直子さんとデート
夜中の東口ゲートに結城さんが立ち、僕はゲート横の警備ボックスに座っていた。いつも1時間ごとに交代する。8月も半ばで、しかも台風が通過した後だったので、南からの蒸し暑い風が吹き、汗が止まらなかった。
夜中は運送トラックもほとんど通らず、不審な車、特に暴走族が来たら追い返すのが主な仕事だ。ただ、その日は静かな夜で、眠くならないように結城さんとダラダラと大声で会話していた。
「新しい子、圭子ちゃんって言うんだ。19歳。中国パビリオンのコンパニオンだった」
「あっそ。ご飯行ったの?」
「うん」
あの結城さんが珍しく元気がない。
「なんかあったの?」
「圭子ちゃんとのデートは問題なかったんだけどさ。電話番号も聞けたし、今度フィアットでドライブ行く約束もした。問題はその後の洋子ちゃんとのドライブ」
どうやらそのドライブで、結城さんは洋子ちゃんを“圭子ちゃん”と呼んでしまったらしい。
「誰? 圭子ちゃん?」
と聞かれ、結城さんは慌てて、
「あー、ごめんごめん。洋子ちゃん。圭子ちゃんは妹の名前。間違った、ごめんごめん」
と誤魔化したらしい。
「でも俺、妹いないんだった」
次々と新しい女の子とデートすると、そりゃそうなる。
結城さんは三股なんて無理だと言う。名前も、どの子と何を話したかも覚えていられないと。
ありがたいことに「おまえも気をつけろよ」とアドバイスまでしてくれた。
***
僕は久美と3年も付き合っていて、直子さんとはまだ一回しかデートしていない。
だから、まだ間違える心配はない。
それに2人は性格も雰囲気も全然違う。
久美は積極的で僕をリードしてくれる。化粧は薄い。
直子さんは聞き上手で、自分のことはあまり話さない。化粧は濃いめ。
今のところは間違えようがない。
***
3時5分前、住吉さんと藤井さんが崎陽軒の詰所からやってきた。3時で交代だ。
僕と結城さんは詰め所に戻り、一杯やって5時まで仮眠する。
「変なやつ来たか?」と住吉さん。
「今日は何事もなく平和です。結城さんが元気ないくらいです」
「女に振られたか? 結城」
「いやいや、絶好調っすよ。モテる男は悩みが多くて」
「洋子ちゃんとやらとドライブ行ったんけ?」
「行きましたよ。キスまでしちゃったもん」
「次は車の中でやる!」
「バカかおまえは。夜中の3時にこんなとこで大声で言ってんじゃねえよ」
僕もすかさず、
「フィアット、小さいから無理ですよ。運転する時でさえサンルーフから頭出てたし」
「バカ、狭いからいいんだよ」
「うるせー、お前ら早く帰って寝ろ!」
藤井さんが楽しそうに笑っていた。
昔観たドリフのコントみたいだと思った。
***
僕も車が欲しかった。
結城さんがうらやましい。
車の中は二人だけの空間だ。
周りを気にせずキスもできる。
何回かレンタカーして久美と出かけたことがある。
でも自分の車があれば、夜中でも彼女のところに行ける。
軽自動車でもよかったが、駐車場代が高く、学生時代は諦めていた。
大学の友達には地方から来て一人暮らししている人もいて、それもまたうらやましかった。
僕は実家暮らしで、両親と同居。
だから、かなりラブホテルのお世話になっていた。
早く就職して、親元を離れて暮らすことが僕の目標でもあった。
***
直子さんとの2回目のデート。
映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を観た。
直子さんが「面白かった」と言ってくれたのが嬉しかった。
前回と同じようにアウトドアに行き、ビールで乾杯し、僕はドリア、直子さんはグラタンを頼んだ。
久美もここのグラタンが好きだったことを思い出し、慌てて頭から追い払った。
僕は映画の話から「将来をタイムマシンで覗いてみたい」と言った。
直子さんは「見たくないな」と言う。
分からないから今が楽しい、と。
妙に説得力があった。
今日も直子さんは僕の話を楽しそうに聞いてくれた。
***
そして、僕は昔のことを思い出した。
中学一年の時、ある女の子と二人で帰った。
彼女の家の近くの公園のベンチに座り、雑誌を見せながら一生懸命説明してくれた。
雑誌の特集は「男の子と女の子の体の違い」。
最初は真面目に聞いていたが、生理の話はどうでもよかった。
知りたかったのは「どうやって子供を作るか」だった。
退屈していた時、ふと“匂い”を感じた。
甘くて、しょっぱくて、いつまでも嗅いでいたくなるような匂い。
間違いなく彼女から漂っていた。
あれがフェロモンなのかは分からない(今でも)。
けれど、その後も何度か同じ匂いを嗅いだ。
仲の良い女の子たちから。
その匂いを嗅ぐと、まず中学の時のその子を思い出すのが僕の癖だ。
そして、目の前の女の子に夢中になる。
彼女たちと別れた後、なぜか空気が薄くなるように感じ、息をすることで現実に戻る。
もう例の匂いはしない。
僕は思う。
あれは男をダメにする一種の麻薬みたいなものを、彼女たちは無意識に発しているのだ。
しかも、好きな男の子だけに。
***
今、直子さんからその匂いがする。
酔っていたのもあって、隣の直子さんがこちらを見た瞬間、キスをした。
ベンチシートはこれができるから好きだ。
直子さんはびっくりした顔をしたが、もう一度、今度はゆっくりとキスをした。
僕は「今日はまだ帰りたくないね」と言い、お店を出ると、ホテルに誘った。
「行ってどうするの?」
「話の続き」
もちろん嘘だった。
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