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僕たち横浜万博警備隊 ― 1989年、青春と事件の半年間 ―  作者: 岩田 ヒロ


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7/10

しりぬぐい

 今日は結城さんが休みで、代打の沼田さんとゲート警備に入った。夕方、僕がゲートに立っていると、


「今日、結城さんいますか?」


 と女の人が話しかけてきた。振り向くと、ソバージュのポニーテールにミニスカート。

 ——洋子ちゃんだ。かわいい。結城さんがうらやましいと思った。


「あ、今日は休みです」


「次はいつバイト?」


 嫌な予感がした。


「明後日の昼からだと思います」


 なぜか緊張して答えた。洋子ちゃんは黙って駅の方へ歩いていった。


「誰? 今の」


 沼田さんがボックスから出てきた。


「多分、結城さんの彼女」


「今日、結城さん、圭子ちゃんとドライブって言ってたよ」


 ますます嫌な予感がした。


「知ってる? 結城さん、族の時もあちこち彼女がいて、あそこ切られそうになったんだよ。俺の高校で伝説だったんだから。一年上のヤバい先輩って」


「結城さん、そんなにモテるんだ」


「結城さんの地元は綱島なんだけど、“綱島のプリンス”って呼ばれてた。パープルレイン歌ってるプリンス知ってる?」


 僕が頷くと、


「結城さん、顔黒くしたら似てるでしょ。背高くて痩せてて、頭くるくるパーマ。高校の時は彼女がカミソリ持って追いかけてきたらしいよ」


 確かに似ている。そして追いかけられている姿が想像できた。


「明後日、結城さんがゲートに立ってたら、やばいんじゃないか?」


 沼田さんが心配そうに言った。


***


 二日後の昼前、崎陽軒の詰所で着替えていると結城さんが現れた。今日は僕と結城さんがペアで、住吉さんと藤井さんと交代で24時間勤務だ。


「結城さん、一昨日、洋子ちゃん来て、次のバイトいつって聞かれたよ」


「マジで? なんて答えた?」


「明後日の昼からって。だから今日バイトだって言っちゃった」


「そうか……」


 結城さんが珍しく考え込んでいる。


「なんかあったの?」


「何度か電話あったみたい。でも俺出かけてていなくて。遅くなってもいいからって伝言あったけど、電話するの忘れてた」


「今日夕方、ゲート通ると思うから謝れば?」


「いやー、ちょっと会いたくねーな」


 面倒くさくなってきた。


「洋子ちゃん、俺を束縛したがる。これ以上深入りしたくないんだよ」


 何を言っているんだこの男は。


***


 住吉さんと藤井さんが来ると、結城さんは言った。


「俺、バイト辞めたことにしておいて。そんで、彼女がゲート通る朝と夕方は俺ゲート立てないから、代わりにお願い。その代わり夜中は俺一人で頑張るから」


「そんなことできっかよ! 素直に別れるって言えばいいだろうが」


 住吉さんが怒る。


「俺、付き合うって言ってないし。でも洋子ちゃんは毎日電話しろとか、電話くれとかうるさくて、面倒なんだよ」


「付き合うとか約束してないのにエッチしたんだろ。子供できたらどうすんだよ?」


「俺、中で出してないもん」


「と、とりあえず、じ、時間だから、ゲ、ゲート行って、ひ、ひきつぎしましょ」


 藤井さんがまとめた。


***


 夕方5時頃、洋子ちゃんが来た。


「結城くんは?」


 昨日は“結城さん”で今日は“結城くん”。嫌な予感しかしない。


「あ、今日も休むって」


「彼、私のこと避けてるでしょ?」


「いや、よく分からないです」


 なぜ僕がゲートで警備しながら、こんな可愛い子に責められなければいけないのか。

 横のボックスで住吉さんが吹き出しそうな顔でゲートの先を見ている。


 洋子ちゃんはボックスの中を覗き、結城さんがいないか確認した。


「最低な男。なんとか連絡つけてよ」


