会議棟での秘密の会議
ソーマが1学期の間、なにをしていたのかというお話し
* ソーンマルクス=レック *
統一テストの発表があり、1年がなんとかかんとか最下位を免れてほっとした翌日——俺は朝から学園内のとある場所に来ていた。
ふつうに授業を受けているだけだったら絶対に来ないような場所だ。
白騎クラスの寮に近く、円形で、そびえ立つ鉛筆みたいな建物——ここは「会議棟」と呼ばれていた。
こんな場所があること自体知らなかったし、ましてここに通い詰めることになるなんてもっと思わなかったよ。
「くぁ……」
俺が思わず大あくびをすると、
「お疲れですね、ソーマくん。昨日は黒鋼クラスがだいぶ盛り上がっていたと聞きましたよ」
くすりとキールくんが笑う。
ここは会議棟の会議室。長机があって、6人も座ったらいっぱいになるような小さな部屋。
俺と、向かいにキールくんがいて、キールくんの後ろに白騎クラスの上級生が立っている。他には俺の左隣にリエリィがいるだけだ。
「まぁ、まぁ、にぎやかな空気になったのは良かったよ……それよりそっちはどうだったんだ? 1年の白騎クラスが3位はヤバいでしょ」
「ええ——本来なら白騎クラスであろうとなかろうと、実力相応の順位がつくべきなので私はそこまで気にしていませんが……騒ぐ人は多いでしょうね。特に、ヴィルカントベルク家の令嬢が入学した学年で順位が下がったのなら」
「エルフリーデ嬢は1位だったじゃないか」
「難癖をつけられるならなんでもいいんですよ。都合のいいところだけ切り取ればいいのですから」
「うーむ……相変わらず貴族ってのは怖いな」
俺は唸る。
この会議室に来るようになって何度となく感じたのが「貴族って怖い」だ。
ロイヤルスクールに入学して色々学んだと思っていた俺だけど、まだまだ貴族の怖さってのはあるんだということを思い知らされる。教えてくれるのは主にキールくん。
「そのことで……キールくんの立場は悪くなったりしないのか?」
「……多少はあると思いますが、ヴィルカントベルク家ほどではないでしょう」
「そっか。ヴィルカントベルク家ってラスティエル様のところだよな」
「エルフリーデ様はラスティエル様の妹ですよ」
「ほえー」
白騎獣騎士団の正騎士であるラスティエル様にはちょいちょいお世話になっている。
あの人も忙しいだろうに、よく学園まで来てくれるよなぁ。
「私よりむしろ……ジュエルザードお兄様のほうが難しい立場でいらっしゃいます」
キールくんが小さくため息を吐いた。
キールくんが、その小さな肩に背負っている重圧は相当なものだ。キールくんは今やロイヤルスクールの代表であり、ロイヤルスクールに問題があればキールくんが責任を問われることもあるんだとか。
新学期が始まってからの混乱を治めるためにキールくんは駆けずり回っているが、それでもその混乱がキールくんのせいのように言われていると聞いた。
さすがに腹が立ったよ。
今の学園の混乱は、大量の転入生によって引き起こされている。
王都ではない州、マウントエンド州やウェストライン州からの転入生はすべてクラウンザード第1王子の息が掛かっている。
そんな彼らが、白騎クラスや蒼竜クラス、黄槍クラスに入り込んでくるものだから混乱するのは当然だ。しかもロイヤルスクールとは教わっている内容も違うし進度も悪いので、テストの平均点を下げてくる。
不幸中の幸いだったのが、転入生の彼らも勉強に対する意欲が高くて、キールくんが懇切丁寧に遅れている分を教えたところちゃんと吸収して白騎クラスは1位をキープできたということだろう。
いや、それだけじゃないか。
白騎クラスが、キールくんがピンチだと知った2年白騎クラスは一致団結して勉強に取り組んで平均点を底上げしたんだ。
良いクラスだな〜。
だからこそ、負けたくないし、勝ちたいって思っちゃうよね。
ただ、こういう芸当ができたのもキールくんだからこそだ。1年のエルフリーデ嬢はさすがに求心力も足りなくて、白騎クラスにしては多い「28人」というクラスをまとめ上げることができずにクラス順位3位に沈んだ。
同じように黄槍クラスも悲惨だったみたいだな。
そんな状態でも「黒鋼クラスには勝てる」と思っていたのは、ニセモノの過去問をつかませたり、テストをボイコットするよう脅したりしていたからだろう。
「ジュエルザード殿下は去年の卒業生だけど、今のロイヤルスクールが混乱していることがそんなに影響するのかね?」
