ここからは、俺たちの仕事だ
* ネイト=アイゼン *
その日——最後のテスト科目「法律」が終わると、モルツブラは答案用紙を回収して教室を出て行った。それはいまだに逃げるような様子で、心の距離を感じる。
「…………」
「………………」
「…………」
「………………」
「…………」
みんな、やりきったように呆然としている。遅れて来たゴドバルトたちが必死でテストを解いていたのをネイトも見ていた。
「……行こうか、ネイト、ダニー。今日も森に行くんだろう?」
「うん」
ヴィリーに促され、ネイトとダニーは立ち上がる。そして静かな教室から廊下に出た——ときだった。
「よっ、テストお疲れ様」
「ソーマ先輩!」
そこには2年のソーマ、それにスヴェンやトッチョにオリザといった2年黒鋼クラスの4人がいた。
「テストの手応えは?」
「は、はい、それが——」
ネイトは答える。
ソーマから教わった内容がちゃんと頭に残っていて、手応えはあった、と。
あんなに面白い授業でテストも解けるなんて、ほんとにいいのだろうかと思ってしまうほどに。
「他のみんなも?」
「え、ええ、私もダニーもよく解けたと思います——」
「——俺たちも解けました」
そこへ入ってきたのはゴドバルトだった。
彼の後ろにはグループのケルヴィンたちだけでなく、ミレッタやリシャールもいる。
「ソーンマルクス先輩……俺たちは」
「テストが解けたんだろ? それなら、いいじゃないか。テスト1科目ぶんが途中参加だったのは痛いけど、配点は後半のほうが重いから、その点は不幸中の幸いだ」
どうやらソーマは知っていたらしい。
なぜ、と思ったが、それを知っているのがソーマがソーマたるゆえんなのだろうとネイトは思うようになっていた。リットからは「驚くことばかり」と言われていたし。
「……でも」
暗い顔をしているゴドバルトに、ソーマが笑いかける。
「話は聞いたよ」
話は聞いた?
聞いた、とは——全部?
「お前たちが過去問を手に入れたのは悪いことじゃないと思ってた。なんにせよ点数に執着があるのは大事だからな。だから森に行かないで学園レストランで食事を済ませるのも、テストの点数を取るためならひとつの手段だろうと思ってた」
ソーマの言葉にますますゴドバルトたちがうなだれる。
彼らは、ソーマの言ったとおり高得点を取りたかったのは事実だけれど、森に行かずに学園レストランに行ったのは単に楽をしたかったからだ。
「まさかニセモノの過去問をつかませてくるとは俺も思わなかった……そこは見落としてたんだ」
ソーマが1年生全員を見る。
「……お前たちは授業も、森の狩りもよくがんばった。胸を張れ」
「!」
うなだれていたゴドバルトたちがハッとして顔を上げる。
「ネイト、お前がみんなを説得してくれたらしいな。よくやった」
「……ぼ、僕はただ、自分がそうしたかっただけでぇ……」
「お前の気持ちはみんなに伝わってるよ」
肩に、優しく手を置かれ——そのとき初めてネイトは込み上げてくるものを感じ、目から涙があふれそうになった。
「みんな、今日は寮から出ないでなかにいてくれ。狩りもしなくていい。食堂のおばちゃんたちが腕によりを掛けて料理を作ってくれてるはずだからな」
「あ、あの、ソーマ先輩はどこへ……?」
ネイトたちに背を向けて歩き出したソーマは、ちらりとこちらを見ると、
「ここからは、俺たちの仕事だ」
ひらりと手を振ったのだった。
* ソーンマルクス=レック *
じわり、と後悔が胸に広がる。
新入生にあんな顔をさせてしまった。
俺は——自分が入学したときのイヤな感じを——平民だから見下され、黒鋼クラスだから見下されるのを、防ぎたかった。
だから逆に、黒鋼クラスの内部での争いは放っておいた。むしろケンカしたほうが仲良くなるのはスヴェンとトッチョを見ればわかったからだ。
俺の仕事は外。
他のクラスからの干渉を減らすこと。学園からの理不尽な攻撃を退けること。
(だけど、まさか貴族の子から狙ってくるなんて……)
この1年がんばったが、黒鋼クラスに対する多くの貴族や学園からの偏見は変わっていない。
だからこそ、俺は平民であるネイトたちを気にかけていたし、守ろうとした。
実は、「黒鋼クラスの平民にちょっかいを出してやろう」なんて考える貴族の子が他のクラスにいたんだよ……。
それも、割といっぱい。
