陰謀は密かに進んでいて
* マテュー=アクシア=ハンマブルク *
「……まったく、あなたのほうから連絡してくるとは思わなかったぜ、リエルスローズ嬢」
黄槍クラスの寮からほど近い、庭園の四阿にいるのは3人だった。
ひとりはマテュー、
「この件は、学年全体……いえ、ロイヤルスクール全体で考えるべきだと思いますもの」
ひとりは緋剣クラス2年首席のリエルスローズ=アクシア=グランブルク、
「ですが、私たちの学年の結束が高まっていたのは不幸中の幸いですね」
最後のひとりは碧盾クラス2年女子寮長のクローディア=アクシア=ヴォルフスブルクだった。碧盾クラスは1学年ごとの人数が多いので、学年ごとに男女に寮長が任命され、実質的なクラス委員のような役割を与えられる。
クローディアは三つ編みを後ろに垂らし、メガネをかけている女の子だが、ソーマにいろいろと助けられた過去もあって黒鋼クラスびいきである。
「こんなことになるとは思わなかったぜ。まさか、碧盾クラスと黒鋼クラスが平和になって、黄槍や白騎が大混乱とはな……」
「白騎クラスの話は聞いていますもの。ですが、黄槍クラスにも混乱が?」
「まぁな、白騎や蒼竜のそれとは違うが……」
「あのぅ……私はまだその混乱とやらがよくわかっていないのですが」
そろりとクローディアが手を挙げると、
「ああ、そうかもな。学年に公表するような内容でもないし……白騎と黄槍クラスに、あわせて100人を超える転入生があったんだ」
「え——え!? 転入生が100人も!」
「覚えてるかい、冬の王都で勉強会をやったときにマウントエンド校のオストレムくんが来ていただろ。フランシスがあのときには情報をつかんでいたんだが、アイツを含め、大量に転入生があったってわけだ」
「えぇぇ……」
クローディアはオストレムのことを思い出す。
王都貴族のようにちゃんとした服装だった。
——こんにちは! マウントエンド校から参りましたオストレム=アクシア=ヴィントブルクです。マウントエンド校1年の総代を務めております——。
——いや、皆さん熱心ですね。王国騎士団の未来は明るいな。私は騎士養成校を卒業したら白騎獣騎士団に入団が決まっているのですが、キルトフリューグ様とは同期になりそうですね。
——クラウンザード殿下はほんとうにすばらしい御方です。私のような騎士養成校の1年生にも直接お声がけくださるのですから。マテュー様はクラウンザード殿下と接点がございますよね? 是非とも殿下のことを語り合いたいものです。
——ははは。ヴァントール様もマテュー様もクラウンザード殿下の間近でお支えするには少々荷が重いようですね——王都貴族の皆様のレベルもわかったので私たちはこれで失礼しましょう。
自分の言いたいことを言うだけ言って去っていった——そんな印象しかない、不遜な少年だった。
「えええ……あの人が……」
「あいつひとりだったらまだ良かったんだがな、キルトフリューグ様のクラスには10人も転入してきてるらしい」
「大変ですね……」
「そりゃもう!」
ぱんっ、とマテューは手を叩いた。
「オストレムくんは、転入してくるなり『クラスの代表を決めよう』なんて言い出したんだぞ。彼がたったひとりだったら無視されて終わるが、他の9人の転入生はもちろんオストレムくんの応援団だ。そして、キルトフリューグ様は第3王子派閥だからな……クラスを完全に掌握できてはいない。今ごろ白騎クラスは授業そっちのけで、クラス運営をどうしていくかについて激論が交わされていることだろう」
「白騎クラスへの転入なんて、どうやったらできるんでしょうか。クラス分けは『公正の天秤』によって決まるのでは……」
「転入にはその規則は適用されないらしい。もっとも、ロイヤルスクールが外からの転入を認めるわけがないっていう建前があったからこそだが」
「その建前が崩れた?」
クローディアの疑問には、リエリィが答えた。
「そのとおりですもの。崩したのは——クラウンザード第1王子殿下ですね?」
リエリィの問いに、マテューはうなずいた。
「そのとおり。王族の許可がないと転入は認められないが、その規則は『特例』として認めるという意味合いだ。100人転入させることを前提にはしていない。……リエルスローズ嬢は、第1王子殿下が裏で糸を引いてるのかどうかを確認しにきたってわけか?」
マテューの実家は第1王子派閥に所属している。いろいろあってソーマと仲良くなったり、キールと仲良くなったりした結果、親が望むように動いてはいないけれど。
「はい。でもそれは、第1王子殿下が黒幕であることがわかれば、打ち手を考えやすいということですもの」
「ほう……打ち手? リエルスローズ嬢は、この状況が続くと困るらしいな」
