新入生の過酷なる日々
* ネイト=アイゼン *
それから、およそネイトが入学前に思い描いていた「王立学園騎士養成校」のスクールライフとは違う日々が始まった。
毎朝起きると、剣、槍、弓に分かれて素振りをする。
朝食はパンとチーズと野菜たっぷりのスープ、それに謎の酸っぱい果物。果物を残そうとすると寮長ソーマから怒られる。「健全な魂は健全な肉体に宿る」とかなんとか言うが、そんな説教は今までどこの神官からも聞いたことがない。
授業は2年生のソーマが行っている。
モルツブラ先生は? と思ったが、内容は面白いしわかりやすいのでだんだん担任の存在を忘れ始めたネイトである。
ゴドバルトやリシャール、それにミレッタなんかも熱心にソーマの話を聞いている。
だが、「面白い」は「優しい」ということではない。
「テストやるぞ〜」
と、前日の内容を確認するテストを受けさせられる。
簡単なマルバツテストだ。ソーマの質問に対して、目をつぶって左右の手をどちらか挙げるだけ。
ネイトは毎回クリアできているが、クラスの半分ほどが1問以上間違え、ゴドバルトやリシャールたちは結構間違える。そうなると悲惨だ。
「お前たちは居残りな〜」
と言われる。
ただの居残りではない。
居残りをしたぶん、その後のスケジュールが遅れるのだ。
放課後は狩りだ。ネイトはいち早く準備を終え、森へと向かう前に図書館に行く。30分でも、いや、5分でも、本を読みたいという欲求にはあらがえなかった。それから大急ぎで森へと走り、鳥を1羽でも2羽でも落とすと、夕飯が一気に楽しくなる。
だが、居残り組は狩りの時間が少ない。少ないと狩るチャンスが少ないだけでなく、ノウハウが溜まる時間も足りなくなる。
夕飯、ネイトは自分の獲った鳥の肉を同室のヴィリーとダニーに分けるのだが、ゴドバルトやリシャールたちの食事は悲惨だ。
肉をたっぷりとってくると翌朝にも回される。こうしてネイトは集中力が高まり、テストの間違いも減るが、逆にゴドバルトやリシャールたちは集中力が低下し、テストの間違いも増えて居残りが頻発する。
(悪循環だよね……)
ネイトは、5日も経過すると狩りに慣れてきて5羽も落とせるようになってきた——他のクラスメイトより明らかに抜きんでている。
「お前、どうしてそんなに落とせる? 武器は剣だよな」
トッチョに聞かれ、
「はい。鳥は僕らより目がいいんでぇ……草でカムフラージュして息を潜め、枝にとまったところを投石してます」
ネイトは答えた。
「ふむ……」
と返事しながらトッチョはあまり納得していない。「そんなに簡単にできるならみんなできるだろう」という顔だ。
そんなトッチョは、ずんずん森に入っていって鹿やイノシシを狙うので、鳥を狩らない。鳥を落とすのは難しいと思っている。
だが、確かにネイトは身体のあちこちに落ち葉や枯れ草をくっつけているし、服も汚れている。
「仲間に教えていないのか?」
「教えてるんですけど……」
日も暮れかかって森の集合場所に1年が戻ってくるが、ネイトのように小汚い格好をしている者は誰もいない。ただ疲れ切って、服こそ乱れているが、貧相な見た目ではなかった。
ネイトは、今日も獲物なしのゴドバルトたちのところへと歩み寄った。
「あ、あの、これ……僕取り過ぎちゃってぇ、たぶん食べきらないから……」
鳥を2羽差し出した。
「ッ!」
ゴドバルトはネイトの手をはたき、そっぽを向いた。そして自分のグループの仲間とともに歩み去った。とぼとぼのろのろと走って学園目指して走って行く。
「……あ〜あ、無理をしちゃってさ。アイツらがもらわないなら、俺、もらっていい?」
リシャールがやってきて、地面に落ちた鳥を2羽、拾い上げた。
もちろん彼らも収穫ゼロだった。
「あ、も、もちろん」
「恩に着るわ〜」
ひらりと手を振るとリシャールもグループのところへと去っていく。「おお、肉だ!」
「さすがリシャールさん」なんて声が聞こえてくるが、誰もネイトを見はしない。
ネイトの隣へとトッチョがやってきた。
「おい、ネイト。お前は平民だからわからないかもしれねーけど、貴族ってのはプライドの塊なんだ。それを、食事に満足できないくらいじゃ曲げたりはしねぇ。リシャールだって、お前に感謝なんてしてねーぞ」
「……はい」
