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僕たち横浜万博警備隊 ― 1989年、青春と事件の半年間 ―  作者: 岩田 ヒロ


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9/10

万博後 ― 婚約の告白と、僕の空虚

誤字脱字を修正しました。


1989年、横浜。

昭和が終わり、平成が始まった年。

大学生だった僕は、横浜万博の“24時間ゲート警備”という

奇妙で刺激的なバイトに飛び込んだ。


そこで出会ったのは——

暴走族上がりのイケメン、

英語も暗算も最強の謎の男、

競馬と風俗に人生を捧げる元自衛官、

そして板前修行中の寡黙な兄貴肌。


事件、恋、喧嘩、火事、ダフ屋、二股、友情。

半年間のすべてが、僕の価値観をひっくり返した。


これは、実在の横浜万博を舞台にした

“青春ノンフィクション小説”です。

 万博が閉幕した後も、僕たちの警備は続いた。

 しかし、それはただの“退屈な警備”だった。


 開幕前はコンパニオンたちの研修があり、

 開幕中は朝と夜の通勤のコンパニオンがいた。

 閉幕後は業者のトラックばかりだ。


 バイト代は変わらずもらえたが、何の楽しみもなかった。


***


 10月半ば、直子さんと久々にアウトドアで会った。

 前回の8月は映画を観て、アウトドアでご飯を食べて、そのままホテルに行った。

 そのあと僕は久美と新島旅行に行き、さらに洋子ちゃん事件があり、直子さんとは連絡が取れなくなっていた。


 万博最終日に直子さんが声をかけてくれたので、今日会うことになった。


 しかし、ホテルに行ったあの日とは明らかに、僕の直子さんへの気持ちは変わっていた。


 あの時の直子さんは、3歳年上で、未知の存在だった。

 けれど今は違う。一度だけとはいえ、僕は直子さんを“知っている”。


 洋子ちゃん事件で、もう話せないかもと一度は諦めた。

 久美がいるから、直子さんはいなくてもいいかもと思ったこともあった。


 だから、たわいもない話をした後、僕はついこんな質問をしてしまった。


「直子さん、本当は彼氏いるでしょ?」


 彼女は少し驚いた顔をして答えた。


「うん。きみもいるでしょ?」


 予想していた答えだったが、同じ質問を返されるとは思わなかった。


「いないよ」


「嘘だ」


 直子さんは僕の目を見て言った。


 結城さんの言う通りだ。

 女の子は嘘を見抜く。


 少しして、僕は観念して言った。


「……いる」


「やっぱりね」


 男は嘘が下手だというのは本当かもしれない。


 しばらく二人とも黙っていた。

 僕はこの先どう展開させるべきか迷っていた。


 僕の本音は、久美にバレずに直子さんとも続けたい。

 あまりにも都合がいいかもしれないが。


 それとも——。


 いや、ちょっと待てよ。

 直子さんの「彼氏いる」も嘘かもしれない。

 自分が嘘つきだと、相手の言葉も信じられなくなる。


「知ってる? 特別な時に知り合った二人は長続きしないって」


「え、何それ?」


「横浜万博って、一瞬のお祭りだったのよ。そこで私は君にナンパされた。わたしもなんとなく君について行った」


 彼女の顔を見ると、目が合った。

 僕は目をそらした。


「私、婚約してるんだ」


 ——はぁ?


 どうしようもなかった。


 しばらく黙っていると、彼女は黙って席を立ち、店を出ていった。


 僕は一人取り残され、ぬるくなったビールを舐めていた。

 婚約が本当か嘘かも、どうでもよかった。


 あの日の僕は、ただ流されるしかなかった。


***


 10月末の本当の最終日。

 夜勤明けの昼過ぎ、僕、結城さん、住吉さん、藤井さんの4人で崎陽軒2階の詰所に集まり、解散会を開いた。


 半年の思い出話をした後、順番に今後の予定を話した。


「圭子ちゃんに言ったよ。“付き合ってください”って」


 結城さんが言うと、住吉さんが「で?」と聞く。


「オッケーでしたよ」


 結城さんは嬉しそうだった。そして珍しく真面目な顔で続けた。


「実は俺、これから実家の床屋継ぐんだけど、お客さんって全員男でさ。今回のバイトは嫁探しのつもりもあったんだよね。この先ずっとオヤジたちの髪切って、ひげ剃って……」