「緋剣クラスにも転入生がいますもの。たった2人ですが、それでも、クラスがまとまってきたところへ『裏切るかもしれない』2人が入ってくるのは極めて問題があります」
「……ふむ、緋剣クラスは情報を扱うからな」
女性だけで構成される「緋剣姫騎士団」は王家の女性の警護に当たったり、スパイとして活動したりと、任務の幅が広い。
彼女たちの任務には高いレベルの機密情報が含まれるために、ロイヤルスクール在籍時から秘密を守ることを叩き込まれる。卒業後は、クラスメイトが、騎士団で秘密を守り合う相棒となるため、結束力が極めて高い。
そんな彼女たちのクラスに異分子が入り込んでくるのはまったく好ましくないのだ。
「ですが、2人です。なんとかします」
「ふむ……」
「黄槍クラスの問題はやはり転校生ですか?」
「それもあるが、ウチは……」
マテューが渋い顔をする。
「……フランシスの妹が入ってきたんだ」
「フランシス様の」
リエリィはこの瞬間、自分の脳にあるデータを引っ張ってきた。フランシスはルードブルク伯爵家の令息であり、後継ぎ候補ではないが名門家の令息として影響力を持っている。たまたま彼がマテューに懐いていたので、マテューの影響力が高まるという結果にはなっているが。
「フランシス様の妹が入学されるとなにか都合が悪いのでしょうか?」
「……まあ、な。都合は悪い」
マテューの歯切れが悪い。
「フランシスは、他の兄姉と折り合いが悪い。特に妹のモモティとはな……。モモティはなんの挫折もなく蝶よ花よと育てられてきたもんだから、自分が世界の中心だと思ってる」
「大半の貴族の娘はそうですもの」
「結構辛辣だな!?」
いきなりのリエリィの毒舌にマテューが目を剥いた。
「ま、まあ……それはともかく、モモティは、兄のフランシスに対しても『自分にかしずくべき』だと思ってるんだよ。だから入学早々から目に余る振る舞いを始めている。1年のクラスを掌握するから、顔を貸せと言ってフランシスを使おうとしたんだ」
「それほど仲がお悪いので?」
クローディアが聞くと、
「ああ。まあ、フランシスがすげなく断ったんだけどな」
——は? なに言ってんの? ここは実家じゃないんだけど。
と言ったときのフランシスはまったく迷いがなかった。ふだんは愛嬌の良い人なつっこい笑みを浮かべているだけに——それが表面だけのものであることは多いのだけれど——いきなり冷淡になるとその温度差に風邪をひきそうになる。
「だけど、そのせいでモモティが大荒れに荒れてな……」
泣いてわめいて、寮の家具を壊すわ、連れていた1年生も騒ぐわ、黄槍寮は大変な騒ぎになった。上級生からマテューも呼び出され「新入生くらいちゃんとしつけろ」と言われた。マテューはマテューで先輩を無視することも多々あったので、上級生からすると、マテューを責める良い口実となった。
「……ま、白騎クラスの悩みに比べればかわいいもんかもしれんが」
「果たしてそうでしょうか?」
「え? な、なんだよ『吹雪の剣姫』。怖いこと言って」
「いえ……ただそう思っただけですもの。この混乱に乗じて他の謀略もあったりしないかと……」
「わからん。俺の見える範囲にはない」
「あの、思ったのですが意見を言ってもいいでしょうか?」
クローディアがもう一度小さく手を挙げた。
「ソーマさんにも力を貸してもらいませんか? ソーマさんなら私たちの常識を超えるようなアイディアを出してくださるのではないかと……」
「それはダメだ」
マテューが即答する。
「なぜです? 一度はソーマさんに相談したんでしょう? 朝、ソーマさんに会いに行ったとおっしゃいましたよね」
「あれは……どっちかっていうとフランシスのガス抜きだよ。フランシスも自分の妹の問題なんてソーンマルクスには言わねぇ。アイツはアイツで、黒鋼クラスの1年を、今年も退学ゼロで進級させたいって言ってる。黒鋼クラスの呪縛と戦うほうが、よほど大変なのに……この程度のことでアイツを頼れるかよ」
「……わかりました」
言って引き下がったものの、クローディアの内心では、
(え? え? え? マテュー様の発言って、「俺がアイツのライバルになるには、これくらい自分でなんとかする」って意味でしょうか!? えぇっ! マテュー様もこんなにソーマさんのことを意識してらっしゃるなんて! もしこれを知ったらソーマさんは「チッ、いいカッコしやがって……俺を頼ったら良いのに」ってちょっと寂しく思っちゃったりして、それを見たフランシス様がジェラシーを感じちゃったりして!)
そんな思考が入り乱れて、だいぶ暴走気味だった。
「……なあ、リエルスローズ嬢。急にクローディア嬢が虚空を見つめてヨダレを垂らし始めたぞ」
「…………」
平静を取り繕っているつもりのクローディアだったが、しっかり顔に出ていた。
マテューは呆れ、リエリィは少々引いていた。
2年生も大変です





