初日の朝はサプライズ大盛りで
* ネイト=アイゼン *
翌朝——歓迎会でいろいろと驚きの事実を知ったネイトは、さらに驚くべきことが起きるとは思いも寄らなかった。
「いよいよ授業だな」
「朝ご飯も良かったねぇ〜。猪の腸詰めなんて初めて食べたけど、血を入れたものがかなり濃厚な味わいで最高でさぁ」
「うむうむ。私も実家に送ってやりたいと思うほど美味しかった……」
同室のヴィリーとダニーは元気だ。ダニーは食べることが趣味なので食堂の料理が自分の口に合うかが元々すごく心配していたらしい。それが、たった1日なのにもう夢中だ。ヴィリーも実家では肉をたらふく食べたことなんてなかったから、「このまま食べていたら太ってしまうかもしれん」なんて真顔で悩んでいた。太ったって罰は当たらないだろうに、実家を思い出すと気が引けるらしい。
「着た?」
「着たぞ」
「う、うん、なんとか着られたよぅ」
ネイトの部屋には部屋を十字に切るように洗濯ロープが張られている。そこに、薄いカーテンをぶら下げて間仕切りにしているのだ。
この、プライバシーを確保する方法と、これら道具一式はリット先輩が用意してくれた。代金は銀貨3枚で、ロープはサービスということだった。他にも何人か購入している新入生がいて、リット先輩はニッコニコだった。
「…………」
「……おお」
「……ふたりとも似合ってるけど、俺は……俺はぁ!」
カーテンから出てくると、3人とも黒いパーカーを着ている。黒鋼クラスの制服だ。
ダニーは一番サイズの大きいものだけれど、ぎりぎりという感じ。
「くっ、太っている自分を憎いと思ったのは初めてだよぉ」
「そんなことないよ。似合ってるって」
「そうだぞ、ダニー。私たちはこれで同じクラスだ」
「うう、ふたりともありがとぉ」
「よーし、それじゃあ、授業に行こう」
ネイトが言うと、ヴィリーとダニーがうなずいた。同室の3人で部屋を出る。相変わらずダニーは階段をフウフウ言いながら降りていき、1階では、遅くに起きた生徒たちが食事を取っているのが聞こえてくる。今日は初日なので、ネイトたちは早めにクラスに行こうと思っている。
ドアを開けると、春先の明るい陽射しが寮の前庭を照らしている。
黒鋼クラスという不安はある。
けれど今日から、学園生活の最初の1歩が始まるのだ!
「——おっ、見慣れない顔だね。1年生かな?」
と思ったら、すぐそこに人がいた。
まばゆいばかりの金髪は、ウェーブが掛かってなびいている。人なつっこそうな碧眼は彼の可愛らしさを最大限にまで高めていた。
彼は黄色のリボンタイを身につけていた。
「そりゃ1年だろ。ウチにだっているんだから、黒鋼クラスにだっている」
その奥にはすらりとした上背の、すこし日に焼けた生徒がいる。甘いマスクは将来社交界で多くの貴族の娘を誘惑するのだろうと思わせるほどで、彼は腕に黄色のリボンを巻いていた。
「ねえ、ソーマいる〜?」
「あ、へ、ひゃい!」
美少女でもこれほどの破壊力はないであろう愛くるしい笑顔で言われたネイトは一歩後じさって、ルームメイトの仲間にヘルプを求めようとしたが、そのふたりはすでにロビーの奥、ソファーに影に隠れてこちらを伺っていた。逃げ足が速すぎる。
「……ん? なんだ、フランシスか。マテューまでいるし……どしたん、こんな朝っぱらから」
欠伸をかみ殺しながら出てきたのは、寮長なのでロビーにいちばん近い部屋を割り当てられているソーマだった。
「うわあ、ソーマってば寝癖ついてるじゃん! 貴重だね!」
「なんだそりゃ」
ソーマが出ていくと、フランシスとマテューと呼ばれたふたりは前庭のティーテーブルでなにかを話し始めた。
「あ、あのふたりは黄槍クラスの……? なんでぇ……?」
わざわざ黒鋼寮に、新学期初日に来る理由が、ネイトには全然わからなかった。しかもティーテーブルに腰掛けている姿は絵になっているし、くつろいでいる姿はあたかも「ふだんどおり」のように見える。そこに入り込んでいるソーマが異物である。
「マテュー=アクシア=ハンマブルクとフランシス=アクシア=ルードブルク。いずれも我が王国でも名門の伯爵家であるな」
「ふぃ〜、寿命が縮んだよ」
今さら出てきたヴィリーとダニーが言うが、
「今ふたり逃げたよねぇ?」
「……私はソファーの陰にゴミが落ちているのを拾っていただけだな」
「……俺は御貴族様と話すのはまだ無理」
ヴィリーは大嘘を言って、ダニーは正直に言うのだが、正直に言えばいいという話でもない。ネイトだって貴族と話すのなんて苦手である。
