ふたりの王子のイラ立ち
本章のエピローグ的なもの
* ジュエルザード=クラッテンベルク *
ジュエルザード第3王子は馬上にあった。
ウェストライン州を南西に向けて移動中で、彼に同行するのは白騎獣騎士団の正騎士10名と、王都防衛師団に属する近衛中隊100名である。
「……まったく、我々がウェストライン州の視察なんて、あまりにも軽く見られてはいませんか」
隣を馬で行く副官が言う。
白騎獣騎士団の正騎士であり、王子につく副官ともなればエリート中のエリートだ。何日も掛けて馬で移動しているのに髪は整髪料でばっちり整えられており、白のマントもいまだに白さを保っている。
この白さを見せつけることが白騎獣騎士団の威厳だと彼らは考えており、近衛中隊100名のうち、身の回りの世話をするのが20名で、それ以外に小間使いのように動く者が10名である。
副官が不服に感じているのは、白騎獣騎士団は六大騎士団のなかでも「頂点」であるという自負があり、「州の辺境の視察」などは他の騎士団や州兵に任せておけという感覚が強いからだ。
実際、今回の視察が決まった経緯にはおかしなところがあった。
「『ウェストライン州にモンスター大量発生の兆しあり』……冒険者ギルドからの報告でしたね」
ジュエルザードが言うと、
「はい。モンスターは冒険者が間引くのが道理でしょう」
「彼らの手に負えないのだと私は理解しましたが」
「その場合は、領地貴族の私兵が討伐に当たるべきです。今回のように国王陛下の直轄領との境目にあるのであれば、州兵を派兵します。ふつうなら」
「ですが今回は、陛下自ら私に『行け』と命じられた……」
そこが妙なところだった。
地方のモンスター討伐などに国王が興味を示すなんてことはこれまでなかったはずだ。直轄領の管理責任がある、とは言っても、他の貴族も欲しがらない山奥なので便宜上「直轄領」になっているだけの場所である。
もし仮に住人がいるとしても世捨て人や、逃げ込んだ罪人、それに山賊の類だろう。
「……王都から、殿下を遠ざけようという意図でしょうか?」
副官が声を潜める。
「いえ。私もそれを真っ先に考えましたが、現在、陛下は公務に復帰なさっていらっしゃいますし、ご病気からの健康回復も順調のようです」
ジュエルザードが言っているのは、「陛下は健康だから、まだ後継ぎを決める気がない」という意味だ。
「それに……クラウンザード殿下も私と同じようにモンスター討伐を命じられています」
ジュエルザードはウェストライン州、クラウンザードはノーザングラス州に行けと言われている。
「もしや、これは競争なのでは!? どちらが見事に、かつ素早く、任務を完了できるのかという」
「ははは……。それくらい単純だといいのですがね。任務遂行に応じて点数がつくような……まるでロイヤルスクールのテストですね」
「殿下は卒業したばかりだというのに、このように正騎士任務に従事されていてご立派です」
「このくらいはたいしたことではありませんよ」
ふと、ジュエルザードはロイヤルスクールのことを思い出す。
大量の転入生による混乱が起きているとは聞いているが、そちらはキルトフリューグに任せっぱなしだ。あの優秀な従兄弟——「弟」と呼んでいる彼ならばうまく治めてくれるだろう。
ジュエルザードはジュエルザードでめまぐるしい毎日を送っていた。
国王が病に倒れて面会謝絶となり、そのタイミングで次期王位継承へ向けての動きが一気に加速した。貴族への根回しはもちろん、官僚とも話して今の王国にどんな問題があるのかを学び、学者とも議論をした。
この視察遠征は、1日のほとんどが馬上である。
むしろ、息抜きですらある。
(……それにしても、ロイヤルスクールでの出来事は、クラウンザード殿下がやるにしては姑息ですね……)
ジュエルザードから見て、クラウンザードは傲慢で、金遣いが荒く、けんかっ早い。およそ国王にふさわしいとは思えない男だが、ロイヤルスクールを混乱させるような、回りくどい策略は練らないタイプのはずだった。
(……まあ、殿下も周囲に人が増えていることでしょうし、姑息な手を献策する者もいるのでしょう。問題は、殿下がそのような策略を採用していること。なりふり構わず王位継承を目指すのであれば、これは手強い)
放蕩の限りを尽くしているだけの男だったら放っておいても自滅するが、最近は着々と有力貴族を取り込んでいると聞いている。
その切り替えの速さに、ジュエルザードは驚いたものだ。
(「愚か者」のように振る舞っていたのでしょう)
ジュエルザードはそうにらんでいる。
