1年生代表決定戦
ネイト vs ゴドバルト
* ネイト=アイゼン *
ゴドバルトと相対するとやはりその体躯に目がいく。同じ13歳とは思えない高身長に、太い腕。軽々と槍を持ってビュンビュンと振り回している。
そんなゴドバルトは明らかに納得していない顔でネイトを見ていた。
それもそうだろう——ネイトの運動神経はお世辞にもいいとは言えないし、毎朝剣を振っている姿も、フォームがきれいだとは言え弱々しい。
ネイトが、1年黒鋼クラスの代表になる。
あり得ない。
確かにテストに参加するよう促したのはネイトだし——あのときの話には考えるべきところもあった。でも、それでも、ゴドバルトは「テストをボイコットした」のも「テストを受けた」のも自分の決断だと信じている。
自分が「そうあるべき」と信じたから「そうした」のだと。
それを2年のソーマはわかっていない。授業のときにはいるがふだんの行動を見ていない。だからネイトを過大評価しているのだ。
(そりゃ、納得できないってぇ……僕だってワケわかってないんだもん。しかも、こんなだし……)
ゴドバルトが納得していないのは、もうひとつある。
「……お前、メガネはどうした」
ネイトはメガネを外している。
「え、えっと……つけない」
「なぜ」
ソーマにそう言われたから。
さっき、ひそひそと。
「わ、わからない」
「…………」
ゴドバルトの額に青筋が走った。「ひゅーっ」とリシャールが口笛を吹いている。
とそこへ、風呂から出てきたらしいトッチョがやってきた。
「おいソーマ、いったいなにがどうなってんだ」
「見ての通り、ふたりが戦う」
「はぁ? お前、こないだネイトとケルヴィンが対戦したとこ最後まで観てないだろ。なに考えてんだ。ゴドバルトとネイトじゃ——」
「トッチョ」
にっこりと、ソーマは笑った。
「これからネイトが男を見せるんだから、萎えること言うなよ」
「いや、あのな、俺は常識の話を……」
「いつから常識に囚われる男になったんだ?」
「む」
そう言われると、トッチョはなにも言えなくなる。
「俺は常識を越える男」とでも思っているのか。
(な、なんでソーマ先輩はそんなにトッチョ先輩を煽るんでぇ……!?)
むしろ気が気でないのはネイトである。
ソーマがそこまで言うのだから「そんなにすごいのか」みたいな空気が漂い始めている。しかもここにはヴィリーもダニーもいない。味方がいない!
「よし、ふたりともちょっと距離開けて」
ネイトはゴドバルトと距離を置いて立った。
(あれ……でも、なんだろう、この感覚)
剣を握りしめる手に、力がこもる。ゴドバルトはぼんやりとしか見えないのに。
「よし。それじゃ——始め!」
ソーマの声とともに、ゴドバルトは突っ込んできた。
「おおおおおおっ!」
リシャールに比べれば足が遅いが、その巨体が突進してくるのはさすがに迫力がある。
ぶうんと振り下ろされる木槍に、手加減は一切ない。
「!」
ネイトは半身をズラして剣をナナメに構えて受け流す。
乾いた音とともにすさまじい衝撃が腕に伝わってくる。
(——くうっ、これ、ほんとに同い年!?)
