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僕たち横浜万博警備隊 ― 1989年、青春と事件の半年間 ―  作者: 岩田 ヒロ


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6/10

久美と新島

 台風のおかげで7月・8月の入場者数が大きく落ち込んだため、万博協会は65歳以上の入場を無料にしたり、15万枚の無料招待券を配布した。そのおかげで9月に入ると入場者数が爆発的に増えた。最終的に9月の入場者数は全体の3分の1を占めた。


 桜木町駅のゲートは大混雑となり、横浜駅から東口ゲートを通過して入場する長い列が、僕たちの横を延々と通過していった。


***


 そんな9月上旬、僕はバイトを休み、久美と一泊二日で新島に行った。

 二人とも実家暮らしだったため、こんな旅行は特別なイベントだった。

 もちろん、彼女は「女友達と旅行に行く」、僕は「男友達と旅行に行く」と親に嘘をついた。


 東海汽船のフェリーに乗り、島に着く。9月とはいえ、まだ夏の暑さが残っていた。


 島では原付をレンタルして観光した。

 久美は黒のビキニの上にTシャツと短パンを着てバイクに跨っていた。

 日焼け止めを塗り合い、サーファーのいない静かなビーチで二人で泳いだ。

 写真もたくさん撮った。海も太陽も、そして彼女もまぶしかった。


 ホテルで晩御飯を食べ、すぐに部屋に戻った。

 部屋で二人になると、久美から“例の匂い”がしてきた。

 いつものように、一瞬あの中学の女の子を思い出した。


***


 夜11時頃、僕は「星を見に行こう」と久美を誘った。

 近くの浜辺のコンクリートのひな壇に座り、空を見ると、たくさんの星が光っていた。


「こんなたくさんの星、初めて」

「ほんと、びっくり」


 僕はそのまま寝転がって夜空を眺めた。


「あっ、流星!」

「見えた、見えた。あっ、あっちも」


 しばらく二人とも黙って夜空を見ていた。


 少しして、久美が突然僕に無言で覆いかぶさってきた。

 両膝をついて僕にまたがり、両手を僕の頭の左右につく。


 彼女の髪がサラサラッと僕の顔の周りに落ちてきた。

 まるで髪のカーテンが僕の頭を包むようだった。


 彼女の顔は髪で光が遮られ、暗闇の中にあり、見えない。

 僕は彼女の目があるであろう場所を探すように視線を動かした。

 きっと彼女は僕の顔を薄暗い中でも見えていたに違いない。


 彼女の髪の匂いに包まれた。


 暗闇の中で、彼女は僕の目を覗き込み、何かを探っているようだった。

 僕は一瞬、直子さんのことを探られているのかと不安になった。

 絶対にバレているはずはないのに。


 しかし、少しして彼女のおでこが僕のおでこに触れ、

 鼻の頭同士が触れ、

 柔らかい唇が僕の唇に触れた。


 彼女はさっき僕の顔や目から何を読み取ったのだろうか。


***


 そのあと二人は無言で横に並んで夜空を見ていた。

 夜の空と海は真っ暗で、星たちが強く輝いている。

 目が慣れると、小さな弱々しい星までもがよく見えた。


 僕は彼女の手を握った。

 彼女も握り返してくれた。

 僕の不安は少しずつ消えていった。


「ねぇ、わたしたち高校卒業して2年目じゃない。あの頃から付き合ってる人たちって、もうわたしたちだけみたいよ」


「えっ、嘘だ」


「ほんと。自然消滅とか、別々の大学行って好きな子ができて別れたりとか」


 なぜ彼女がそんなことを言うのか。

 さっき何かを見透かされたのだろうかと、また不安になる。


***


 僕は高校2年の頃を思い出した。


 久美は同じクラスで、気になる女の子だった。

 かわいくて、結構モテていた。

 何人かの男の子が告白して振られたという噂もあった。


 だけど僕は、よく彼女と目が合った。

 目が合うと、彼女はすぐにそらした。

 僕は「もしかして脈があるのかも」と思っていた。


 文化祭の片付けが終わった夜、学校から駅までの帰り道、久美が一人で歩いていた。

 僕と一緒にいた友人が自然に話しかけ、三人で歩いた。


 駅に着くと友人は反対方向の電車に乗り、久美と僕は二人きりになった。


 急に話が続かなくなり、さっき話した文化祭の話を繰り返した。

 つまらないやつと思われたくなくて、思い切って言った。


「あ、あのさ、今度映画でも見に行かない?」


 久美はびっくりした顔をした。

 そして周りを見渡し、電車が来るのを確認したのか、少しして、


「いいよ」


 と答えた。


 やっぱり脈があるという僕の予感は当たっていた。


 その後、何度かデートして、付き合い始めた。


***


 我に返り、僕は言った。


「俺はそんなことないよ。ずっと久美と付き合っていたいと思ってるよ」


「わたしも。でも、分かんないよ。別れた人たちも昔は別れるなんて思ってなかったんだから」


「これから先は分かんないか」


 僕は久美の手を強く握った。


「タイムマシンで将来を覗いてみたいね」


 直子さんにも言った言葉だった。


「見たくないな」


 久美も同じことを言ったので驚いた。


「見ちゃったら、こうしていられないかもよ」


「見たら安心できるかもよ」


 そう言って久美を見ると、うれしそうに笑っていた。


 久美を大事にしなきゃと思った。


***


 新島から帰り、警備のバイトに戻った。


 昼間は入場者が通過するので忙しいが、夜、人通りがなくなると、僕と結城さんの“報告会”がゲートで行われるのがお約束だった。


「新島どうだった?」


「9月の平日だったから人が少なくて良かったよ。泳いでるの僕ら二人だけで、プライベートビーチみたいだった」


「その彼女、高校から付き合ってたんだよね?」


「そう」


「共学はいいな。俺、男子校だから、族の集会しか出会いがなかった」


 僕も結城さんの世界は想像できなかった。


「で、彼女と直子さん、どっちがいいの?」


 痛いところを聞いてくる。


「どっちかと言われれば久美。でも直子さんとも隠れて付き合っていきたい。性格も、あっちも全然違うし」


「お、おまえも分かってきたな。俺も洋子ちゃんと圭子ちゃんとやっちゃった。このバイトしてると金入るから二人と遊べるよな。でも10月1日で万博終了。その後は家の床屋やらなきゃだから、一人としか付き合えないな」


 どこまで本気か分からないが、結城さんは残念そうだった。


「僕もそろそろ真面目に学校行って単位取らないと。夜は塾のバイトくらいしかできなくなりそう」


「金の切れ目が縁の切れ目だったりしてな」


 昼間はコンパニオンやお客さんが通るので、こんな話はできない。

 夜中のひと気のないゲートだからこそ話せる。


 僕はこんな夜中の会話が好きだった。

読んで頂き、ありがとうございます。

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