くせ者ぞろいの新入生と、それを見つめる先輩と
* トッチョ=シールディア=ラングブルク
今年の1年も、全員、誰ひとり欠けることなく進級させたい——と、ソーマが言ったときには「そう言うと思ったぜ……」とトッチョも思ったものだったし、自分たちが可能だったことだから今年の1年生も大丈夫だろうと「俺にできることなら手伝ってやらぁ!」と安請け合いした。人数は2年のクラスの半分だというし、楽勝だろうという読みもあった。
「いや〜、今年の1年はくせ者ぞろいだな……」
いつも狩りをしている森の前に到着したトッチョは、街道を振り返ってそうつぶやいた。
すでにスヴェンは準備体操を始めていて——ソーマから教わったその体操を1つ間違えることなくきっちりとやっている——勝手に森に飛び込んで行きそうな雰囲気だった。
スヴェンがこちらに気づいた。
「なんだ、ようやく来たのか。たるんでいるんじゃないのか」
「アァ? 俺はお前と違って、1年の様子をうかがいながら走ってきたから遅れただけだっつーの。それだけなのになに勝った気でいるんだよ」
「フッ。負け犬ほど言い訳を吠えると師匠が言っていたが、事実だな」
こいつ……ムカつくところばかりソーマに似やがって、とトッチョは思うのだが、スヴェンの相手をしているヒマはない。
持って来た猟具の確認に、運搬道具をまとめておく。猟は、獲るだけでなく持ち帰ってこそだ。
スヴェンにこういう細かいことをやらせてもうまくいくわけがないのでトッチョやオービットが担当することが多い。
気づけば、スヴェンは森に入っていった。
「クソ、自由人め」
だが、トッチョとてスヴェンの実力は理解している。特に、スヴェンが年末年始に里帰りをしてからの剣は別物だった。
切れが違う。油断していると、負けるだけでなく大ケガにつながるほど。
いったい里帰りでなにをしたのかと聞いたのだが、「実家で剣を振った」としか言わないし、同行していたソーマも「まぁ……確かに。学んだって感じじゃねーよな」とか言っている。それだけで剣が鋭くなるなんてことがあるのかと言いたい。
しかもスヴェンは、
——あの剣は貴様に見せるほどではない。師匠との1対1の特訓のときにしか使わないのだ。
なんて、自慢げに鼻をひくつかせながら言っているのだ。なんだ「あの剣」って。まさか次のエクストラスキルかと思ったが、さすがにそれはない。スヴェンはぎりぎり300に到達したばかりで——300に到達している時点でめちゃくちゃヤバいのだが——次の500はさすがに夢のまた夢だろう。500は、この王国にだって何人いるか、というレベルである。
では「あの剣」とはなんなのか。
考えるが、わからない。
スヴェンに聞くなんて死んでもイヤなので、どうせたいしたことがないんだろうとトッチョは放っておいている——模擬戦のときに追い込めばいつか使うだろうと思っているが、一段階強くなったスヴェンを追い込むことは全然できていない。腹立たしいことこの上ない。
「っと……アイツはどうでもいいや。それより1年だ」
荷物の確認が終わったトッチョは森の入口に戻ってきた。街道のそばに大岩がある。そこは、初めて自分がここに来たときにへばって、もたれた、大岩だ。
あのときはソーマの嫌がらせがひどかった。
こんな距離を走らされるとわかっていたら重装備なんてしてこなかったのに——それでも気合いと根性でここまで走ってきて、疲労困憊になった。そんなトッチョを見てソーマはこの上ない笑顔だった。
ひどいヤツだと思った。
まあ、トッチョもだいぶソーマを嫌っていたから、おあいこみたいなところはあるのだけれども。
今年の1年にはそういった罠もなく、シンプルにここまで走らせたのだが——。
「……ヤベーかもな」
剣の腕に覚えがある、みたいな勘違いキッズは当然いたが、そのレベルは想像以上に低かった。ゴドバルトは多少マシだが、筋肉で鉄の棒を振り回しているだけに過ぎないし、あれでは「槍術」も「斧槍術」もレベルが上がっているか怪しいものだ。せめて体力だけでもあればと思ったが、スタミナはないようで、長距離走では早々に脱落した。
「チッ、ソーマのやつ……難しいお題を出しやがって」
事前にソーマとはこう話していた。
座学はソーマが責任を持つから、武技はみんなでなんとかしてやってくれ、と。
去年のようにソーマが全部やってくれるのかと思っていただけに、それは驚きだった。だがよく考えたらソーマはソーマで2年生の座学も引っ張っていかなければならないし、寮長の仕事に黒鋼総代の仕事も増えている。黒鋼クラスの3年以上はソーマが寮長をやるとなったら「じゃ、総代もよろしく〜」なんて、そんなノリだった。
さらに、である。
新学期早々、きな臭い。
初日からキールやマテューといった面々がソーマのところに来ている。各クラスで問題が起きているらしいとはトッチョも聞いているものの、そういった複雑な問題はソーマが一手に引き受けている。
「…………」
ソーマにおんぶに抱っこ。
去年からの状況はまったく変わっていないという事実に改めて思い当たると——トッチョはイラついた。
難しいお題?
ソーマは、自分の何倍も難題に取り組んでいるのに?
しかも自分は2年のみんなと負担を分け合うことができるのに?
