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幕間 有識者会議1

人口最適化庁の第三会議室には、窓がない。

楕円形の長机に、椅子が十二。

机の中央の空中に、資料の図が淡く浮いている。

男女別居住区の見直しに関する有識者会議、初会合。


桐生隆之の席は、末席に近かった。

AI基盤を支える会社の代表として、

ハカリの「中身」を説明する役で呼ばれている。

桐生の家が三十年前に〈かささぎ〉へ出資して以来、

この家の人間は、いつもこういう席の端にいる。

端にいれば、責任の中心からは一つ外れていられる。


机のまわりには、立場の違う顔が並んでいた。

座長は、白髪の元大学教授。

維持派の筆頭と言われる、医師。

廃止派の、四十代の社会学者。

緩和派の、教育者。寮の運営を三十年見てきた人だ。

数字しか信じないと公言している、人口学者。

いちばん端の席に、杖を立てかけた、元国立図書館長。


隆之の向かいの椅子だけが、空いていた。

「当事者の団体からの委員は、

第三回から加わっていただく予定です」

座長が言うと、委員たちの手首が、同時に光った。


〈資料一 男女別居住区制度の経緯〉



庁の若い職員が、立ち上がって説明を始めた。

「二〇五〇年、食糧と気候の危機を受け、

国際的な合意のもとで、ハカリの運用が始まりました」

空中の図が、地球の形になった。

その上に、細い線グラフが重なった。

二〇五〇年に、九十七億。

今は、七十九億と少し。

線は、ゆるやかに下を向いている。


「各国は、まず出生の枠を割り当てました。

地域ごとに、その年の出生の実績を見て、

ハカリが次の年の枠を決める。

基本は、一組に一人です」

図が、日本の形に変わった。

「日本では、枠の割り当てだけでは、

目標の速度に届かないという試算が出ました。

そこで二〇六〇年ごろから、

男女別居住区が段階的に導入されました。

決めたのは、当時の国会です。

試算をしたのは、ハカリです」


職員は、最後の二文を、

誰かに確かめるような声で言った。


「桐生さん」

座長が、隆之のほうを向いた。

初めて、名前を呼ばれた。

「枠の数は、ハカリがどうやって決めているのですか」

「前の年の出生の実績と、

地域ごとの食糧と住まいの見通しです。

それから、ほかにもいくつか」

「いくつか、とは」

「数えられる範囲で、四千ほど」

会議室の何人かが、

笑っていいのかどうか、迷う顔をした。


「その四千の中に」と社会学者が言った。

「親の気持ちは、入っていますか」

「入っています。入る形にできたものだけは」

「では、形にできなかったものは」

「仕様の範囲外、ということになります」

言いながら、隆之は、その言い回しが、

会社の法務が三年前に整えた、

想定問答の文言そのままだと知っていた。

知っていて、言い換えなかった。

ここで自分の言葉を選べば、議事録に残るのは会社の見解ではなく、

桐生隆之という一人の人間の考えになる。

社会学者は、その答えを、表情を変えずに手首に書きとめた。



「枠の話を、もう少し聞かせてください」と社会学者が言った。

「二人目の子どもを望んでいる夫婦は、

今、どのくらいいるんですか」

職員が、手首の資料をめくった。

「二人目の枠を申請して、

待っている夫婦は、全国で約十八万組です」

「待って、何年ですか」

「平均で、六年です」

「六年待つあいだに、

年齢の条件から外れる人もいるでしょう」

「……おります」


隆之は、手元の資料に自社の名前が一度も出てこないことを、

ひそかに確かめた。

枠を決めるのはハカリで、ハカリにそれを任せたのは国会だ。

会社が答えるのは、どう計算しているか、まで。

それが契約の線で、今日ここで隆之が守るべき線でもあった。


医師が、腕を組んだまま言った。

「待つ人がいるのは、枠が機能している証拠です。

枠がなければ、誰も待たない。

そのかわり、世界のどこかで、

食べるものの足りない子どもが増える」

「待たされる側の六年は、どこに書いてあるんですか」

「書いてありません。書けば、枠が揺らぐ」

二人の声は、どちらも静かだった。

静かなまま、少しもかみ合わなかった。



「子どもたちの話をさせてください」

社会学者が、資料を閉じた。

「私は、男女別の街ができる前に、

共学の教室で育った、最後のほうの世代です。

隣の席に、女の子がいました。

けんかもしたし、消しゴムも貸しました」

同じ世代の委員が二人、手首から顔を上げた。

うなずきはしなかった。

会議の席で私事にうなずけば、立場を明かすことになる。

「今の子どもたちは、十二歳で親から離されて、

異性と話すにも申請が要る。

そのことについて、子どもたちは、

一度も意見を聞かれていません」


庁の職員が、手首の資料を確かめてから答えた。

「未成年の意見聴取は、制度の設計上、予定されておりません。

保護者を通じて把握する、とされています」

隆之は、資料を一枚めくった。


「聞けば、答えはわかっています」と医師が言った。

「子どもに聞けば、子どもは、今の気持ちを答える。

寂しい、つらい、会いたい。

それは本当の気持ちでしょう。

でも、制度は、百年後のためにあるんです」

「百年後の大人は」

教育者が、穏やかに口をはさんだ。

「今の気持ちを持った子どもが、育ったものです」

教育者は、少し間を置いた。

「寮の七夕の短冊で、

毎年いちばん多い願いごとを、ご存じですか。

〈お母さんに会えますように〉です。

紙に書くので、ハカリの記録には残りません。

朝になれば、寮監が燃やします。

寮監たちは、それを読んでから燃やすんです」


医師は腕をほどいた。

「燃やされる紙に書かれた願いを、制度の根拠にはできません。

記録に残らないものは、比べようがない」

声は冷たくなかった。冷たくないぶん、少しも動かなかった。

「では、聞いて、どうするんですか。

子どもたちが『廃止して』と言ったら、廃止するんですか」

答えを待たずに、医師は続けた。

「聞くことと、そのとおりにすることは、違います」

教育者は、目尻だけで笑った。

「でも、聞かないことと、聞いて決めることも、違います」



会議は、予定の時間をすこし過ぎて終わった。

議事録の上で、隆之の発言は六行になるはずだった。

そのうち四行は、三年前に会社が用意した文だ。


庁の長い廊下で、手首に、

その日の夕方のニュースの見出しが流れてきた。


〈有識者会議、初会合〉

〈「子どもたちの気持ちも」〉


隆之は、白萩の女子寮にいる娘のことを考えた。

十二で家を出てから、四年になる。

あの子が、この制度をどう思っているのか。

隆之も、一度も聞いたことがなかった。

保護者を通じて、と職員は言った。

その保護者は、聞かない理由なら、すぐに三つ挙げられた。

忙しい。聞いたところで、答えを引き受ける立場にない。

それに、あの子は家では、いつも行儀のいい答えしかしない。

三つ目がいちばんもっともらしく聞こえることが、

隆之には、あまり気持ちのいいことではなかった。



同じ夜、沢渡の男子寮の談話室で、

ソファに寝転がった男子が、画面に向かって

「聞かれてねえよ」と言ったことを、

この会議室にいた誰も、知らない。

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