統一テストの結果に困惑が多数発生して
* ネイト=アイゼン *
朝食の時間はいつも騒がしい。
黒鋼寮の食堂がざわざわしているのが常だ。
最多人数を誇る2年生が朝からおしゃべりしながら食事をとっているせいだが、1年生も負けておらず、騒がしくなる。
だけれど今日は——静かだった。
いや、正確に言うと2年生は変わらずにぎやかなのだが、1年生は静かだった。
「なんだよ、1年どもが静かだな○」
「こんなに静かなのは肉が全然なかったころ以来だな×」
「ほら、今日は統一テストの結果発表だからじゃないか◇」
2年の男子3人が話している。この3人が女子2年のオリザの取り巻きであることをネイトは知っているし、しかも結構強いことも知っている。
3人目のシッカクが言ったとおり、1年男子が静まり返っているのは今日、統一テストの結果が貼り出されるからだ。
ネイトはヴィリーとダニーとともにテーブルにつきながらも無言だった。
「……何時に発表だっけ」
「朝10時だよ。もう何度も話しただろ」
ヴィリーの言葉にダニーが答えている。
今はまだ8時半。あと1時間半もある。
ネイトもふだんは朝から食欲はあるほうだが——しかもロイヤルスクールに入学してからは朝から剣の素振りもやっているのだ——今日は食事が喉を通らない。パンをスープに浸して、無理やり口に詰め込んでいる。
とそこへ、
「……ネイト」
ゴドバルトとリシャールがやってきた。
「ん……どうしたの、ふたりとも」
「あの、な……結果が出る前に話しておこうと思ってな」
「ああ。俺とゴドバルト、それにミレッタとも話したんだ。もし仮に、黒鋼クラスが……最下位で、誰かが辞めなきゃならないとなったら、俺、ゴドバルト、ミレッタの3人が辞める」
「……え」
思わずネイトは立ち上がった。
「えええええええ!?」
なんだなんだと食堂の注目が集まる。
「なに言ってるんでぇ!? そんなの、リシャールたちが決められることじゃないでしょ!」
「これはけじめの問題だ。いや、自分から志願すればなんとかなるんじゃねぇかっていう読みだ」
「ああ……絶対に1教科目の点数が足を引っ張ったはずだからな……」
ゴドバルトが沈鬱な顔で言うと、彼らに従って1教科目をボイコットしようとした他のクラスメイトたちも目を伏せる。
「……勝手を言うな」
すると、ヴィリーが言った。
「そうだよ。テストサボっただけじゃなくて、辞めるのも勝手に決めるとか、どんだけ勝手なんだよ」
そこへ、ダニーもかぶせた。こういうときにダニーが口を挟むのは珍しかった。
「私たちは、お前たちがテストに戻ってくると信じて、1点でも多く積み上げようと必死に答案用紙を埋めた。クラス順位が最下位にならないようにだ」
「そうだよ。俺たちだってまだあきらめてないんだよ」
「ヴィリー、ダニー……。うん、そうだよ。僕が代表なのは暫定だって自分で言ってたじゃないか。確定しちゃっていいの?」
ネイトは、ゴドバルトとリシャールを見やる。
ふたりはふたりなりに——いや、ミレッタも入れて、仲間も含めて、17人で考えてくれたのだろう。
「これは僕ら、1年黒鋼クラス全員の問題だから……問題はみんなで考えよう。みんなで解決しよう」
「だが、俺たちは——」
「いいの! そう決めたから! こ、このクラスの代表は僕なんでぇ!」
ソーマに押しつけられた「代表」というポジションだったが、ここぞとばかりにネイトが言うと、
「うむ。クラス代表が言うなら仕方なかろう」
「そうそう、代表様のお言葉だぞぉ?」
ヴィリーとダニーが言う。
「……いいのか?」
「いいって言った。何度も言わせない! ……ゴドバルトくん、リシャールくん。みんなで結果を見に行こう。たとえ結果が悪かったとしても、僕ら黒鋼クラスは団結しているってところを見せようよ」
「…………」
ゴドバルトもリシャールも完全には納得できていないようだったが、
「ああ……わかった。そうしよう」
「せめて、俺らの心は折れなかったってところは、見せてやるかぁ」
そう、決まった。
食堂に、すこしだけ活気が戻ってきた。
「……よし、全員だね」
