火事、車、競馬
昭和から平成へと時代が変わった年、大学生の僕は横浜万博の警備のバイトに応募する。この経験が自分の人生に大きな影響を与えるとは知らずに。第三話、火事、車、競馬
住吉さんは板前になるために九州から上京してきた人で、兄貴肌の人。30代で、稼いだお金を妹に仕送りをしているらしい。込み入った家庭の話はあえて聞かなかったが、苦労人であるのは間違いない。警備の無い日は板前の修行のバイトをしていて、何か苦労ばかりして、娯楽のない生活をしているように見えた。まじめというか不器用な人にも思えた。間違ったことはしない。筋は通す。妹のために倹約する。僕はなかなか真似できないなと思っていた。田村さんのように自己中はよろしくないけれど、住吉さんの生き方はとても息苦しく、疲れるような気がした。
万博が開幕し、徐々に警備の仕事に慣れてくると毎回挨拶してくるコンパニオンの誰がかわいいかという話になる。僕と結城さんは好みが似ており、今度どうやって声をかけるかをいつも作戦会議していた。結城さんは派手な子が好きで、僕はどちらかと言うと美人さんが好きだ。藤井さんは誰でもいいと言ってる。
住吉さんはとてもシャイで、女に興味はないという顔して、こういう話題はスルーしていた。こちらが心を開いて話しているのにちょっと残念に思った。僕には話したくないことはあるか?特に無いと思うけど、彼女がいるとか(実際には高校から付き合っている彼女がいたのだが)、その子をどれだけ好きかとかいうことは、あえて自らは言わない。ただ、僕たちが目にしているコンパニオンの誰がいいかはこのメンバーに話してもいいと思う。住吉さんは恥ずかしい?それともずいぶん好みが違いすぎるのか?僕と結城さんは常にあの子がいいとか、この子がいいとかずっと話が出来たのだけれど。
ある夜、僕と住吉さん組んで、警備していた時、珍しく詰所の緊急電話が鳴り、
「埠頭の倉庫で火事発生、消防車が通行するから通して」と連絡あった。確かにゲートから見ると海側の倉庫から黒い煙があがっているのが見えた。ちょっとすると赤い火柱も見え出した。住吉さんは休憩している結城さんと藤井さんに、
「おめーら起きろ!火事だ!すぐにゲート来い!」と無線で怒鳴ったのだ。その時の住吉さんの鬼のような顔は忘れない。結城さんは駆けつけて、
「あそこ万博の外側の倉庫だな」
藤井さんもドモリながら「ふん、ふん」と興奮していた。
「俺たちは消防車を誘導すればいいんだ、あとは消防士がなとかするだろう!」
住吉さんはそう言って、ゲートから火事の現場までの500メートルの距離を4人で分散して配置させ、誘導灯を振って消防車を誘導したのだ。僕はと言うとあまり、その時のことは覚えていない。ただ、煙の匂いと膝が震えていたことは覚えている。火事を見たのは初めてだし、倉庫からの黒い煙の勢いに圧倒されていた。住吉さんの存在が勇気となり、僕ら4人は真っ暗な中、消防車を誘導することができた。住吉さんのリーダシップと適切な指示は警備員の鏡と思った。その日のことは後ほど横浜消防から僕たち4人に消火協力の表彰状が届いたのであった。そして、その特別な経験は4人の仲間意識、絆を強くしたと思う。
7月になった。
「いやー、お金貯まったからフィアット・チンクエチェント・アバルト買っちゃった」と結城さんが言い出した。
「今日、納車だから、バイト終わったらドライブ行く?」と誘ってくれたので、行くことにした。お昼にバイトが終わり、結城さんは車取ってくるから、バイトの詰め所で寝て待っていてと言って、車をとりに帰った。仮眠所で寝ていると16時過ぎに結城さんが戻ってきた。外に出ると真っ白で、小さなフィアット500(チンクエント)が止まっていた。
助手席に座ると結城さんはフィアットのうんちくを語り出した。
このサソリマークがアバルトの印、かっこいいでしょ!」
「この車エアコンはついてないけどこのサイドの三角窓を開けるとほら風入ってきて涼しくなるんだ、エアコンよりも気持ちいいでしょ」
「エンジンの音うるさいでしょ、でも、このサンルーフ開けると静かになるのよ、よくできているでしょ」
僕は、止まった時は風入ってこないし、雨降ったらサンルーフ開けられないよねと突っ込みたかったけど、へーって感心したふりした。ルパン三世が乗っている車もこの車だって教えてくれた。確かに映画や漫画でみた覚えがある。ルパン、次元、五右衛門が小さい車に乗って、逃げる場面を思い出した。
