1年生たちがほんとうに試されるとき
* ネイト=アイゼン *
夕飯時になっても、ソーマは戻ってこなかった。
1年生たちはテストが終わったという解放感もなかった。ニセモノの過去問をつかまされたのが半分以上なので、試験に途中参加だったことも含め——そのせいで黒鋼クラスが最下位になったら誰が退学になるのかという不安もあり、夕飯の時間はどんよりとしていた。
「——だぁ! 辛気くせえ! なんなんだこの空気は!」
食堂でトッチョが叫ぶと、隣のテーブルにいたオレンジ色の髪をした2年生が——リットが答える。
「みんな真面目なんだよ。平均点前後で満足してる君とは違うってワケ」
「……おい、リット。お前、ソーマがいねーからって俺に辛辣にすんなよ!?」
「別にソーマは関係ないでしょ」
「いいや、あるね。最近ソーマが構ってくれねーからってふてくされてるってみんなわかってんだよ」
「はぁ〜!?」
「だから言ったんだ。ソーマが寮長だからって遠慮するこたねぇ、1年のときみたいに同室になったらいいって——」
「ボクとスヴェンをいっしょにするなぁ!」
ソーマは前の寮長であるフルチン先輩——カリエルから引き継いだ部屋がある。その部屋には続きの部屋が小さくひとつだけあったがそこにはスヴェンがちゃっかり収まっていた。
1年生たちは「もしかしてスヴェン先輩とソーマ先輩って、その、デキてるんじゃ……」というあらぬ疑惑が持ち上がりかけたが、スヴェンが「師匠師匠」と言ってソーマの回りをうろうろしているのを見て「なんだ付き人か」「むしろ護衛」と謎の納得をしたのだった。
スヴェンがいまだにソーマと同室だと聞いた黒鋼2年女子の眼鏡少女、ルチカが目を光らせたという話もあるがそれは関係のない話である。
「よし、1年ども! 武器持って表に出ろ!」
トッチョが立ち上がった。
「余計なこと考えてるから憂鬱になるんだ! こういうときはなんも考えられなくなるくらい身体を動かすんだよ! 特訓やるぞ!」
「えぇ〜? 外、もう暗いけど?」
「うるせー、リット。暗いなかで戦闘に入ることだってあるだろうが。——どうする、1年!」
トッチョの声に、戸惑う1年生たちだったけれど、ひとりがのっそりと立ち上がった。
それはしばらく食堂で姿を見なかったゴドバルトだった。
「……先輩、胸を借ります」
「おう」
すると、ケルヴィンを始めゴドバルトのグループの男子だけでなく、リシャールや、他の男子も立ち上がった。
「やります!」
「俺も!」
「…………」
ネイトの向かいにいたヴィリーも立ち上がろうとしたが、座り直した。
ひょろっとしていたヴィリーも、エクストラスキルを使えるようになったこと、森での狩りでの成果で自信をつけ始めたのか、こういうとき積極的に参加するようになった。
「ヴィリー、行かないの?」
「いや……今日はさすがに疲れたから部屋に戻ろうかと。ネイトとダニーはどうする?」
ヴィリーに聞かれ、
「……僕はもうちょっとソーマ先輩を待つよ」
「俺は疲れちゃったからもう寝るわ〜」
「そうか……ではな、ネイト」
「うん、お休み。
ぞろぞろとみんな、食堂を出て行く。
最後に残っているネイトの前に、リットがやってきた。
「君が他のクラスメイトを連れ戻したんだって?」
「……あ、はい」
「ふーん」
リットはネイトをじろじろと見る。
「な、なんですか?」
「なるほどねぇ〜。君ってちょっとソーマに似てるね」
「えぇ!? ぼ、僕が!? そんなの畏れ多いです……勉強はちょっとだけ自信ありましたけど、ソーマ先輩の授業を聞いたら自信なんてなくなっちゃってぇ……」