しかも渾身の一撃というわけではなく、矢継ぎ早に次の攻撃が放たれる。
突きの3連は、服をかすめた。
足元の薙ぎ払いは不格好にジャンプすることしかできない。
防戦一方で、疲労が一気に溜まっていく。
「逃げてばっかりじゃねぇか!」
「ちゃんと勝負しろ!」
「やっぱりゴドバルトさんにかなうわけがない!」
外野が声を上げる。
その騒ぎが聞こえたのか、いくつかの部屋の窓が開く。他の学年はもちろんネイトと同室のヴィリーとダニーも戦っているのがネイトだと気づき、弾かれるように窓を離れる——こっちに来るのだろう。
その姿を、ネイトは見ていない。見る余裕もないし、メガネもないから見えていない。
「…………」
フーッ、フーッと息をするゴドバルト、それにリシャールは、難しい顔をしていた。
「やるじゃん、アイツ」
トッチョがソーマに言う。
「ああ……。ちゃんとかわしてるだろ? 短期決着のつもりだったゴドバルトは思い通りに行かなくてイラついてるみたいだな。もう、槍の筋が乱れてる。トッチョ、お前ちゃんと指導してんのか?」
「あのなぁ、入学して1か月でそこまでできねーって。大体ゴドバルトは、本領が斧槍だぞ」
「斧槍だと、模擬戦用の木製がないな」
「思うように振り回せないからイライラするんだろ」
「トッチョ〜、ちゃんと指導しろよ。得物が違う戦いなんてよくあることだぞ」
「だからさあ……って、まあいい。ゴドバルトが追い詰めてるぞ」
気合い一閃。
ゴドバルトの振り切った槍を、ネイトは受け止めきれずに木剣を手放してしまう。くるくると宙を舞った木剣が地面に転がる。
勝負は決した——そう思ったのだろう。ゴドバルトは息を吐き、そして、
「これで俺の勝ち——があっ!?」
勝利宣言をしようとした矢先に、手首になにかが直撃した。
思わず、木槍が手から落ちる。
「き、貴様、なにを……」
手首にはすりむいたような傷があった。じんじんと痛むから明日は紫色になっているだろう。
「……まだ勝負はついてないんでぇ……」
ネイトが手にしていたのは——こぶし大の、石だった。
「あ、あいつ! 性懲りもなく、また石持ってやがる!」
ケルヴィンが叫ぶ。
だが、ケルヴィンとやりあったときとは違って、今手にしている石は角が丸くなっており、殺傷能力は低い。模擬戦用の石つぶてだ。
「……そんな石ころを、当てただと? 騎士を目指す者の戦いで、石ころを投げただと!?」
木槍を拾ったゴドバルトが怒りに吠える。
そしてネイトへと突進する——ただでさえ、ネイトとの1対1なんて気が進まず、さらには木剣を吹っ飛ばして勝利したと思ったところへ、石つぶてを食らった。ゴドバルトの怒りはすでに頂点だ。
「でやぁ!」
ネイトが石を放る。その速度は、彼の剣の振り方と比べれば驚くほどに早いが、ゴドバルトは槍でガツンと弾いてしまう。周囲は暗いが、それでも投擲程度は簡単に弾けるという顔をしている。
「プライドを! 捨てた貴様に! 負けるわけがない!!」
最後の1歩を踏み込んでゴドバルトはネイトへと木槍の突きを放った——ネイトは横に跳んでかわす。だがそれを読んでいたかのようにゴドバルトは木槍を引き、逃げた先のネイトを突き刺そうとする。
「ネイト!」
「ネイトくん!」
裏庭の入口にヴィリーとダニーがやってくる。
そして彼らは、見た。
槍がネイトの腹に直撃する——寸前、ネイトが止まった。
逃げようとしたネイトを追った槍だったので、ネイトはその手前でストップしたことになる。
まるで最初から、追撃が来るとわかっていたかのように。
「見えているのか」
ゴドバルトはそこまでしか言えなかった。
「『剛投』」
ネイトの腕の周囲は空気が圧縮されたように揺らいで見える。
身体を回転させて腕を振り切る。槍の真下スレスレを。
放たれたつぶては、先ほどの数倍の速度で飛来する。
それが——ゴドバルトの額に直撃した。手ぬぐいを巻いた、しかも中身は木製の球だった。殺傷能力を大幅に低下させたものではあったけれど、衝撃は確実にゴドバルトを撃ち抜いた。
脳が振動し、意識を刈り取られ、ゴドバルトはその場にくずおれた。
