語り手によって知識は変化して
ちょっと短め
* ネイト=アイゼン *
生徒が授業をするってどういうことだ……? とネイトは半信半疑だった。王都試験で首席同点だというのは驚いたけれど、それなりにネイトも、座学はできるという自信がある。
本を読むのが好きで、独学で学んできたのだから。
(え……)
授業が始まって10分で、感じた。
(えええ)
ソーマの話す内容が、とにかくわかりやすい。
(えええええ——)
しかも神話における神々の逸話が、まるで目の前で繰り広げられているかのようなドラマチックな語り口で、どんどん引き込まれる。「ただ覚えるだけ」であった神話の内容が、急速に、色彩を帯びて「生きた知識」となって記憶野に刻まれていく。
聞いていた8人は、授業の後半はじっと耳を傾け、ときに笑い、ときにハラハラと手に汗を握り、ときに涙ぐんでいた。
「——というわけでエルセルエートはこのとき、実の親である……」
というところで鐘が鳴った。
「お、時間か。それじゃ『神話』の授業はここまで——」
「先生! ここで終わるなんてひどいです!」
手を挙げたのはヴィリーだ。だがネイトも同じ思いだったのでウンウンウンとうなずき、他の生徒たちも同様だった。
ソーマが笑う。
「そう言ってくれるのはうれしいね。だけど休み時間も大事だし、一日にひとつの科目を詰め込まないほうが脳は活性化するんだ。だから、続きは明日な!」
ええ〜、という不平の声が上がる。
「まあ、まあ、次の『算術』の授業でまた会おう」
ソーマが出ていってしまうと、生徒たちは口々に感想を言い始める。
「——すっごい面白かった〜!『神話』ってマジ意味わかんない神様がいっぱい出てきてウンザリしてたのに」
「——ねー。ウチなんて遠縁の貴族の名前すら覚えらんないっていうのに、この授業だけで神様の名前10個は覚えちゃったし」
「——教科書だと死ぬほどつまんないのに、なんでこんな面白いんだろ? 私の家庭教師、教科書を読むだけだったわ」
すると、ヴィリーが立ち上がる。
「わかる、わかるぞ。これぞ学問の面白さ。深淵よ! 知れば知るほどその先を知りたくなり、知れば知るほど満足できなくなる! ああ、ソーンマルクス先輩は罪な御方だ……このような授業をしてしまうなんて……」
うっとりとした顔をしている。
「……へ、へえ」
「……まぁ、勉強になに求めるかなんて個人の自由だけどね……」
女子たちは引いていた。
「…………」
ヴィリーはようやく冷静になったのか、顔を赤くすると、「失礼」などと言いながら教室を出て行った。
「あ〜、ヴィリーが行っちゃった……」
「それにしても、すごく面白かったよね。ヴィリーが興奮するのもわかるよ、僕」
「うん、うんっ。勉強って面白いんだなぁ。これなら勉強がんばって、黒鋼クラスが最下位にならないようがんばれるんじゃない?」
「だよね! 次の『算術』も楽しみだね。あんなすごい先輩がいるなんて知らなかったよ」
ネイトとダニーはすっかりソーマの授業に心をつかまれていた。
ソーマはソーマで昨年1年間、黒鋼クラスに授業をし、そのときの反応をもとにさらにブラッシュアップさせた授業をできるようになっていたりもする。
だが、ネイトには心配事があった。
この授業に、クラスの半分以上の不良グループが参加していない。
試験で黒鋼クラスが最下位を免れるためには当然のように全員が試験に参加する必要がある。
(みんな、ちゃんと授業受けてくれるのかな……)
思わず不安になってしまったネイトだった。
不安になったのだが、それは杞憂だった。
その日の午後、黒鋼寮に戻ったネイトたちが見たのは寮の前にずらりと並んでいるゴドバルトたち17人だった。
「今日の午前の授業を! お前らはサボったことになる!」
声を張り上げているのは2年生のトッチョだった。
新入生がざわざわしていると、
「返事は『はい』だろうが!」
「「「はい!!!」」」
「うるせぇ!」
「「「…………」」」
むちゃくちゃな理不尽さである。
「だが! ソーマは優しいからな! 今日の分の授業は、明日の朝イチから補習すると言っている!」
「「「…………」」」
「返事!」
「「「はい!!!」」」
「うるせぇ!」
ゴドバルトたちはイヤそうな顔だ。「勉強なんてダリぃ」という心の声が顔に出ている。
(わかるってぇ……「神話」の暗記なんて、やりたくないもんねぇ。でも、ソーマ先輩の授業を聞いたら全部考え変わっちゃうってぇ……)
ネイトがニコニコしていると、
「その前に、お前らにはやるべきことがある! そう! 食料調達だ! ……あん? おっ、お前ら1年も今戻ってきたか!」
トッチョが振り返ってこちらに気がついた。
「あ、えぇと、ただいま授業が終わりましてぇ……」
「そうか、そうか。じゃあ、荷物置いて武器もって集合な!」
バンバンと肩を叩かれた。
「……はい?」
「食料調達だ!」
「「「はい!!!」」」
「うるせぇ! ——昨日、言ったよな? 俺たち黒鋼クラスは、自分の手で獲物をとるんだってな」
「え……いやいやいや! 無理なんでぇ!? 僕なんて、武技はからっきしでぇ!」
「大丈夫、みんな、最初は同じだ。アイツらだってやる気だぞ」
「え」
ネイトは目を疑った。
ゴドバルトたちは、明らかに反抗的だった。それがこんなふうに整列させられているのは、昨晩スヴェンによってたたき伏せられたから——見た感じ、傷が増えているようだから、今日もまた戦いを挑んで負けたから、だろう。
そんな彼らが憎悪をもってトッチョをにらみつけているのならば、わかる。
だけれど今の彼らは——闘志に燃えているように見えた。
「……なんだ。俺の顔になにかついてるか」
ゴドバルトに言われ、
「い、いいえっ!」
ネイトはあわてて首を横に振った。
机を担いでいたアホみたいなゴドバルトはもうそこにはなく、人としての理性を取り戻したかのように見えた。
「1年生諸君。ソーマから聞いたんだろ、座学も、武技も、クラス別で最下位になったら10%が退学させられるって。この食料調達は武技で勝つためのものだ。いいから準備してこーい!」
「ぎゃんっ!?」
トッチョからお尻をひっぱたかれてネイトは跳ねた。
それから大慌てで支度をして出てくると、1年生たちはトッチョを始めとする数人の2年生に率いられて出発したのだった——駈け足で。
そしてそんな彼らを「なんだあれ?」という目で他のクラスの新入生に見られるのはなかなか辛かった。