「直接的にはそこまでないとは思いますが、今の上級生は多かれ少なかれお兄様の影響を受けていらっしゃいます。それにお兄様は心のお優しい方ですから、ロイヤルスクールの現状に心を痛めていらっしゃることかと」
キールくんが言うと、後ろの上級生がうんうんとうなずいている。
ちなみにこの人は学園内にいるときのキールくんのボディーガードだ。ロイヤルスクールがここまで混乱すると、なにがあるからわからないから、ボディーガードを連れるようにとキールくんの家から指示があったらしい。「会議の邪魔を一切しないこと」とキールくんが念押しをして——10回くらい——彼はこの会議室にいる間、一言も口を開かない。でなきゃ、キールくんにタメ口利いてる俺に黙っていられないだろうね。
まあ、ずっと不機嫌そうな顔はしてるんだけども。
しょうがないじゃん、俺とキールくんは友だちなんだからさ〜。
つまりこの会議は、ロイヤルスクールの混乱をどう治めていくか、の会議である。
クラウンザード第1王子の策略でロイヤルスクールが混乱して、ちょっとでもジュエルザード第3王子の評判が傷つけば良くて、頭の片隅に頭痛のタネとして存在してくれればオーケーって感じらしく、クラウンザード殿下は転入生を大量に解き放つだけで他は手を掛ける必要がないからコスパがいいんだよな。マジで性格悪い。キールくんは「クラウンザード殿下の策略とするには少々姑息なのと、ロイヤルスクールへの敬意が感じられないので、違う方の策略ではないかと思うのですが……」なんて言っているが、まぁ、クラウンザード殿下の仲間がやっているんじゃないかな。大量の転入生は、王家の誰かの承認が必要らしいので殿下はサインしているだけ、とかね。
「……それにしても、ニセモノの過去問やボイコットへの脅しだけじゃなく、教員を使って答案用紙の改ざんまで行うというのはさすがに行きすぎだと感じますもの」
リエリィが言った。
騒ぎが大きくなろうとしていたのを察知したキールくんが正騎士の介入を要請した。情報を最初につかんだのはリエリィだった。
モルツブラ先生や他の教員が明らかに第1王子殿下の派閥貴族と接点が増えていたらしく、統一テストのときになんらか行動を起こすべし、といったような会話を耳にしたのだ。
耳にした、というか、ちゃんと諜報活動したってこと。
それでキールくんが正騎士を呼んでくれたんだけど、ラスティエル様だけじゃなく黒鋼士騎士団と蒼竜撃騎士団まで来るとは思わなかったな。
「教員の処罰はあるのかな」
「それはなさそうですもの。未遂でしたから……証拠は残っていません」
「状況証拠だけですね。彼らも証拠が残るようなことはしません」
ぐぬぬ……。
やってることは明らかに不正なのに、それを追及しようとするとするりと切り抜けていくんだよなぁ。
こっちは防御するしかできない。
「あはは、ソーマくん、そんな顔をしないでください。これでも私たちはうまくやれていますよ。ソーマくんが白騎クラスの勉強を手伝ってくれたからこそ2年は安定できましたし」
「いやぁたいしたことしてないよ」
謙遜ではなく俺は言った。
俺がやったことと言ったら、白騎クラスの授業に乗り込んで「えぇ〜? まだ白騎クラスってこのレベルの内容をやってるんですか〜?」とか「ほら、掛かってこいよ。一問一答で俺に勝てるヤツはいねぇのか?」とか煽り倒したくらいだ。
もうね。
殺意の籠もった目で見られたわ。掛かってきた全員を俺は返り討ちにしたけど。
いやほんと、たいしたことしてねーな俺!
「打倒ソーンマルクスで白騎クラスはまとまりました」
「ひぇっ」
「次のクラス対抗戦では必ず黒鋼クラスと当ててくれとみんな神に祈っていますよ。ふふふ。元々白騎クラスにいた者も、転入生もいっしょになって。あははははは」
キールくんがほんとうに楽しそうに笑っている。転入してきたバチバチの第1王子派だったオストレムくんも今やキルトフリューグ派になりつつあるらしい。
共通の敵は大事。
同じようなことを黄槍クラスにもやろうかって持ちかけたんだけど、マテューは「俺のやり方がある」って言ったんだよな。あそこはマテューが恐怖政治でねじ伏せている。マテュー強い。まぁ、腹黒フランシスもいるからふたりで動いて押さえ込んだんだろう。それに、マテューの実家は第1王子派閥寄りだし。
「ほんとうに……ありがとうございます、ソーマくん。黒鋼クラスも大変だったでしょう?」
「あー、確かに。だけどみんなががんばってくれたし、1年生にも光るものを持ったヤツがいたからなんとかなったよ」
「光るものを持った、ですか? 嫉妬しちゃいますね、ソーマくんにそこまで言わせるなんて」
え、嫉妬って言った?
