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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第93話 リオ

村に滞在して、三日が過ぎていた。


ノアたちは、腰を据えるというルカの方針どおり、焦らず村に馴染む努力を続けていた。ハンナが漁師の女房たちの傷や火傷を診て回り、ティナが子供たちに歌を教え、ルカが世間話がてら村の様子を探る。少しずつだが、村人たちの視線から刺々しさが薄れ始めていた。


「今日も、いい仕事したね」


宿へ戻る道すがら、ハンナが、疲れた様子ながらも、満足げに言った。傷の手当てをした老漁師から、魚を一匹分けてもらったのだと、大事そうに包みを抱えている。


「少しずつ、受け入れてもらえてる気がする」


「そうだね。……でも」


ハンナの声が、少し翳った。


「祠のことになると、みんな、同じ壁にぶつかる。あの子は、まだ、誰にも心を開かせてもらえてないんだろうね」


それでも、祠と、その近くに住むという子供のことになると、誰もが判で押したように口を閉ざした。


◇


その日の夕暮れ、ノアは、一人で崖への道を歩いていた。皆には、少し散歩をしてくると言い残しただけだった。


咎められることは、覚悟の上だった。それでも、居ても立ってもいられなかった。


崖の上に近づくにつれ、体の奥の熱が、はっきりと強まっていく。境の樹に近づいたときと、寸分違わぬ感覚だった。


「……いる」


確信が、胸を突いた。


◇


祠の裏手、岩陰になった場所に、小さな人影があった。


痩せた体、色の悪い肌、落ち窪んだ目。粗末な布切れを体に巻きつけただけの、十歳ほどの少年だった。目に、生気と呼べるものが、ほとんど見当たらない。


その姿に、ノアは、息を呑んだ。


日記の中の母の言葉が、頭の中で蘇る。誰にも打ち明けられず、独り、樹の下に座り込んでいたという、幼い頃のエレナ。そして、王都で出会った、独りを選び続けたヨナス。その二つの面影が、目の前の少年に、重なって見えた。


◇


「――!」


少年が、ノアの気配に気づき、びくりと体を震わせた。逃げようとしたのか、体を起こしかけて、力尽きたようにその場に崩れた。


「大丈夫、怖がらないで」


ノアは、両手を広げ、それ以上近づかずに、静かに言った。


「僕は、ノア。……お前を、傷つけに来たんじゃない」


少年は、警戒したまま、後ずさろうとした。だが、体力が、それを許さないようだった。荒い息を吐きながら、岩に背を押し付け、ただ、怯えた目で、ノアを見つめていた。


その目に浮かぶ感情を、ノアは、痛いほどよく知っていた。かつて自分も、見知らぬ誰かに、あんな目を向けたことがあったかもしれない。信じることに、疲れ果ててしまった目だった。


◇


「名前、聞いてもいい?」


しばらくの沈黙の後、ノアは、そっと尋ねた。


少年は、答えなかった。ただ、警戒を解かないまま、こちらを睨むように見ていた。その目の奥に、恐怖と同時に、ほんの微かに、何かを期待するような色が、一瞬だけよぎった気がした。


「僕も、お前と、同じなんだ」


ノアは、その場に、静かに膝をついた。距離は詰めない。ただ、目線の高さだけを合わせた。


「境の樹――こことは違う場所だけど、似たようなものに、近づくと熱を持つ。お前と、同じように」


少年の肩が、微かに動いた。


◇


「今日は、これだけ」


ノアは、持ってきていた干し薬草の包みを、少年の手が届く距離に、そっと置いた。


「無理に、話さなくていい。ただ、これを置いていくだけだから」


少年は、何も言わなかった。ただ、包みと、ノアの顔を、交互に見つめていた。


ノアは、それ以上長居せず、静かに立ち上がり、来た道を戻り始めた。何度か振り返ったが、少年は、その場から動かず、じっと、ノアの後ろ姿を見送っていた。


◇


宿へ戻る道すがら、ノアの胸には、抑えきれない感情が渦巻いていた。


母は、こんな姿で、独り、樹の下に座り込んでいたのだろうか。ヨナスも、かつては、あんな目をしていたのだろうか。


そして――もし、村に助けてくれる誰かがいなかったら。もし、ハンナが、ダグが、ティナが、いなかったら。自分もまた、あの少年と同じ姿になっていたかもしれない。


その想像が、ノアの胸を、強く締め付けた。同時に、これまで当たり前のように享受してきた温もりの一つ一つが、決して当たり前のものではなかったのだと、改めて思い知らされた。


その夜、境の樹越しの枠に、ノアは震える声で、今日見たものを伝えた。


「見つけた。……たぶん、その子だと思う」


「大丈夫か、お前」


キョウジュの声が、心配そうに響いた。


「うん。……でも、すごく、痩せてて。目に、力がなくて」


言葉にすればするほど、あの光景が、胸の中で、重さを増していくようだった。


「焦るな」


キョウジュの声が、静かに、しかし力強く言った。


「今日、会えたことが、まず大きな一歩だ。……ゆっくりでいい。お前のペースで、進めばいい」


「うん」


ノアは、頷いた。窓の外、崖の方角に目をやると、暗闇の中に、祠のある場所だけが、ほんの微かに、光を宿しているように見えた。


明日も、あの場所へ行こう。焦らず、少しずつ。


その決意を、ノアは、静かに、胸に刻んだ。


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