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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第96話 箱がなくても

翌日の昼過ぎ、ノアは、様子を見るために、リオの家を訪ねた。箱は、宿に置いてきていた。少し顔を見せるだけのつもりだった。


戸を開けたリオの母親の顔色が、一目で分かるほど悪かった。


「リオが……朝から、様子がおかしいんです」


◇


奥の寝床に、リオが横たわっていた。顔は赤く火照り、額には玉のような汗が浮かんでいる。荒い息遣いの合間に、時折、体がびくりと痙攣するように震えた。


「リオ」


ノアが呼びかけると、リオは、うっすらと目を開けた。焦点の合わない目が、それでも、ノアの姿を捉えようとしていた。


「熱、いつからですか」


「今朝から。……昨日、あの人たちが来てから、ずっと様子が変で」


母親の声が、震えていた。


ノアは、リオの額に手を当てた。かなりの高熱だった。そして、その体の奥から伝わってくる、あの独特の熱――境の樹に近づいたときと同じ、共鳴の気配も、いつもより明らかに強くなっている。


祖母らしき老女が、部屋の隅で、震える手を組み合わせて祈っていた。この家に唯一残っていた年長者だった。


「また、悪いものに取り憑かれたんだ。……ああ、どうしたらいいんだろうねえ」


その言葉に、ノアは、静かに、しかしはっきりと首を振った。


「悪いものじゃありません。……不安と、恐怖のせいです」


◇


「不安や恐怖が、共鳴を強めることがあるって、聞いたことがあります」


ノアは、努めて、落ち着いた声で言った。


「昨日のことで、リオの中の何かが、揺さぶられたんだと思います」


「じゃあ、これは、あの祠のせいだって言うんですか」


父親が、掠れた声で尋ねた。悲痛な響きだった。


「祠のせいじゃない。……不安を、一人で抱え込んだせいです」


その言葉に、両親は、顔を見合わせた。


◇


箱は、ここにない。キョウジュにも、ソラにも、今すぐ相談することはできない。


一瞬、ノアの中に、不安がよぎった。だが、すぐに、その不安を押しのけた。


ヤナガセが、教えてくれたことがある。ハンナと積み重ねてきた、薬草の知識がある。それは、ちゃんと、自分の中にある。


「まず、熱を、少しずつ下げます」


ノアは、母親に指示を出した。


「濡らした布を、額と、首の後ろ、脇の下に。……あと、水を、少しずつでいいので、飲ませてあげてください」


「言われた通りに」


母親が、慌てて動き出した。


◇


ノアは、持ってきていた薬草袋を開いた。旅の道中、村や道端で見つけて摘んでおいた、解熱と鎮静に効く薬草が、いくつか入っていた。


「これを、煎じます。……火を、貸してもらえますか」


手を動かしながら、ノアは、リオの脈と呼吸を、注意深く確かめ続けた。柳瀬から教わった手順が、体に染みついたように、次々と蘇ってくる。危険な兆候を見逃さないための、確認の順番。落ち着かせるための、声のかけ方。


火にかけた鍋から、薬草の匂いが、静かに立ち上り始めた。母親が、震える手で薪をくべながら、時折、縋るような目でノアを見た。ノアは、そのたびに、小さく頷き返した。大丈夫、まだ、できることがある、と。


「大丈夫。……ゆっくり、息をして」


ノアは、リオの手を、そっと握った。


「僕が、ここにいる。独りじゃないから」


◇


煎じ薬を、少しずつ、リオの口に含ませる。熱で乾いた喉を、ゆっくりと潤していく。


時間が、長く、重く感じられた。だが、ノアは、焦らなかった。箱がなくても、自分にできることが、確かにあった。村で積み重ねてきた経験の一つ一つが、今、この手の中で、確かな力になっていた。


やがて、リオの呼吸が、少しずつ、落ち着いていった。痙攣するような震えも、治まっていく。


「……楽に、なってきた」


リオが、掠れた声で、そう呟いた。


◇


「ありがとう」


しばらくして、父親が、深く頭を下げた。


「あんたが、いてくれなかったら……俺たちだけじゃ、どうしていいか、分からなかった」


「僕も、まだ、勉強中です」


ノアは、正直に答えた。


「でも、教わったことを、ちゃんと、覚えてました」


母親が、涙を拭いながら、ノアの手を、両手で包み込んだ。


「あんたは、本物だね。……この子を、化け物扱いしなかった、初めての人だ」


その言葉に、ノアの胸が、じんと熱くなった。


部屋の隅で祈っていた祖母も、いつの間にか、ノアのそばに来ていた。


「わしは、長いこと、あの子を、腫れ物のように見てきちまった」


老女の声には、深い後悔が滲んでいた。


「あんたを見てて、分かったよ。……怖がるだけじゃ、何も守れやしないってことが」


◇


「これから、あの子を、どうすればいいと思う」


父親が、絞り出すように尋ねた。


「連れて行かれるのを、黙って待つしかないのか」


ノアは、しばらく、考えた。それから、まっすぐに、二人を見つめた。


「まだ、諦めたくないです。……リオのことを、一緒に守る方法を、考えさせてください」


両親は、顔を見合わせ、それから、静かに頷いた。信頼という名の、小さな橋が、ようやく、架かり始めていた。


窓の外、夕暮れの光が、静かに部屋を満たしていく。眠りに落ちたリオの寝顔は、初めて会った日よりも、ほんの少しだけ、安らかに見えた。


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