カラン、と乾いた音を立てて木槍が転がった。
「……ふう、ふうっ……」
ネイトの荒い息だけが聞こえるほど、静まり返っていた。
が、
「——おおおおおお! すげえ!」
「——なんだあの1年、やるじゃねえか」
「——カウンターで石を当てるかよ普通」
窓を開けて観戦していた2年生以上の黒鋼生徒が盛り上がると、
「ネイト!」
「ネイトくん!」
「わぶっ」
ヴィリーとダニーに抱きつかれてネイトは尻餅をついた。
「大丈夫か!」
「ケガはない!? なにしてんだよぉ、もう!」
「あはは……なんとか、かんとか」
それを見ていたトッチョが、
「おい、こりゃどういうことだよ? ネイトは毎朝剣の練習してたんだぞ——おい、ソーマ!」
疑問に答えるよりも早くソーマはゴドバルトに駈けつけていた。
「ゴドバルト、聞こえるか!」
「う……」
抱き起こされると、
「……ソーマ先輩……? 俺は、今……」
「気持ちは悪くないか」
「大丈夫です。ちょっとふらつくだけで……」
「痛みは? 触るぞ」
ソーマが額の周辺を触るが、特に問題はないらしい。
「ふー……焦ったわ。頭は危険だよ、頭は」
「ご、ごめんなさい……」
ネイトもやってきて謝っている。
「いや……練習であっても兜をつけさせるべきだった。俺が悪い。ゴドバルト、しばらく食堂で安静にしてろ。なにかあったらすぐに言うんだぞ」
「……俺は負けたんですか」
「そうだ」
「…………」
ゴドバルトがネイトを見る。と同時に、1年生が全員ネイトを見ていた。
「この勝負はネイトの勝ちだ。リシャール、お前もやるか?」
「……いや、やらないっす。エクストラスキルでしょ、あれ。あんなのかわせるわけがない」
確かに回避は難しいが、かわせないこともないはずだ。
ネイトはゴドバルトに確実に当てるために投擲を弾かせ「こんなものか」と思わせた。その上で、ゴドバルトの攻撃の隙を突いて投げた。
つまりはネイトの策略勝ちでもある。
「先輩、知ってたんですか。ネイトがあんなスキルを持っていたことを」
ゴドバルトがソーマにたずねる。
「ああ、知ってたよ。【投擲】レベル100だ」
「……【投擲】……」
あまりに予想外だったのか、ゴドバルトが呆然としている。
「——お前らも見ただろう? スキルってのは自分に合ったものを伸ばすことがいちばんいい。ネイトは【投擲】を伸ばし、使いこなした。どんなスキルだって使いこなすことが重要なんだ」
「だけどよ、先輩。ネイトが【投擲】の練習をしているところなんて見たことないぜ?」
リシャールが聞いてくる。
「練習していたさ、毎日必死でな。なあ、ネイト?」
「は、はい。森で鳥を狩るには石を当てるしかなくってぇ」
「狩りだけで!? もともと【投擲】スキルが高かったんだろ?」
「僕の入学時点のスキルレベルは、全部あわせて38しかなかった」
「あ……」
リシャールは、入学式後にスキルレベルを調べたことを思い出したらしい。
「だけどそれだけでゴドバルトに勝てるのか……? 大体、エクストラスキルを使えるようになったってことをどうやって知ったんだよ」
「身体がわかったんだ。ケルヴィンくんと対戦したときに石を握ったら、『できそう』って思って……それで、ソーマ先輩はゴドバルトくんとの対戦も、最初は剣で、次に石を投げろって。そのためにポーチまでくれて」
ネイトの腰には石を入れておくためのポーチがあった。エクストラスキルを使うときには、手ぬぐいをまいた木製の球を投げろと指示されていた。
「それだけじゃないぞ、リシャール。さっきも言ったとおりスキルってのは組み合わせだ。そこで、ネイトの2つめのエクストラスキルが重要になる」
「2つめ……2つめ!?」
全員が驚いて声を上げる。
「【精読】のエクストラスキル『未来予測』。俺も知らないスキルだが、名前からするにその先の未来が見えるのか?」
「はい。1秒くらい先の動きが見えます……集中しているときだけだけど」
「そ、そんなのズルすぎるだろ!」
ケルヴィンが声を上げる。
「それならお前も取ったらいいぞ、ケルヴィン。だけどな……めちゃめちゃ勉強している俺ですら【精読】のスキルはゼロだ。ネイト、なんかコツがあるのか?」
