授業の始まりは不穏な空気とともに
* ネイト=アイゼン *
「おはよう、みんな! 今日からこのクラスの授業をすることになったソーマだ。よろしくな!」
「なんでぇ!?」
思わずネイトは立ち上がって叫んでいた。
「いや、モルツブラ先生は急な腹痛で今日は授業できないっていうから、俺が代わりに来たんだ」
授業初日の驚きはまだまだ待ち受けていた。
教室がざわざわしていると、
「大丈夫大丈夫! 去年の黒鋼クラスも俺が教えてたから!」
またむちゃくちゃなことを言われてざわめきが大きくなった。
「あ、あのぅ、ソーンマルクス先輩」
ネイトが今さら手を挙げる。
「どうした、ネイト。俺のことはソーマで良いよ」
「クラスに半分も人がいないんですが」
ここにいる1年生は8人。
ネイト、ヴィリー、ダニー、あとは全員女子である。ちなみに女子に話しかける度胸などはなく、ネイトたち3人は全然彼女たちのほうを見なかった。
「あ〜、うん、ゴドバルトたちか……アイツらは今日は来ないんじゃないかなぁ」
「え?」
「ともかく、君たちは自分のことを心配しようか? 直近差し迫っている危機について知っている人はいる?」
しーん、と静まり返る。
危機? 危機とは? これから始まる学園生活の危機……昨日言っていた「獣狩り」のこと?
「それはね、ずばり5月上旬に予定されている統一テストだ」
テストが危機?
そう言われても誰もピンと来ない。
「このテストで成績が最下位だったクラスは、10%の生徒が退学になることがある」
「……え!? なんでぇ!?」
「そういうクソみたいなルールがあるんだよ。しかも今回の座学試験だけじゃなく、この次には武技試験とあって、試験のたびに10%ルールが適用される」
8人はざわざわした。さっきのざわざわとは違い、戸惑い、絶望、そんなものが混じっている。
「だけど! 去年の黒鋼クラスは、誰ひとり退学にならなかった!」
ばんっ、とソーマが手を叩いたので全員がそちらを見た。
「どうしてかわかる?」
誰も退学にならなかった。
黒鋼クラスが最下位を一度も取らなかった?
どうして?
黒鋼クラスはビリなのがふつうじゃないの?
ネイトにはわからない。
「簡単なことだよ。俺たちがめちゃめちゃがんばったから。俺は、君たちにも誰も退学になんてなって欲しくない。だから、去年と同じように俺が勉強を教える。ついてきて欲しい!」
8人は戸惑ったまま、お互いに視線を交わした。こうなれば男子も女子も関係ない。黒鋼クラスという同じ船に乗った——泥船と言ってもいいかもしれないが——一蓮托生の仲間だった。
「……みんな、がんばりたいっていう目だね」
ソーマが言った。
いつしか全員がソーマを見ていたし、全員の顔には「退学なんてしたくない」とありありと書いてあった。
「よし、それじゃ早速始めるよ。まずは『神話』から。教科書がない子もいるだろうから、板書はどんどん写してね——」
こうして、ネイトにとって黒鋼クラス最初の授業が始まったのだった。
* トッチョ=シールディア=ラングブルク *
トッチョは授業開始初日だというのに教室に行かなかった。担任のジノブランドには話をつけてあるので問題ないのだが、トッチョとしては座学のテストはお世辞にも良い点数とは言えないので、ほんとのところは休みたくない。だけれど、休まなければいけない事情がある。
「はぁ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
昨日に引き続き、そこは黒鋼寮の裏庭だった。
スヴェンが立っていて、その周囲には男子たちが死屍累々のようにぶっ倒れている。
ただひとり残っているのがゴドバルトで、その彼も肩で息をしている始末だった。
「な、な、なんなのよコイツは! 10人以上の男子に囲まれて、なんで勝っちゃうのよ!?」
ミレッタが叫ぶ。
彼女を含む女子新入生の5人は無事だった。
それは彼女たちが「武器を持ってスヴェンに挑まなかったから」、というだけである。
「クソッたれ……!」
ゴドバルトは大きく息を吐くと両手に握っていた斧槍に力を込めた。
「うおおおおおおお!!」
一気に距離を縮めてハルバードを振り下ろす。
「…………」
だがスヴェンは半身をずらしてそれをかわすだけ。
「うおおおっ! おおっ!」
