男装女と貴族と忍者
戦闘描写、できません
着いた場所は、あの人気のないベランダです。
成る程、他人に知られたくない話をするときにここに来るから警備兵が誰もいなかったんですね。
…それでも誰も警備しないのは危ないとは思うのですが。
おや、どうやらここには先客がいらっしゃったようです。
無遠慮に登場した赤毛さんに驚いたその人たちは隅の方で身を寄せあっています。
「ななな、なんだい君達は!?早くどこか行ってくれ!」
焦ったような声を滲ませる男性、呆然と目を見開く女性を一瞥した赤毛さんは首の後ろをかきながら「あー…」と呟きました。
「良い雰囲気のトコ悪いんだが、逢い引きなら他所でやってくれない?」
「なッ」
赤毛さんの直球発言に男性は肩を戦慄かせています。
私も別の意味でびっくりしました。
人が周りにいないこの場所は確かに逢い引きに丁度良いのかもしれないけれど、お姫様のお誕生日っていう目出度い席でそーゆー不純なことをするのは如何なものかと。
……まあ貴族の子供としての責務でもあるんでしょうが。
男性が言葉を失い固まっていると、隣で同じように固まっていたはずの女性がフラフラとこっちに歩み寄ってきました。
「?」
ことんと首を傾けると、がっしり手を握られます。
「え」
ちょ、ちょっと様子がおかしくないですか?
若干目が血走ってるように見えるのは気のせいですよね?気のせいですよね?
「お暇なら二人でお話しませんか!?」
「え!?」「何っ!?」
腕をかなりの力で引き寄せられ、必死の剣幕で迫られて間抜けに声を上げてしまいます。
ほら!固まっていた男性もびっくりしてるじゃないですか!
女性はギラギラした目付きで私の腕に自分の腕を絡めてきます。
腕に当たる柔らかい感触は…意図的に押し付けているのでしょうか。
胸の辺りが大きく開いたドレスの中で谷間を作る豊満なバストは、私の腕に押し付けられることによって形を歪めています。
思わず立派なその胸を凝視し、次いで自分の胸元に視線を落とすとそこに盛り上がりはありません。足の先が見えてしまいました。
……良いんですけどね、別に。
男装するのに胸は邪魔なだけですし。サラシみたいに布巻いてますし……。
「私、あなたの事が知りたいの」
そう言った彼女は私の指に自身の指を絡めようとしてきました。しかし、突然体が後ろに引っ張られて彼女が私から離れます。
「わっ」
「悪いねぇお嬢さん。コイツは今から俺と話をするんだよ」
肩に腕を回され、私は赤毛さんの腕の中に捕われてしまいました。
いやいや、この場合は助けられたと言うべきでしょうか?あの女性は完全に獲物を狙う肉食獣の目をしていましたから。
ところでさっきから気になっていたのですが、赤毛さんは貴族相手にそんな話し方をして良いのでしょうか?
不敬罪になったりしないのか凄く心配なのですが、男性も女性も特にそのことについては言及しませんし。
これは私も何も言わない方が良いのですよね?
ちらり、と赤毛さんの方を見ます。近いです。
まるで肩を組まれたようなこの状態の私と赤毛さんは外からは親しげに見えるのかもしれません。
結構しっかり囲まれたせいで身動きが取りにくいのが難点ですが。
「すみません、動き辛いのですが」
「ん?あー、……気にするな」
ぽり、と鼻の頭を掻きながら適当に返事をした赤毛さんは肩に回した腕に力を込めて、更に私を引き寄せました。
「ふぐっ」
勢いあまって赤毛さんの胸に顔からダイブしてしまいます。鼻を強打しました。痛いです
離してと意見を主張したいのですが両腕ごと抱き込まれては身動きが取れませんし、口からはもごもごと変な呻き声が出るだけです。
「そーゆーわけだから。邪魔すんなよ。」
楽しげな赤毛さんの声が聞こえました。
そーゆーわけってどういうわけだ
多分あの2人に言ったんだろう、と思います。
目の前が塞がれて見えないから、音と気配をじっと探っていると2人分の気配が遠ざかっていくのがわかりました。
あ、なんか私、転生してから人の気配を察知できるようになったんですよね。
気配、というか、魔力?
この世界の人って大きさに差は有れど皆魔力を保有してるんです。
特に貴族の人なんかは保有魔力が大きいから探りやすいし。結構便利な能力なんですよねぇ、これ
……ん?