「え? あ、わ、わからないですけど……家にいたときはじっくり何度も本を読み返してたのと、ここの図書館では必死に文字を読んでました。ほんとに、時間がなかったから、必死に」
「なるほど……そこに、ネイトの天稟があわさったってことか」
「天稟? 僕の天稟『火中の栗』ですか?」
「たぶんだけど、追い詰められたり、自分から厳しい環境に飛び込むと力が湧いてくるんじゃないかな」
「はぁ……」
「だけど平常時はダメ」
「えぇ!?」
「【剣術】の伸びと【投擲】の伸びを比べたら明らかだろ。狩りのときは追い詰められてるもんな……まぁ〜、学園にいる間はずっと過酷な環境だから、スキルは目一杯伸びるぞ!」
「そ、そんなぁ……」
ネイトは涙目になる。
楽はできないらしい。
「よし——それじゃ、改めて聞くぞ。ネイトが1年黒鋼クラスの代表だ。文句があるヤツはいるか?」
ソーマの言葉に、誰も答えない——が、ゴドバルトが手を挙げた。
「……先輩。それは暫定措置ってことでいいですか。次の武技の試験で俺が勝ったら、俺が代表になる」
「おお、いいぞ」
「わかりました」
ゴドバルトは立ち上がり、ネイトに右手を差し出した。
「……クラス代表の座、お前に預けておく。くれぐれもナメられるんじゃないぞ」
「わ、わかった」
ネイトがゴドバルトの手を握り返そうとしたとき、横からソーマが、
「試験をボイコットしてるヤツの言葉とは思えんなぁ? 大体、統一テストの結果だってまだなのに」
「うっ!? ……ぐあっ!?」
「あ、ああっ、ゴドバルトくん、大丈夫!?」
「だ、大丈夫、お前にさっき石を当てられた手首がちょっと……」
握手したら叫ばれたのでネイトも驚いたのだが、なるほど、ゴドバルトの手首は紫色に染まっている。
「ちょ、ちょっと、手首にも薬塗らなきゃ!」
「大丈夫だ、これくらい」
「そうだぞ。ゴドバルトはこんな痛みくらい耐えなきゃな。負けた悔しさのほうがデカいだろうし」
「ふん、リシャール。お前はネイトに挑みもしなかっただろうが」
「……イヤな予感がしたもんでな。まさか2つめのエクストラスキルがあるとは思いもしなかったが……」
「ならばお前は3番手でいいということだな?」
「冗談だろ!『未来予測』の対抗策は思いついたから、勝てる見込みはあるぜ」
「えぇ!?」
「だけど、【投擲】のほうが厄介だ……」
ネイトを中心にゴドバルトとリシャールが話している。そこへ、
「……ゴドバルト。先に治療をしたほうがいい」
「ネイトぉ、君もケガはしてないの?」
ヴィリーとダニーが言った。
「ゴドバルトさん、大丈夫っすか!」
「ミレッタにはなんて言う?」
「見てるんじゃないか、ほら」
他の男子も集まってきた。
1年男子が集まってわいわいとしている。
このとき——今まであった心の距離はなくなっているように見えた。
「……なーに満足そうに見てんだよ、ソーマ。これもお前の想定通りだと言いたいのか?」
「いんや、想像以上に良い結果だったよ。『雨降って地固まる』じゃないけど、やっぱり男子はケンカしてナンボだよなぁ〜」
「やだやだ。野蛮な考えだぜ」
「なに言ってんだよトッチョ。これ、お前とスヴェンが仲良くなったときのことを参考にしただけだぜ」
「あぁ!? 仲良くねーよ!」
「わかったわかった。そんじゃ俺、風呂入ってくるわ」
ひらひらと手を振ってソーマは寮へと戻っていく。
「…………」
興奮冷めやらぬ黒鋼1年男子のなかにいて、ネイトはソーマの後ろ姿を見ていた。
(……聞けなかったな)
ソーマがいったい、この1か月なにをしていたのか。
夜遅く帰ってきて、大体疲れたような顔をして。
(僕が、まだまだ力不足だってことでぇ……)
こうして導いてくれたことのうれしさはあるが、歯がゆさもあった。
もっと力をつけたい。
そしてソーマがほんとうに信頼して任せてくれるような後輩になりたい——トッチョやスヴェンのように。
そう思うネイトだった。
ゴドバルト、最初はただのゴリラだったのに、カッコイイゴリラになってきた





