クラスメイトの出会いは波乱含みで
碧盾クラスではない——。
黒鋼クラス。
それは、事前にネイトが聞いていた情報と、新入生たちがウワサしていた情報とに、食い違いはひとつもなかった。
不良のたまり場である。
ロイヤルスクールでも落ちこぼれが集まる。
持ち上がりで入団する黒鋼士騎士団も、死亡率が極めて高い、恐ろしい騎士団である。
天稟判定とクラス分けが終わり、ネイトは大きくため息を吐いた。
「……はぁぁぁぁぁ」
碧盾クラスへの夢が途絶えてしまった。
イルゼがいる蒼竜クラスはさすがに無理にしても——自分が武技がてんでダメということくらいネイトはよく理解している——碧盾クラスならいけるのではないかと思っていたのに。
ネイトは本を読むのが好きである。
辺境にある実家の書庫にある本はすべて読み尽くした。
集落にあった本も読んだし、行商人が持ってくる本も読んだし、読んでは売ってを繰り返した。
算術も好きである。
行商人や実家の経理係よりも算術は得意だった。
しかし、それらの知識を活かすチャンスがないことをネイトはよくわかっていた。ネイトの実家は貴族ではないにせよ、辺境の守護を担う立場だ。で、クラッテンベルク王国の爵位や官位がないが実質的な役割がある「豪族」と言っていいだろう。こういう豪族は実のところ各地にあって、彼らが王国と友好的である限り、王国が彼らに手出しすることはない。
つまり、辺境で生きていくには腕っ節が必要で、算術や知識ではないのである。
豪族とは腕っ節の世界であり、「ナメられたらぶん殴る」みたいな世界観がまかりとおっている。そんな豪族の家の子が経理をやるなんてのは外聞が悪いので、「そんなら王都に行って揉まれてこい」というのが脳筋である家族の意向だった。
「騎士団に活路を見いだしたんだけどなぁ……」
騎士になれれば外聞なんて気にならない。
騎士のなかには経理をやる後方支援者もいる。
そうなりたい——それがネイトの希望だった。
よくよく考えると、騎士の大半は斬ったはったで生きていくわけなので、ネイトの希望なんてものは針の穴を通すように細い道だったのだけれど、そう思いついちゃったネイトは楽しくなってしまって「もうこれしかないんでぇ!」と信じ込んでしまった。
思い込むと視野が狭くなるところがネイトにはあった。
「黒鋼クラス……」
このあとは各クラスに分かれて担任の教師からオリエンテーションがあるということで、教室へと向かっているところである。
気は重い。
だが、ものは考えようだ。
もしかしたら気の良い仲間ができるかもしれない。
自分のような平民が集まるクラスでもあるはずなので、碧盾クラスよりも気軽に楽しく過ごせるかもしれない。
そうだ、そうに違いない!
ネイトは顔を上げて黒鋼クラスの教室を見つけた。
教室に入ると、昼下がりの陽射しが差し込んでいた。
教室には50人が着席できそうなほどの席が用意されていたのだけれど、半分しか埋まっていない。
「!」
たった25人だというのに、すぐにネイトはわかった。
(こ、ここ、ヤバいってぇ!)
5人、6人のグループがすでに3つあって、彼らは集まって、入ってくるクラスメイトをにらみつけているのだ。
(どう見ても悪いヤツらなんでぇ! 目つきが、目つきが悪い!)