黒鋼寮の前に集まった1年生25人。
2年のソーマたちが「いっしょに行こうか?」と言ったが、ネイトは丁重に断って、自分たちだけで結果発表を見に行くと言った。
男子15人、女子10人。
みんな同じ、黒のパーカーを着ている。パーカーを着ているとちょっと暑いくらいの日も出てきたけれど今日は気温が低めなのでちょうどいい。
みんなの顔がそわそわしている。
いちばんそわそわしているのは僕だな——とネイトは内心苦笑する。
「すこし早いけど、行こう」
ネイトが言うと、全員で歩き出した。
「……ネイト」
先頭を行くネイトの隣に、ミレッタがやってきた。
「あの、あのさ……聞いたよ、話。アタシたちが責任取って辞めるって言ったのに、止めてくれたって……。ありがとう……」
これまでちゃんと話したことがなかった彼女だが、ゴドバルトやリシャールとは結構話をしているようだ。
「ううん。同じクラスだったら当然のことだよ。僕ら……卒業までいっしょなんだから」
「…………」
するとミレッタは難しそうな顔でうつむいた。
「どうしたの」
「……アタシ、オリザ先輩から女子のまとめ役はお前がやれって言われたの」
「そうかぁ。適任だね」
「え? 適任?」
「そうだよ。ミレッタなら1年女子は従うんじゃない?」
「……でも、アタシは……」
ミレッタが言い淀むのは、ニセモノの過去問をつかまされたり、1教科目をボイコットしたりしたことを気にしているからだろう。
「……ミレッタさん。ソーマ先輩ってすごいよねぇ」
「えっ?」
「僕らに授業をしてくれるだけじゃなくって、2年生の勉強も見ているみたいで。それにスヴェン先輩が『師匠』って慕うほどの実力者。しかも、たぶんだけど、僕らの知らないすごく大変なこともいっぱい背負っててぇ……。僕はソーマ先輩みたいになりたいって思った……あっ、も、もちろん、ソーマ先輩そのものには絶対無理だけど、ソーマ先輩の10分の1でもなれたらいいなぁって……ことなんだけど」
まだ、全然ダメだとネイトは思っている。自分はまだまだだと。
それでもいつか、自分に少しでも仕事を任せてもらえるような、そんな騎士になっていきたいとネイトは思うようになっていた。
「……アンタならできるわよ」
「そ、そうかな!? ありがとう、お世辞でもうれしい」
「お世辞じゃないわ。きっと、ソーマ先輩ができないことだってきっとできるようになるわよ」
「あはーははは……さすがにそれは」
「だから、それまではクラスの代表頼むわよ」
「う、うん! ありがとう。ミレッタも、女子の代表がんばって」
「……そうね。きっと、これから話すことも増えると思うけど、よろしく」
同い年の女子との会話なんてほとんどしたことなかったから緊張したけれど話せてよかったとネイトは思った。
それにミレッタの顔がすこし明るくなった。
「お、あそこだ——」
掲示板が貼り出される中庭に来ると、多くの多くの生徒たちが集まっている。
新入生が多いのは毎年のことだ。上級生になるに従って人数が減るのは、掲示内容はいちいち見に行かず、報告の生徒がメモしていくかららしい。
そわそわした新入生たちはそれぞれクラスごとにまとまっているようで、やはり碧盾クラスが多い。
黒鋼クラスが25人でまとまって現れると、他のクラスの生徒たちは距離を置くように離れていく。
「——ほら、アレが黒鋼クラスよ。いつも泥だらけの……」
「——汚れが目立たないように黒いパーカーなんだっけ」
「——わざわざ動物を殺してその肉を食べるなんて野蛮よね」
ひそひそと内緒話しているけれど、半分くらい聞こえる。
だが、クラスメイトたちはもう慣れたもので聞き流している。いや、むしろ順位発表が気になってそれどころではないのかもしれない。
ざわつきが大きくなった。
他のクラスの1年生集団が現れたからだ。
「いちいち見に来るのなんてかったるいったらありゃしないわぁ〜」
黄色のリボンの一団は、アイドルのように容姿の整った黄槍クラスだ。
ウェーブの掛かった金髪は光を浴びて輝かんばかりで、パチリとした碧眼は彼女をチャーミングに見せている。