で、そんな子が近づいてこないよう他のクラスの2年生と連携していたんだ。彼らも彼らで、黒鋼クラスが本気で反撃してきたら——特にスヴェンやトッチョは武技個人戦で名前を売っていたからな——厄介なことになるとわかっていたから。
だから、ネイトたちにそういう面倒はほとんどなかったはずだ。
それだけに、ゴドバルトたちが手薄だった。他のクラスの貴族とネットワークを持っていることは知っていたけど、そのネットワークはゴドバルトたちを守ってくれると俺は思っていた。その上で、ネイトたちと仲が深まれば1年黒鋼クラスはまとまると俺は考えていたんだ。
(浅はかだった)
敵は老獪な貴族だ。手段を選ばない。たとえ、貴族家同士の関係に少々のヒビが入ろうとも仕掛けるときは仕掛けてくる。
それほど重要な問題が、今、起きている。
「……ソーマ、アンタはほんとに、これが第1王子派閥が仕掛けてきたことだって思ってる?」
オリザちゃんに聞かれ、俺は、
「ああ、そう思ってる」
「だけどおかしいじゃないか。どうして仲間同士で傷つけ合うようなことをするんだい?」
「それくらい、第1王子にとってこのロイヤルスクールが重要ってことだよ……たとえいくつかの、自派閥の貴族家をとりこぼすことになっても」
ゴドバルトの家は小さな貴族ではないけれど、それでも今回、ニセモノの過去問をつかまされた。俺としてはふだんの授業さえ受けていてくれればニセモノの過去問で対策していようが平均点以上は取れるような授業にしてきたつもりなのだけれど、まさか、「ボイコット」を指示されるとは。
これは明確に「黒鋼クラスは他クラスの下につけ」と言っているようなものだ。
当然、ゴドバルトの父や母が聞いたらブチ切れるだろう。だが、彼らは強く出られない。それは学園の内部で起きていることは外から干渉できないというのもあるし、そもそもゴドバルトが黒鋼クラスに入ったことが負い目なのだからというのもある。
(……黒鋼クラスの偏見をなくさないと、ずっと起き続ける問題だな)
いずれにせよゴドバルトは「第1王子派閥から最悪いなくなっても構わない」と判断されたのだ。
「俺にはピンとこねぇんだけど、第1王子はなにがしたいんだよ?」
次はトッチョが聞いてくる。
トッチョには1年生の指導を任せていたから、学園でなにが起きてるかは全然知らないんだよな。
「ロイヤルスクールそのものを支配下に置こうとしているんだよ」
「んん? 学園を?」
「六大騎士団はここの卒業生が大半を占めるだろ? しかも六大騎士団はこの国の武力であり政治すら大きく左右する。このロイヤルスクールを押さえられれば、来年以降、騎士団に入団する生徒は自分の息が掛かった者になる」
「それは……すげーけど、まだるっこしくねぇか?」
「遠回りだけど、確実性は高い。特に今時点ではジュエルザード第3王子の影響力が残っているから、次の卒業生は第3王子に興味を持っている。一刻も早く消したいんだろうね」
「そんなもんかね」
トッチョには話していないけれど、第1王子が手を伸ばしているのは当然このロイヤルスクールだけじゃない。
大都市の首長選定に、税金料率策定。国境警備に騎士団予算。あらゆる政治局面において影響力を出そうとしている。
国王陛下が健在だったからこそ水面下の動きだが、それでも動いている。
全方位戦略だ。
そんなに動けるもんかね、って思っちゃうくらいには動いている——そう、キールくんが言ってた。ジュエルザード殿下は後手に回りがちで、手が回っていない。
だからロイヤルスクールについてはキールくんが任された。
キールくんは学園への大量の転入生対応で大わらわで、まさかニセモノの過去問を使って黒鋼クラスを攻撃するなんて搦め手までは想定外だった。テストが終わってすぐ、キールくんから謝罪のメモが届いたのだが、これはしょうがない。
(……しっかしそんな姑息な戦法、よく思いついたよな? それに黒鋼クラスなんていちばん後回しにされそうなのに)
第1王子と第3王子のドンパチにしては小さいなと思うんだが、実際にやられた。
「……師匠、どこに向かっているんです?」
スヴェンが聞いてくる。こいつは、俺がやろうとしていることや学園で起きていることに興味があるのではなく「テストも終わったので修行に行きたいのですが?」と思っているに過ぎない。顔に書いてあるんだよ! そんくらいわかるわ!