「ああ、アイツの授業ってマジで頭おかしいよね」
一瞬、リットが遠い目をする。
去年からスパルタで勉強を教わっているリットからすると、もともとさほど勉強ができなかったクラスメイトまで点数を引き上げるソーマのやり方は常識外のものだったし、驚きの連続だった。それに、慣れ始めているのがちょっと怖い。
「……だけど、ソーマの教え方で確実に知識は身につくし、テストの問題も解ける……そうじゃない?」
「は、はい! そうです! テスト問題も、こんなに簡単でいいのかって感じでした」
ネイトはぶんぶんと縦に首を振ってうなずく。
遅れて入ったテストでは、係員の出題内容を聞いて「ん?」と思った。あまりに簡単過ぎると思ったし、むしろ引っかけ問題じゃないかと思ったくらいだ。ゴドバルトたちですら「なんか結構できた」と言っていた。
「ソーマはさ、入学して早々ボクらに勉強を教えてくれたんだ。森まで動物を獲りに行くこともアイツの提案だったし、黒鋼寮を要塞化したりしたのもアイツ、黒鋼クラスの武器調達も……まぁ、多少はボクも手伝ったりしたけどアイツが中心だった」
「え、えぇ……?」
ネイトはうっすらと、狩りはソーマの発案だとか聞いたことはあったが、他のいろんなことにまで手を出しているとは知らなかった。
「あの、先輩たちが持っているカッコイイ黒の武器もソーマ先輩の発案なんですか?」
「そうだよ。アレがカッコイイと思っちゃう時点で、君も男の子だねぇ」
「あーははは?」
それはまるで自分が男の子じゃないとでも言うかのような言葉で、そういうところでリットの正体がバレかねないんじゃないかってネイトは思ってしまうのだが、
「あ、いや、うん! ボクもカッコイイと思ってるよ! うん!」
「…………」
誤魔化すの遅いっす、とネイトは思っている。
「ま、まあ、そんなことはいいんだよ。正直キモイよね、ソーマって」
「えぇ!?」
「あんなにやれんの、同じ2年生だと思えないもん」
「そ、それは……僕だって来年ソーマ先輩ほどのことができるかって言われれば、不可能だと思います」
「だよねぇ。ほんとソーマキモい」
「ちょ、ちょっとひどくない!?」
とそこへ食堂に入ってきたのは、
「ソーマ先輩!」
げっそりと疲れた顔をしたソーマその人だった。
「……どこから聞いてたの?」
「いや、キモイってとこだけ。え、もしかしてもっとひどいこと言ってた!?」
「そうだよ〜」
「えー! なんでだよ! お前に悪いことしてないだろ!」
「後輩を待たせたのは悪いこと」
「後輩……ネイトが?」
「そ。——それじゃあ、ネイトくん。ソーマとお話ししたら? 聞きたいこと、あるんでしょ」
「あ、はい」
去っていくリットの背中に「ありがとうございました!」と声を掛けると、リットはひらひらと手を振って食堂を出て行った。
「アイツ、なんかツンツンしてんだよなー……っと、ネイト。メシ食いながらでいい?」
「もちろんです。……先輩、こんな遅くまでなにを?」
「ああ、うん。いろいろ揉めててさー」
ソーマは厨房から持って来たらしい、パンと肉のスープを食べ始める。
きっと、この2年生の先輩は自分の知らないところで多くの問題に向き合って、そして解決してきたのだろう。入学したばかりのころはまったくわからなかったけれど、今ならそれがわかる。
「ソーマ先輩……ほんとうにありがとうございます」
ネイトはテーブルに手を突いて深々と頭を下げた。
「え? な、なに……急にどうしたんだよ」
「僕の話を聞いてもらえますか」