 すごい顔で睨んでくる。


 その時だ。

 洋子ちゃんの後ろを直子さんが通り過ぎた。


 ——最悪だ。


 夜、電話して言い訳しないといけない。


「分かった? わたしに電話くれるように言って!」


「わかりました」


 早く行ってほしいのに、僕の横から動かない。


 帰りのコンパニオンたちが振り返って僕たちを見て、こそこそ話している。

 僕が悪いことしたみたいだ。


「あ、あの、警備の邪魔なので、もう行ってくれません?」


「結城くん来るまで待つわ」


 何言い出すんだこの子。


 そこへ配送トラックが来た。


「危ないから歩道に行ってください」


 彼女の腕を押して歩道まで移動させた。


「お疲れ様です」


 通行証をチェックしてトラックを通す。運転手が意味深に笑っている。


 洋子ちゃんは歩道で、結城さんが現れないかと横浜駅の方を見ていた。

 僕は無視してゲートに立った。


 1時間ほどして、彼女は帰っていった。


***


 まずい。直子さんに何て言おう。


「今日はどこで何してたかとか聞いてくるわけよ。しつこく。俺は気にしないよ、彼女が俺の知らないとこで何しようが。会って楽しくてエッチできればいいだろ」


 結城さんが言う。


「彼女がその気になるようなこと言ったんでしょ。かわいいねとか、好きだよとか。好きな子を独占したいって思うんじゃないの」


「言ったよ、勢いで。でも彼女は異常だって。すごい独占欲」


「おかげでさっき直子さんに見られちゃったよ。洋子ちゃんと話してるとこ。今から電話してくるからゲートお願い」


 僕は電話ボックスに入った。


 10回コールしても誰も出ない。

 実家暮らしだから親が出てもおかしくないのに。

 番号を間違えたかと思い掛け直したが、誰も出ない。


 ——無視されてるかもしれない。


「どう? 直子さん、誤解は解けた?」


「誰も出なかった。もう最悪だ」


「俺のせいじゃない。洋子ちゃんが悪い」


「発端は結城さんだよ」


 僕は睨んだ。


「明日の朝、捕まえて話せば?」


「そんなこと朝のゲートでできないよ」


 参った。

 明日の夜また電話しようと思ったが、ふと僕が洋子ちゃんみたいになった気がした。

 しつこいと逆効果かもしれない。


***


 その後、住吉さんが「結城さんだけ特別シフト」は不公平だと言い、特別扱いはなしになった。

 洋子ちゃんが来たら自分で始末しろ、ということになった。


 数日後、結城さんがゲートに立っている時、洋子ちゃんがやってきた。

 少しすると、洋子ちゃんが持っていたハンドバッグで結城さんの顔を思いっきり叩いた。


 バシッ、バシッ。


 女の人が男を叩くのを初めて見た。


 洋子ちゃんは立ち去った。

 結城さんは何事もなかったようにゲートに立ち続けた。


「なんではたかれたの?」


「俺は洋子ちゃんの彼氏じゃないって言ったら、はたかれた。要は付き合ってると勘違いしてたんだよ。まぁ、すっきりしたよ。これで圭子ちゃんと真面目に付き合う気になった」


***


 この後、僕は直子さんに連絡していない。

 ゲートで何度か見かけたが、無視されているようだった。


 久美がいるから、真剣に誤解を解く必要もないと思った。

 僕の家の電話番号は知っているのだから、向こうがその気なら電話してくるはずだ。


 なんか面倒だから、ほっとくことにした。


 結城さんも僕も、女の子たちをもてあそんだと言われても仕方ないのかもしれない。

 でも、あの時は本気で、熱い気持ちで彼女たちと過ごしたのは間違いない。


 騙すつもりはなかった。

 身体だけが目当てでもなかった。

 彼女たちの匂いを嗅ぎ、髪や素肌に触れられたことが、ただ嬉しかった。


 そんなことを考えながら、万博の最後の日、10月1日を迎えた。

読んで頂き、ありがとうございます。

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