずっと怒っていた。「状況証拠から見て人為的な着色の可能性が極めて高い。鳥に塗料を塗ることがどれほど残酷か、なぜ誰もそこを問題にしないんですか」と、マイクに向かって身を乗り出した。  司会者が「では鳥類学者の先生、いかがでしょう」と水を向けると、鳥類学者は「現時点では複数の仮説を」と言い始めた。  諸星はスマホの音量を少し下げた。

 隣の女性が目を開けて、諸星の画面をちらりと見た。 「テレビ、見てるんですか」 「まあ」 「あなた、前からここにいますよね。毎日」 「そうですね」  女性は鳩の方を見た。今は三メートルほど先の地面にいて、何かをついばんでいた。 「あれ、本物だと思いますか」  諸星は少し考えた。 「本物じゃない鳩が、三日も同じ公園にいますかね」 「そうじゃなくて」女性は言い直した。「金色なのが、本物かってことです」 「ああ」諸星は缶コーヒーを見た。「そっちですか」 「染めたんじゃないかって、息子が言うんですよ。でも私はそう思わなくて」 「なんでですか」  女性はしばらく黙った。 「なんか、楽しそうじゃないですか。あの鳩」  諸星は鳩を見た。  確かに、楽しそうだった。追い回されても飛び立たず、カメラを向けられても逃げず、ただ自分のペースで歩き回っている。怯えている様子が、まるでなかった。 「そうですね」と諸星は言った。「楽しそうですね」  女性は満足そうに頷いて、また手を合わせて目を閉じた。

 その夜、防衛省の中にある、名前のない部屋で会議が開かれた。  議題は一つだった。  資料の表紙には、あの金色の鳩の写真が印刷されていた。その下に、小さな文字でこう書かれていた。 「本件に関し、米国より照会あり。至急対応を要する」  出席者の一人が言った。「アメリカは共同研究を求めています。事実上の要求です」  別の一人が言った。「断れますか」  沈黙があった。  誰も答えなかった。

 翌朝、石神井公園に二羽目が現れた。


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