「別にお前ついてこなくていいけど」
「そ、そんな! 私は一生師匠についていきます!」
「お前に必要なのは剣の腕だ。修行してこい」
「なるほど! それが師匠のお望みとあらば!」
突き放されたのかと思って一瞬しょんぼりしたスヴェンは、一転して喜色満面で手を振りながらスタコラサッサと走り去る。こいつ……。
「……ソーマ、アンタってほんっとスヴェンに甘いよね」
「スヴェンがいてもなんもならんだろ。むしろなんでついてきたんだって思ってるよ。それより——ほら、いたぞ」
俺が指差したのは——廊下で先を行く小柄な男、モルツブラだった。
黒鋼クラスの答案用紙を持ってせかせかと歩いている。
歩きながら答案用紙をめくりめくりして、ぶつぶつとつぶやいている。
「……おかしい、なぜこんなに……話では黒鋼クラスの生徒はもっと……これだと点数が高くなるのではないか……」
「モ〜ル〜ツ〜ブ〜ラ〜先生っ」
「ぎょあああ!?」
横からひょっこり顔を出してにこやかな笑顔で挨拶したら、墓場で幽霊に出会ったみたいな叫び声を上げられた。
「な、な、なんですか、君は……2年生のテストが終わったなら帰りなさい」
「いやぁ、先生こそ。回収した答案用紙をどこに持って行くんです? 職員室はこっちじゃないっすよねぇ」
「!?」
図星を指されたようにぎょっとするモルツブラ先生。
はは〜ん、なるほどね。
「そ、それくらいわかっています。答案用紙を確認していたので通り過ぎてしまっただけです」
「そっすか? それじゃ、どうぞ」
俺はモルツブラ先生の横からどいて、右手で「どうぞ」と指し示した。モルツブラ先生は不本意そうな顔で廊下を引き返し、角を曲がる。
「…………」
「………………」
「…………」
「………………」
「……あの、君たち。なんでついてくるんですか?」
後ろ、10メートルくらいの距離をついていったら、先生が振り返った。
「俺たちも職員室に用事があったんですよ〜」
「テストの日に職員室になんて行くものではありません。帰りなさい」
「まあ、まあ、別に誰かの邪魔をするわけでもないんだからいいでしょう? それとも、なんです? 先生は職員室より前に寄るところでもあったんですか?」
「!?」
おーおー。わかりやすい。これまた露骨にビックリしてるわ。
そんな反応されることに俺もビックリだわ。
「な、な、なにを急に、そんなことを……」
「ほら、別に用事がないならいいじゃないですか。行きましょうよ、答案用紙を提出しに——」
「——そこでなにをしている!」
後ろから鋭い声が掛かった。
(……1年の、蒼竜クラスの担任だったっけ?)
