2年生の実力はわからなくて
* ネイト=アイゼン *
「——おい、ソーマ! おばちゃんたちの腕は確かだけどな、俺らがいかに身を傷つけずに仕留めたかっていう話もあるだろうが!」
「おやトッチョくんが仕留めた鹿は、左足がまるごと血まみれになっててもう食べられないって聞いたけどぉ?」
「っく……! 次は完璧に仕留めてやる!」
総代に気軽に話しかけているのは、さっき獣を仕留めてきた男爵家の少年だった。確か、「槍の名家」のラングブルク家の人。
泥だらけだった服を着替え、風呂にも入ったのかさっぱりしている。
「おお、君も1年生だね」
ネイトは、総代に話しかけられた。
「は、はいっ」
「名前は? どこから来たの?」
「ぼ、僕はネイト=アイゼンって言いましてぇ……家は、ノーザングラスのほうです」
「おお〜、北国か。家出るころには雪まだあった?」
「は、はいぃ、来月までは残ってると思います」
「マジ? そんなに寒いんだ。ふぅん」
ソーマが考え込むようにしたのでネイトは自分がなにかおかしなことを言ってしまったのではないかと冷や汗をかく。
「ああ〜、ビビらないで大丈夫だよ。こいつ、また悪いこと考えてるだけだから」
「え!?」
横からするっと入ってきたオレンジ色の髪の生徒。
ネイトは目を瞬かせる。
パーカーを着て長いズボンを穿いている。それはソーマやトッチョと変わらないのだけれど、顔が、全然違う。
ふっくらした頬に長いまつげ、ボーイッシュと言えてしまうこの感覚は、
「あ、あのぅ……どうして先輩はそんな男子っぽ——むごぉ!?」
オレンジ色の髪の生徒から口を塞がれ、
「君……ちょっとこっちに来ようか?」
間近ですごまれた。
ネイトは泣きそうになった。ちょっとちびりそうにもなった。横では黒鋼クラス総代が「おお、入学早々リットに気に入られるとはお前、もしや守銭奴だな?」ってニコニコしているが意味がまったくわからない。
引きずられるように外へと連れて行かれると、もう、日は暮れようとしていた。リットと呼ばれた少年——少女は、腕組みしてネイトを見た。
「……君はなにも知らないし、なににも気づいていない」
「え、えぇっ!? なんのことなんでぇ……?」
「ボクは黒鋼クラスの2年男子、リット=ホーネット」
ネイトは目を瞬かせる。
2年生なのはわかる。でも、男子?
「返事は!」
「は、はいぃ!」
「他言無用!」
「はいぃ!」
「漏らしたら……どうなるか、わかる? ウチの実家、食肉商会だから。いろんな肉を扱ってるんだよ」
「ひぃっ!?」
とんでもない脅しが来た。
だが、この2年生にはなにか事情があるのだろうということをネイトは察した。よんどころない事情があるのだと。そしてそれを詮索するのは新入生がやるべきことではないのだと。
すると、ガチャリとドアが開いた。
「おいリット、お前、新入生さらってったって聞いたけど……なにやってんの?」
やってきたのは先ほど準備を仕切っていた女子生徒だ。
「あのさ……バレちゃったんだよ、一目で。ボクの正体」
「えっ。このパッとしないヤツが?」
「うぇへへ……」
「別に褒めてないけど、なに笑ってんだお前」
「ひぃっ!?」
どぎまぎして変な笑い声が出てしまっただけなのだが、女子生徒にすごまれてまたしても直立不動になったネイトである。
「オリザ、やめたげて。怯えてるじゃん。……ちなみに、なんでわかったの?」
「え、えぇ……先輩が女性だってことですか……?」
「——お前。それ、金輪際口にするな。いい?」
「ひぃっ!?」
またすごまれてネイトは背筋を伸ばした。オリザが「お前もビビらせてるじゃん」と呆れている。
「え、えっとぉ……むしろわからないほうがおかしいんでは……?」
ネイトが正直に言うと、リットとオリザが顔を見合わせる。
「……これが正常な人間の反応なのかもしれない」
「……うーむ、黒鋼クラスの男子どもがアンポンタンばかりって説はあるよな」
「……いずれにせよ気をつけなきゃなぁ」
疲れたようにリットが言うと、
「あのぉ、もう僕は行っても……?」
「秘密さえ守ってくれればいいよ。——ああ、君、名前は?」
「ネイト=アイゼンと言うんでぇ」
「オッケー。わかった。引き留めて悪かったね……オリザ、ボクらも戻ろう。オリザ?」
「……あ、いや、なんでもない。なんかアイゼンって聞いたことがあるような気がしただけだから」
「ド田舎の平民なんでぇ……気のせいでは?」
「うーん、そうかな? そうかも」
そんなことを言いながら3人が黒鋼寮へと入るドアを開けた——。
「——今日からゴドバルトさんがこの黒鋼寮を仕切るからな!」
「——バカ言うんじゃねえ! ミレッタさんに決まってんだろ!」
「——リシャールさん、そろそろ序列を決めときましょうや」
3つの不良グループが、ロビーで言い争っていた。
その中心にいたのは黒髪の少年、ソーンマルクス=レックである。
「ええ? それじゃ君たちのうち誰かが寮長をやってくれるってこと? おおっ、めっちゃありがたいなぁ!」
「『君たち』じゃねえよ、ゴドバルトさんだって言ってるだろ!」
「ミレッタさんだって言ってるだろ!」
