新入生たちの横顔
* イルゼ=アクシア=ドラッヘンブルク *
蒼竜クラス——それは武闘派にして、白騎クラスの次に由緒と伝統のあるクラスである。
担任も騎士道一直線という感じのゴリッゴリの体育会系ならば、同じクラスになった者たちも物静かで騎士道一直線になりたいという感じの生徒たちだった。それは、口数少ないイルゼにとってもありがたいことだったが、生徒が集まれば口の上手な者もいてすでにイルゼはこの寮に来るまでに3人のクラスメイトから話しかけられ、デートのお誘いまで受けてしまった。丁重に、いや、ぶっきらぼうに断った。
蒼竜寮は広かったが、イルゼが暮らしていたお屋敷に比べれば小さく、さらにはこの小さい寮に5学年150人弱が寝起きしていると聞いて驚いた。だが、イルゼを始め、蒼竜クラスの生徒たちは実家の兵士たちとの訓練に参加して野営経験があったりもするので、それくらいはすぐに受け入れられる。
荷物もコンパクトだ。
黒鋼寮の3倍くらいの広さの部屋をひとりで専有するわけだが、その部屋の隅にちょこんと置けば収まってしまう。もっとも、今後、舞踏のレッスンなどが始まるころには実家から多くのドレスやシューズが送られてくることになるのだが。
蒼竜寮のウェルカムパーティーは食堂で行われる。イルゼは空腹である。飛竜に乗って飛んでいる間はなにも食べられず、そのまま入学式に参加したのだからなにも食べていない。そもそも、飛竜に乗らなければ間に合わないようなスケジュールになったことが大間違いなのだが、とにかくなんとか間に合ったので良かったとイルゼは思っている。
くるるるる、と可愛い鳴き声をお腹が上げている。
食堂——と言いながら盛大なパーティーが開けそうなほど広いここに、多くの料理が出されている。ビュッフェ形式の食事は実家では絶対にあり得ないので、こういう形式を見ると「学園に来たのだなぁ」と実感するのだから不思議なものだった。
イルゼはすでに、豚の丸焼きに目を付けていた。たった今厨房から運ばれてきたので、ほかほかと湯気が立っているのである。イルゼはさらに、自分以外にもこの豚に目を付けている生徒たちがいることに気づいていた。おそらく、先輩方。みんな体格がいい。男子だけでなくて女子もいるのが蒼竜クラスらしい。
皿とフォークを手に取った。イルゼは優雅に、しかし早足で豚へと向かう。そして同じ志を持った生徒たちがやってくる。
「——フッ、これに目を付けるとはなかなか目端の利く一年生ではないか」
「——おいおい、年齢なんて関係ないだろ。見ろよ、こいつの目を。俺たちなんて見ちゃいないぜ」
「——見てないって言えば、ヴァントールもだな。完全に肉しか見てない……っていうかお前はもうちょっと先輩を敬え」
そんな言葉を言っているが、イルゼは完璧に無視して豚のそばに置かれてあったナイフへと手を伸ばす——のだが、
「だらぁっ!!」
フォークが横から伸びてくると豚の腹にめり込み、その威力は周囲の肉を巻き込んで右側あばら骨とその周囲の肉を——つまるところ、スペアリブの部分をゴッソリと奪い取った。
「おまっ、ヴァントール! フォークでエクストラスキルを使うやつがあるか!」
「あァ……? フォークは槍みてェなもンだろォが……」
蒼竜クラス2年、ヴァントール=ランツィア=ハーケンベルクは3年生に言われてもまったく聞く耳を持たなかった。明らかに皿より、肉がデカい。
「くっ……行儀にこだわってしまった自分が恥ずかしい……」
イルゼはナイフを取りに行ってしまった自分の手の遅さを恥じる。
いや、貴族としては間違っていないし、恥じることはないのだが、恥じた。
「見ろ、ヴァントール。お前のせいで新入生が勘違いしてしまった」
「それは俺のせいなのか……?」
ヴァントールはすでにあばら骨を解体し、2本目にかぶりついているところだった。豪快な食べ方なのに、口の周りをほとんど脂で汚していないあたりは育ちの良さをうかがわせる。
