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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第91話 境を測る

研究室の壁一面に、波形のグラフが映し出されていた。深夜だというのに、誰一人、席を立とうとしない。


「もう一度、あの日のデータを、洗い直そう」


黒川が、画面を指しながら言った。聖具の間で境が一時的に大きく開いた、あの日の記録だった。何度も見返してきたはずのデータだったが、新たな視点を得た今、まったく違う景色に見えていた。


「共鳴の強度自体は、想定の範囲内だった。だが、ここ――拡大の瞬間だけ、明らかに異質な揺らぎが混ざっている」


工藤が、身を乗り出した。目の下には、隈ができている。


「異質な、揺らぎ?」


◇


「見てくれ」


黒川が、波形の一部を拡大した。滑らかな共鳴の曲線の中に、細かく、規則性の異なる波が、幾重にも重なっている。まるで、二つの違う楽器が、同時に鳴っているかのような形だった。


「ノア君一人の共鳴だけでは、説明のつかない成分だ」


「まさか」


美緒が、息を呑んだ。


「あのとき、別の……ってことですか」


「断定はできない。だが、無視できない一致がある」


ソラの声が、静かに割って入った。


「この波形の特徴は、私が継続的に検知している、あの別の共鳴反応と、部分的に重なります」


部屋の空気が、静かに張りつめた。


◇


「もし、これが正しいなら」


柳瀬が、腕を組みながら言った。


「境の反応は、一人の共鳴よりも、複数の共鳴が重なったときに、飛躍的に強まる可能性がある」


「つまり」


楓太が、目を輝かせた。


「ノアと、もう一人の子が、一緒に何かすれば……もっと、大きく境が開くかもしれない、ってことですか」


「まだ、何も確かなことは言えない」


美緒が、慎重に言葉を選びながら言った。


「でも、もしそうなら……ノアが、独りで抱え込まなくていい理由が、また一つ増えるってことですよね」


その言葉に、部屋の空気が、少しだけ和らいだ。


「あくまで、仮説の段階だ」


黒川が、釘を刺すように言った。


「だが、検証する価値はある。……ノア君たちが、その子に会えたなら、教えてもらいたいことが、いくつも出てくるだろう」


工藤が、キーボードを叩く手を止めずに、頷いた。


「理論上の話だけじゃない。もし本当にそうなら、境をもっと安全に、大きく開く道筋が見えてくるかもしれない」


「安全に、か」


柳瀬が、静かに呟いた。


「エレナさんは、独りで、無理に閉じようとして体を壊した。ヴェルナーは、独りで、無理に開こうとして自滅した。……もし、二人で分け合えるなら、そのどちらとも違う道が、あるのかもしれない」


その言葉に、誰もが、しばらく黙り込んだ。母が辿れなかった道の、その先に、もう一つの光明が見え始めている。そのことの重みを、全員が、静かに噛みしめていた。


◇


その夜遅く、黒川の携帯電話が鳴った。


「……もしもし」


「久しぶりだな、黒川。元気にしてるか」


電話の向こうから、聞き覚えのある声がした。大学院時代の同期、今は別の研究機関に籍を置く男だった。


「ああ、まあな。……どうした、急に」


「いや、大したことじゃないんだが」


男の声に、少し、含みがあった。


「うちの方に、妙な問い合わせが来てな。……異常な、説明のつかないエネルギー反応について調べてる人間はいないか、って」


黒川の手が、微かに強張った。


「それが?」


「その中で、お前の名前が出た。……昔の、あの『幽霊信号』の研究のことも、知ってる口ぶりだった」


「誰から、そんな話が」


「分からん。所属もはっきりしない、妙な連中だった。……お前、今、何かやばいことに首を突っ込んでないよな?」


冗談めかした問いに、黒川は、すぐには答えられなかった。


◇


電話を切った後、黒川は、しばらく、暗い画面を見つめたまま、動けなかった。


「教授、どうしました」


美緒が、心配そうに声をかけた。


「……何でもない」


そう答えながらも、黒川の胸の内には、拭いきれない不安が、静かに広がっていた。境の可能性が見え始めた、まさにその同じ夜に、外側からの視線もまた、少しずつ、近づいてきている。


工藤が、眉をひそめた。


「教授、何かあったんですか」


黒川は、一瞬迷ってから、電話の内容を、かいつまんで話した。聞き終えた工藤の顔から、血の気が引いた。


「それって……うちのことが、外に漏れ始めてるってことじゃ」


「決めつけるのは、まだ早い」


黒川は、努めて冷静に言った。だが、その声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。


「ソラ、念のため、記録の管理体制を、もう一度見直しておいてくれ」


「承知しました」


ソラの声は、いつも通り静かだったが、その静けさが、かえって、事態の重さを際立たせていた。


窓の外、都会の夜空には、星の代わりに、無数の光が瞬いていた。その光の一つ一つの向こうに、いつか繋がるかもしれない誰かと、いつか脅かされるかもしれない何かが、同時に息づいているのだと、黒川は、静かに思った。


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