「えっ、私は貴族なんだが」
「平等に扱えって言ったのはヴィリーでしょ〜」
「っていうか、ふたりともひどいよ!」
3人が改めて黒鋼寮を出ると、ザッ、ザッ、ザッ、と向こうから10人を超える人たちが歩いてくる。
「へ……」
その全員が純白の上下に身を固めている。
白騎クラス。
最も貴き血が集まるクラスとされ、学園教師ですら——平民も貴族も関係ないと言いながら——彼らに面と向かって意見を言うことはほぼないという。
上級生を含む集団の中心にいたのは、背の低い生徒。
だが、彼のたたずまいや顔立ちの整い方は明らかに別次元。
昨日の入学式で挨拶をしたキルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク。
「三大公爵家」のひとつであり、昨日の入学式でもスピーチをしていた——2年生にして、在校生代表となっている男子生徒。
つまり、生徒会なんてものがあれば生徒会長であり、しかも2年生だから向こう4年は彼が生徒会長で居続けることが約束されているのである。
この学園における生徒のヒエラルキーの頂点……それがキルトフリューグだ。
「ひぃっ」
思わず悲鳴が漏れたのは仕方がないだろう。
横にどいて道を譲るしかない。そしてヴィリーの身体を盾にしてその陰に入ろう。
そう思っていたのに、
「なんでぇ!?」
すでにヴィリーとダニーのふたりの姿はそこになかった。
30メートルくらい離れた木の陰にいる。
百歩譲ってヴィリーがすばしこいのだとしても、ダニーの素早さはどこからきているのか、わけがわからない。
「ああ、君」
驚愕していた数秒のうちに、白騎クラスの集団と距離が縮まっていた。
君、と声を掛けてきたのは、
「き、きき、き……」
キルトフリューグだった。
「黒鋼クラスの新入生ですね? ソーマくんは寮にいますか?」
話しかけられた。なにかを言っている。けれどネイトの耳が言語をとらえるものの、脳がそれを解釈する機能を放棄していた。
「うぇへっ、へへぇ」
テンパったせいで気持ち悪い笑いが口から漏れるのが精一杯だった。いや、精一杯というか、勝手にそうなっていた。
「……貴様、なんだその返事は。キルトフリューグ様が聞いているだろう」
白騎クラスの他の生徒が言うが、
「止めなさい。……ごめんね、急に話しかけて。直接行ってみればわかることなので、大丈夫ですよ」
キルトフリューグは仲間をたしなめ、それからネイトに笑顔を見せたのだった。
(はぁうっ)
その瞬間、ネイトの胸には得も言われぬ感情がよぎったのだった。
まるで天使が微笑みかけてくれたかのようだった。
いや、天使が微笑んだということは死期が近いことに他ならないのだが、ネイトは多幸感に包まれていた。
「……ふーっ。さすがに『三大公爵家』はヤバかったな」
「ひどいよ、ヴィリー。ネイトを置いて先に逃げるなんて……俺はヴィリーについていくだけで精一杯だったよ」
「お前、私といっしょに逃げ出したのによくもまぁ被害者っぽい言い方ができるな?」
「商会に生まれるとそういうのも得意になるよぉ」
「それにしてもどうしてキルトフリューグ様が黒鋼寮に? なにか聞かれたようだったが大丈夫だったか? ネイト?」
いつしか白騎クラスの集団は去り、ヴィリーとダニーが戻ってきた。
「うぇへへ……ハッ」
気持ち悪い笑みを浮かべていたネイトだったが、我に返った。
「そ、そうだよ、ふたりとも! 僕を置いて2連続で逃げた!」
「す、すまんすまん。だがアレは反則だろう? キルトフリューグ様だぞ? むしろネイトがなぜ逃げなかったのかが不思議でならない」
「俺も身体が勝手に反応していた」
「キルトフリューグ様……すごく気さくで、気遣いもしてくださったすばらしい方だった……」
さっきのキルトフリューグの振る舞いを思い返すと、心がぽかぽかしてくるネイトである。
「そうか。むしろネイトにとっては幸せな体験だった、と……」
「でも僕はふたりが逃げたことを許さないからね!」
キッ、とにらむとネイトは先に歩き出す。
「す、すまなかったって、ネイト!」
「ごめんよぉ」
ふたりが言いながら追いついてくる。
(でも、確かに——キルトフリューグ様が黒鋼寮に……ソーマ先輩に会いに行ったのってなんでなんだろう?)
黄槍クラスに白騎クラス。
ふつうなら、黒鋼クラスのソーマが会いに行くものなのではないか。
ネイトはこのときからうっすらと、このクラスの異常性に気づき始めたのであった。