それからイルゼは先輩たちに譲ってもらって豚のモモ肉にありついた。大変美味しい。空腹に染み渡る。さすがのイルゼも上機嫌である。顔は、無表情だが。
「……お前、『飛竜卿』ンとこの娘だろ」
ひとり、黙々と食べていたところへヴァントールがやってきた。
「はい。そうですが」
イルゼは答える。
飛竜卿——ドラッヘンブルク伯爵家はノーザングラス州の貴族だ。だが、彼らは単なる伯爵家以上の影響力を持っており、それはドラッヘンブルクが「飛竜の家畜化」に成功したことによる。結果として飛竜は蒼竜撃騎士団に納入され、騎士団の実に9割の飛竜はドラッヘンブルク家由来のものである。
「ふゥン」
だがヴァントールはそれだけだった。
ドラッヘンブルク家のことを知っていれば蒼竜撃騎士団に大きな影響力を持っていることも当然知っているはず。つまり蒼竜撃騎士団にとってきわめて重要な存在なのだ。
それなのに、「ふゥン」……それだけだった。
けれどむしろイルゼにとってそちらのほうが心地が良かった。
食べ終わるとヴァントールはさっさと食堂を出て行ってしまう。まるで歓迎会であることを気にしてもいないような足取りだった。
『——さあ、みんな食べているかな? 今日は新入生の歓迎会だから、思う存分食べて、話そうではないか』
壇上に上がったのは蒼竜クラスの総代だった。
『我らが蒼竜撃騎士団に入団した暁には、多くの飛竜を駆ることになる。その飛竜がどこから来ているか皆知っているかね?』
む、とイルゼは眉をひそめる。
新入生たちは「知らない」「飛竜ってどこかから来たりするのか?」なんて話している。
『ドラッヘンブルク卿が家畜化に成功し、その飛竜を提供してくださっているのだ。今年はそのドラッヘンブルク家の令嬢、イルゼくんがこの蒼竜クラスに入学している!』
おおっ、という歓声が上がるが、イルゼの眉根に寄ったシワはますます深くなる。
「——あれが『飛竜卿』ドラッヘンブルク伯のご令嬢……」
「——美しい方だな。あの髪も、瞳も」
「——きっと剣もお強いのだろう」
多くの視線がこちらへと向けられる。
(なんで話すの? それを言われてもなにもないのに)
自分のこの目立つ明るい水色の髪が、今はうらめしい。特権階級である貴族のなかでもさらに特権を持っているドラッヘンブルク家にあっては、探るような視線も、おもねるような視線も、好色そうな視線も、日常だった。だが13歳のイルゼにとってはそういった周囲がひたすら煩わしい。自分は飛竜を駆り、剣の腕を磨ければそれでいいのに。
さっきのヴァントールの素っ気なさがむしろ誠実にすら感じられた。
(私を、変な目で見ないのはさっきほヴァントール先輩だけ……)
ふとその瞬間、入学式の前に出会った少年を思い出した。ぼろぼろの外套を羽織った少年はおそらく平民だろう。同じ新入生であったかどうかもイルゼは覚えていない。
(……ああいう形で、気を惹こうとしているのかもしれない)
入学式が行われる学生講堂の位置がわからない? そんなわけあるかと思う。あれほどわかりやすい場所にあるのに。
だからきっと、飛竜を飛ばしてやってきた自分に気づき、ドラッヘンブルク家の者だと考えて、接触しにきたのではないか——でないと、あんな場所にいたという理由を説明できない。
(もしそうでなかったとしても、怪しいヤツだ。近づかないでおこう)
イルゼはそう心に思うのだった。
* ネイト=アイゼン *
5階の部屋を与えられることになった。
毎日上り下りしなければいけないのは大変だけれど、窓からの眺めは悪くない。
「私はヴィリー=シールディア=モースブルク。サウスロイセン州の男爵家に生まれたが、すさまじく貧乏なのだ……。それで両親からは都会で稼いで来いと言われて、ダメ元で騎士学校試験を受けたら、受かってしまった」
同室となった茶色い髪の、やせっぽちの少年が言った。