1年生にしては少々小柄だが、ミレッタよりは大きいように見える。
「モモティ=アクシア=ルードブルク……黒鋼寮に遊びにいらっしゃる、2年生のフランシス様の妹よ」
ミレッタが教えてくれた。
「ほえ〜……すっごい美形だね。あんな可愛い子見たことないよ。フランシス様の妹さんってのも納得だ」
「……ちょっとネイト。ああいう子が好みなわけ?」
「え? 別にそういうわけじゃないけど……」
「そう? ならいいんだけど」
つん、とミレッタが顔を背ける。
なんだかちょっと不機嫌そうだ。
モモティは黄槍クラスの中心人物として振る舞っているようで、周囲の男子も女子も彼女の機嫌をうかがうようにしている。
「あ……」
そこへ、数人の蒼竜クラスの生徒が現れた。
1年生らしからぬ屈強な男子生徒たちに、ゴドバルトが複雑そうな視線を向けている。ネイトも話は聞いていた。ゴドバルトたちは蒼竜クラスで稽古をつけてもらおうと思っていて、ずっと待っていたのにただ外で放置されていただけだったのだと。
けれどネイトが気になったのは蒼竜クラスの中心にいる少女だった。
水色の髪に水色の瞳。あらゆることに対して興味関心がないように見える彼女のことを、蒼竜クラスの男子たちは無視できないように見える。
(あ。目が合った)
だけれどイルゼはすぐにネイトから視線を外してしまう。
(……もう覚えてないのかな)
入学式に遅刻したあのとき、出会った少女。
あれから全然言葉をかわす機会はなかったけれど、ネイトは彼女を忘れることができなかった。
「そこをどけ、黒鋼クラス」
次にやってきたのは白騎クラスだった。
入学試験でネイトと同点首位だった——字の美しさで彼女が首席になったが——エルフリーデ=ソーディア=ヴィルカントベルクが1年白騎クラスの中心人物のようだった。彼女を中心に白騎クラスの集団ができている。
「どけ」と言った少年に、
「……エミール。別に我々は道を塞いではいない」
そう言ったのは、ネイトにとっては意外なことにヴィリーだった。
エミール=ランツィア=フックスブルクは、守旧派の侯爵家であり、よく言えば名門、悪く言えば古いだけの家柄だ。
「目障りだという意味だ。その点においては、ヴィリー=シールディア=モースブルク、お前が黒鋼クラスにいるのは当然の帰結だな。目障りな男が目障りなクラスにいる」
「まだそんな幼稚なことを言っているのか」
「幼稚だと?」
「……エミール様、お止しなさい。私たちは試験結果を確認しに来ただけです」
間に入ったのはエルフリーデだった。
(……ん? なんか疲れてるみたい……?)
ほとんど彼女のことを知らないネイトだが、入学式後の天稟判定をしていたときを思い返すと、あのときの威風堂々、自信満々という姿がちょっと翳っているように感じられる。
もちろん、三大公爵家のひとつとしての凜としたたたずまいは維持されているのだけれど。
「ですがエルフリーデ様。こういう場所で白騎クラスの『格』を見せつけておかないと、家格の劣る者どもが増長するだけですよ」
エミールが言うが、エルフリーデは眉根を寄せて小さくため息を吐くだけだった。
そのやりとりを中断させたのは、学園の職員がやってきたからだった。
脚立を運ぶ者、それに巨大な張り紙を抱える者、数人がやってくると、中庭はさらにざわつく。
「ネ、ネイト、貼り出されるぞ」
ヴィリーももう、エミールのことなんて忘れたように掲示板を見ている。
ダニーの口は半開きだ。
ゴドバルトは腕組みしているが前のめりになっている。
リシャールは「早くしろ。クソッ」と毒づきながら足で地面を蹴っている。
ケルヴィンたちはもう、グループなんて関係なしに集まって掲示板を見つめている。
ミレッタが、ネイトのパーカーの袖をつかんでいた。
「…………」
その手が震えているが、彼女もまた掲示板を見つめていた。
審判が下ろうとしている。
紙が広げられ、掲示板に統一テストの結果が貼り出された——。
ミレッタのデレ期(早い)。
この先が気になるという方は是非、ブックマークと評価をよろしくお願いします!