グループには長がいるようで、そのリーダーを中心に取り巻きがいる構図だった。
最初のグループは、同い年とは到底思えないゴリラ……上背と肉体を持ったゴリラがいた。金髪に茶色の目をしていたが、春先で、夜はまだ寒いという時分なのに彼はタンクトップを着ていた。紛う方なき野生児である。
次のグループは小柄な女子を中心にしていた。ピンクの髪にピンクの目という目立つ容姿をしており、胸元をぱっくりと開けたブラウスを着ている。残念なことには胸がぺたんこであることなのだが、ネイトが住んでいた辺境には絶対にいないような女子である。「あ? なに見てんだテメー」と言われてネイトはサッと目をそらした。
最後のグループはネイトとほぼ同じ身長で、そこに安心感はあったものの、ちゃらちゃらと宝飾品を身に纏い、目の下にべったりとクマがあるのがどうしても気になった。ご禁制の薬物に手を出しちゃったんでは……? と心配になってしまうタイプである。この3人のうち、関わったら取り返しがつかなそうなのがこいつだとネイトは思った。思い込んでしまった。
「君、座って」
「は、はい……」
後ろから年配の男性が入ってきた。
「みんな、揃いましたかね……?」
小柄な男性は、気の毒なほど恐縮しきっていた。恰幅は良いが白髪交じりの頭頂部は寂しくなっており、威厳という威厳をどこかに置き忘れてきたかのように、13歳しか集まっていないこの部屋の生徒たちの顔色をうかがっている。
「え、ええと……黒鋼クラスの担任を務めるモルツブラと申します……一応男爵位を持っていますが、ここでは気にしなくてよろしいです」
モルツブラが言うと、「ハッ、男爵だってよ。ゴドバルトさんは伯爵家だっつうの」とゴリラの手下が言った。
(え、あのゴリラさんって伯爵家なの? 伯爵家なのに黒鋼クラス……?)
黒鋼クラスは平民ばかりだろうと思っていたネイトは驚く。
(いったいどんな悪いことをしでかしたゴリラなんだ……)
まだ本人とは一言も話していないのに、伯爵家のゴドバルトは絶対悪事を働いたと思ってしまっているネイトである。さもありなん。ゴドバルトは不機嫌そうな顔をますます不機嫌にして机を持ち上げているのである。
(え? なんで机持ち上げてるの? で、なんで誰もなにも言わないの?)
正確には、いきなり身長180超えの13歳が筋肉をひけらかすように机を持ち上げ始めたので誰もなにも言えない状況である。
「は、伯爵位なんだぞオラァ!」
子分もどう言っていいかわからないのがますます地獄である。
担任教師モルツブラはこれを無視することにしたらしく、手元の紙に視線を落とした。
「え、ええと、本クラスは生徒数25人と、学年でも最小です。ですが人数の多い少ないは関係なく、正しい騎士としての精神を学んでくださることを願っています……。では、皆さんが生活する黒鋼寮にご案内します」
そこまで言うと、そそくさとモルツブラが出ていってしまった。
え、これついていっていいの? という雰囲気はあったが、不良グループのひとつがガタッと立ち上がって教室を出て行くと全員ぞろぞろと部屋を出た。
廊下では、他のクラスの和気藹々とした声が聞こえたりしてきたけれど、黒鋼クラスのメンバーは黙りこくっている。すでにはるか遠くにいるモルツブラを追ってネイトたちは早足で向かう。モルツブラが曲がった角を曲がると、またしてもモルツブラははるか遠くにいる。追っても追ってもたどり着けない蜃気楼のような存在だった。
「なんなんだッ、あのチビ教師ッ、足ばっかすばしっこい」
ピンクの髪のミレッタが毒づくが、みんな同じ気持ちだった。
そんなふうに歩くこと15分——敷地内でこんなに歩くことになるとは思わなかった——周囲に建物もなくなり、木が生えたりして寂しくなってきたところで、不意にその建物は現れた。
「……え?」
思わずネイトの口から声が出た。
古びたレンガ造りの5階建て。その建物にはツタが這っていて、よく言えば風格があるけれど悪く言えばひたすらボロイ。
だけれど問題はそこではなく、建物の周囲にあった。
