働かざる者食うべからずの道は険しくて
* ネイト=アイゼン *
自分の食い扶持は自分で稼ぐ。
その考えは平民ならば当然だったし、ネイトもそれは理解しているつもりだった。
だから「肉は自分たちの手で獲る」は「まぁ、そういうこともあるかもしれないんでぇ」と納得できたし、考えてみると実家の兄弟はみんな森に入って獣を狩っていた。ネイトは——明らかに狩猟には向いていないので「お前はやらないでいい」とお目こぼしされていたに過ぎなかった。
今まで免除されていたものが、やってきたということだろう。
覚悟はできていた。
自然との戦いが簡単なものではないことはわかっていた。
だから、今日の午後は厳しいものになるだろう——と、思っていたのだが。
「ひぃぃぃぃ……」
厳しい、の意味が全然違った。
「おいおいどーした1年ども! まだ狩り場についてもねーぞ!」
トッチョの声が響く。
ここは街道のど真ん中。ロイヤルスクールから西の森へと向かう道の途中。
2年生に率いられた黒鋼クラス新入生は、街道をひたすら走っていた。
走り出してからまだ30分ほど。距離にしては5キロほど進んだだろうか。
「まあ、ちょうど半分ってところだな!」
「は、半分……」
トッチョの言葉が死刑宣告のように聞こえた生徒も多かっただろう。たった5キロを走っただけと言うなかれ。弓や矢、ナイフ、獲物を運ぶための道具を持っての移動はかなり堪える。しかも、いくら実家で鍛えられてきたとはいっても持久走をやってきたわけではない。むしろ馬術とかが得意な貴族の子たちを走らせているのである。
「よし、それじゃ俺たちは先に行ってるからな! 道は真っ直ぐだから間違うことねーだろ!」
待って、と言う気力さえ起きなかった。2年生たちは速度を上げて走り去った。
「ウ、ウソだろう……」
「無理だよぉ……」
ヴィリーとダニーのふたりは座り込んで荒い息を吐いている。すでに汗は噴き出し、暑いったらない。1年生の隊列は長く伸びており、ゴドバルトたちもだいぶ遅れていた。むしろネイトが先頭グループを率いているほどである。
「ネ、ネイト、お前は……どうしてそんなに、元気なのだ……」
ヴィリーに聞かれ、
「えっ。山育ちなんでぇ……」
これは事実だ。武技はまるで磨いてこなかったネイトだが、教会に行くにも、村長に用事を伝えるにも、とにかく長距離を歩くのがふつうだった。走ることは得意ではないが、体力はまだ残っている。
息は切れた。それでも、しばらく深呼吸をしていると整ってくる。
「ヴィリーとダニーは行ける?」
「む、無理だ……しばらく休む……」
「俺もぉ」
「そっか……」
ネイトがヴィリーの隣に腰を下ろすと、そこへリシャールのグループがやってきた。
「はぁはぁ……ったく、なんだ、この走り込みは……! やってらんねーよ」
目の下のくまといい、不健康そうな代表であるリシャールは、ネイトたちが休憩しているのを見るやその横で大の字になった。
「……なんで、お前は平気なんだ……もしや、エクストラスキル持ちか?」
汗はかいているものの呼吸が整っているネイトにリシャールが聞いてくる。
「ち、違うよ……大体僕、スキルレベル100も行ってないんでぇ」
「そうだったな」
はぁ、はぁ、と荒い息を吐くリシャール。
ぽつりぽつりと他の生徒たちもやってきて休み始める。
「……んで、お前は、なんでここで座ってんだ?」
あれ、まだ会話が続くの? と思ってネイトはリシャールを見ると、彼はこちらを見上げている。忌々しそうな目で。
「ひぇ……」
「なにびびってんだよ」
「べ、別に、そのぅ……とりあえず僕は、同じ部屋のふたりが回復するまで待とうと思ってて」
「あぁ!?」
リシャールが起き上がった。
「ひぇ!」
ネイトが、小動物のように警戒して飛び上がる。
「……行けや」
「え」
「さっさと行け! 先輩追いかけろよ!」
「で、でもぉ……」
「でももクソもあるか!」