「リシャールさんだって言ってるだろ!」
「ん? 3人いるってこと? それじゃ3人で持ち回りにする?」
「「「ちげーよ!!!」」」
微妙に話が噛み合っていない。
「あわ、あわわ……」
ネイトはこういった言い合いに遭遇すると思わず1歩退いてしまう。それに気づいたリットが、
「ん、君どーしたの?」
「せ、先輩、ヤバいんでぇ……あの人たち、貴族を中心にしたグループなんですよ! 総代の先輩が危ないんでぇ!」
「ああ、ソーマの心配してくれたんだ」
リットは笑う——どこか乾いた笑いで。
「まあ、大丈夫だよ……ソーマを心配するだけ無駄だから」
「えぇ……?」
言い合っているそこへ、ソーマの後ろからトッチョがやってくる。
「ソーマ、スヴェンが戻ってこねぇ」
「なにしてんの、アイツ」
「そりゃ修行だろ」
「……愚問だったわ」
言ったソーマは、ポン、と手を叩いた。
「そうだ、こうしたらどうかな! 裏庭にスヴェンっていう剣術バカがいるんだけど、スヴェンに戦いを挑んで勝った生徒が寮長をやるんだ」
「あぁ? なんでゴドバルトさんがそんなことしなきゃいけねーんだよ」
「寮長はいいぞぉ。好きな部屋を選べるし、食堂のメニュー選択にも影響力がある。なにより予算管理権限が与えられる!」
ソーマが言うと、「ほう」という顔をする新入生たち。
「いいじゃねーか。——ゴドバルトさん、裏庭に行きましょう! サクッと俺が決めて、ゴドバルトさんを寮長にしますから!」
「おいおい、それならウチが先だ! ミレッタさんが寮長だ!」
「バカ、女は女子寮だろうが」
「リシャールさん! 寮長になったらいくらでも部屋を使いたい放題っすよ!」
わいわい言いながら不良グループたちは裏庭へと向かった。
「ちょ、ちょっとリット先輩! 大丈夫なんでぇ!? 10人くらい行きましたよ!?」
「大丈夫大丈夫」
「あのゴドバルトってクラスメイト、めちゃめちゃデカいんでぇ!」
「大丈夫大丈夫」
リットがまったく心配した様子もないし、
「おいソーマ、お前、新入生のしつけをスヴェンにやらせんなよ」
「違うって。むしろ寮長やってくれるならうれしいくらいだよ……みんな食堂のメニューうるさいしさぁ、予算だってカツカツのところがんばんなきゃいけないしさぁ……寮長に自由なんてないんだぁ!」
寮長にして総代のソーマが嘆いている。
どういうことなの、とネイトが思っていると、
「——キエエエエエエエッ!!」
と裏庭から叫び声が聞こえてきた。
ネイトがあわててそちらへと向かう——言わんこっちゃない。10人に囲まれて、しかもそのうちひとりが恵体の持ち主であるゴドバルトなのだから、いくら先輩だってボコボコにされて終わりだ。
「先輩——!」
と、裏庭に出たネイトは、凍りついた。
そこは井戸があるきりの空き地で、向こうにはちょっとした森がある。
つまりそこで起きたことは一目で理解できるのだ。
中央に、ひとりの男が立っている。上半身が裸で、汗をびっしょりとかいている。長い髪を後ろでひとつに縛った無愛想な男子。彼が手にしているのは木刀であり——それを振るったのであろうことは理解できる。
問題はその周囲だ。
10人からなる新入生の男子たちが全員倒れていた。
一瞬で?
全員が倒された——あの先輩の手で?
「……む、お前も挑戦者か」
ぎろり、と無愛想な目がこちらを見た。
「ちちちち違いますぅ!!」
ネイトはロビーへと走って戻った。
「ん、どうだった?」
「リリリリリット先輩、あのぅ、全員ぶっ倒れてましてぇ……!」
「だろうね」
だろうね。
だろうね?
「なんでぇ!?」
「そりゃ、スヴェンは去年の武技個人戦、2位だったしね」
「2位!? そ、それはクラスで?」
「まさか、学年2位」
「!???!?!??」
ネイトの口は開いて閉じて開いて閉じた。
ここは黒鋼クラス。
落ちこぼれの集まるクラスではなかったのか?
学年2位?
「あ、そ、そうかぁ、あのスヴェンって方が飛び抜けてすごくてぇ……」
「そこのトッチョは5位で、オリザも女子の部門で5位」
「ファ————」
わけがわからない。
ここは黒鋼クラスではない? いや、みんな黒いパーカーを着ているし……。
「師匠。お呼びですか」
すると、裏庭からスヴェンが戻ってきた。
師匠? 上級生にめちゃめちゃ強い人がいて、その人に師事したからみんな強くなった、とか……?
「そ、そうですよねぇ、そういうことなんでぇ……?」
「え、なに。なにがそういうことなの?」
「いや、そのスヴェン先輩の『師匠』ってきっと5年生の……」
「ああ、ソーマだよ。同じ2年生」
「なんでぇ!?」
「なんでもなにも……なんでだろうね? 同い年なのに師匠と弟子とか意味わかんないよね」
「ソーマ先輩は、スヴェン先輩と比べて……そのぅ、強い……んです?」
するとリットはにっこり笑って、ネイトの肩を叩いたのだった。
「……ソーマのことは、理解しようとしても無駄だからそういうもんなんだって思うようにしてね」
ひぃ!
去っていくリットの向こう、ソーマがこちらに気づいて手を振ってきたが、ネイトは思わず目をそらしてしまったのだった。





