自信は木っ端微塵に消し飛んで
* ミレッタ=アーチェリア=ネーベルブルク *
ミレッタは、ネーベルブルク子爵家に生まれたが、裕福な家だったので何不自由なく過ごしてきた。サウスロイセン州の南部に領地を持っていて、ここは様々な果実の生産地として有名だった。果実の取引によって財をなしていたこともあって「甘果子爵」なんて呼ばれるほどで、これはある種、「ネーベルブルク子爵に話をつければどんな果実も手に入る」というウワサとともに敬意を持って呼ばれていた。
実際のところ、「どんな果実」も手に入るなんてことはもちろんなかった。
それでも実家の裕福さは紛う方なき事実で、ミレッタはサウスロイセン州の貴族たちの集まりにおいては下へも置かぬ扱いをされ、同年代の貴族子女の間でも中心人物となるのがふつうだった。
つまるところミレッタは、ロイヤルスクール入学まで、「世界の中心は自分」と思ってしまうような育てられ方をしてしまったのである。
そんな彼女は「白騎クラスか黄槍クラス」に入るだろうと信じて疑わなかったが、フタを開けてみると黒鋼クラスだった。しかも、サウスロイセン州で知り合っていた他の貴族家子女たちとともに。ミレッタは彼女も入れて6人のグループを作っていて、女が3人、男が3人という構成である。黒鋼クラスへの割り当てが決まったときは仲間たちが絶望に打ちひしがれた顔をして「ミレッタさんは少なくとも違うクラスでないとおかしい!」と学年主任のニアハに食ってかかったりもしたものだが「決定は絶対です」と取り付く島もなかった。
こうなると、ミレッタが考えるのはふたつ。
ひとつは、もうこんな学園を辞めてしまうこと。
ただそうなると実家への影響は避けられない。サウスロイセン州でこそ影響力のある子爵だが、中央では存在感が薄い。「上には上がいる」のである。そこへ、ミレッタが退学——いわゆる醜聞があれば、ミレッタの実家はサウスロイセン州においても存在感が薄くなる可能性がある。ミレッタの嫁ぎ先が見つからないとか、いろいろな問題が出てくる。
もうひとつは、この黒鋼クラスで「トップ」を取ること。
せめて底辺の黒鋼クラスでも「総代」にでもなれば多少の箔がつく。
この意見に、ミレッタの仲間たちは同調した。仲間も、このまま退学して実家に帰るのはさすがによろしくないと考えていたらしい。「やりましょう、こう見えて私は剣に自信があります」「王都の筆記試験はきっと上位だったと思いますわ!」「ミレッタさんを黒鋼クラスのトップに押し上げて、存在感を出しましょう」と仲間たちがやいのやいの言うと、ミレッタとしては気分が良くなる。3人の男子がそれぞれ、「剣に覚えあり」と常日頃から言っていたし、実家の執事に話を聞くと「確かに、彼の家はかつて剣の名門でございましたからな。その家で覚えがめでたいということは将来有望でしょう」とも言ってくれた。
ミレッタの自信は回復した。
黒鋼クラスでトップを取るのだ——。
「ウソでしょ……」
それが、どうしてこうなった。
昨日、早速黒鋼クラスをシメるべく行動を起こした。男子寮に案内されてすぐに先輩から腕試しの誘いがあって、これはチャンスとばかりに向かったら、なにがなんだかわからないままに倒されたと、ミレッタは後から聞いた。
さすがに、なにかがおかしい、裏庭に妙な仕掛けがあったに違いないと朝から裏庭を徹底的に調べ上げ——なにもなかったのだが、きっと夜のうちに撤去したのだとミレッタたちは結論づけた——その上で先輩に再戦を挑んだ。
明るい陽射しの下、ズルをすればすぐにわかる。
行動をともにするのは癪だったが、考えていたことはゴドバルトやリシャールのグループも同じだったらしく、ゴドバルトとリシャールはそれぞれ得意とするハルバードと長剣を持って先輩に向かった。
——キエエエエエエッ!
