入学式と、天稟判定と、クラス分けと
前章最終日更新からほんとにぴったり1年空いてビックリしました
ネイトが講堂に入ると、2階席、3階席、4階席にひしめく在校生たちの姿に圧倒される。講堂内は異様な興奮に包まれていて、つい今し方まで誰かがスピーチしていたことがうかがわれる。ネイトが、1年生の集まっている1階のエリアにやってくると、
「——すごい、あのお話しを聞けただけでこの学園に入って良かったって思う」
「——キルトフリューグ様はまだ2年生なのだろう? なんという貫禄だろう。来年、あの場に自分が立っていることなんて想像もできないよ」
「——ふわぁぁぁ、あんな可憐な御方がいらっしゃるなんて……」
「——ファンクラブができているらしいわ。私も入るつもり!」
声が聞こえる。
さっきまでスピーチしていた人物について語っているらしい——それが三大公爵家のひとつラーゲンベルク家出身であるキルトフリューグについてだった。
男子は心から感心している、という感じで、女子は陶酔している、という感じ。
おかげで、遅れて入ってきたネイトは気づかれなかった。
(あれは……6クラスの代表者?)
壇上には6人の生徒がそれぞれの制服に身を包んで座っていた。
総代である。
白騎クラスの少年は金色の髪を持った天使のような見た目で、他のクラスより明らかに年下に見えた。
(あれっ、あの黒いパーカーの人もちょっと年若に見える)
黒いパーカーを着ている黒髪の少年はにこにこしていたが、その隣にいる緑色の制服の男子より、すくなくとも2つか3つは年下に見えた。
そんなことを思っていたのもつかの間、壇上の総代はもちろん、2階席以上にいた在校生たちの退出が始まった。
入学式は終わってしまったらしい。
(くぅ……見逃しちゃった)
悔やむが、道に迷ったのは自分なので仕方がない。
すると新入生は別室の大広間への移動となった。
今年のロイヤルスクール入学者は340人だという。これは例年よりも1割ほど多いのだとか。
大広間はぎゅうぎゅうだった。
他の生徒たちを見ていると、ひとりぼっちで緊張している顔も多いが、数人のグループができているのも見かける。身なりがいいので貴族なのだろう。
ネイトのようにぼろぼろの生徒はいない。
(あ……さっきの)
水色の髪の少女を見つける。
彼女の周囲にも数人の男子生徒がいたが、どれも貴族なのか、きらびやかな服を着ていた。たくさん話しかけられているようだが、彼女は生返事しかしていない——興味がないのだろうか。
一段上がったところへ、ひとりの女性がやってきた。
きりっとした目元で、30絡みという年齢に見える。
「新入生の皆さん、私は今年の1年生を担当する学年主任のニアハです。この学園は将来騎士となるべき者を育成します。この学園では貴族も平民も関係なく我ら教員の庇護下に入ります。私が貴族なのか、平民なのか、詮索などはしないように」
新入生の誰かがこっそりと「ああ言うってことは平民なんだろうな」とせせら笑うように言った。
「——今、新入生の誰かが私を平民であると推測するような発言をしましたね? そこのあなたですか」
指された生徒は、まさにその人物なのだが、「いいや、違う」と不遜に言った。
「言っておきますが、タラフロ=アクシア=ビックブルク。私は今この瞬間、あなたに退学を言い渡す権限を与えられています」
「え!?」
名前を言い当てられたことにも、退学という言葉にも、少年はびっくりする。
「騎士の誇りは命よりも重いですが、それはすなわち発言もまた重いことを意味します。くれぐれも気をつけるように」
「は……はい」
タラフロと呼ばれた生徒は冷や汗をだらだらかいている。
大広間に、完全なる沈黙が降り立った。
「さて……これから皆さんの天稟判定を行い、その後、スキルレベルの累計測定をし、『公正の天秤』によってクラス分けを行います。名前を呼ぶので、前に来るように」
そうこうしているうちにカートが運ばれてきた。そこに乗っているのは石板と水晶玉、それに鈍い金色を放っている天秤である。
「では始めます。まず、次に呼ばれる者、48人は本検査を除外します」
除外、という言葉に、沈黙していた新入生たちがざわつく。
「ウェストライン州からの転入生、ボイド=アクシア=ハーゼブルク、アルベルト=シールディア=キルシュブルク——」
転入生?
