春の学園はにぎわっていて
新章開幕です。
前回までのあらすじ
・年末年始をスヴェンの実家があるインノヴァイト帝国で過ごしたソーマだったが、学園に戻って新学期を迎えてみるとキールたちの姿がなかった
・どうやら国王が重篤な病に罹っているらしい……その王位継承に関してきな臭い動きがあり、貴族たちは王都に釘付けになっている
・ソーマは、国王の病が仮病だと見破って、国王は回復したという発表をした
・そのさなかで第1王子や第3王子の衝突に介入しちゃったりして大変だった
* 王立学園騎士養成校 *
春になると、ここ王立学園騎士養成校——通称「ロイヤルスクール」へ入学する新入生たちがやってくる。
首都にあるロイヤルスクールへ入学するのは貴族の子女が多いので、立派な馬車でやってくるのだけれど、ロイヤルスクールの敷地に入るに当たっては馬車から降り、身内や護衛たちとそこで別れる。それが決まりだ。これは、王族であっても例外ではない——とはいえ王族には護衛の役割もある在校生がついてくるのだけれど。
学園の門は新入生たちに開かれている。
にこにこしてくぐる者、不安そうにくぐる者、仲間と連れ立って意気揚々とくぐる者、緊張に顔を強ばらせている者。
初めて、親元を離れて寮暮らしをすることになる子どもは、馬車を降りて泣き出したりもする。それを慰める親も泣いている。それを眺めて泣いている門番(妻と幼い子持ち)もいる。
「……ってなんでお前が泣いてるんだよ!」
門番その2であるジョセフが突っ込むと、門番その1である——泣いてる門番スコットは、
「いやあ、だっていいじゃないか。こういう、親の愛情を感じられるってのは、さ……」
「それ、自分とあの親を重ねて見てるだけだろ」
ジョセフは呆れるが、気持ちはちょっとわかる。
春の風物詩ともなっている「パパ・ママとのお別れ」だが、夏休みになって帰省ができるころには子どもたちはたった3か月だというのにすっかり成長しているのだ。迎えにくるパパやママのほうがよほど成長しておらず、泣いて喜び、むしろ学園を楽しんでいる子どものほうが怪訝な顔をする。それは夏の風物詩である。
こちらの門は街道に面しており、王都に面している門は王都在住の貴族子女——つまるところ高位貴族——が、やってくる。自宅から通学する者もいるのであちらにはこういった「風物詩」は存在しない。
「ま、貴族だけでなく平民もいるこっちのほうがおもしろいわな……」
今日はこれから入学式があるので、ぞろぞろと多くの新入生がやってくる。
入学式はもちろん、その後の天稟判定にクラス分けなど、彼らの人生を変えるイベントが待ち受けている。
貴族にとって、今後の人生を占う上で極めて重要だ。
天稟はともかくクラス分けは、「白騎クラスでしたのよ」と言うのと「碧盾クラスでしたわ……」と言うのでは、与える印象がまったく違う。特にこの時期にあわせて王都では夜会が行われるので、親にとってもドキドキワクワクイベントである。黒鋼クラスになんてなってしまったあかつきには、夜会に出ずに領地に帰る貴族もいる。
「さて、そろそろ終わりか……」
ずいぶん泣きじゃくっていた女の子もようやくあきらめて学園の門をくぐるころには、入学式の開始時刻も迫っていた。
もう、他にはいないな——とジョセフが思っていると、街道の向こうにぽつりと人影があった。
「ん? ありゃ……子どもか?」
「小さいから、そうかもしれないな。新入生だとしたら急がないと遅刻だぞ。——おーい!」
スコットが大きく手を振ると、人影もそれに気づいたようだ。頭からフードをかぶっていた小柄な人影はあわててこちらへと走ってくる。走り方は、だいぶもたもたしている。見ているジョセフとスコットのほうが気もそぞろだ。たっぷり時間を掛けてようやく門までやってくると、はぁはぁぜぇぜぇと子どもは息を吐いている。
「おい、君! まさか新入生じゃないだろうね? もう入学式が始まってしまうぞ」
「え、ええっ……それは困っちゃうんでぇ……」
フードがとれると、そこに現れたのは薄い紫色の髪で、柔らかそうだがパーマが掛かっているのかくるんと曲がっている。
印象的なのはメガネだ。分厚いレンズを入れたメガネがはずり落ちそうで、あわてて少年はそれを直している。
真っ白な肌が赤く焼けているのは彼が北方出身だからだろうか。
瞳は髪と同じ紫色で、ぱちぱちと瞬きして門番を見やる。
「あのぉ〜……入学式はどこでやるんでぇ……?」
「その前に、君はほんとうに新入生かね?」
「アッ、はい」
少年は背負っていたリュックをおろし、ごそごそやり始めた。
長旅でもしてきたのか外套はぼろぼろで、足元のブーツも泥で汚れていた。
「あ、これだ」
差し出された封書をジョセフが急いで目を通す。
「ネイト=アイゼン……たしかに確かにロイヤルスクールからの入学証明書だ」
「だったら急ぎなさい! ここを真っ直ぐいって、4つめの建物を左。そうしたらずっと先に、円形の建物が見えてくるから! そこが学生講堂だよ!」
「わかりましたっ」
少年——ネイトは走り出す。
「あ、君、君! 入学証明書忘れてる!」
ジョセフが追いついてそれを渡すと、ネイトはもたもたとリュックにしまい直すと、ジョセフに深々と一礼してまた走り出した。
「……大丈夫かなぁ、あの子」
スコットがぽつりと言う。
「大丈夫じゃないだろ。きっと黒鋼クラスだよ。平民だし」
「だよなぁ」
「……だけど、なぁ。なんだっけか、あの名前……」
「ん?」
「アイゼン、アイゼン……なんか聞いたことがあるような……」