高身長で、体格の良い男性教師がこちらへやってきた。モルツブラ先生が手に答案用紙を持っているのを見て、舌打ちしている。
「君らは黒鋼クラスの2年だな? さっさと黒鋼寮へ戻りなさい!」
「俺たち、職員室に用事があるんすよ〜」
「それならさっさと行け。モルツブラ先生の周囲をうろつくな。——先生、こちらへ」
「あ、はい」
モルツブラは蒼竜の教師に言われるとそそくさとそちらへ向かう——のを、トッチョとオリザが横から入り込んで止める。
「先生、答案用紙を持ってくのは職員室じゃないんすか?」
「そんなこと、生徒には関係がないだろう」
蒼竜の教師が苛立たしげに言う。
「おかしいっすねぇ。それじゃあ、職員室で待機している採点官の手に渡る前に、他の誰かに見せるなんてことがあるとでも?」
「……なんの話だ? 意味がわからん。さっさと帰りなさい」
「帰りませんよ、俺たちは」
「なんだって?」
「可愛い後輩たちが必死で書いた答案用紙ですよ。横槍入れられたらたまったもんじゃない」
「——貴様は、我々が答案用紙に細工でもするというのか!!」
大声が、廊下に響き渡る。
「そう思ってるんだよ」
俺ははっきりと、うなずいた。
「き、貴様ッ……! 生徒の分際で、教師を信用しないとは!!」
「あいにく信用できない教師ばかり見てきたもんでね」
「!!」
蒼竜の教師が顔を強ばらせる。
これほどまでに明確に反抗されるとは思わなかったんだろう。
(俺だって穏便にやりたかったよ。敵を作ったっていいことなんてひとつもないもんな。だけど……そっちが先におっぱじめたんだからな?)
第1王子殿下と第3王子殿下がどうこうなんて知ったことか。
俺は、黒鋼クラスの新入生が理不尽な目に遭わされているのなら、絶対に助ける。それは、今の俺たちのクラスの結束と同じだ。
「貴様……黒鋼の生徒風情が……!」
「いいんですか、モルツブラ先生。答案用紙をすぐに持って行かなくて? こんな時間にまで届かなかったら問題が起きたのだとみんなが考えてしまいますよ」
モルツブラ先生はどうしていいかわからず蒼竜の教師を見ている。
……ダメだな、この先生は。ジノブランド先生とは全然違う。ジノブランド先生は妹の命を救いたくて、お金が必要で、それでにっちもさっちもいかなくなってたけど、このモルツブラ先生はただの駒だ。誰かに動かしてもらわないとなにもできないただの駒……。
「……ふん、黒鋼クラスの生徒が、まともな教育も受けずに点数を取れるはずがない。行ってください、モルツブラ先生」
「は、はい」
蒼竜の教師に促され、モルツブラ先生は職員室へと向かう。
俺たちは先生のあとをついていく——蒼竜の教師は、その場に立ち尽くしたまま、俺たちをにらみつけている。
は〜ん、眼力くらいでどうにもなんねーよ。こちとらもっと怖い人の目を見てきたんだから……インノヴァイト帝国の剣聖とか剣聖とか剣聖とか! いやほんと、あの人めちゃくちゃ怖かったけど戦っておいてよかったわ。度胸ついたもん。
俺たちが職員室に着くと、モルツブラ先生の答案用紙がいちばん最後だった。それらは採点官の手に渡って、別室で採点が行われる。採点官は不正ができないように校外から連れてこられる。
「…………」
なんか、すっげー物々しい雰囲気だった。
教員同士がにらみ合っているし、誰も一言も話さない。
「ではこれより採点に入ります」
採点官が言って出ていくと、空気がちょっとだけ緩んだ。
よし、これでもう大丈夫だろう。妙な不正は起きないはずだ……。
「——ソーンマルクス=レック君」
ん?
俺に声を掛けてきたのはちょびひげに、うっすら頭髪が寂しくなっている——2年学年主任のトーガン先生である。イベントを仕切っているのも彼だし、2年白騎クラスの担任も彼だ。
テスト終了後。
声を掛けられる俺。
ウッ、去年の1学期のテスト結果発表時に声を掛けられたときのことがフラッシュバックする! あのときは確か学園長のところに連れて行かれて——。
「ちょっと来なさい」
ここから色々と、1学期の間になにがあったのかが見えてきます





