家紋は検索に出てこない
沢渡に戻ったのは、次の日の昼だった。
燃料は、結局ほとんど漏れていなかったらしい。
〈かささぎ〉の残骸は、
回収場の隅に青いシートをかけられて置かれていた。
バスの窓から見ると、思っていたよりずっと小さかった。
右手は、三針縫った。
保健室の先生は傷を見て「唾じゃ無理だな」と言った。
この人にも唾で無理な傷の判断はつくのだと知って、
少し安心した。
ハンカチは、寮の洗濯機に入れようとして止められた。
〈絹製品です〉
〈手洗いを推奨します〉
絹のハンカチというものを、俺は初めて見た。
夜、洗面所で、石けんで洗った。
水が薄い茶色になって、何度替えても、
なかなか透明にならなかった。
結局、血の跡は、端のほうに地図みたいな形で薄く残った。
乾かして、机の上に広げた。
白い、薄い布だった。
電気スタンドにかざすと、向こうが透けて見えた。
角に、白い糸で模様が刺繍してある。
丸の中に、細長い葉っぱが三枚、互い違いに重なっている。
裏返すと、糸の始末が、ほんのわずかに不揃いだった。
機械の刺繍なら、こうはならない。
誰かが、手で縫ったものだった。
手首端末で撮って、画像検索にかけた。
〈植物モチーフの装飾柄です〉
〈似た商品が見つかりました〉
手の甲の上に、似たようなハンカチがずらっと並んだ。
いちばん上のものは、一枚一万二千八百円だった。
俺は一万二千八百円で、手の血を拭いたことになる。
でも、並んだ柄はどれも少しずつ違った。
葉っぱが四枚だったり、丸がなかったり、
葉の向きが揃っていたりした。
三枚がぐるりと互いを追いかけるような、
この並び方をしたものは、一枚もなかった。
ふと思いついて、「家紋」と打ってみた。
〈家紋:かつて日本で、家系を示すために用いられた紋章〉
〈現在、詳しい情報は提供されていません〉
それだけだった。
父なら知っているかもしれない。
でも父に写真を送れば、アラタメを通ることになる。
女子のハンカチの写真を、
検閲AIと父親の両方に見せる気にはなれなかった。
この街のAIは、
十八秒後に衛星がどこへ落ちるかは知っているのに、
葉っぱ三枚の模様のことは、
知らないことになっているらしかった。
※
一週間後、金城に九条さくらから返事が来た。
金城は昼休みに俺の机まで走ってきて、手首を突き出した。
金城くんへ
桜は、まだです。
それだけだった。
「戸川。これ、どういう意味」
俺は手の甲の上の文字を見た。
しばらく見た。
「……わかんない」
「お前、代筆屋だろ」
「書くほうはな。読むほうは知らない」
金城は「まだって何だよ、まだって」と言いながら、
自分の席に戻っていった。
まだ、ということは、
これから咲くということなんじゃないか。
言いかけて、自信がなかったのでやめた。
書くほうなら、桜一本に四年分を載せられる。
読むほうに回ると、桜は、ただの桜にしか見えない。
女子の手紙は、俺にはわからない。
その日の夕方、寮の部屋で、手首端末に通知が来た。
〈衛星回収事故に関する聞き取りのお願い〉
〈避難所でのできごとについて、自由に記述してください〉
〈記述は匿名化され、事故記録として公開されます〉
自由記述の欄は、真っ白だった。
俺は、机の上に置いたハンカチを見た。
それから、白い欄を見た。
かつ結びて。
避難所で隣にいた鈴木さんという人に、
手当てをしてもらいました。
ここまでなら、アラタメも通すだろう。
問題は、そのあとだ。
あのとき言えなかった続きを、アラタメに弾かれずに、
匿名の事故記録の中に、
あの人にだけわかるように忍ばせる方法を考えた。
依頼人は、いなかった。
差出人が俺なのだから、そもそも代筆ですらない。
焼きそばパン何個分の仕事になるのか、見当もつかなかった。