ぼんやりと考えていると、何やらおかしな場所から魔力を感じました。しかも複数人分。草葉の影とか建物の裏側とかから、じっと息をひそめるように気配を殺している感じがします。
私の様子がおかしいと感じたのか、赤毛さんは怪訝そうに眉を寄せて私の顔を覗き込みました。
「おい、どうした?」
「あ、いえ…なんだか、気配が……」
正確には私が感知したのは魔力なのですが、それを言ってもわからないかな、と思ってそう言うと、赤毛さんは「気配…?」と言って辺りを見渡します。
そのとき、キラリと光るものが草の影から飛び出して来ました。
「っ!!」
キィィイン――――――ッ
ほとんど条件反射的に、魔力を纏った手のひらをその光に向かってかざせば、甲高い音を立てて短刀が私の魔力の壁にぶつかりました。位置から推測するに、多分私の首か頭を狙ったのでしょう。
カランと落ちた短刀の刃は禍々しい色に塗れていて、これが毒であることは明白です。
うわえげつない。相手の方は的確に私を殺そうとしていましたね。
ちら、と赤毛さんの方を見ると、もう既に腰に下げていた剣を引き抜いて構えています。流石です。
ただその顔には驚愕がありありと浮かんでいます。無理も無いでしょう、いきなり命を狙われたら誰でもそうなります。
「おいお前今…」
「七人です、敵は七人!!」
赤毛さんの言葉を遮る形になってしまいましたが、わざと大きめの声を出して言えば、既に隠れても意味が無いと思ったらしい敵さんが、ガサガサと草葉を揺らして出てきました。
全身が黒一色の男の人達を見て、なんだか忍者みたいだな、と場違いな懐かしさを感じてしまいます。
しかし今は命の危機、思わず緩んだ頬を引き締め、全身に魔力の薄い膜を纏わせます。そこらの鎧よりもよほど強度があって、しかも軽いどころか重さも違和感もまったく無いので、重宝しているものです。
……まあ、保有魔力量が多いからこそ出来る荒業なんですけどね、うん。まさに荒業。
なんて、どうでも良いことを考えていたら忍者さん(仮)の一人が前に進み出て来ました。
飛び抜けて魔力が多い男の人です。恐らくリーダーさんなのでしょう。
そんな男の人を警戒するように赤毛さんが一歩私の前に進み出ます。うん、まず私を守ろうとしている辺り、やはり王宮勤めをしているだけありますよね。
「無詠唱での魔法の発動。力のある魔術師殿とお見受けする」
忍者さん(仮)は、感情の見えない声で話しかけてきました。あれ、問答無用で斬りかかったりしないのですね。
どうやら私を魔術師、しかも力のある魔術師だと思っているようでして、迂闊に手を出さない方が良いとでも考えたのでしょう。
私は魔術師ではないですしただの貴族の子どもなのですが、まあ魔術使えるのは事実ですし戦いなんてしないに越したことは無いから黙っておきます。
「我々も無益な争いは好まない。どうかここは引いて頂けないか」
つまり私と赤毛さんが引かなければ皆さんで集団リンチをするつもりと言うことですね。
……いや、あんだけ的確に私の命を狙っておいてそれは無いでしょう。
「どうしますか、赤毛さん」
「赤毛さん?俺がぁ?」
ぎょっと目を開いて驚いたような表情をつくる赤毛さん。
だってしょうがないじゃないですか。名前分かんないですし。
恨みがましく見てたら漸く気付いたらしい赤毛さんが苦笑を洩らしました。
「アロイスで良いよ」
ここで初めて赤毛さんの名前が発覚しました。アロイスさんと言うのですね。
「ではアロイスさん、あなたはどうしたいですか?」
「そりゃ、面倒だが…見たからには片付けないとなぁ。」
「ですよね。私もそう思います。」
と、ここまで言った所で再度忍者さん(仮)に意識を戻します。
律儀に今まで手出しをせずに待っていてくれた忍者さん(仮)は、「それが貴殿の答えか」と言うと投影ナイフを何本も指の間に挟み、戦闘体勢を整えました。
七対二。どう考えても不利です。相手は恐らくプロで、私なんて今まで模擬戦くらいしかしたことがありません。命を奪うなんてとてもじゃないけど出来ませんし。
まあ敵さんも私には傷ひとつ付けられないでしょうが。逃さないようにだけ気を付けなくては。
ただ心配なのが赤毛さん……じゃなくてアロイスさん。
王城勤めをしているくらいだし普通の人よりは実力があると思うのですが、流石に七人もいたら二人いたとしても捌ききれないと思うのです。流血沙汰とか私駄目なので困るのですが…
……じゃあ取り敢えず、無力化からでしょうか?
一つ頷いた私は、私の前、手の届く位置にあるアロイスさんの背中に向かって手を伸ばし…
ぎゅっ
「はッ!?」
そのまま腰に腕を回し、強く抱きしめました。
戸惑うアロイスさんは剣の構えも疎かになってしまって、勿論そんな明らかな隙を見逃す敵さんじゃありません。
若干の躊躇いを残しながらも私達に攻撃を仕掛けようと駆け出しました。が、
「ふふッ……」
ガクッ
「ッ!?」「なっ……!?」
敵さん達は一斉に勢い良く地面に体を伏せました。
まるで地面に張り付けにされたかのように動かない。いえ、動けない敵さんは何が起きたのか把握出来ないようです。それはそうでしょう、いきなり体を動かせなくなったのですから。
「これであなた方は私達に攻撃出来ない」
「指一つ動かすことも出来ないでしょう?」と言えば敵さん達からは悔しそうに歯噛みする音や呻き声が聞こえてきました。
ふう、これでひとまずアロイスさんの安全は約束されます。
抱き締めていた腕の力を弛めたら、アロイスさんが私の腕を掴んで体を反転させました。そうすると私はアロイスさんと向かい合う形になります。
びっくりしてぱちぱちと瞬きすると、アロイスさんはほとんど叫ぶように言いました。
「お前、今何をした!?」
「何って、敵の拘束を……」
「だから、その為に何をしたかときいているんだ!!」
「……あ」
そういうことですか。はい、わかりました。
えっと…
「圧縮させた空気の塊を敵さんの上に集めました。」
結果、重みと圧力に耐えきれなくなって敵さんは身動きが取れなくなるんですよね。
「今回は対象が複数いたので、貴方を巻き込まないようにこうやって体をくっつけていたんですよ。」
「だから、アロイスさんが私から手を離せばああなります」
と、敵さんを指差して言えば、アロイスさんはびくりと体を震わせた後、苦い顔をして私の手を握った。
赤毛さんの名前が!!




