新入生たちの思惑は錯綜し
* ネイト=アイゼン *
黒鋼寮にちょっとずつ変化が現れ始めた。
剣を伸ばしたい者、槍を伸ばしたい者、弓を伸ばしたい者がそれぞれに集まるようになったのだ。
剣はスヴェンに、槍はトッチョに、弓はオービットに弟子入りのような形であれこれたずねている。
「へぇ〜、いい傾向じゃん」
ネイトから話を聞いたソーマはそう言った。
「い、いい傾向……?」
「うん。つまりもともと仲間だったグループじゃなくて、新しくこのロイヤルスクールでグループを作り始めたってことだろ?」
「ソーマ先輩はもともとのグループは害悪だったって思ってるんですか?」
「ははっ、違う違う。グループはいくつあってもいいってこと」
「?」
ネイトは首をかしげる。ふだん自分がいっしょに時間を過ごす相手は大体同じになるし、それを頻繁に変えるヤツは、逆に言うと「固定のグループがない」ということになるのではないだろうか。
「人のつながりってのはさ、そう簡単に壊れるものじゃないんだ。たとえばゴドバルトが槍を習いたいからトッチョに話を聞くけど、ケルヴィンは剣を習いたいからスヴェンに話を聞くわけだろ? 剣の訓練には相手が必要だから、ヴィリーと手合わせをしたりする」
「はい」
ソーマはよく見ている、と思った。
武技の訓練のときにソーマの姿を見たことはなかったけれど、事実、ソーマの言ったとおりになっている。
「だけどそれはケルヴィンとゴドバルトが不仲になったってことじゃない。人のつながりってのは複層的……何重にもなっているんだ。ゴドバルトの実家とケルヴィンの実家のつながりは消せるもんじゃないだろうしな。だから、それでいいんだ」
「はぁ……」
「ま、ネイトにはまだわからないかもしれないけどな〜。人のつながりがセーフティネットになることもあるんだから」
「?」
ネイトが首をかしげていると、ヴィリーの声が聞こえてきた。そろそろ狩りに行く時間だという。
「ほら、行ってきな。最近、ネイトが落とす鳥がめちゃめちゃ多くて、森の野鳥が全滅するんじゃないかってトッチョが言ってたぞ」
「あの……ソーマ先輩はいかないんでぇ?」
「俺? まあ、でっかい獲物でも出てきたらいくかもな〜」
「でっかい獲物って、猪とか?」
「クマとかね」
「クマ!? そんなのがいるんですか!?」
「ふつうのクマならスヴェンでもトッチョでも倒せるから、すぐに呼ぶんだぞ」
「それはそうですけど……って、ふつうじゃないクマもいるんですか?」
「ははっ。まぁ、まぁ、いいじゃん」
背中を押されてネイトはヴィリーの元へと向かった。微妙に噛み合わない話題で消化不良はあったが、ともかく今日も狩りだ。
ヴィリーとダニーと集まって黒鋼寮を出る。他のメンバーはすでに向かった後らしい。このふたりは剣と槍とそれぞれ習っている武技は違っても、ネイトといっしょに行動してくれる。
「——見て、あれ」
「——うわぁ……黒鋼クラスじゃん。汚い格好」
「——森で動物殺してるって話、ほんとうだったんだ。野蛮過ぎん?」
そんな声が聞こえた。こちらを見て、ひそひそと話しているのは同じ1年生らしき碧盾クラスの女生徒3人。
ネイトたちはお互いの格好を見やる。
……確かに、薄汚れている。
「どうせまたすぐに汚れるから」と洗い方が雑なのもあるし、狩りでの汚れは、その後の肉をさばいたりすることも含めてしつこい汚れがつきやすいのだ。
逆に、碧盾クラスの女子たちはこぎれいだった。ピカピカの服に——碧盾クラスは緑色のブローチを胸につけている。
「気にしないで行こうよぉ」
ダニーに促され、ネイトとヴィリーはうなずいた。
己の境遇を嘆いても、他人の境遇をうらやんでも、意味がない。
だけれど——この状況よりももっとマズい状況があるとは、まさかネイトは思いもしなかった。
「ら、来週、テスト……?」
翌日の授業で早々にソーマから告げられたネイトたちは、あんぐりと口を開けた。
この1か月、ひたすら授業をして、狩りをして、夜はぐっすり眠っての繰り返しだった。
試験でうまくいく展望がまったくない。
「そりゃそうだろ。5月に新学年統一テストがあるって最初に話したろ?」
しん、と静まり返る教室内。
ネイトたちの頭にあったのは「クラスの10%が退学させられる」という条件だった。
(まずい、まずいまずいまずいんでぇ……! 25人のクラスで退学させられるのは……2人か3人!?)