ジョセフは首をかしげたが、思い出すことはなかった。
* ネイト=アイゼン *
「え、えぇ……? 円形の建物なんてどこにもないよ……」
ネイトは呆然と立ち尽くしていた。
入学式が行われる円形の講堂どころか、木々が生えて草もぼうぼうという場所に出たのだ。
解せぬ。
言われたとおりに真っ直ぐいって曲がっただけなのに……。
建物の周囲には誰もいなくて、誰かに道を聞くこともできなかったことが失敗を加速させた。
「あの門番さんがウソを言った……? い、いや、そんなふうに人を疑ったらだめだよ。きっと僕が間違えたってことで……うん」
正直言うとこんな失敗は過去に何度もあったし、実際今回もネイトが間違えていた。左に曲がれと言われたのに右に曲がっていたのである。
「と、とりあえずこういうときはわかるルートにまで戻るのがいちばんいいって、お父さんも言ってたし……戻ろう!」
ネイトが回れ右をして走り出そうとしたときだった。
不意に、周囲が暗くなった。
「!?」
次の瞬間には明るさが戻っていた。
ハッ、とする。
ネイトは知っている。こういうときは巨大な鳥が空をよぎってその影に自分が入ったのだと——そう、大の大人ですら攫って食らってしまうような巨鳥が。
「って、そんなことあるわけない! あれはウチみたいな辺境にしかいない生き物だから……うわお!?」
と思ったが、ばっさばっさと音がしてなにかが降りてくる。そのシルエットは巨大な鳥、いや、
「りゅ、竜!?」
つるりとした肉体に、長い首と長い尻尾。それはまさに飛竜そのものだった。
飛竜の首から胴体にかけてはベルトが巻かれており、その背中には騎乗座があり、そこに誰かが乗っていた。
「え、え、え……」
飛竜なんて見たことがなかった。
人を攫う巨鳥は見たことがあっても、竜種は見たことがなかった。それほどにレアなのが竜種だ。この国にもし竜種がいるのだとしたら、それは、「蒼竜撃騎士団」の所有物に他ならない。
最強の武力を誇り、この国の剣として他国の侵略を防ぎ、凶悪なモンスターが発生すればいち早く現地へと到着して敵を滅ぼす。それが蒼竜撃騎士団であり、このロイヤルスクールの卒業生の就職先のひとつでもあった。
まさか、正騎士の飛竜?
「……え? ばふっ!?」
草を踏み潰して竜が降り立つとドシンという音がし、ネイトの外套も、髪も風に煽られた。だがネイトが目を疑ったのは、そこから降りてきたのが——ひとりの少女だったからだ。
身長はネイトとよりすこしだけ小柄。年の頃はほぼ同じに見える。
明るい水色の長い髪を後ろでひとつに縛っていて、ほっそりとした頬にこぶりな唇。切れ長の瞳は冷たい印象を与えるけれど、それでも髪と同じ水色の瞳に、ネイトは吸い寄せられた。
「……月光丸、運んでくれてありがとう」
竜から降りた彼女はぽつりと言うと、飛竜の頬を撫でた。そのとき彼女の口元がちょっとだけ緩んだ。どこが月光なのだろう、灰色でごつごつした肌を持った竜である。竜は、彼女の小さな手よりもはるかに大きな頭をそこにこすりつけたあと、ばさっ、ばさっ、と空へとはばたいた——また起きた突風にネイトは吹き飛ばされそうになるが、なんとかこらえる。
「…………」
じろり、と少女がこちらを見てくる。
ネイトのように外套に身を包んでいるけれど、彼女のそれは上等な皮革を使った高級品である。なかに着込んでいるのは軍服のように見えるが、どこの軍所属かなんてネイトにわかるはずもない。ただ、ショートパンツからすらりとのびる両足は白のニーハイソックスに覆われており、わずかに見える肌の白さがまぶしい。
「……あなた、誰」
「あ、え、えぇっとぉ……」
こんな美少女に話しかけられ、ネイトはテンパった。
「まあ、いい。ここで見たことは誰にも言わないで」
そうしてつかつかと彼女は歩き出す。
「あ! あの……もしかして君も新入生?」
その背中に声を掛ける。
「…………」
「ぼ、僕もそうなんだけど、入学式の場所……円形の講堂がどこにあるのかわからないんだ」
「…………」
少女は答えない。どんどん距離をつけられるのでネイトはあわてて走り出す。少女の早歩きと、ネイトが走ってちょうどいいくらいの速度である。
「ど、どうして君のことを、他の人に言ったらいけないの?」
「……許可を得ていない」
答えがあったのでネイトはうれしくなる。
「許可? それって飛竜の? 許可なんて要るの?」
「…………」
怪訝な顔で少女が振り返ったので、追いついた。
「?」
なぜそんな顔をしているのかネイトはわからず首をかしげる。
ふつうに考えたら王族も通う学園の空を飛んでいいわけがないのだが、ネイトはこの学校に来たばかりなのでわからない。
少女は、フゥ、と小さく息を吐いて改めてネイトの身体を上から下までじろりと見る。するとあからさまに興味をなくしたように首を横に振ると歩き出した。
「あ、ちょっ——」
彼女を追おうとしたネイトは、そのとき、前方から声が聞こえてくるのに気がついた。
——才に敬意を。
続いて、ドンドンという音。
——胸に誇りを。
そのあとに、
——剣に忠誠を。
と続く——ネイトが「騎士学園三拍子」を知るのは、もうちょっと後のことだ。
「なんの音だろう……あ」
そのときには、少女の姿ははるか遠くになっていた。
だけれど行き先は同じだということははっきりしていた。
そこにはあったのだ——円形の外壁の建物、学生講堂が。
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