最初の狩りの日、確かにリシャールは自分の背中を押してくれた。1年にもやれるってことを見せてやれと言ってくれた。ネイトは心の距離が縮まったと思ったのだが——ちょっと違ったらしいと気がついた。
(貴族はプライドの塊……あのときは、負けっぱなしがイヤだったから、僕をけしかけることでちょっとでも虚勢を張れるならいいと、そう思っただけ……)
ネイトはこのとき初めて、貴族と平民との壁を自分の経験として知ったのだった。
それでもネイトは獲った鳥を渡し続けた。
リシャールは表面上感謝して受け取り、ゴドバルトは受け取らなかったが彼の取り巻きに無理にでも渡すと肉を食うようになった。
それから5日間、なんの変化もなかった。
6日目、ゴドバルトの取り巻きのひとりが鳥に矢をかすめた。
7日目、リシャールの取り巻きのひとりがついに鳥を獲れるようになった——。
そこから数日、なにもなく、むしろヴィリーとダニーのふたりが子鹿を仕留めてお祭り騒ぎになったりした。
13日目、ネイトは自分の身体に違和感を覚えた。
「……なんか身体が変なんでぇ」
同室のヴィリーとダニーに言うと、
「…………」
「…………」
ふたりは顔を見合わせ、それからニカーッと笑った。
「え、なに? なにか僕変なこと言った!?」
「ネイト、ついにお前もここまで来たか。男として一皮剥けるときだ」
「うんうん、ネイト〜やったなぁ!」
「え、え、え!?」
左右からふたりに肩を抱かれるがネイトはわけがわからない。
(男として一皮剥けるって、も、もしかして……)
ネイトが思い返すのは実家の屈強な兄たちだ。兄たちは持ち前の豪快さでもって村の女子からの人気はすさまじく、近隣の村々にもファンクラブがあるほど。
そんな兄たちだが見初めた女性にひたすら尽くすタイプであり、異口同音にこう言ったものだ。
——ネイト、「運命の女性」と結ばれたんだ……俺はついに男として一皮剥けた!!
と。
「今から行くか」
「い、今から!?」
いったい今からどこに行くと言うのか。
(男として一皮剥けるためにどこに行くんでぇ〜〜〜〜〜!?)
裏庭だった。
「え?」
手に木剣を持たされた。
「え?」
「ほら、振ってみろ」
「え?」
意味がわからない。
「ネイト、お前は剣で訓練していただろう?」
「え? う、うん」
「念じろ、自分ならできると」
「え——それって、もしかして」
「そう。エクストラスキルだ。私とダニーはもう使える」
「ええええええええ!?」
ビックリした。めちゃめちゃビックリした。
ふたりのスキルレベルは100台の前半だったはずだ。つまり単体のスキルでレベル100を超えているものはなかったはずだし、100に到達するのもふつうならずっと先のはずだ。
だが、こんなことでウソを吐くふたりでもない。
「あ、あー! だ、だからなの!? 鹿を仕留めたのって!!」
いくら子鹿とはいえ、ふたりで剣で仕留めるのは難しいはずだ。
だが、エクストラスキルがあるなら話は違う。
攻撃範囲が広がるし、一撃でも当てられる可能性がぐっと高くなる。
「あのね、俺もヴィリーも、3日くらい前に『あれ、なんか身体の調子が違うな』って思ったんだよぉ。それがなにかはわからなかったけど、森で鹿を見て、夢中で剣を振ったらエクストラスキルが出たんだ! だから、ネイトもそろそろかなって話してたんだよ」
「うむ。だが、変に焦らせたくもなかったので、黙っていた」
「ふたりとも……」
胸が熱くなる。
自分を気遣ってくれたこともそうだし、仲間の成長がうれしかったこともそうだ。
「ありがとう。やってみるよ!」
自分の体調がいつもと違うことは間違いない。
それは、良い意味で、だ。
ネイトは剣を構えた。
ロイヤルスクールに来て、毎朝、先輩の指導の下で剣を振り続けてきた。そんなに早く成果が出たのか、と不思議に思わないでもないが、ヴィリーとダニーのふたりが「できた」と言っているのである。
「すぅぅうぅぅ……」
息を吸って、吐く。
【剣術】のスキルレベル100は「斬撃」。攻撃が飛翔するという特別な技だ。
剣を志す者にとっては入口のスキルではあるが、ここに至るまでに数年は訓練が必要だ。ネイトだってロイヤルスクールに入るために実家で剣を振ってはいたが、貴族の子女よりも一所懸命だったかと言われれば、そんなことはないかもしれない。
