新入生の勝負は意外な結末で
* トッチョ=シールディア=ラングブルク *
トッチョは窓から裏庭を見ていた。1年が集まってなにをしているのかと思えば、どうやらバトルが始まるらしい。
「ん、トッチョなにやってるんだよ」
「……なんだソーマか。ほれ」
アゴで示すと、ソーマも理解したらしい。
「意外と早かったなぁ……」
「なんだよ、ソーマ。お前、こうなるってわかってたのか? 1年の内部でもめるって」
「まぁね。俺がどんだけ貴族のわけわからん論理に振り回されてきたと思ってる? トッチョも筆頭だぞ」
「バカ。俺様ほど素直な男はいないだろうが」
「……え、本気で言ってる?」
なに失礼なこと言うんだ、こいつは。
「まぁ、トッチョはともかくさ。俺は前の寮長——フルチン先輩からこう言われたのを強烈に覚えてるんよ。『貴族ってのは常に優越感がねえと死ぬ生き物なんだ。自分がマウントを取れる相手を探しているヤツらにとって黒鋼クラスは格好の獲物ってわけだ。もしそれがイヤだってんなら——悪いことは言わねえ。さっさと学園辞めろ』ってな」
「それは……まぁ、合ってるよ」
「だろ? だから、1年の間でもマウント合戦が起きるのはわかってたよ。最初こそスヴェンにいいようにやられたから出鼻をくじかれたんだろうけど……肉を獲れないとメシが豪華にならないってこともあるし、不満も溜まっきたし、そろそろ頃合いだってことだろ」
「おまっ、俺は、肉は自分で獲れっていうのはソーマが言うからそうしたんだぞ!? 火種になるってわかっててそうしたのかよ」
窓から1年生を見つめながらソーマは言う。
「鉄は熱い内に叩け。ぶつかるなら早いほうがいい……俺はそう思うよ。そんじゃ」
手を振りながらソーマが去っていく。
「見ていかないのかよ?」
「見る必要ないよ——だってネイトが勝つもん」
「え?」
さすがにその言葉にはトッチョはきょとんとした。
ネイトが勝つ?
なぜ?
その真意をたずねる前にソーマはもう廊下の向こうへ消えてしまった。
「どういうことだよ……っつーか、アイツ、疲れた顔してたな」
今さらながらソーマがげっそりしていたことに気がつく。
1年生の授業の準備に、2年生の授業も、ジノブランド先生といっしょにやっている。それでいて白騎クラスや黄槍クラスといった他のクラスからの相談にも応えているらしい。
「マジ、あいつが同じ学年だって信じられないときがあるわ」
実際の中身は転生しているので違うのだが、それはトッチョのあずかり知らぬことである。
「おっと、それよりこっちだ」
トッチョが窓から見ると、どうやら先鋒戦はネイトが出るらしい。
「……アイツ、剣はからっきしだったはずだが? 相手はケルヴィンか」
ケルヴィン=シールディア=ロートブルクはゴドバルトのとりまきのひとりだ。ゴドバルトの実家であるブランブルク伯爵家の麾下にある男爵家で、同じく第1王子派閥。
剣のレベルで言えば1年黒鋼クラスでは圧倒的にネイトより上。もっとも、それでもトッチョから見たら棒遊び程度の脅威でしかないが。
ネイトと対峙すると、ケルヴィンは片手で剣を持って構える。へっぴり腰のネイトよりはよほど様になっている——が、
「こういうとこなんだよなぁ〜、ナメくさりやがって……。ケルヴィンのやつ、朝の素振りも適当にやってるからなぁ」
トッチョは辛辣だ。
なまじ、ソーマの「試行錯誤」によってスキルレベルの伸びが見られるようになり、努力が成果につながることを知ってしまったので、怠け者には手厳しい。
「ふつうに戦えばそれでもケルヴィンが勝つが……ネイトはどう出る? アイツ、根性だけはあるはずだが……根性だけで勝てる相手でもねーと思うぞ、俺は」
トッチョが見守るなか、ふたりの勝負が始まろうとしていた。
* ネイト=アイゼン *
相手は貴族の子で、実家で訓練をしてきた。
自分は、山で暴れている兄弟と比べておとなしかった。そんなネイトに、剣を押しつけなかった親の存在はありがたかったけれど、事ここに至るとちょっとくらいやらせていてくれればよかったのにという気持ちもある。
だが今は、そんなことを言っても始まらない。
「ほら、掛かってこい」
右手一本で木剣を構えるケルヴィンを前に、ネイトは動けない。というか、どうやって攻め込んでいいのかがわからない。ここに来てちゃんと木剣を握ったけれど、対人稽古はやっていないのだ。
「来ないのか? それならこっちから——だ!」
「!!」
ケルヴィンが走ってくる。
その速度はけして早くない——実家の父や兄姉の武技を見てきたネイトからすると、遅いも遅い。
だが、ちゃんと目で追えるのと、戦えるのとは違う。
「おらっ!」
「わあ!?」
「おらおら!」
振るわれた剣を、ガン、ガン、となんとか弾いていく。あっという間に手が痺れ、感覚がなくなる。
(だ、ダメだ、剣を落としたら絶対にダメなんでぇ!)