ちらりとクラスを見ると、ゴドバルトやミレッタ、リシャールのグループはひそひそと話し合っており、残りの平民クラスメイトたちは茫然自失という体だった。
誰が辞めさせられるのか。貴族ではなく平民が選ばれるに違いない——ゴドバルトたちのグループは安全圏だ。
「あ〜、言っておくけど、変なこと考えるなよ?」
教室の空気が最悪レベルで悪くなったというのにソーマはのんきだった。
「いつもどおりやってりゃいいから。勉強ってのは裏切らない。この1か月で学んだ時間は君たちの力になってる」
そう言われても、とネイトは思う。
これでテストを乗り切れるとソーマは言いたいのかもしれないが、自分たちにとっては初めてのテストなのだ。
「あ、あのぅ……ソーマ先輩。テストはどんな内容なんでぇ?」
「ん。今まで授業でやったのと変わりないよ。落ち着いて受けること。それがすべてだ」
「でも、授業が終わったら森に行きますし、帰ってきたらへろへろで勉強なんてできなくってぇ……」
「ネイト。勉強なんてのは、ちょっとした時間だってできるし、どこでだってできる。工夫なんだ」
「工夫」
「それに、今から詰め込みなんてしなくても大丈夫だ——おっ、チャイムが鳴ったな。みんな、統一テストの後には武技のテストもあるんだから、狩りも怠らないようにな」
「えぇ……」
ネイトの不安をよそに、ソーマはすぐに出ていってしまった。
ソーマは、授業が終わると姿を消す。そして夜遅い時間に寮に戻ってくる。
ネイトたちはその間、森に出かけるから勉強をしている時間はないのだが——ほんとうにソーマの授業だけで大丈夫なのかという不安がある。
(だって、ソーマ先輩の授業が面白すぎるんでぇ……!)
面白い話を聞いているだけ、という感覚なのだ。それで「テストもオッケー!」と言われても「ほんとか……?」と疑ってしまう。
「ネイト……私も不安だが、ともかく森に行くしかなかろう。食事も大事だからな」
「そうだよぉ。ご飯がなかったらがんばれないし」
「う、うん……そうだね」
不安はあったけれど目の前のやらなければならないことも事実だった。
ネイトたち3人は部屋を出た。
「あ……」
すると他のクラスの生徒たちが、両手に教材を抱えて教師に話しかけにいったり、自習室へ——黒鋼寮にそんなものはないが他寮にはある——向かう姿が見えた。
いつの間にかテストに向けた空気になっている。
自分たちが気づかなかっただけなのだ。
「な、なんか急に焦ってきたんでぇ……」
「私もだ」
「俺もぉ。でも、どうする? 森にいかないなんてないよね?」
ご飯をなによりも重視しているダニーが泣きそうな顔で言う。
「うん……僕らの武技の腕も森で磨かれてきたのは事実なんでぇ、ソーマ先輩も次の武技大会のことを言っていたし、サボれないよね」
結局ネイトはいつも通り森へと向かう。
だが、森へと着いてみるといつもと違うことに気づいた。
「あん? 今日は人数すくねーな」
すでに森で狩りを始めていたトッチョがネイトたちを見て言った。
「え?」
「ほら、貴族でつるんでる3グループが来てねーぞ」
確かに、ゴドバルトとミレッタ、リシャール率いる3グループが来ていない。
夕方になっても、彼らは来なかった。
「……ふぅん」
先に狩りを終えて——当然、大量の動物を狩った上で——ひとり、岩に座って教材を読んでいたトッチョはなにを納得したのかそんなふうに鼻を鳴らした。
「そんじゃ帰るぞー」
トッチョたち2年生は先に狩りを終えて、ここで勉強をしていたらしい。彼らは獲物を担ぐと走り出す。
ネイトたちも走り出すが、そのペースは遅い。
「はぁ、はぁ、はぁ——」
ネイトの猟果は上々だ。いつもはここから鳥を何羽かゴドバルトたちに渡しているのだが、彼らはどうして今日は来なかったのだろうか? 来ないでなにをしていたのか。
わからない。
だが、それが「良い変化」だとは思えなかった。
トッチョたちに遅れることしばらくして、ネイトたちが黒鋼寮に着くころにはとっぷりと日は暮れている。
「ただいま戻りました——」
「——ははは、なにを言っている。この程度の問題ならすらすら解けるぞ」
「——さすがです、リシャールさん」
黒鋼寮のロビーは騒がしかった。そこには、森に来なかったリシャールやゴドバルトたちがいる。
ネイトたちが戻ってきたのに気づくと、彼らは示し合わせたようにロビーを出て自室へと戻っていった。