 少し間を置いて、


「はさみとかひげ剃りって、慣れてくると手に職がつく感じでさ。苦じゃなくなる。でも嫁探しって難しいんだよ。今回の万博のバイトがラストチャンスかもって思ってた」


 へぇ、そうだったのか。


「俺、月一で髪切りに行きますよ」


 僕が言うと、結城さんは笑った。

 きっと一年後には「結婚するんだ」と言っていそうだ。


***


「住吉さんはこの先どうするんすか?」


「おれは妹が専門学校卒業して就職したら、自分の店持つよ。そのために金貯めて、板前の技術や店のやり方教わってる。おまえらと違って遊ぶ余裕はねえし、嫁探す暇もねえ。おんぼろフィアットをかわいいとか言って修理する金もねえ」


 しばらく誰も話さなかった。

 重い空気が流れた。

 複雑な事情があるのは分かるが、僕には助言もできない。


「一生修行で、自分の店なんて夢みてーな話だけどな」


「分かんないっすよ。住吉さん、有名な板前になるかもしれない。そういえば住吉さんの料理食べたことないですよね。今のお店どこですか?」


「バーカ、おまえら来たら雰囲気悪くなるし、和食の料亭って高いんだぞ。そこらの居酒屋じゃねえ。でももし店持てたら、おまえら招待してやるよ」


 結城さんはどんなにヤンチャでも、親の仕事を継げる。

 住吉さんは努力して、自分で未来を切り開かなければならない。


 応援したくなるが、現実は厳しい。


***


 藤井さんはドモリながら言った。


「僕は45歳。昨年自衛隊辞めた。自衛隊はつらかった。警備員は楽だ。警備員の正社員になって、競馬しようと思う。たまに競馬勝ったらソープ行って、居酒屋行って酒飲む。結婚はあきらめた。いいでしょ」


「ま、それも人生だよな」


 住吉さんが言った。


 藤井さんの人生を想像した。

 ドモリがあり、自衛隊はつらかったのだろう。

結婚もせず一人で生きていく覚悟は、僕には想像できない。


 けれど、誰も藤井さんを否定できない。

 そんな権利はない。


 この4人で「それもいいね」と言い合える関係が、なんだか心地よかった。


***


「ところで藤井さん、ずっと疑問だったんだけど……俺たちの馬券、本当に買ってた?」


 住吉さんが聞くと、藤井さんはドモリながら、


「買った時もあったけど、当たらないと思った時は……ノミ屋行ってなかった」


 と正直に言った。


「ま、今となってはどうでもいいけどな。ノミ屋も同じかもしれない。当たりそうなレースはちゃんと記録して、外れそうなら売り上げくすねてるかもな」


「ところで大学生の兄ちゃんはどうするんだ?」


 住吉さんが僕に振ったが、結城さんが割り込んだ。


「大学行って、合コンして、卒業したら大企業入って、いい給料もらって、結婚して、子供作って……みたいな人生なんだよな」


 どこか棘のある言い方だった。

 大学生って、こう見られているのだろう。


「まだ大学2年だから、卒業まで2年あるし、就職とか会社とか全く考えてない。何か面白い仕事、万博みたいな誰も経験したことない仕事をしたいと思ってるけど、具体的にはまだ……この2年間で探そうかな」


 歯切れの悪い言葉になってしまった。


***


 お互い連絡先を交換し、別れた。


 半年通った崎陽軒ビルも、忘れられない場所になった。


 本当はパビリオン警備のバイトもしたかった。

 東口ゲートの24時間警備は地味だった。

 でも、いろんな事件があり、いい仲間に出会えた。


 ついに僕たちの横浜万博は終わった。

読んでいただき、ありがとうございます。

横浜万博での半年間は、僕の人生を大きく変えた時間でした。

当時の空気、匂い、人間関係をできるだけそのまま描きました。


もし楽しんでいただけたら、

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