だけれどこの黒鋼寮に来てからは1日たりとも素振りを欠かさなかった。
行ける——。
「でぇぇぇぇぇぇぇ!」
剣を振り下ろす。
全力を込めて。
ブンッ——という音とともに、剣が振り下ろされた。
「…………」
「…………」
「…………」
しん……と静まり返る裏庭。
「で……出ないんでぇ」
「出なかった、な……」
「も、もう1回やってみたらどぉ!?」
ネイトはぶん、ぶん、と何度も振り回したが、斬撃の「ざ」の字も出ない。出る気配もない。
「……そう簡単に、スキルレベル100なんて行かないよね……」
ネイトがぽつりと言ったときだ。
「——ぶはっ。あははははは! ダメだ、もう我慢できねぇ!」
笑い声が聞こえてくる。
寮の裏口には3人の男子生徒がいた。ゴドバルトの取り巻きたちが腹を抱えて笑っている。
「なにがおかしい」
ヴィリーが言うと、
「いやあ、そりゃ笑うだろ。平民がイキッてスキルを撃とうとして、いっちょまえに悲しそうな顔してんだから!」
「だよなぁ、スキルレベル100なんてそう簡単にいかねえよ」
「こいつ、自分が鳥を獲れるからって——たかだか鳥程度で自分がすごいとでも思ってるんじゃないのか?」
「べ、別に僕は……そんなつもりは……」
同じクラスのメンバーの食事が貧相で、どうにかしてやりたいと思っただけだった。ネイトの住んでいた実家だと助け合いは基本だし、村ではお互いに食料を融通しあうことも普通だった。
「あのな、俺らは家に帰ればもっと豪勢なメシが食えるわけ。あんな痩せた鳥くらいで調子にのるなよ」
貴族である彼らからすると、平民のネイトから鳥を恵まれることなど気分が悪いったらなかったのだろう。
(……貴族と平民の壁……)
分厚くて高い壁を、今そこに見た気がした。
「なにを言っているのだ、お前たちは」
ヴィリーが言った。
「貴族であろうと平民であろうと変わらない。ロイヤルスクールとはそういう場だ。それがわからぬのなら今すぐ辞めるがいい——辞めぬのであれば、認識を改めよ。我らはこの王国の誇り高き騎士になるのであろう」
ネイトは——それを聞いた瞬間、気がつく。
貴族と平民の壁、じゃない。
ヴィリーは貴族家の出身だ。それが貧乏か、裕福か、なんてどうでもいい問題で——今ここにいる彼の心のありようが大事で。
最初からヴィリーと自分の間には、ダニーとの間にも、壁なんてなかった。
「はっ、笑わせんな、貧乏男爵家が。ゴドバルトさんみたいな伯爵家と対等に話せるわけがないだろうが?」
「なんだと?」
「食いもんぐらいで威張りやがって、いったん、クラスでの上下を決めたほうがいいようだな?」
3人がぞろぞろと出てくるや、裏庭に置かれてあった木剣を手に取った。
「勝負だ。俺らが上だってこと思い知らせてやる」
「愚かだな。剣で上下が決まるのなら、お前らなどスヴェン先輩に一生頭が上がらないということになるぞ」
「あの理不尽野郎といっしょにすんな!」
さすがにスヴェンは別格だと思ったのか、クラスメイトは顔を赤くして腕を振る。
「おい、勝負するんだろ? 勝ち抜き戦だ。それともなにか、鳥を落とせても人に剣は向けられないってか?」
ゲラゲラ笑っている。
「ヴィリー、止めよう。こんな勝負は間違ってるんでぇ」
「……いや、受ける」
「ヴィリー!」
「あのな、ネイト。私は確かに貧乏な男爵家の出身だ。それを言われてもなんとも思わん」
「えぇ……?」
いきなりの開き直りにネイトは首をかしげたが、
「だが、間違ったことを言われると、腹が立つ。お前のように誇れる仲間がバカにされると、腹が立つのだ」
何度も、この友人には驚かされる。
彼はすでに心が騎士なのだ。
それに比べて自分は——ただ「こうなったらいいな」と思っているだけの子どもだ。
(足りない、なにもかも)
このとき初めてネイトは願った。
強くなりたいと。
「わかった、ヴィリー……この勝負を受けるよ」
ネイトは言った。
「僕が先鋒をやる」
小説家としてデビューして、今日で、なんと20年が経ちました。
まさかこんなに長く続けられるとは……。
本作につきましても、面白いと思われましたら是非ブックマークや評価をお願いします!
その応援が力になります。
リアクションもうれしいです!