ネイトは目を瞬かせる。なぜ、リシャールが怒っているのかがわからない。
「お前、知ってんだろ。俺らは2年に負けた」
「え、う、うん……」
「手も足も出なかった。完敗だよ! 惜しかったとか、ワンチャンあるとか、そんなことすら思えるレベルじゃねーんだよ! あのトッチョ先輩の槍さばきとか、達人レベルだぞ!? 実家が契約してる傭兵団の腕利きだってあそこまではできねぇ!」
それほどの差があるとはネイトは知らなかった。
(あ……そっか。そういうことか)
そこでネイトは納得した。
彼らが黒鋼寮の前に整列させられていたのを見て、「うわぁ、ボコボコにされたのかなぁ」と思ったネイトだったが、リシャールの心を折られたのは「暴力」に、ではないのだ。
圧倒的なレベル差。
それを見せられたのだ。
ただの「暴力」ならば反抗を生む。けれどリシャールは——彼だけじゃなくゴドバルトやミレッタが服従を選んだのは、先輩の力量差に屈服したからだ。
(その気持ち……わかるかも)
自分は勉強が得意だと思っていたネイト。
その彼が、ソーマの授業を聞いて目を開かされた。
明らかな知識量と、そこから生み出されるユーモア。引き込まれる話術。それらは、ネイトが積み上げてきたものと比べたらはるか高みにあることは考えるまでもなかった。
「お前……名前、なんつったっけ」
「……ネイト」
「ネイトよぉ……今この瞬間先輩に追いつける可能性があるの、お前だけだろうが。そんなら行けよ。行って、『今年の1年には骨のあるヤツもいる』って見せてこいよ!」
「あ……」
「……じゃなきゃ、情けなくてどうしょうもねぇだろうがよ……」
リシャールの声がどんどん小さくなっていった。
プライドの塊であるリシャールたち貴族の子は、武技だけでなく、ただ走るだけですら追いつくこともできない。
悔しくてたまらないのだ。
リシャールだけでなく、他の生徒たちもうなだれ、ずずっと鼻をすする者もいて。
「……僕、行くよ」
ネイトは仲間に背を向けた。
「ネイトッ! 荷物置いていけ!」
「お、俺たちが持ってく!」
ヴィリーとダニーが言ってくれる。
「行け、ネイト」
怖かった、関わり合いにもなりたくなかったリシャールの言葉に、背中を押される。
「はい!!」
ネイトは武器を下ろし、背負っていたリュックを下ろし、走り出した。
身軽になった身体が前へ前へと進んでいく——。
その姿を目で追っていたリシャールだったが、ぼそりと、
「……武技がからっきしなのに、体力があるってなんなんだ?」
つぶやいた。
「私も、ネイトと出会ってまだ2日で、彼のことはあまり知らないが……」
それを聞いたヴィリーが言った。先に休んでいたヴィリーはだいぶ回復している。
「……彼が田舎出身であることは事実だ。それで、ノーザングラスの奥地にある実家からこのロイヤルスクールまでやってきたのだが……途中で、乗合馬車のチケットをなくしたという老女と出会ったらしい」
それはネイトがヴィリーに語ったことだった。
入学式の当日、遅刻してきたネイトがあまりにも汚れていたこともあってヴィリーが「どうしたのだ?」とたずねたらネイトが言ったことだった。
「ネイトは自分のチケットを老女に与えたのだという。だが彼は、チケットを新たに買う金がなかった」
「あぁ? バカなヤツだな」
「そう思うよ、私も。だけれどネイトは極めつきのバカだった。彼はそこから歩いてロイヤルスクールを目指したのだ。馬車で5日の距離を」
「ハァ!?」
「しかも馬車で5日でぎりぎりの日程だったがゆえ、夜通し歩いて5日掛かったと言っていた」
「…………」
リシャールは口をパクパクさせたが、言葉が出てこなかった。
「ネイトはスキルレベルも低く、武技の訓練も受けていない。だが、ネイトにはやりきる力があるのだと私は思っている。私は、黒鋼クラスの先輩よりもなによりも、その前に、ネイトというルームメイトにまず驚かされたんだ」
ヴィリーはいいやつ。