それにしても小さい。180センチの結城さんの頭はサンルーフから飛び出ていた。そして、古い車をレストアしたのだけど、いつ壊れてもいいような感じがした。案の定、一か月も保たず故障して、修理していて、でも本人はこれがかわいいのだと言っていた。そんな結城さんを見てなんか楽しそうでいいなって思った。
夏になると万博のお客さんが増え、僕たちのゲート前に軽トラに乗った怪しい人たちが増えた。チケットのダフ屋である。万博本部からは僕たち警備に怪しいやつがいたら警察に通報するようにと連絡があった。
ある日、結城さんと組んでいる時、結城さんがゲート前でダフ屋からチケットを買ったように見えたお客さんに近づき、チケットを倍の値段で購入したことを確認した。そして、その怪しい男に近づいた瞬間、その男は軽トラに飛び乗り、急発進した。結城さんはなんと走り出したその車の後ろの荷台をつかんだ。そして、そのまま30メートルくらい引きずられて、手を離した。軽トラは逃げて行ってしまった。引きずられた結果、制服の膝はすりむけ、安全靴のつま先はアスファルトで削られてボロボロになった。
本人はすぐ立ち上がって、何事も無かったように堂々と歩いて、「逃げられた、くそ!」って笑っている。僕は一瞬の出来事、まるで映画の一幕を見たような気持ちだった。僕はいつもこういった時、失敗したらどうしよう?怪我したらどうしよう?とかいろいろな葛藤が心の中で発生する。結城さんのようにお金貯まったから車買うとか犯人逃げたから捕まえてやるというような一瞬の判断、行動ができない。それで後悔したことは多い。結城さんは即断即決し、失敗しても後悔せず、いつも楽しそうに生きている。この時から、僕は常に困難にぶつかった時、結城さんならどうするかなって考える癖がついた
藤井さんは不思議なおじさんだった。ドモリ癖があり、正直何を言っているかよく分らないことが多かった。ただ自衛隊あがりで、動作はきびきびしているし、ルールや時間はきちんと守るので好感がもてた。競馬が好きで、常に競馬新聞見ては予想ばかりしていて、警備中でもこっそりイヤホンでラジオの競馬中継を聞いて楽しんでいた。
おかげで、僕も、結城さんも、住吉さんも一緒に競馬の予想をした。競馬新聞の見方や予想の仕方を教わった。きっとトータルで十万くらいは掛けたが一度も当たらなかった。この時以降、僕は競馬を一切やらなくなった。住吉さんも結城さんも十回に一回程度しか当たらなかった。
馬券の購入は藤井さんに頼んでいた。彼は寿町のノミ屋で、馬券を買う。なぜと聞くと空いているし、発走直前まで受け付けてくれるからという理由でノミ屋に通っているらしい。また、あそこのノミ屋は配当を必ず払うから信用できると言っていた。このノミ屋には馬券は無く、ノミ屋が発行したメモしか発行されないということらしかった。ノミ屋の親父は自分の手書きメモかどうか正確に判別出来るらしい。それを見て、配当がある場合は配当を払うらしい。
そんな話を聞いた僕たちは、彼が僕たちの胴元をやっていたのではないかと怪しく思っていた時があった。なぜなら、藤井さんにお願いした馬券を藤井さんから見せてもらったことはかったからだ。藤井さんが胴元していたら、僕たちの負け分はそのまま藤井さんのポケットマネーになっていたのだろう。藤井さんは僕たちがそう簡単に当たるわけが無いと高をくくっていたのかもしれない。もし、僕たちが万馬券を当てたら彼はどうしたのであろう?結局、そんな心配は無用だった。万馬券どころか普通の予想すら当たらなかったのだから。
そんな彼は5回に1回は当てていた。当たると必ず、川崎のソープランドに行く。自分の馬券だけはノミやで買っていたのかもしれない。その次の日は常にご機嫌で、2時間の警備を4時間くらい1人でやってくれた。僕は、女を買う、風俗、ソープに通う人に会ったのはここが初めてだった。モテない人が通う?女の子と縁の人が通う?金持ちが通う?お金の使い道が他にない人?とかいろいろ想像したいたけれど藤井さんはどれにも当てはまらないような、当てはまるような人で、結局、外見でそのような人は分からないというのが僕の結論だ。外見からだけではその人の性癖は分からない。僕も一度はソープに行ってみようかと考えたけど、彼女もいたし、バイト代をソープに使いたくはなかった。
それにしてもいろんな人がいるものだ。ただ数ヶ月の間、ご飯食べたり、お酒飲んだり、いろんな経験を一緒にしただけで、特別な仲間になった気がした。
読んでいただき、ありがとうございます。毎週火曜日に続編を投稿する予定です。
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