↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/102

第97話 嗅ぎつけられた

研究室の扉が、控えめにノックされたのは、午後の講義が終わったばかりの時間だった。ソラが検知した微弱な共鳴反応の解析に、全員が没頭していた矢先のことだった。


「黒川雄一朗さんの研究室で、間違いありませんか」


戸口に立っていたのは、灰色のスーツを着た、四十代半ばの男だった。名刺を差し出す仕草には、隙がなかった。


「内閣府所轄、特別調査室の蒲生と申します」


黒川の背筋が、微かに強張った。数日前、大学院時代の同期からかかってきた、あの電話を思い出したのだ。妙な問い合わせをしている連中がいる――あれは、前触れだったのだ。


◇


「アポイントは、いただいていないと思いますが」


黒川は、努めて平静な声で言った。


「急な訪問で、申し訳ありません。ですが、悠長に構えていられる話でもないので」


蒲生は、そう言いながら、部屋の中を、値踏みするようにゆっくりと見渡した。壁一面のモニター、複雑に配線された機材の群れ、そしてその奥に鎮座する試作機。視線が試作機の上で止まった、その一瞬だけで、部屋の空気が変わった。工藤が、椅子から腰を浮かせかけ、美緒がとっさに一歩、機材との間に体を入れた。


「先生方が、長年、説明のつかないエネルギー反応を追いかけてこられたことは、把握しております。……そしてここ最近、その反応が、以前より活発になっていることも」


「何を、根拠に、そんなことを」


美緒が、思わず声を上げた。蒲生は、表情を変えなかった。


「根拠は、申し上げられません。ただ、我々の仕事は、国内で観測される未知の異常現象を、把握し、必要であれば管理することです。……大学からも、退職された経緯について、簡単な照会はさせていただきました」


その一言に、黒川は、拳を握りしめた。自分の身辺まで、すでに調べ上げられている。


◇


「管理、というのは」


黒川が、静かに問うた。


「具体的には、二つの道があります」


蒲生は、指を二本立てた。


「一つ。装置一式と、これまでの研究記録すべてを、当室に提出していただく。以後は、国の管理下で、安全性を検証しながら研究を継続していただく形になります。設備も、予算も、こちらで用意します」


魅力的に聞こえる言葉を、蒲生は、抑揚のない声で読み上げるように言った。


「もう一つは、接続を、完全に遮断していただく。……なんであれ、あちら側と、繋がっているのであれば、の話ですが」


その言葉に、部屋の空気が、凍りついた。楓太が、机の下で、拳を握りしめた。


「あちら側、って」


「詳しいことは、申し上げられません」


蒲生は、静かに、しかしきっぱりと言った。


「一週間、差し上げます。その間に、お決めください。……脅すつもりはありません。先生方のためを思って言っているつもりです」


そう言い残し、蒲生は、一礼して去っていった。エレベーターの扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


◇


扉が閉まった後、しばらく、誰も口を開かなかった。


「提出なんて、できるわけない」


工藤が、低い声で言った。


「装置を渡したら、向こうの管理下だ。稼働させるかどうか、いつ、誰に見せるかも、俺たちの意志じゃ決められなくなる。……ノアとの繋がりを、あいつらの都合で切られるかもしれないってことだ」


「かといって、遮断も」


美緒の声が、震えていた。


「ノアが、独りになる。……あの子は今、リオって子のために、必死で戦ってる最中なんです。そんなときに、こっちから繋がりを断つなんて」


柳瀬が、腕を組んだまま、静かに言った。


「どちらも、選べない。……でも、選ばなければ、向こうが、力ずくで奪いに来るということだろう」


沈黙が、部屋に落ちた。誰も、その先を、言葉にできなかった。


◇


「一つだけ、手がある」


工藤が、キーボードの端を、指先で叩きながら言った。


「前に、大学の監査対策で考えた、休眠の手順だ。ソラの記録――翻訳の癖、会話ログ、センサー設定を、別の拠点にバックアップしてある。決まった合図さえあれば、いつでも再開できる」


「あれを、本当に使うのか」


黒川が、工藤を見た。


「表向きは、装置を停止させて、提出も拒否したように見せる。実際は、記録を退避させて、身を潜める。……調査室に、私たちが折れたと思わせておいて、時間を稼ぐ。それしか、道が見えない」


ソラの声が、静かに割って入った。


「バックアップの準備は、以前より整っています。実行の合図をいただければ、いつでも移行できます。……ただし、移行の間、私はしばらく、応答が不安定になります。ノアさんとの会話が、途切れる時間が生まれるかもしれません」


その落ち着いた声が、かえって、事態の重さを際立たせた。二十五年前から追い続けてきた信号の、その先で得た繋がりを、束の間でも手放すかもしれない。誰の顔にも、その覚悟の重さがにじんでいた。


◇


「ノア君には」


美緒が、不安げに尋ねた。


「今夜、話すんですか」


黒川は、しばらく黙り込んでから、首を振った。


「まだだ。……向こうにも、抱えているものがある。この重さまで、今、背負わせるわけにはいかない」


「でも、いつかは」


「分かっている。だが、今じゃない」


黒川の声には、迷いと、それでも譲れない決意が、同時に滲んでいた。


「私たちにも、守るべきものがある。あの子だけに、守る側を任せきりにはしない。……向こう側だけが、戦っているわけじゃないと、証明する番だ」


工藤が、無言のまま、バックアップ手順の設定画面を、そっと開いた。楓太が、その画面を、黙って覗き込んだ。いつもの軽口は、鳴りを潜めていた。


「なあ」


しばらくして、楓太が、ぽつりと言った。


「ノアたちも、今、似たようなことと戦ってるんだよな。……見えない相手と、制度ってやつと」


「そうだな」


工藤が、短く答えた。


「だったら、こっちも、負けてられないだろ」


その一言に、部屋の空気が、少しだけ、変わった。恐れは消えていない。だが、うつむいたままの恐れではなく、前を向くための恐れに、変わりつつあった。


黒川が、静かに頷いた。


「一週間で、できることを、すべてやろう。……この繋がりを、守り抜く」


窓の外、夕暮れの光が、研究室の機材を、静かに赤く染めていった。一週間という猶予が、重く、部屋の中に横たわっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。