クラウンザードが取るに足らない男だと考えていたので、ジュエルザードはロイヤルスクールを卒業するまで政治的な活動をしなかった。正騎士になってから着実に実績を作り、次期王位をうかがえば良いと考えていた。
だが、クラウンザードは牙を剥いた。
父である国王が病に倒れたと見るや。
(クラウンザード殿下は各地で遊びほうけているのではなかった。地方の貴族を味方につけていた)
その証拠がロイヤルスクールへの大量の転入生だ。
クラウンザードの後押しがあったからこそ、地方貴族の親たちも自分たちの子をロイヤルスクールへ送り出そうと思ったのだ。ふつうなら、地方の騎士養成校に入るところを、わざわざ中央へ送り出した。
だから、姑息とはいえ、クラウンザードがロイヤルスクールの混乱と「無関係」ということはあり得ない。
クラウンザードの派手な行動が彼の情報をゆがめ、ジュエルザードはクラウンザードの判断を誤った。
「いずれにせよ、急ぎましょう。王都を長く空けたくはありません」
「はっ」
ジュエルザードは馬を走らせる。
クラウンザードの野望。遠地視察における父の意図。
不明確要素は多いが、今この時点で、王都から長く離れていることはデメリットしかないはずだ——。
* クラウンザード=クラッテンベルク *
「クソッ! なにがノーザングラス州の視察だ!」
クラウンザードは声を荒げ、テーブルを叩いた。のっていた食器が音を立てる。
上等なものとは言えない。だが、この辺境の村にあっては最上級のものだ。
ここは村長の屋敷——屋敷と呼ぶよりも「デカい家」と呼んだほうがしっくりくるような建物ではある。
「大体、なぜ飛竜の使用が許可されんのだ。騎獣でもよかろう。機動力があれば移動時間は半分になるぞ……それを『馬で行け』などと」
「クラウンザード殿下とジュエルザード殿下のおふたりを、王都から遠ざけたかったということでしょうか?」
クラウンザードと同じ白騎獣騎士団の側近が言う。部屋には他に、蒼竜撃騎士団の正騎士もいる。
「遠ざけてなんになる?」
「陛下が王都でなにかをなさる……とか。あるいはジュエルザード殿下に地方を経験してもらいたい、とか」
「そのときに俺が王都にいてばジュエルザードが気が気ではないから、いっしょに王都の外に出してしまえ、と?」
「はい」
「バカバカしい」
吐き捨てるようにクラウンザードは言ったが、かといって他に仮説があるわけではない。
「……なんにせよさっさと任務を終わらせて、早く王都に帰るしかないな」
これには全員がうなずいた。
クラウンザードの野望は道半ばもいいところだ。
やらねばならないことも多い。
野心のある貴族たちの取り込みはうまくいっているが、ジュエルザードの基盤である名門貴族家の切り崩しがまったく進んでいない。飛竜を提供しているドラッヘンブルク伯爵がジュエルザードについたことが強く影響している。彼らの団結はより強固になっている。
(チッ、先に名門貴族家に手を回すべきだったか? いや、そうするとジュエルザードも早々と俺の考えに気づいたろう……)
焦るな、とクラウンザードは自分に言い聞かせる。
同じ第1王子と第3王子でも、基盤が違う。それは彼らの母に由来するものだ。
ジュエルザードの母は名門に影響力のある公爵家出身であり、クラウンザードの母は新興の伯爵家。たまたま、父である国王の目に留まったに過ぎない。
だが、それでも第1王子である。
さらに三大公爵家のひとつであるクラストベルクの娘、フローリアを味方につけている自分は、このままいけば王太子になれる——はずだ。
(国王になれば、多くのことを変えられる)
クラウンザードは単に王となる野心を抱いているだけではなかった。
(この国は、停滞している)
貴族家が幅を利かせ、民間の優秀な才能は埋もれて消えていく。まだ、隣国のインノヴァイト帝国のほうが実力主義が徹底しているし、彗星のごとく現れた才能がちゃんと取り立てられる仕組みになっている。
(100年前と今と、なにが変わっているのだ? なにも変わっていない。この王国を大陸の覇者とするには、国の仕組みを変えねばならん)
単に王太子となり、次期国王となるだけなら、「愚か者」のフリをする必要はなかった。
だが国を変える王となるなら、多くの仲間をつけなければならない。
変革には痛みを伴う。
そのときに、腹の底から納得してついてきてくれる仲間が必要だった。
クラウンザードは多くの仲間を探すべく国内を転々とした——物見遊山を装って。
(焦るな。だが、急げ)
クラウンザードもまた、ジュエルザードと同じように任務を最速で終わらせることだけを考えていたのだった。
次回、本章最終話