鉄のバリケードが置かれ、向こう側は空濠になっている。入口周辺はそれがなかったけれど、ものものしさがあふれている。ここだけ戦争のまっただ中みたいだ。
「それじゃ、皆さん、あとは黒鋼寮の寮長と話してくださいね……」
みんなが唖然としていると、モルツブラはピャッといなくなってしまった。
「チッ、使えねーな、あの担任は……おい、ここでびびっててもしょうがねぇ。なかに入るぞ」
「でも、ミレッタ姐さん。男子と女子で建物が違うみたいっすよ。ちゃんと書いてあるし」
「ふーん。そんならお前らはお前らでまとまっときな——女子ども、行くよ!」
ミレッタが声を上げると、10人ほどしかいなかった女子は彼女に続いて女子寮へと入っていく。ゴリラのゴドバルトのグループは男子だけだったが、ミレッタと、目つきの悪いリシャールのグループには女子が含まれている。それぞれ視線に火花を散らしながら女子寮へと入った。
「そんじゃ俺らも行くか——」
「——おいおいおいィ、なに勝手に仕切ってんだ? ここはゴドバルトさんがいちばんだろうが?」
ゴリラの子分1が言うと、子分2〜4も「そうだそうだ」と言う。
「アァ? ミレッタ姐さんが最初に入ったんだから、俺らが入るのが当然だろうがよ!」
「なんだぁ、ピンクのガキの腰巾着が粋がりやがって」
同い年なのに「ガキ」と言うのもおかしな話だが、それはともかくミレッタの子分1〜3はその言葉にいきり立った。
「てめぇら表出ろやァ!」
すでにここは表である。
「やんのかコラァ! ゴドバルトさんが黙っちゃいねーぞ!」
すでにゴリラに頼る気満々である。
「……時間掛かりそうだから、俺たちは休憩させてもらうかねぇ」
リシャールはなぜか寮の外に置かれてあるティーテーブルのイスに座っている。物々しい黒鋼寮と比べてこのテーブルセットは豪華である。
「あ?」「コラ」「やんのか」「お?」「コラッ」と子分たちはメンチを切り合っているのだが、肝心のゴドバルトは左右の手にそれぞれ1脚ずつの机を持ち上げていた。
「って、持って来ちゃったの!?」
ネイトが目を剥いていると、そのゴドバルトがハッとする。
それはネイトの言葉に反応したからではなかった。
彼が見たのは後ろ——向こうから、人が、歩いてくる。
20人からなる人数で、その彼らは全員、黒のパーカーを着ている。
「お〜、なんだなんだ、新入生か? 元気そうじゃねーか」
「……そこをどけ。早く修行に戻りたい」
槍を持った少年と、剣を持った少年を先頭に歩いてくる。
そんな彼らが異様だったのは、足元は泥に汚れ、ところどころ血の跡がついていることであった。
その血の正体は、彼らが持っている鹿やイノシシ、さらには鳥といった獣のものだった。
(え、なに? 狩猟でもしてきたんでぇ……?)
それを見て明らかにびっくりしている新入生たちは多い。
実家で見慣れているネイトには特に思うところはなく、なんなら物々しい黒鋼寮にはむしろふさわしいとさえ思ってしまった。
「おう、お前ら、1年には黒鋼クラスのパーカーを支給しとけって寮長から言われてたんだわ。俺はトッチョ=シールディア=ラングブルク、2年生だ。これからよろしくな〜」
槍を持った少年が言うが、剣の少年はさっさと黒鋼寮の裏手に行ってしまった。
「——ラングブルクって……」
「——あの『槍の』ラングブルク……?」
知っているクラスメイトもいるのか、そんな囁きが聞こえた。
「あ、あのぅ、先輩。その獣は……?」
ネイトが恐る恐るたずねると、
「おう。これは夕飯だ」
「夕飯」
「黒鋼寮は貧乏だからな、獲れるときは獲ってくる。これが鉄則だ」
「鉄則」
「お前らにも明日から行ってもらうぞ!」
「僕らも行く……? えぇぇぇぇっ!?」
ネイトは叫んだが、他の新入生たちも理解しているのか、いないのか、なにも言わなかった。
ただとんでもないところに来てしまったということはよく理解できたのだった。
私の別作品『メイドなら当然です。』がアニメ化が決まりました(パチパチパチ)。
本編小説版は今月15日に9巻が発売され、こちらはこれにて完結となります。
安心して最後まで読めちゃいます!
是非手に取っていただければ幸いです。