なにこの天使、可愛い。
後ろに立ってる上級生が唇を噛みすぎて紫色になってるけど、君も嫉妬しちゃったか? ん?
「緋剣クラスの情報網があったから乗り切れたってところもある。リエリィもありがとう」
「いえ、まさに緋剣の仕事という感じでしたから。やって当然のことですもの。それに序盤はリットさんに動いてもらえましたし」
確かに、我らが情報網である守銭奴ことリットさんも動いてくれてた。
だけどその先、実際の貴族の動向を把握するにはリエリィたち緋剣クラスがどうしても必要だった。
実のところウチのクラス以外にもめちゃめちゃたくさんの問題が起きていて——主に、転入生が引き起こす問題が——その情報を緋剣クラスが仕入れてくれたからこそ事前に手を打てることも多かった。緋剣クラスにも転入生がいたから大変だったろうけど、リエリィはそこもちゃんと情報制御しつつクラスの輪も崩れないようにしつつ動いたらしい。
リエリィもたいがいすごい。
で、学園内で問題が起きたときね。
なにかあったらキールくんよ。
キールくんが出ていけば大抵のことは解決できる。
ほんと、キールくんの仕事量はえぐいってぇ……。
「ソーマくんの言うとおりです。緋剣クラスの働きはほんとうにすばらしかった」
リエリィは無表情だがちょっとだけアゴが浮いている。こういうときはうれしいのだ。まるで喉を鳴らしている猫である。
うれしさを自制心でぎりぎり耐えている。
「……ソーマさん、
「とりあえずは……転入生の混乱はいったん収まったって感じでいいのかな」
「そうですね。教員も、正騎士が介入したことで大きくは動けないでしょうし……まあ、正騎士同士の諍いが起きたことは予想外でしたが」
キールくんが苦笑する。
アレだ、予想外の蒼竜撃騎士団と黒鋼士騎士団だ。
このふたつってめちゃめちゃ仲が悪いんだよな。で、「お前らなんなん? ここはウチが解決するんだけど?」「は? 教師と不正してるのってむしろお前らだろ?」みたいな感じで一触即発。なんなら剣をちょっと抜いてた。
まあ、蒼竜撃騎士団はクラウンザード第1王子の息が掛かってるから、もし今回の騒動の黒幕が第1王子なら蒼竜撃騎士団が出張ってきたのは逆に怪しいんだよな。
黒鋼士騎士団が来たのは謎だけど。
ほんとに謎。
ラスティエル様とノエリーネ様のふたりで十分だった。黒鋼士騎士団が場を荒らしたまである。
「この会議も今日で終わりか〜。ほんとキールくんも、リエリィもお疲れ」
「……はい」
「……お疲れ様ですもの」
ん?
「どしたん。せっかく落ち着いてきたのにふたりとも表情が暗いじゃん」
「新学期はとても大変でしたが、この3人で話せる時間は私にとって楽しい時間でしたから……それがなくなるのは悲しいです」
キールくんがうれしいことを言ってくれる。リエリィもこくこくとうなずいている。
「トラブルがなきゃ集まれないなんて、悲しいこと言うなよ。俺ら友だちだろ? いつだって会ったっていいじゃないか」
「っ! そ、そうですよね!」
ぱぁぁ、とキールくんの表情が明るくなる。
「リエリィもだぞ」
「はい」
淡々としているが、リエリィも喜んでいるのがわかる。
可愛い子たちだな〜。お兄さん、うれしくなっちゃうよ。
年下に慕われるとうれしいよね。
「よーし、それじゃ次はクラス対抗戦に向けて、だな〜。負けないぞ」
「はい。きっと白騎クラスは勝ちますよ」
「ははは……白騎クラスに当たらないよう俺は逆に祈るよ」
いやほんとマジ。
本気の白騎クラスなんてやり合いたくないわ……いや、スヴェンやトッチョは大喜びしそうだけど。