ゴドバルトはハルバードを振り回すがその攻撃のどれも当たらない。
(遅いわけじゃねぇ。太刀筋が単純過ぎる」
立ち会い人としてこの場にいるトッチョは冷静に分析している。
新入生たちは、所詮は新入生レベルだった。それぞれの実家で多少は剣をかじったくらいの子たちで、体格に恵まれたゴドバルトだけは攻撃が鋭いが、それでもスヴェンには当たらない。
「…………」
(おっと)
じろり、とスヴェンがこちらをにらんでくる——攻撃をかわしながら。
(へっ、だいぶおかんむりじゃねーか。昨日に引き続いて今日もスヴェンに相手させてるもんな)
トッチョは自分で新入生を相手にするのが面倒でスヴェンにやってもらったのだが、さすがに、このレベルではスヴェンの相手にはならない。スヴェンはそろそろ「俺の修行時間が削られている」とストレスを感じ始めている。
(目的も達したことだし、そろそろか)
ゴドバルト始め、この3つのグループはそれぞれ「腕に覚えあり」とわかりやすく顔に書いてある生徒が何人もいた。そんな新入生への最初の教育メッセージは「上には上がいる」ということをわからせることだった。
もう、十分だろう。
「ゼェッ、ゼェ、ハァッ……!」
汗みずくになって息を切らしているゴドバルトは、もう限界だ。ハルバードを振り回せるのは1年生にしてはすばらしい筋力だと言えるが、我流の混じった攻撃では体力を無駄に使う。
「まだやるのか」
スヴェンの問いは、ゴドバルトに対してのものだったのか、あるいはトッチョへのものだったのか。
「ウオオオオオオッ!」
ゴドバルトの返答は、咆吼だった。
悔しそうな顔だった。当たれば、倒せるのに——そう思っているのだろうことはありありと見て取れた。
(あーあ、そういうふうに勘違いしちゃうんだよな……)
トッチョは同情半分、呆れ半分でため息を吐く。伯爵家の令息。きっと、私設の兵団で訓練をしてきたのだろうが、周囲は令息を相手に本気で戦ったりはしない。上手上手と褒めそやされ、鼻っ柱ばかり高くなってこの学園へ入学した——。
(……俺もそうだったから、よくわかるぜ)
トッチョは「槍ならナンバーワン」という自信の塊で入学したが、そんなことはないとすぐに知った。
だからこそ、成長できた。
ゴドバルトにもそうなってほしいが、それを決めるのは他ならぬ彼自身である。
ゴドバルトは駈け出すと、スヴェンへとハルバードを振り下ろす。
「キエエエッ!」
「!?」
スヴェンは今度はかわさず、そのハルバードに一太刀当てた。
すさまじい金属音とともにハルバードが弾き飛ばされ、ゴドバルトはその場に尻餅をついた。
「……力に任せた攻撃など、磨かれた技の前にはそよ風にも等しい。磨かれた技があれば、この木刀も真剣のごとき威力を発揮する。試してやろう」
スヴェンはゴドバルトに突きつけていた木刀を、改めて上段に持ち直した。
「え? スヴェン、お前、エクストラスキルは待て——おい!」
「キエエエエ!!」
スヴェンの【剣術】レベルは300を超えている。エクストラスキルは「孤月斬撃」。これを放ったらゴドバルトだけじゃなく、井戸も破壊するほどの威力だ。新入生が当たったら、ふつうに死ぬかもしれない。
スヴェンが攻撃を放つ瞬間——ぴたりとその腕を、ゴドバルトの脳天近くで止めた。
エクストラスキルではなかった。
ゴドバルトは尻餅をついたまま、白目を剥き、泡を噴いて気絶していた。
「……ふっ」
笑ったスヴェンの背中にトッチョの跳び蹴りが決まった。
「『ふっ』じゃねーよ! お前が殺人やらかすんじゃねーかってひやひやしたわ!」
「バカなことを言うな。木刀でスキルを使ったら木刀が耐えきれないだろうが」
「それはそうか、じゃねーんだわ。お前ならブチ切れてやりかねねーってのが怖いんだよ!」
「そんなことよりもトッチョ……貴様、ずいぶんと高みの見物を決め込んでいたではないか」
「…………」
「楽をするために俺にやらせた。そういうことか?」
「……よし、そろそろ授業に行くか〜」
「トッチョ」
がしっ、と肩をつかまれた。
「付き合え。俺はまだ汗をかいていない」
スヴェンには似つかわしくない笑顔だった。トッチョの背筋が震えた。
トッチョもがんばります。
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