新入生なのに転入生とはこれいかに?
わけがわからないネイトだったが、呼ばれた生徒たちはすでに知っていたことらしく、さっさと別室へと移動している。
48人もの生徒がいなくなると、大広間も少々ゆとりができた。
「……以上」
すると生徒のひとりが手を挙げた。
「ニアハ先生。検査の除外とはどういうことなのでしょうか? それに我々は今日初めて学園の門をくぐったのに転入生がいるということに違和感を覚えます」
発言したのはネイトよりも上背がありそうな男子生徒だった。きっちり着込んだ服は軍服のようで——水色の髪の少女のそれよりも派手ではあるが——ブロンドの髪はきれいに刈り込まれている。緑色の目元は甘く、絵に描いたような美男子だった。
貴族だな、とネイトが内心思っていると、
「エミール=ランツィア=フックスブルク、発言を許可した記憶はありませんが」
「騎士の見習いなれど、発言の重さは理解しております。この場で疑問を呈さなければ、誇りある騎士と言えるのかと思い、発言しました」
「…………」
「…………」
ランツィア、ということは侯爵家である。かなりの上位貴族だから、新入生もざわつく。
学年主任のニアハがじっとエミールを見つめているのは、なにかを探っているような視線に見えた。
「……疑問に思うことは当然でしょう。ですがこの場で答えることはできません。なぜならば私が答えを持っていないからです」
「答えを持っていない……?」
「学園の入学基準は厳格に定められています。そして同様に転校の基準も。その審査を行うのは学園長であり、最終決裁者はクラッテンブルク王家です」
「!」
「他に疑問がある方はいますか?」
ニアハの問いに、またも新入生たちは静まり返った。
王家が決めたことなのだから、黙れ。これ以上こっちにも情報はない。
そう、ニアハは言っているのだ。
(…………?)
ネイトの目には、ニアハの表情にほろ苦い後悔のようなものがよぎっているように見えた。こんなことは言いたくなかった、とでも言いたげな。
「……では、検査を始めます。王都試験1位、エルフリーデ=ソーディア=ヴィルカントベルク、こちらへ」
「はい」
呼ばれた少女の、可愛らしい声がしたが同時に、ざわ、と新入生の間にざわつきが走った。
「——三大公爵家の? 王都試験1位?」
「——エルフリーデ様がご入学されているとは」
「——なんとかお近づきに……」
そんなひそひそ話が聞こえてくる。
ネイトからすると、またしても知らない人であった。こちとら平民である。なんなら、爵位の違いはわかれど、どれくらいすごいのかも知らない。
エルフリーデはクセのある金髪を短く切っており、大きなリボンをつけていた。愛嬌のある目元であり可愛らしい。凜とした美少女の飛竜の少女とはまったく対照的だ。
エルフリーデがカートの前へやってくると、まずは石板に手を置く。パァッ、と石板がほんのり光るのだが、ネイトが驚いたのはその横にある紙のほうだった。紙の束の上で、ペンが勝手に動いたのである。
魔道具だ。魔力持ちが少ないこともあり、さらに魔道具は希少であり、現物を見るのは初めてだった。
さらさらさらとペンが走ると、そこにある文字をニアハが読み上げる。
「天稟は……『王の伴星』」
これまで動じなかったニアハは、この瞬間はごくりとつばを呑んだ。公爵家の血筋である以上、クラッテンブルク王家の血を引いている。その上でこの天稟であれば紛う方なき貴き血であることは明らかだった。エルフリーデはすでに知っていたのか、特になんの反応もなく次の水晶玉へと移る。
魔道具を運んできた白衣を着た男が、水晶玉に手をのせるように伝えると、エルフリーデはぴかぴかに磨かれた珠へとその小さな手をのせた。こちらも、ぱぁっ、と光を発し、水晶玉の中心部に数字が現れる——3ケタの数字が。
「252……!」
おおおっ、というどよめきが走る。