「もちろん。だから顔を上げてくれって」
ソーマが言うのでネイトは顔を上げる。
そこには気弱だった少年の顔はもうなくて、どこか大人びた感じさえする決意を漂わせたネイトがいた。
「あの……僕の家のことなんですけど」
ネイトは話し始める。
それは、彼の家の物語だ。
遠い、北の山奥にあるアイゼン家。貴族ではないが周辺の集落を実質的に治めていて、なにか問題があれば彼らが解決していたし、集落の人々はアイゼン家を「ボス」と呼んでいた。
そんなアイゼン家なので、必要とされるのは腕っ節だった。貴族のような腹の探り合いや交渉術は必要なくて、ひたすら腕っ節が重要視された。腕力がなければ集落の人々に舐められるし、彼らをモンスターや外敵から守ることができなかった。
10人を超える兄弟がいるネイトだが、兄弟のなかではいちばん弱かった。そりゃもう、ぶっちぎりで弱かった。武技をやらせてはてんでダメで、足も遅いし、本人も兄や姉、弟や妹と比べられるのがイヤになってお屋敷に籠もって本ばかり読んでいた。
それで喜んだのは、人ではなく本たちだろう。お屋敷に運ばれてきてからかれこれ、力自慢にしか興味がない人々ばかりで誰も手に取ってさえくれなかったのだから。
ネイトはそんなふうに、誰と話すこともなく本ばかり読んで過ごしていた。
本を読んでいるときは幸せだった。
家にあった本はすべて読んでしまった。物語もあれば地方の歴史をまとめたものもあり、はたまた神話の本もあった。読み終わってしまうのが惜しくて、1文字1文字を拾うように読んだ。
そんな、書庫に籠もって出てこないネイトを心配した親は、彼を騎士学校に送り出そうと決意する。そして今、彼はここにいるわけだ——。
「……僕は、正直、すごい人を見慣れていたんです。父親はブラックブルベアーと素手で戦って倒すし、姉は剣1本ぶら下げて盗賊のアジトを破壊して帰ってくるような人でぇ」
「ふつうにヤバいんだが」
ソーマがちょっと引いている。
「だから、この学園にも武技ですごい人はいっぱいいるだろうけど、ウチの家と比べたらどうかなって正直思ってたんですけど……ソーマ先輩のすごさは全然違いました」
「えぇ? 俺?」
「はい。勉強もそうですけど、森での狩りや、黒い武器もソーマさんの提案だとリットさんに聞いたんでぇ」
「……んなこと知らなくていいのに」
ちょっと居心地悪そうにソーマが言うが、
「むしろ僕は、聞けて良かったです。僕にもなにか力になれることがあるかもしれないって思えたんでぇ……!」
ネイトは心からソーマがすごいと思った。
勉強は好きだけれど、「勉強になんの力があるのか」と思っていた部分があったのだ。頭が良いより、腕力があったほうが良いじゃないかと無邪気に思っていた——ネイト自身もまたアイゼン家の価値観に染まっていたのだ。
それが、違うとわかった。
勉強する力——発想力や勉強そのものの力がここでは生きるのだ。武技だけじゃない道がここにあるとネイトは気づかされたのだ。
「お、そ、そうか……そりゃ良かった……」
テーブルの反対側からめちゃめちゃ身を乗り出されて、ソーマの口からパンが落ちた。
「——ああ、そうだ」
ちょっと引いていたソーマの目が、きらんと光った。
「そんならネイトに頼もうかな」
「頼み!? ソーマ先輩が僕に!? 僕にできることならなんでもやりますんでぇ!」
「そんなにたいした内容じゃないんだけど……ここから先の1年生の授業はお前がやって」
「……え?」
授業をやる。
自分が教壇に立つ。
ソーマの代わりに?