兄たちがよく言っていた——どんな劣勢にあっても剣だけは手から離すな。手から離した瞬間に負けになる。
「チッ」
ケルヴィンは明らかにネイトの木剣を落とそうとしていた。それはスヴェンと対戦したときにあっという間に自分の木剣を叩き落とされたことへのイラ立ちでしかないのだが、それはともかく攻め込むよりもネイトの木剣を落とすことに集中する。
「おらっ!」
「あ——」
下からの斬り上げが、ついにネイトの木剣を空へと放り上げる。
「勝った——え」
「うわああああ!」
ネイトは突っ込むと、ケルヴィンの身体にタックルして彼を押し倒した。そのはずみにケルヴィンの手からも木剣が落ちる。
「この——」
起き上がろうとしたケルヴィンは、自分の身体が動かないことに気づく。ネイトが彼に馬乗りになって、かつ両膝でケルヴィンの両腕を押さえ込んでいるからだった。
ネイトの顔が逆光で見えない。
「へっ、殴ろうっていうのか、アァ!?」
「——バカ、ケルヴィン! 止めろ、ネイト!」
ケルヴィンの仲間が叫んだ。
「え?」
そのとき初めてケルヴィンも気づいた。ネイトが手にしていたのは石だ——ちょうど片手で持てるくらいの大きさだが、先端が尖っている。
「…………」
ネイトの表情が見えない。ただ、石を握りしめて無言でこちらを見下ろしていることはわかる。
「は、はは……石ころ? 冗談だろ? そんなの、騎士でもなんでもない——」
その石はケルヴィンの眉間へと全力で振り下ろされた。
「ネイト!!」
横からヴィリーに飛びつかれ、ケルヴィンの顔面に突き刺さることはなかったが、彼の顔の真横、耳をかすめた地面に石は叩きつけられ、土をえぐる。
ネイトは横倒しに倒された。
「なにやってる!? 勝負だからって目をつぶしていいわけがないだろう!」
目をつぶす。
そう聞いて、ケルヴィンの心臓が縮み上がった。
「大丈夫か、ケルヴィン」
「ア、ア、アイツ……俺の目をつぶすって……」
「こんなもん、無効だ。アイツの反則負けだろ。卑怯にもほどがある。なんとか言ったらどうだ、ネイト!」
問われ、ネイトはむくりと起き上がった。
だが彼は何も言わず——手を見ていた。石を握っていた手を。土に汚れた手を。
そのあまりの無表情が不気味だった。
騎士学園の生徒による剣の戦いが、ゴロツキのケンカのような泥仕合になろうとしたことへの文句をもっと言おうとしたケルヴィンの仲間だったが、思わず言葉が引っ込んだ。
とそこへ、
「——ま、褒められたやり方じゃねーけど、ネイトの勝ちは勝ちだ」
入っていったのがトッチョだ。
「トッチョ先輩!? な、なんでですか! こいつ、剣を飛ばされたのに突っ込んできて石で殴ろうとしたんですよ!」
「勝利条件、決めてなかっただろ。あと、戦場で武器を落としたらお前どうすんだ。拾わせてくれって相手に言うのか? モンスターだったら? 言葉は通じねーぞ」
「だ、だけど、こんなやり方は……」
「お前ら、まだわかってねーのか。ここじゃお前らは貴族でもなければ平民でもない、ただの1年生なんだよ。ぺーぺーの下っ端なんだ。『勝ち』にこだわれ。『勝ち方』にこだわるんじゃねぇ」
「う……」
ケルヴィンたちが黙りこくると、今度はトッチョはネイトへと視線を向けた。
「ネイト」
「あ、は、はい……」
呆然と自分の手を見つめていたネイトは、トッチョに呼ばれて我に返る。
「お前の勝利への執着は悪くねぇ。だけど、ヴィリーが止めてなかったらお前どうするつもりだった?」
「え……」
「同じクラスの仲間を必要以上に傷つけたら、その関係はもう戻らねーぞ」
「…………」
ネイトは、その場に両手両膝をついた。
「ケ、ケルヴィンくん、ごめんなさい! 僕、カーッとなって、我を忘れちゃって……」
謝られたケルヴィンはそれはそれで微妙そうな顔をする。勝負で言えば負けた。だがこうして謝られると、まるで情けを掛けられたような気持ちになる。
「……負けたと思ってねぇからな! 次また再戦だ! 次は完全に俺が勝つからな!」
「は、はい!」
捨て台詞を残すと、ケルヴィンたちは寮へと戻っていった。
「次っていつだよ。このまま再戦すりゃいいのに」
「あ、でも先輩……僕としてはありがたいんです」
「あん?」
ネイトはぎゅっと手を握りしめた。
「……僕、エクストラスキルが使えるようになったかもしれません」
覚醒





