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僕たち横浜万博警備隊 ― 1989年、青春と事件の半年間 ―  作者: 岩田 ヒロ


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5/10

直子さんとデート

 夜中の東口ゲートに結城さんが立ち、僕はゲート横の警備ボックスに座っていた。いつも1時間ごとに交代する。8月も半ばで、しかも台風が通過した後だったので、南からの蒸し暑い風が吹き、汗が止まらなかった。


 夜中は運送トラックもほとんど通らず、不審な車、特に暴走族が来たら追い返すのが主な仕事だ。ただ、その日は静かな夜で、眠くならないように結城さんとダラダラと大声で会話していた。


「新しい子、圭子ちゃんって言うんだ。19歳。中国パビリオンのコンパニオンだった」


「あっそ。ご飯行ったの?」


「うん」


 あの結城さんが珍しく元気がない。


「なんかあったの?」


「圭子ちゃんとのデートは問題なかったんだけどさ。電話番号も聞けたし、今度フィアットでドライブ行く約束もした。問題はその後の洋子ちゃんとのドライブ」


 どうやらそのドライブで、結城さんは洋子ちゃんを“圭子ちゃん”と呼んでしまったらしい。


「誰? 圭子ちゃん?」

 と聞かれ、結城さんは慌てて、


「あー、ごめんごめん。洋子ちゃん。圭子ちゃんは妹の名前。間違った、ごめんごめん」


 と誤魔化したらしい。


「でも俺、妹いないんだった」


 次々と新しい女の子とデートすると、そりゃそうなる。

 結城さんは三股なんて無理だと言う。名前も、どの子と何を話したかも覚えていられないと。

 ありがたいことに「おまえも気をつけろよ」とアドバイスまでしてくれた。


***


 僕は久美と3年も付き合っていて、直子さんとはまだ一回しかデートしていない。

 だから、まだ間違える心配はない。

 それに2人は性格も雰囲気も全然違う。


 久美は積極的で僕をリードしてくれる。化粧は薄い。

 直子さんは聞き上手で、自分のことはあまり話さない。化粧は濃いめ。


 今のところは間違えようがない。


***


 3時5分前、住吉さんと藤井さんが崎陽軒の詰所からやってきた。3時で交代だ。

 僕と結城さんは詰め所に戻り、一杯やって5時まで仮眠する。


「変なやつ来たか?」と住吉さん。


「今日は何事もなく平和です。結城さんが元気ないくらいです」


「女に振られたか? 結城」


「いやいや、絶好調っすよ。モテる男は悩みが多くて」


「洋子ちゃんとやらとドライブ行ったんけ?」


「行きましたよ。キスまでしちゃったもん」


「次は車の中でやる!」


「バカかおまえは。夜中の3時にこんなとこで大声で言ってんじゃねえよ」


 僕もすかさず、


「フィアット、小さいから無理ですよ。運転する時でさえサンルーフから頭出てたし」


「バカ、狭いからいいんだよ」


「うるせー、お前ら早く帰って寝ろ!」


 藤井さんが楽しそうに笑っていた。

 昔観たドリフのコントみたいだと思った。


***


 僕も車が欲しかった。

 結城さんがうらやましい。

 車の中は二人だけの空間だ。

 周りを気にせずキスもできる。


 何回かレンタカーして久美と出かけたことがある。

 でも自分の車があれば、夜中でも彼女のところに行ける。

 軽自動車でもよかったが、駐車場代が高く、学生時代は諦めていた。


 大学の友達には地方から来て一人暮らししている人もいて、それもまたうらやましかった。

 僕は実家暮らしで、両親と同居。

 だから、かなりラブホテルのお世話になっていた。


 早く就職して、親元を離れて暮らすことが僕の目標でもあった。


***


 直子さんとの2回目のデート。

 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を観た。

 直子さんが「面白かった」と言ってくれたのが嬉しかった。


 前回と同じようにアウトドアに行き、ビールで乾杯し、僕はドリア、直子さんはグラタンを頼んだ。

 久美もここのグラタンが好きだったことを思い出し、慌てて頭から追い払った。


 僕は映画の話から「将来をタイムマシンで覗いてみたい」と言った。

 直子さんは「見たくないな」と言う。

 分からないから今が楽しい、と。


 妙に説得力があった。


 今日も直子さんは僕の話を楽しそうに聞いてくれた。


***


 そして、僕は昔のことを思い出した。


 中学一年の時、ある女の子と二人で帰った。

 彼女の家の近くの公園のベンチに座り、雑誌を見せながら一生懸命説明してくれた。

 雑誌の特集は「男の子と女の子の体の違い」。


 最初は真面目に聞いていたが、生理の話はどうでもよかった。

 知りたかったのは「どうやって子供を作るか」だった。


 退屈していた時、ふと“匂い”を感じた。

 甘くて、しょっぱくて、いつまでも嗅いでいたくなるような匂い。

 間違いなく彼女から漂っていた。


 あれがフェロモンなのかは分からない(今でも)。

 けれど、その後も何度か同じ匂いを嗅いだ。

 仲の良い女の子たちから。


 その匂いを嗅ぐと、まず中学の時のその子を思い出すのが僕の癖だ。

 そして、目の前の女の子に夢中になる。


 彼女たちと別れた後、なぜか空気が薄くなるように感じ、息をすることで現実に戻る。

 もう例の匂いはしない。


 僕は思う。

 あれは男をダメにする一種の麻薬みたいなものを、彼女たちは無意識に発しているのだ。

 しかも、好きな男の子だけに。


***


 今、直子さんからその匂いがする。


 酔っていたのもあって、隣の直子さんがこちらを見た瞬間、キスをした。

 ベンチシートはこれができるから好きだ。


 直子さんはびっくりした顔をしたが、もう一度、今度はゆっくりとキスをした。


 僕は「今日はまだ帰りたくないね」と言い、お店を出ると、ホテルに誘った。


「行ってどうするの?」


「話の続き」


 もちろん嘘だった。


読んで頂き、ありがとうございます。

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