昨年、キルトフリューグが300超えの数字を叩き出したが、それは異常中の異常だ。王族のジュエルザードでも200台中盤だったので、その水準である。
試験において王都1位、さらにはこのスキルレベルということでエルフリーデは注目を集めるが、彼女はそれすらも知っていたかのようにただニコニコとしてなんの反応もない。驚かれることにすら慣れているのだ。
(ほ〜、あれがスキルレベルなんだ……)
ネイトはスキルレベルの概念は当然知っていたものの、それがどれほどのものなのかは知らなかった。辺境で育った彼にはそんなものを調べる機会もなければそれを知る必要すらなかったのだ。家族や仲間は多くいたけれど、彼ら自身がレベルを知っていようと知るまいと、腕っ節は「見てればわかる」ということで、自ずと序列ができていた。
天稟はスキルレベルと密接に関わってくる。「守護の騎士」なんて天稟ならば騎士らしく剣と防御のスキルが上がりやすいし、「槍闘士」であればそれはもう槍のスキルが上がる。貴族に多い「高貴なる血」は実際のところ弁舌や筆写などの貴族らしいスキルが上がりやすく武技には影響がないので実用性は低いのだが、「貴族の証明」として喜ばれることも多い。
天稟は自動筆記だったけれど、スキルレベルは白衣の男が手で写した。その紙を隣の天秤に載せ、反対側に水晶から削り出した卵を載せる。卵が当然重いので天秤は傾くが、すぐに卵はぐにゃぐにゃと動いて姿を変え——白いグリフォンに変わった。すると天秤は釣り合った。
ワッ、と新入生たちが声を上げる。
「エルフリーデ君は白騎クラスに決定とします」
「はい」
スカートをつまんでカーテシーをしてみせたエルフリーデは、このクラス分けすらも当然の結果として受け入れているようだった。
(白騎クラス!)
ネイトも、このクラス分けによって持ち上がりで騎士団に入ることがほとんどであることを知っている。
(すごいなぁ、御貴族様しかいないクラスだって言うし、僕には関係ないけど)
そんなネイトの希望は、
(碧盾クラスになりたいなぁ……)
安心安全の碧盾クラスである。
同じようなことを考えていた日本からの転生者が去年もいたのだが、もちろんネイトが知るよしもない。
(碧盾樹騎士団なら、書類仕事も多いって聞いたし……)
剣を振るうのではなく後方支援。なんなら一日中書類と取っ組み合いしているくらいがいい、と思っているネイトである。ずり落ちてきたメガネをくいっと持ち上げる。
(間違ってる数字を見つけたり……異国語の文書を翻訳したり……資料を読みあさったり……)
天稟やスキルレベルに一喜一憂している他の新入生とは明らかに異質な存在がネイトだった。
「あ」
気づけば数人、検査が終わっていた。
ネイトが意識を取り戻したのは水色の髪の少女が現れたからだ。
今呼ばれた名は——「イルゼ=アクシア=ドラッヘンブルク」というものだった。
(イルゼちゃんかぁ)
最初のエルフリーデも淡々としていたが、彼女はにこやかだった。イルゼは淡々としているがどこか冷淡にも見える。そんな彼女から不思議と目が離せない。
「——おい、アレ……」
「——ドラッヘンブルク家の令嬢じゃないか」
「——令嬢なんて言えるのかぁ?『氷林の剣姫』だろ? 婚約の話があっても『自分より弱い夫は要らない』とか言ってるらしいぞ」
「——こわっ」
訳知りっぽい貴族の子たちが話しているが、なにが「怖い」のだろうとネイトは思う。自分より優秀ではない人と結婚したくないのは当然だろうし、彼女は冷淡に見えるが、飛竜に触れていたときにはうっすらと笑みを浮かべていた。優しい子なのだ、と、ネイトはすっかり思い込んでいる。
「天稟は……『天翔ける乙女』……?」
ニアハが首をかしげる。珍しい天稟なのだろうか。だが、イルゼはその瞬間、表情を輝かせた——それは一瞬のことで、すぐにスンッとなってしまったが。
(イルゼちゃんは天稟の意味を知っている……?)
