直子さんとデート
昭和から平成へと時代が変わった年、大学生の僕は横浜万博の警備のバイトに応募する。この経験が自分の人生に大きな影響を与えるとは知らずに。第五話、直子さんとデート
夜中の東口ゲートに結城さんが立ち、僕はゲート横の警備ボックスに入って座っていた。いつも1時間毎に交代する。8月も半ばで、しかも台風が通過した後だったので、南からの蒸し暑い風が吹いていた。おかげで汗が止まらない。夜中は運送のトラックもほとんど通過せず、不審な車、特に暴走族が来たら追い返すことが主な仕事だ。ただ、その日は静かな夜で結城さんも僕も暇で、眠くならなようにダラダラと大声で会話していた。
「あの新しい子、圭子ちゃんって言うんだ。19歳。中国パビリオンのコンパニオンだった」
「あっそ。ご飯行ったの?」
「うん」とあの結城さんが元気なく答えた。
「なんかあったの?」
「圭子ちゃんとのデートは問題なかったんだけど。電話番号も聞けたし、今度、フィアットでドライブ行く約束も出来た。問題はその後の洋子ちゃんと行ったドライブ」
どうやらそのドライブで洋子ちゃんを圭子ちゃんと間違って呼んだらしい。誰?圭子ちゃん?と聞かれた結城さんは、
「あー、こめん、こめん。洋子ちゃん。圭子ちゃんは妹の名前。間違った、ごめん、ごめんて言ったけど、すげー気まずい空気になって、なんとか誤魔化した。けど、俺、妹いないんだった」
次々と新しい女の子とデートするとそうなるなと想像できた。結城さんは三股なんて無理だと言う。名前もそうだが、何をどの子と話したとか、どの子が何言ったかなんて覚えてられないと。ありがたいことにおまえも気をつけろよとアドバイスまでしてくれた。
僕は久美と3年も付き合っていて、直子さんとはまだ一回しかデートしてないから問題はまだ起きそうにはない。それに2人は性格が違う。久美は積極的で僕をリードしてくれる。あらゆることで。化粧はそんなにしない。直子さんは聞き上手であまり自分のことは話さない。化粧は濃い目。今のところは間違えそうにない。
3時5分前に住吉さん、藤井さんか崎陽軒の詰所からやって来た。3時で交代だ。僕と結城さんは詰所に戻って、一杯やって5時まで仮眠だ。
「変なやつ来たか?」と住吉さんが聞く。
「今日は何事もなく平和です。結城さんが元気ないくらいです」と僕が余計なことまで答えた。
「女に振られたか?結城」と住吉さんが聞くと、
「いやいや、絶好調っすよ。モテる男は悩みが多くて」
「洋子ちゃんとやらとドライブ行ったんけ?」
「行きましたよ、キスまでしちやったもん」と自慢げに結城さんが答える。
「次は車の中でやる!」と結城さん。
「馬鹿かおまえは夜中の3時にこんなとこで大声で言ってんじゃねえよ」と住吉さんが言って、僕もすかさず、
「フィアット、小さいから無理ですつて。結城さん、運転する時でさえ、サンルーフから頭出てたし」
「バカ、狭いからいいんだよ」
「うるせー、お前ら早く帰って寝ろ!」
藤井さんが楽しそうに笑ってた。昔、観たドリフのコントみたいだと思った。
僕も車が欲しかった。結城さんがうらやましい。車の中でやるかは置いといて。車の中は二人だけの空間だ。彼女を一人占め出来る。何回かレンタカーして、久美と出かけてことがある。周りを気にせずキスも出来る。自分の車が欲しい。夜中でも彼女のところに行けるし。軽自動車でもよかった。けれど駐車場代が高く、学生時代は諦めていた。
そうそう、もう一つ、大学の友達の中には地方から来て一人暮らしをしている友達がいる。これもめちゃくちゃうらやましかった。僕は自宅から通えるため、両親と暮らしている。だから、かなりラブホテルのお世話になっていた。早く就職して、親元を離れて暮らすことが僕の一つの目標でもあった。
直子さんと2回目のデートだ。映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー2』を観た。直子さんが面白かったと言ってくれたことが僕は嬉しかった。前回と同じようにアウトドアに行って、ビールで乾杯し、僕はドリア、直子さんはグラタンを頼んだ。そう言えば久美もここのグラタンが好きなことを思い出したが、急いで頭から追い払った。
僕は今日見た映画のように将来をタイムマシンて覗いてみたいもんだと話した。直子さんはあまり見たくないなと言う。分からないから今が楽しいと。妙に説得力があった。今日も直子さんは僕の話を楽しく聞いてくれた。そして、途中、僕は昔のことを一瞬だけど思い出した。
中一の時、ある女の子と二人で学校を帰った。なにがきっかけかは覚えていない。二人で彼女の家の近くの公園のベンチに座った。その子は僕に雑誌を見せながら一生懸命に説明をしてくれたのだ。その雑誌の特集は『男の子と女の子の体の違い』だった。
最初は真面目に聞いていたけど、生理とかはどうでもよかった。知りたかったのはどうやって子供を作るかというところだった。そう退屈に思っていたら、ある時から何か匂いを感じた。間違いなくその子から匂ってきた。間違いなくその子の体全体から匂ってきた。甘くて、なんかしょっぱくて、いつまでも嗅いでいたくなるような匂いだった。あれがフェロモンというものなのかは僕には分からない(今でも)。けれど、その後も何度か同じ匂いを嗅いだことがある。仲の良い女の子たちから。その匂いを嗅ぐとまず中学の時のその子を思い出すのが僕の癖だ。それから目の前の女の子に夢中になる。
そして、そんな彼女たちと別れたあとなぜか空気が薄くなるのを感じ、息をすることに集中することで現実に戻る。もう例の匂いはしない。僕は思う。あれはきっと僕たち男をダメにする、一種の麻薬みたいなものを彼女たちは発することができるのだ。それも無意識のうちに。しかも好きな男の子だけに。と信じている。
そう、今、直子さんからその匂いがする。酔ってたのもあったからか、隣の直子さんがこっちをみた時にキスをした。隣に座れるベンチシートはこれができるから好きだ。直子さんはびっくりした顔をしたけど、もう一度、今度はゆっくりとキスをした。僕は直子さんに今日はまだ帰りたくないねと言って、お店を出るとホテル行こうと誘った。行ってどうするのと聞くから、話の続きと言った。もちろんそれは嘘だったけれど。
読んでいただき、ありがとうございます。毎週火曜日に続編を投稿する予定です。
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