「あらあら、ネイトくん、おかえりなさい」
食堂のおばさんがやってくる。
「あ、今から羽をむしります」
「来週テストなんでしょう? それくらいはあたしたちでやるわよぉ」
「いいんですか!? 助かります!」
「いいのよぉ。あらぁ、今日もいっぱい獲ってきたのねぇ」
ここからさらに肉をさばく仕事をしなければならないと思っていたが、やらなくていいとわかるとネイトだけでなく他のクラスメイトも喜んだ。
「あの——おばさん。ゴドバルトくんたちは食事を……?」
「ん? ああ、それがねぇ、しばらく要らないって」
「え」
「学園のレストランで食べるって言ってたわ」
「!!」
そういうことか、とネイトは理解した。
ゴドバルトたちは、レストランで食事をすることで狩りに行かなくてもよくなり、そのぶんを勉強することにしたのだろう。
「——ま、レストランの利用は禁じていないからな」
風呂から上がってきたトッチョが言った。
「だけど俺は、はっきり伝えたぞ。狩りは続けろって」
「……ゴドバルトくんやリシャールくんは、それでも森に行かなかったんですね」
「そういうことになる。まあ、強くなる方法は人それぞれだからな——お前らもさっさと風呂に入って汚れを落としてきな」
はい、と言って数人のクラスメイトが風呂に向かうが、ネイトは、
「あの、トッチョ先輩……僕らのテストなんですけど……大丈夫なんでぇ……?」
「ソーマはなんつってるんだ?」
「大丈夫だってぇ」
「じゃあ大丈夫だろ」
「で、でも僕たちはトッチョ先輩みたいに、さっさと狩りを終わらせて勉強する時間を作れなくて……」
「あのな、勉強なんざどこでもできるんだ。俺は去年それを知ったよ」
トッチョが遠い目をしている——入学して早々、最初のテストを前にソーマは鬼軍曹と化してクラスメイト全員を徹底的にしごいたのだが、ネイトはもちろんそんなことを知らない。
「ソーマ先輩も同じことを言ってました」
「まぁな、アイツはバケモノだから、マジでどこでも勉強する」
「どこでも?」
「いつでも」
「いつでも?」
「そうだよ。今この瞬間だって勉強できるだろ」
「ど、どうやって」
「お互い問題を出し合うとか、神話だと神の名前を片っ端から言い合うとかな」
「あ……」
言われてみると、そうだ。
ネイトにとっての「勉強」とは、本を開いてそこに向き合うことだった。でも、テストに関して言えばそうではない。お互いの記憶を確認し、話し合うことで知識を深めることだってできる。
そんな単純なことに気づけなかったネイトがマヌケ——ということはない。
この世界での勉強とは、家庭教師がやってきて教材を読み上げ、暗記させることがほとんどなのだ。トッチョはソーマの手ほどきで自然とそういう「学び合い」を覚えたし、ソーマは当然そうあるべきだと信じ込んでいるので、ネイトたちの「勉強の幅の狭さ」に気づかなかったのだ。
実際、冬の王都でキールが召集した「勉強会」というのは過去に例のない取り組みであり、極めて「新しい」出来事なのである。
「僕がバカでした……トッチョ先輩すごいです」
「え? お、おお! そうだろ!? 俺はすごい——」
「——トッチョはバカだ。師匠の猿まねをしているに過ぎん」
いきなり現れたスヴェンが言うと、
「てめぇ、スヴェン、なんつった今!」
「事実だ。槍ならともかく、勉強のことを誇るなど恥を知るが良い」
「表に出ろ」
「望むところ」
ふたりがまた裏庭へ出ていくのを見て、遅れて風呂から上がってきたオービットが、
「仲が良いですね〜」
「せ、先輩。大丈夫なんでぇ……?」
「問題ないですよ。聞いてたでしょ?『槍ならともかく』ってスヴェンも言ってるんもん。認めてるんですよ」
「確かに」
「じゃれ合ってるだけ——」
——キエエエエッ!
——おりゃああああ!!
金属がこすれあう音、さらには爆発音まで裏庭から聞こえてきた。
本気のバトルだ。
「…………」
「……オ、オービット先輩?」
「……ぼく知ーらないっと……」
そそくさと逃げるように行ってしまった。
「アイツらまーたやってる○」
「どうする、賭けるか×」
「俺はトッチョに銀貨3枚◇」
2年の3人組が賭けまで始めている。
(じ、自由だ……)
黒鋼クラスは自由だ、とネイトは思うのだった。
退学ルールに直面するネイトたち





