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僕たち横浜万博警備隊 ― 1989年、青春と事件の半年間 ―  作者: 岩田 ヒロ


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3/10

火事、車、競馬 ― 4人の絆が生まれた夜

誤字脱字を修正しました。


1989年、横浜。

昭和が終わり、平成が始まった年。

大学生だった僕は、横浜万博の“24時間ゲート警備”という

奇妙で刺激的なバイトに飛び込んだ。


そこで出会ったのは——

暴走族上がりのイケメン、

英語も暗算も最強の謎の男、

競馬と風俗に人生を捧げる元自衛官、

そして板前修行中の寡黙な兄貴肌。


事件、恋、喧嘩、火事、ダフ屋、二股、友情。

半年間のすべてが、僕の価値観をひっくり返した。


これは、実在の横浜万博を舞台にした

“青春ノンフィクション小説”です。

 住吉さんは、板前になるために九州から上京してきた人で、兄貴肌の男だった。三十代で、稼いだお金を妹に仕送りしているらしい。込み入った家庭の話はあえて聞かなかったが、苦労人であることは間違いない。警備のない日は板前の修行のバイトをしていて、娯楽のない生活をしているように見えた。まじめで、不器用で、間違ったことはしない。筋は通す。妹のために倹約する。僕には真似できない生き方だと思った。


 田村さんのように自己中心的なのは困るが、住吉さんの生き方は、どこか息苦しくて疲れそうにも思えた。


***


 万博が開幕し、徐々に警備の仕事に慣れてくると、毎回挨拶してくるコンパニオンの誰がかわいいかという話になる。僕と結城さんは好みが似ていて、どの子に声をかけるかをいつも作戦会議していた。結城さんは派手な子が好きで、僕はどちらかというと美人系が好きだ。藤井さんは「誰でもいい」と言っていた。


 住吉さんはとてもシャイで、女に興味がないという顔をして、こういう話題はスルーしていた。こちらが心を開いて話しているのに、少し残念に思った。僕には話したくないことがあるのか? 特にないと思うけれど、彼女がいるとか(実際には高校から付き合っている彼女がいたのだが)、その子をどれだけ好きかとか、そういうことは自分からは言わない。ただ、目の前のコンパニオンの誰がいいかくらいは話してもいいと思うのだが、住吉さんは恥ずかしいのか、それとも好みが違いすぎるのか、僕と結城さんのように盛り上がることはなかった。


***


 ある夜、僕と住吉さんが組んで警備していた時、珍しく詰所の緊急電話が鳴った。


「埠頭の倉庫で火事発生。消防車が通行するから通して!」


 ゲートから見ると、海側の倉庫から黒い煙が上がっている。少しすると赤い火柱も見えた。


 住吉さんは休憩中の結城さんと藤井さんに無線で怒鳴った。


「おめーら起きろ! 火事だ! すぐゲート来い!」


 その時の住吉さんの鬼のような顔は忘れられない。


 結城さんが駆けつけ、


「あそこ、万博の外側の倉庫だな」


 藤井さんもドモリながら「ふん、ふん」と興奮していた。


「俺たちは消防車を誘導すればいいんだ。あとは消防士がなんとかするだろう!」


 住吉さんはそう言って、ゲートから火事現場までの500メートルを4人で分散して配置し、誘導灯を振って消防車を誘導した。


 僕はというと、その時のことはあまり覚えていない。ただ、煙の匂いと、膝が震えていたことだけは覚えている。火事を見るのは初めてだったし、倉庫からの黒い煙の勢いに圧倒されていた。


 住吉さんの存在が勇気となり、僕ら4人は真っ暗な中、消防車を無事に誘導することができた。


 後日、横浜消防から僕たち4人に「消火協力」の表彰状が届いた。

 あの夜の特別な経験は、4人の仲間意識と絆を強くした。


***


 7月になった。


「いやー、お金貯まったからフィアット・チンクエチェント・アバルト買っちゃった」


 結城さんが嬉しそうに言った。


「今日、納車だから、バイト終わったらドライブ行く?」


 誘われたので行くことにした。お昼にバイトが終わり、結城さんは車を取りに帰った。仮眠所で寝ていると、16時過ぎに戻ってきた。


 外に出ると、真っ白で小さなフィアット500(チンクエチェント)が止まっていた。


 助手席に座ると、結城さんはフィアットのうんちくを語り出した。


「このサソリマークがアバルトの印。かっこいいでしょ!」


「エアコンはついてないけど、この三角窓を開けると風が入ってきて涼しいんだよ。エアコンより気持ちいいでしょ」


「エンジンの音うるさいでしょ? でも、このサンルーフ開けると静かになるのよ。よくできてるでしょ」


 僕は「止まったら風入ってこないし、雨の日はサンルーフ開けられないよね」と突っ込みたかったが、へぇと感心したふりをした。


 ルパン三世が乗っている車もこの車だと教えてくれた。確かに映画や漫画で見た覚えがある。ルパン、次元、五右衛門が小さな車に乗って逃げる場面を思い出した。


 それにしても小さい。180センチの結城さんの頭はサンルーフから飛び出ていた。そして、古い車をレストアしたものなので、いつ壊れてもおかしくない感じがした。案の定、一か月も保たず故障して修理していたが、本人は「これがかわいいんだよ」と言っていた。