と、先輩が叫んだところまでは覚えている。
だがその先を目で追うことはできなかった。カンカンカンと音がすると1年生の持っている武器が吹き飛ばされ、「ごふっ」「うぐ」「がはっ」という苦悶の声とともに数人がうずくまった。
その後も圧倒的だった。
先輩はほぼその場から動かず1年生たちを圧倒した。
最後に残ったゴドバルトも、最後は正面から打ち負けて倒れた。
「な、なんで……?」
先輩は、もうひとりの先輩となにかをしゃべっているが聞こえない。
ミレッタやその他の女子は参戦しなかったので、この光景を、ただ呆然と見ていることしかできない。
「——なんで、ってそりゃ、アンタたちが弱いからでしょうが」
「!?」
背後に立っていた人物に気づかなかった。
2年生と聞いていたが、2年生とは思えないすらりとした身長、むっちりとした足をニーハイソックスで包んでいる女子生徒がそこにいた。
オリザ=シールディア=フェンブルク。
フェンブルク家は当主がマヌケなので商人たちからいいように財産をむしられていると聞いたことがある。裕福なミレッタからすると、相手にする価値もない女子生徒だ。
「実力差がありすぎてなにがなんだかわからなかったんだろ? 見てみな、あのふたりがやり合うなら、ちょっとはアンタたちの足りなさがわかるだろ」
相手にする価値もないのに、有無を言わせぬ貫禄だった。ミレッタは言われたとおりにそちらへ視線をやる。
対峙する先輩がふたり。
木刀と木槍であるというのに、ふたりの纏う空気は——先ほどとはまるで違った。
(な……)
声を発することすらためらわれる、緊張感。
先ほど、1年生を圧倒したときには本気すら出していなかったのだと、今さら思い知らされる。
「——キエエエエエエッ!」
「——ウオオオオオオッ!」
ふたり同時に動いた。
その剣と槍の鋭さは、瞬きしていたら見逃しただろう。
乾いた、木と木のぶつかる音が響き渡る。その音は連撃によって続く。裂帛の気合いでもって剣が押していくが、槍はそれを器用に受けていく。まるでダンスを踊るように。
(きれい……)
剣の流れ、槍の流れ、体さばき、そのすべてが美しいとさえミレッタには感じられた。押されたかに見えた槍が、くるりと一回転しての突きが放たれたときには「きゃあっ」と女子たちから黄色い声が漏れ出たものだ。だがそれを、剣はたやすくいなす。
ふたりのやりとりはそれから15分に渡って続いた。
そのころには、倒されていた1年男子たちはのそのそと起き上がり、遠巻きに先輩ふたりのやりとりを見つめることしかできなかった。
特にゴドバルトとリシャールのふたりは並んで地べたに座っていた。ふたりはなにも言わなかったが、その背中が、負けを噛みしめているように見えた。
「……オリザ先輩」
「なに?」
「アタシたちも、1年あればあんなに強くなれるんですか」
「なれるよ」
断言だった。
「アタシたちは、そんなにレアな天稟持ちじゃないですよ」
「そんなの関係ないよ。スヴェンなんて、入学したときのスキルレベル、67だよ」
「え!?」
スヴェン、というのは剣の先輩のことだろう。平民の名前なんて覚える気はなかったが、これほどの差を見せつけられれば覚えざるを得ない。
声が聞こえたのか、ゴドバルトとリシャールもこちらを振り返っている。
「もちろん、あのふたりは頭ひとつ抜きんでてるけどね。それでもアンタたちが強くなりたいって思うんなら、アタシたちは誰も見捨てない——たとえ、歓迎会をすっぽかすし先輩に挨拶ひとつもない後輩だとしてもね?」
あ、とミレッタは察した。
にこやかに言っているけれど、オリザは怒っている。言うなればブチ切れている。新入生が生意気にも先輩を倒して黒鋼クラスをシメようなんて振る舞いをしていたのだから——。
「す、すみませんでした……」
「なぁに? なにを謝っているの?」
にこやかに聞いてくるのが怖い。剣と槍のふたりがあのレベルなら、このオリザもきっとそれなりに強いに決まっている——この太い脚で蹴りとか放ってきたら、細いミレッタの腕くらいは簡単に折れそうだ。
現に今、オリザは脚をぶらぶらさせて準備体操みたいなことをしているし!
これは自分に見せつけているのだ!
「すみませんでしたぁっ!」
ミレッタが泣きべそをかきながら謝ると、オリザはますますにっこりして、
「……寮のルール教えるから、授業が終わったらアタシのところに来るように」
と言ったのだった。
こうして女子の上下関係ははっきりした。
ミレッタはミレッタでかわいそう。
そもそもソーマの後輩になるってイヤだよなぁって。