スキルレベルの測定へと移ると、「243」という数値が出て、これもまた驚きを持って迎えられた。200台になるとやはり高いらしい。ただ、イルゼはこのときは不満げな顔だった。
(なんでだろ?)
クラス分けの結果は——「蒼竜」。
飛竜を駆る彼女にふさわしい、とネイトは思った。イルゼは納得したという顔だった。
「——すごいな、200台かぁ」
「——でも昨年はもっとすごかったらしいぞ。父上が言っていたが、キルトフリューグ様を頂点とした『栄光の世代』として期待されているらしい」
「——じゃあ、私たちは栄光の残りカスってことか?」
みんないろいろと話している。ウワサ話が好きらしい。
「次、ネイト=アイゼン君」
それから数人を挟んで——呼ばれた。
前へと出て行くと、ニアハが手元の紙を見てうなずく。
「ああ、あなたが王都試験2位なのですね」
「僕がですか?」
試験の手応えはあったけれど、2位とは思わなかった。エルフリーデが1位と聞いて「やっぱり御貴族様はすごいねぇ〜」くらいにしか思っていなかった。
「……点数は同点だが、首席を決めねばなりませんでした。結果、エルフリーデ君の字が美しかったのであなたは2位となりました」
「あ、そうだったんですねぇ」
同点、という言葉に新入生たちがざわつくが、ネイトはなんとも思わなかった。
「あなたは、点数が同じであるのに2位になったことに不満はないのですか」
「不満? 首席と2位とで待遇に変わりがあるんでぇ……?」
「ありません。貴族も平民も変わらないと先ほど話したことは事実です」
「なら、何位でもいいのでは?」
「…………」
理解しがたい、という顔でニアハはむっつりとしたが、
「天稟の検査を」
ネイトに進むよう促した。
自分の天稟を知るのは初めてのことだった。ネイトはどきどきしながら——試験のときにだって緊張しなかったのに——石板に手のひらをのせた。光が放たれるや、さらさらさら〜と羽根ペンが動く。不思議な光景ではあったが、こと自分の内容が書かれているとなると内容のほうが気になるのは不思議だった。
(試験の点数が良かったことって、碧盾クラスに入る助けになったりしないかなぁ?)
ちょっとだけウキウキしているネイトである。
自動書記の終わった紙を取り上げたニアハがちょっと首をかしげ、白衣の男に見せる。
「ほう……?」
「珍しいですね」
「ええ。ネイト君の天稟は『火中の栗』です」
ネイトは首をかしげた。
「あの、先生、そのぉ……『火中の栗』ってなんなんでぇ……?」
「知りません」
「知らない!?」
「こういうことはよくあります」
よくあるんだ……とネイトは思いつつ、促され、次のスキルレベル確認へと移る。
新入生たちがざわざわしている。
「——あいつ、王都試験で実質1位の上に、さらにレアな天稟持ちかよ?」
「——平民なのが惜しいな」
「——今のうちに取り込んでおくか?」
どことなく不穏なざわつきである。
だが、
「……スキルレベルは38です」
その声が、すべてのざわめきをかき消した。
38である。
2ケタ。
しかも、100の半分の50にも満たない。
「低ッ!」
誰かが言うと、ドッ、と笑いが起きた。これまででぶっちぎりの低さである。
ネイトはよくわからない。スキルレベルとは無縁の暮らしをしてきたので、レベルの高い低いがどう影響しているかがわからないからだ。
「うぇへへ……」
ドギマギして少々気持ち悪い笑いが出た彼に、ニアハは淡々と「公正の天秤」を使用するよう白衣の男に促しただけだった。その無頓着な態度が、今はネイトにとってはありがたかった。
天秤では、水晶の卵が——黒く変色しただけだった。
「ネイト=アイゼン君は黒鋼クラスですね」
そう告げるときのニアハの口調もまた、淡々としていた。