「むむむむ無理無理無理ですってぇ〜〜〜〜〜〜!」
「できるよ。俺、できない人には頼まないもん」
「できませんよ!? あんなソーマ先輩みたいな楽しい授業!」
「や、でも俺が教える内容はもうすでに理解してたよな? 学園の図書館に通って勉強してただろ?」
「…………」
実は、そうだった。
学園の図書館には早い内から通い始めており、先に勉強をしていたのだ。
教材の数が少なく、高価なので、基本はソーマの話をメモしたり、板書を書き写したりする。それだけでは物足りなかったネイトは、授業が終わって森に行く前の時間——ほんの30分とか、長くても1時間だけれど、図書館に通っていた。
(……驚いた。ソーマ先輩はなんでも知ってる)
なによりも、ネイトはソーマがそれを知っていることに驚いた。
「ソーマ先輩。どうして僕なんですか」
「そりゃ、ネイトにはできるってわかってるからだよ。俺の真似はしなくていい。ネイトが楽しいと思う授業をやってくれ。お前ならできる——みんなをテストに連れ戻すために死ぬ気でがんばったお前には」
「あれは……ただの、僕のワガママで……」
「ワガママを貫き通せるお前は、やっぱり豪族の血を引いてるよ」
ソーマがニッと笑う。
その言葉にネイトは、ふと胸を突かれたような感じがした。
(あ……)
思いがけずこぼれたのは涙だった。あわててメガネをとって、目元をこする。あっという間に涙は引いたけれど、確かに手の甲は濡れている。
(……僕、うれしかった? アイゼン家のひとりだ、ってソーマ先輩に言われて……?)
生まれてこの方、「アイゼン家にふさわしくない」と言われたことはあっても、「豪族の血を引いてる」なんて言われたことはなかった。一度たりとも。両親からでさえも。
愛情が注がれなかったとは言わない。こうして学園に通わせる決断をし、送り出してくれたことだけでも、両親は愛情を注いでくれていると思う。
でも——それでも心のどこかで、「自分はアイゼン家の一員としては不合格」という気持ちがあったのだ。
ぽっかりと空いていた、心の穴。
それを今、塞いでもらえたように感じたのだ。
「わかりました、ソーマ先輩。僕にどれだけできるかはわからないんですけど……がんばります。でもサポートもして欲しくてぇ……」
「もちろんだよ。最初の1か月か2か月はいっしょにやろう」
その言葉を聞いて、ホッとする。
「……ネイト、俺はな、お前が入学したときから、お前なら1年生のリーダーになれるかもしれないって思ってたんだ」
「え——」
「授業をやるだけじゃない。1年代表はお前だ」
「えええええええ!?」
「いいだろ? みんな」
ソーマの視線を追うと、食堂の入口にはいつ帰ってきたのか、ゴドバルトたち1年がいた。彼らは汗をかいていたが、目を丸くしている。
「い、いや、良いも悪いもないっすよ! 先輩、お言葉ですけど、1年の代表はゴドバルトさんです」
ケルヴィンが言うと、
「あ? それならリシャールさんだろうが!」
「違う。ミレッタさんだ」
と、やいのやいの始まるのだが、
「いいや、ネイトだ」
ソーマは言い切る。
1年生から再度不満の声が上がる寸前で、ゴドバルトが彼らを止める。
「……先輩、理由を聞いても?」
「そうだ。納得できねぇ」
リシャールも同調する。
「お前らより強いからだ」
「それは勉強の話でしょう」
ソーマは首を横に振る。
「ネイトは、戦いでもお前たちに勝てる」
「あり得ない」
「それならやってみたらいい。ネイトとゴドバルトと1対1だ」
「えぇ!? そんな、無茶ですよ!」
ネイトが悲鳴のような声を上げる——が、ソーマはネイトにだけ聞こえる声で、こう言った。
「……お前、エクストラスキル使えるだろ?」
どきり、とする。
「それも、2つ」
「え!? な、な、な、なんで——」
ネイトはエクストラスキルに目覚めていた——確かに、2つ。
1つは同室のヴィリーとダニーも知っていることだけれど、2つめについては誰にも話していない。
それなのにどうしてソーマが?
「で、でも先輩、2つめのスキルは——」
「……お前がやるべきことを教えてやる」
ソーマはひそひそとネイトに小声で伝えた。
「え、ええ!? そんなの、対戦でやるなんて!?」
「大丈夫大丈夫、俺を信じろ。——さあ、裏庭に行こうぜ」
ソーマは皿に残った最後のスープを飲み干して、立ち上がった。