 そんな結城さんを見て、なんか楽しそうでいいなと思った。


***


 夏になると万博のお客さんが増え、ゲート前に軽トラに乗った怪しい人たちが増えた。チケットのダフ屋だ。万博本部からは「怪しいやつがいたら警察に通報するように」と連絡があった。


 ある日、結城さんと組んでいる時、結城さんがダフ屋からチケットを買ったように見えたお客さんに近づき、倍の値段で購入したことを確認した。そして、その怪しい男に近づいた瞬間、男は軽トラに飛び乗り急発進した。


 結城さんはなんと、走り出した軽トラの荷台をつかんだ。そして、そのまま30メートルほど引きずられ、手を離した。軽トラは逃げていった。


 引きずられた結果、制服の膝はすりむけ、安全靴のつま先はアスファルトで削られてボロボロになった。


 本人はすぐ立ち上がり、何事もなかったように堂々と歩いて、


「逃げられた、くそ!」


 と笑っていた。


 僕は一瞬の出来事に、まるで映画のワンシーンを見たような気持ちになった。


 僕はいつもこういう時、

「失敗したらどうしよう?」

「怪我したらどうしよう?」

と葛藤が生まれる。


 結城さんのように、

「お金貯まったから車買う」

「犯人逃げたから捕まえてやる」

という即断即決はできない。


 それで後悔したことは多い。


 結城さんは即断即決し、失敗しても後悔せず、いつも楽しそうに生きている。


 この時から、僕は困難にぶつかった時、

「結城さんならどうするかな」

と考える癖がついた。


***


 藤井さんは不思議なおじさんだった。ドモリ癖があり、正直何を言っているか分からないことが多かった。ただ、自衛隊上がりで動作はきびきびしているし、ルールや時間はきちんと守るので好感が持てた。


 競馬が好きで、常に競馬新聞を見ては予想ばかりしていた。警備中でもこっそりイヤホンでラジオの競馬中継を聞いて楽しんでいた。


 おかげで、僕も結城さんも住吉さんも一緒に競馬の予想をした。競馬新聞の見方や予想の仕方を教わった。トータルで十万円くらいは賭けたが、一度も当たらなかった。この時以降、僕は競馬を一切やらなくなった。住吉さんも結城さんも十回に一回程度しか当たらなかった。


 馬券の購入は藤井さんに頼んでいた。彼は寿町のノミ屋で馬券を買う。

「空いてるし、発走直前まで受け付けてくれるから」

という理由らしい。


 ノミ屋には馬券はなく、手書きのメモだけが発行される。ノミ屋の親父は自分の字を正確に判別できるらしく、それを見て配当を払うという。


 そんな話を聞いて、僕たちは藤井さんが胴元をやっているのではないかと疑ったこともあった。なぜなら、藤井さんにお願いした馬券を見せてもらったことが一度もなかったからだ。


 もし藤井さんが胴元なら、僕たちの負け分はそのまま藤井さんのポケットマネーになる。藤井さんは「どうせ当たらない」と高をくくっていたのかもしれない。


 もし僕たちが万馬券を当てたらどうしたのだろう?

 ……結局、そんな心配は無用だった。万馬券どころか、普通の予想すら当たらなかったのだから。


 藤井さんは五回に一回は当てていた。当たると必ず川崎のソープランドに行く。自分の馬券だけはノミ屋で買っていたのかもしれない。


 その翌日はご機嫌で、2時間の警備を4時間くらい一人でやってくれた。


 僕は、女を買う人に会ったのはここが初めてだった。

 モテない人が行くのか?

 女の子と縁のない人が行くのか?

 金持ちが行くのか?

 お金の使い道がない人が行くのか?


 いろいろ想像したが、藤井さんはどれにも当てはまるようで、当てはまらないようでもあった。

 結局、外見からはその人の性癖は分からないというのが僕の結論だ。


 僕も一度はソープに行ってみようかと考えたが、彼女もいたし、バイト代をソープに使いたくはなかった。


***


 それにしても、いろんな人がいるものだ。

 ただ数ヶ月の間、ご飯を食べたり、お酒を飲んだり、いろんな経験を一緒にしただけで、特別な仲間になった気がした。

読んでいただき、ありがとうございます。

横浜万博での半年間は、僕の人生を大きく変えた時間でした。

当時の空気、匂い、人間関係をできるだけそのまま描きました。


もし楽しんでいただけたら、

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