「負けてられるか……武技で1位を取るのはこの俺だぞ!!」
秋の個人戦で武技5位という結果は、トッチョにとっては不満の残るものだった。
トップにはキールがいるし、ヴァントールやマテューもいる。マテューはしかも、自分と同じ槍の使い手だ。
そして、スヴェンが2位をとっているということがなにより腹立たしい。
トッチョは、典型的な「槍の腕に覚えがある、みたいな勘違いキッズ」だった。だがソーマと自分の間にある隔絶した差を感じた。ようやく目が覚めた思いだった。すると今度はゼロから槍をまた学びたくなった。
今は5位。
満足はしていない。
さらに言えば、ソーマ抜きで5位だ。
トッチョは、ソーマが出たらキールだってかなわないだろうと信じている。
「ソーマを超えて1位を取る……!」
今は一途に、槍の道を目指したかった。
実のところそれこそがトッチョの天稟である「一本槍」の特質でもあるのだがトッチョはまだ気づいていない。
「スヴェンもオービットも、3バカトリオも森に入ったか……クソッ、俺だって修行したいのに1年ども、まだ来ないのかよ——」
「——せ、先輩」
最初の1年がちょうどやってきた。
誰だ。
ゴドバルト——は、スタミナ切れっぽかったから、あいつの一派か? それともリシャールってヤツか? リシャールはこすっからい目をしていたが、意外と技巧派で良かった——。
「な、なんとか到着したんでぇ……」
そこにいたのは、まったく想像もしなかった、メガネの少年ネイトだった。
(マジかよ。ノーマークだったぜ)
はぁ、はぁ、と息を切らしているが、去年の自分のように疲労困憊でもう動けないという感じではない。
(それもそうか、軽装にしたんだもんな。後続は……ナシ、か。軽装なのにひとりだけ、ねぇ……見込みは薄いんじゃねーのか、今年の1年は……)
ふとトッチョは、
「あん? お前、武器とか荷物はどうしたよ」
「お、置いてきました……」
「なんでだ。身ひとつでここに来て、どーすんだよ。俺はここで狩りをするっつったぞ。素手でなにをやるんだ」
「武器は仲間が持って来てくれるんでぇ……僕は先に来て情報を手に入れます。森に入らなければわからないことを先に知ります。情報は誰にでも渡せるから、僕がひとりでここに来ることには意味があると思います」
それはただひとり、走りながら考えていたネイトの結論ではあった。たったひとりで先行しても、今さら先輩に追いつくことはできない。だったら、先に着くことに意味を作りたい。そうでなければ背中を押してくれたみんなに申し訳がない——。
もちろんそんなことはトッチョの知ることではなかった。
だが、
(……こいつ、今「仲間」っつったな。だいぶ、自然に)
トッチョは気づいていた。
まだ2日目。
去年、トッチョが入学して2日目にクラスメイトのことを「仲間」だなんて呼べるわけもなかった。なのにネイトは自然とそう呼んでいるのだ。
(悪くねぇじゃん)
トッチョはにやりとした。
こういうヤツは伸びるとトッチョは知っている——それはもうよく知っている。この1年で、どれだけ、黒鋼クラスのクラスメイトが強くなったと思っているのか。
「よし、ネイト。それなら今すぐ森に入るぞ。行けるな?」
「は、はい!」
ネイトはメガネを取るとパーカーの袖で顔を拭いた。その目には決意が籠もっている。
「お前の仲間が来るまで、教えられることを教えてやる。来たあとは、お前が仕切れ」
「はい! ——はい? 仕切る?」
「俺は自分のノルマぶんを狩りに行くってことだ」
「そ、そうじゃなくてぇ! 仕切るってなんです?」
「お前が1年全員に情報を伝えるんだろ?」
「はい」
「じゃあお前が司令塔にならなきゃだろ?」
「えええ!? そ、それはちょっ、む、無理です……! み、みんな僕なんて認めないと思うんでぇ!」
「バカ言え。仲間が、お前の武器を持ってきてくれるっつったんだろ? そんなら、お前に期待してるってことじゃねーか。仲間の期待を裏切るなよ」
「!」
ネイトがハッとした顔をした。そして考え込む。
(ふーん、やっぱ、この短時間でなんかあったんだな。いいじゃねぇか、下の連中も意外と、鍛えがいがありそうだぜ? いいのか、スヴェン。お前は自分のことしか考えてねーけど、俺は1年も伸ばしながら自分自身も強くなってやるぜ?)
トッチョは、さっきまで自分のことしか考えていなかったのに、いつしか1年を鍛えてやろうと思っていた。
それは、ネイトの言葉、覚悟によって変わったのだということにも気づいていなかった——まだ。
「ぼ、僕にできることはがんばります……先輩、よろしくお願いします!」
「腹は決まったな?」
「はい!」
「じゃ、行くぞ——あ、そうそう、大事なことを伝えなきゃいけないんだった」
「?」
「あのな、ひとつだけ決まりがあるんだ——」
ふたりで森に入っていく。この森には多くの生き物がいるが、そう簡単に命をくれはしない。トッチョは、森の中での振る舞いについて説明していく。ネイトは一言一句聞き逃さないように耳を傾けている——仲間がやってきたら教えられるように。
それから1時間して、1年生全員が森に到着したのだった。
「……ネイト、ようやく全員到着したぞ」
ヴィリーは疲労たっぷりという感じだったが、それよりひどいのはゴドバルトや、ミレッタを含む女子たちだった。
みんなその場にへたり込んでいる。
「…………」
「ネイト、先輩はなんと言っていた?」
「…………」
「先に来たのだからなにか話をしたのだろう?」
「…………」
「……ネイト?」
さすがに、黙りっぱなしだったネイトに不審を感じ、ヴィリーがたずねると、顔を伏せていたネイトがヴィリーを見た——次に、他のみんなを。
「み、みんな、この森にはとても多くの生き物がいるんでぇ……僕らはそれを狩らなきゃいけない」
「あ、ああ……そのつもりだよ」
「先輩は、ひとつの条件をつけたんでぇ」
ネイトは言った。
「獣を獲れなかったら、メシはおかず抜き」