「俺はダニー=ヴァーゲンっていうんだ。俺は平民だよ。実家は王都で運輸系の商会をやってるんだけど、なんか、親がめっちゃ貴族に憧れてて、俺に『騎士になれ』ってめっちゃ言うから騎士学校の入試を受けたんだよね」
アッシュグリーンの髪をした、太っちょの少年が言った。ヴィリーと比べると厚さが倍くらい違う。
ダニーは4月だというのに薄着で、5階まで上がるのも大変そうだった。ふぅふぅ言いながらハンカチで白くもちもちの頬に垂れた汗を拭っている。
「僕はネイト=アイゼン。ノーザングラス州のすごく田舎から来たんでぇ……。もちろん平民」
ネイトも挨拶をすると、
「せっかく同室になったのだから、お互い助け合おう」
ヴィリーが言い、お互い握手し合った。
3人だと握手しにくかったけど、腕をクロスさせて三角形を作ったら3人で同時に握手できた。
「なんだこれは」
「面白いね」
「でも左手の握手って良くないっていうよね」
「なんだそれは」
「武器を持つ手で握手をするから『敵意がない』ことの証明になるって」
「私は左利きだぞ」
「そうなんだ」
「俺は右〜」
「僕も右なんでぇ」
「私を仲間はずれにしないでくれ! 貴族だけど貧乏だと言ったろ!」
他愛のない会話すら、ネイトは楽しかった。
このふたりと同室になったことは幸運だと思えた。
黒鋼クラスに入ったときにはどうなることやらと思ったし、先輩が獣を担いで帰ってきて明日から自分も行くのだと知らされたときにはこれまでどうしたものかと思ったけれども。
ふたりもまったく同じ気持ちだったようで、へらっ、とお互い笑った。
「あ、ヤバい。そろそろ下に行かないとじゃないか? 集合は3時だったよね」
外で時刻を知らせる鐘が鳴っている。
「うん、そうだ。行こう」
「また階段を降りて、また昇らなきゃいけないのかぁ……」
ダニーがウンザリしたように言うが、先輩からの呼び出しとあれば仕方がない。
3人が部屋を出ると、男子寮の1階ロビーへと向かう。
「いったいなにが始まるんだろう……」
「あの先輩たち、血みどろだったよねぇ、ねぇ?」
ヴィリーとダニーがそんなことを話している。
「ん?」
階段を降りていくと、下からはざわざわとした音が聞こえてくる。
「なにがあるんでぇ……えぇっ!?」
ロビーに着いたネイトは驚いた。
先ほどのくたびれたソファにテーブルの並んだ薄暗いロビーは一転して明るく飾りつけられ、テーブルにはテーブルクロスが掛けられ、そこには大皿の料理がこれでもかと載っていたのだった。
よく見ると全体的に料理は茶色で、それらは肉の塊である。いったいなんの肉なんだろう——とネイトは思ったのだが、
「お、おおお……あの麗しい先輩方は……?」
ヴィリーが見ていたのは会場準備のために動いている女子たちだった。彼女たちは黒のパーカーを着ているので新入生ではないのは間違いない。
「おい、マール! ルチカを手伝ってやれよ! 重そうなカート運んでるだろう! ——オービットとシッカクはテーブルそこじゃねーよ!」
すらりと身長の高い女子生徒が命令している。
彼女は目立っていて、ヴィリーは彼女に釘付けだった。
(なんか……ウチのお姉ちゃんみたいなんでぇ……)
ネイトは実家で剛腕を振るっていた姉のことを思い出した。
「むむぅ! この火の通り方は見事と言うほかないよぉ! 野性味を残しながらも雑味のないニオイ、たまりませんな……! 早く食べたい!」
ダニーは料理に顔をくっつくほど近くで鼻をひくつかせている。
「あははは、わかるか〜? うちの食堂のおばちゃんたちの腕はマジですごいからな!」
そんなダニーに話しかけたのは黒髪の少年だった。
(……あれ? あの人って確か入学式のときに壇上にいた……!)
この黒鋼クラスの総代だ。
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