万博開幕 ― 24時間ゲート警備と田村の失踪
誤字脱字を修正しました。
1989年、横浜。
昭和が終わり、平成が始まった年。
大学生だった僕は、横浜万博の“24時間ゲート警備”という
奇妙で刺激的なバイトに飛び込んだ。
そこで出会ったのは——
暴走族上がりのイケメン、
英語も暗算も最強の謎の男、
競馬と風俗に人生を捧げる元自衛官、
そして板前修行中の寡黙な兄貴肌。
事件、恋、喧嘩、火事、ダフ屋、二股、友情。
半年間のすべてが、僕の価値観をひっくり返した。
これは、実在の横浜万博を舞台にした
“青春ノンフィクション小説”です。
何度か田村さんとペアを組んだ。ゲートで外国人に道を尋ねられると、僕も含めて警備員は適当な英語、日本語、ジェスチャーで対応していたが、田村さんは流暢な英語でスラスラと答える。みんな尊敬のまなざしで見ていた。
また、僕たちは昼間に酒屋で酒とつまみを買い出しして、夜の休憩時に軽い宴会をした。田村さんはお酒やつまみをまとめて支払い、後で暗算で素早く計算してテキパキと集金する。頭の回転が速い人だった。
しかし、この24時間ゲート勤務チームで最初の事件は、田村さんがバイトに来なかったことから始まった。
***
ある日、田村さんが昼の12時を過ぎても現れず、一時間、二時間待っても来ない。会社の事務所から電話してもらったが連絡は取れず、仕方なくその日は3人で回した。
次の勤務日、田村さんは何事もなかったように登場した。
「ちょっと用事があって、ごめん、ごめん」
それだけ言って終わり。周りから「ちゃんと連絡してくださいよ」と言われても、「了解、了解」と軽い返事。
ところが、その次の勤務でも無断欠勤。結城さんが会社に文句の電話をすると、バイトのマネージャーが急遽代打でシフトに入った。
さらにその次の勤務日、また何事もなかったように田村さんが現れた。すると結城さんが椅子を蹴飛ばし、怒鳴った。
「いい加減にしろよ!」
さすが暴走族のリーダーをやっていただけあって、迫力があった。田村さんも今回はふざけた態度を見せず、無言でゲートへ向かった。僕は後を追いかけたが、その日、田村さんとは一言も会話しなかった。
結局、その日を最後に田村さんは二度と現れなかった。
そして、僕たちA班にはB班から住吉さんという人が参加することになった。
***
それにしても、無責任な行動だし、何事もなかったように次のローテーションに登場するなんて、神経が太いというか鈍感というか、僕には理解できなかった。
田村さんの頭の中は、もっと大事なこと——きっと本業のお茶の輸入取引のことでいっぱいで、警備のバイトは遊び半分だったのだろうか。
それでも他人に迷惑をかけたのだから、謝罪すべきだと思う。僕ならする。嫌われたくないし、場の空気を悪くしたくないからだ。
そう、僕は他人の目を気にして生きてきた。嫌われたくない、空気を悪くしたくない。
それは、自分の大事なことと天秤にかけても、他人の目を気にすることを優先してしまう。
「頑張ってるね」「いい人だね」と言われたいのだ。
今思うと、田村さんにはそういうところが全くなかった。
飲みの精算だって、自分が損しないために率先して計算しただけ。
外国人対応も、英語が分からない人たちが対応しているのを見て、時間の無駄だと思い、イライラを抑えたくないから介入しただけ。
決して「助けたい」という気持ちではなかったように思う。
もしかすると田村さんは、
「他人の目を気にして生きることは無意味で、ただ時間の浪費だ」
と考えていたのかもしれない。
田村さんの行動は、そんな価値観を僕に見せてくれた気がする。
こんな幕切れで田村さんとは二度と会わなかったが、実はもっと教わることがあったのかもしれない。
——他人の目を気にして生きることの虚しさについて。
***
次の揉め事は、僕たち24時間ゲート警備とパビリオン警備の間で起きた。
「なんだよ、あいつら片付けもしないで帰りやがって!」
21時過ぎの崎陽軒詰所で、結城さんが怒鳴った。
確かに、昼間のパビリオン警備が帰った後の詰所は、たばこの吸い殻やジュースの缶が散乱していた。
藤井さんがいるといつもきれいに掃除してくれたが、結城さんと住吉さんはバイトのマネージャーにクレームした。
ところが2日後のシフトで、マネージャーがこう言った。
「パビリオン警備のみなさんには、帰宅時に詰所を整理整頓するよう伝えました。
しかし、ある人が『A班が勤務した次の日の朝は詰所が酒臭い』と言っていました。これは本当ですか?」
「誰っすか?そんなこと言うやつ?」と結城さん。
「誰が言ったかは問題ではなくて、夜、詰所でお酒飲みましたか?」
「田村さんいた時、田村さん飲んでました」
結城さんはうまく田村さんに責任を押しつけた。
「そうですか。田村さんはもう辞めてしまったので注意しようがありませんが、みなさん勤務中にお酒は飲まないでくださいね」
この件はそれで終わった。
確かにB班は真面目なメンバーで、夜に宴会などしていないことは分かっていた。
「誰だよ、チクったやつ。あのマネージャーもむかつくな。機械みたいに真面目なことばっか言って」と結城さん。
「か、彼も、む、昔、じ、自衛官」と藤井さん。
「おめぇ、知ってるのか?」と住吉さん。
藤井さんが頷いた。
マネージャーも藤井さんも、真面目で時間やルールに厳しいタイプ。なるほどと思った。
「これから宴会は寝室でこっそりやるようにしようぜ」と結城さん。
結局、誰かがクレームすると、相手がこちらの揚げ足を取り、揉め事が起こる。
そんな構図を見た気がした。
しかし、辞めた田村さんを“悪者”にした結城さんの言い訳は見事だった。
***
その後しばらくして、結城さんが言った。
「チクったの、きっと沼田だぜ。アイツ、なんか文句ありそうな顔してた」
詰所で休憩したり昼飯を食べたりする時、パビリオン警備員とゲート警備員はよく会話する。
どこのコンパニオンが可愛いかが一番の話題だ。
けれど、全く会話に参加しない人もいる。沼田さんはその一人だった。
「50人以上野郎がいるんだから、わかんねえよ。ちょっと目立たないようにしとこうぜ」と住吉さん。
結城さんと沼田さんは揉めそうな気配だった。
***
4月になり、学校が始まると僕は週1回しか24時間勤務のバイトができなくなった。
そこでA班には、僕の代わりに沼田さんが入ることになった。
これは揉めるだろうと僕と住吉さんは予想した。
ところが一週間後、バイトに顔を出すと、沼田さんと結城さんが仲良くゲートに立っていた。
住吉さんに聞くと、沼田さんは24時間勤務を希望したが却下され、僕たちを羨ましく思っていたらしい。
それで僕たちを無視していたのだと分かった。
さらに、二人は中学の先輩後輩だと判明(結城さんが一年上)。
その偶然で意気投合したらしい。
些細なすれ違いで人は揉めるし、思いもよらない偶然で仲良くなる。
そんなことを実感した出来事だった。
読んでいただき、ありがとうございます。
横浜万博での半年間は、僕の人生を大きく変えた時間でした。
当時の空気、匂い、人間関係をできるだけそのまま描きました。
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