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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第9話 工藤さんの道具


その朝の研究室は、いつもと少し空気が違った。




黒川教授が、椅子を持ってきて輪を作るよう全員に言った。実験の打ち合わせのときにやる形だ。モニターの前ではなく、テーブルを囲んで向き合う。




「今日は少し、話をしよう」




教授が静かに言った。




「ノア君との交流が始まって、もう一週間以上が経った。植物の交換も始まり、医療知識の共有もした。次のステップとして——向こうへ物を送ることを、もっと本格的に考えていい段階だと思っている」




「もう送ってますけど」




フウタが言った。




「植物図鑑と色鉛筆と、ノアが使ってる黒い棒と」




「そうだ。だからこそ、今のうちに整理しておきたい」




教授は眼鏡を外して、テーブルに置いた。




「何を送っていいか。何を送ってはいけないか。私たちなりの基準を、ちゃんと言葉にしておく必要がある」




誰も、すぐには口を開かなかった。


◇


「まず、前提から確認しましょう」




美緒が口火を切った。




「私たちが今やっていることは、異なる物理法則を持つ別世界との交流です。向こうには魔法があり、私たちの知らない生態系がある。私たちが送ったものが、向こうの世界に何をもたらすか——完全には予測できない」




「送らないのが一番安全、という話になるか?」




工藤が言った。




「それは違うと思う」




美緒は首を振った。




「ノアはすでに私たちからの知識で人を助けた。送ることが悪いんじゃなくて、何を送るかが問題だと思う」




「同意だ」




教授が頷いた。




「では、何を基準にする?」


フウタが手を挙げた。




「向こうの世界の秩序を壊すものはダメだと思います。たとえば、武器とか」




「当然だ」




工藤が即答した。




「金属加工品や火薬類は論外。それから——医薬品も、慎重にすべきだ」




「薬はダメなんですか?」




「完成品の薬剤をそのまま送るのは危険だ。成分が向こうの人間の体に合うかどうか、誰にもわからない。アレルギーや副作用のリスクを完全には排除できない」




「じゃあ、コラルの件みたいに『煮沸する』という知識を伝えるのは?」




「それは構わない。素材はあちらのもので、知識だけをこちらが提供する。向こうの世界のものを使って、向こうの人間が判断する。それなら許容範囲だ」




美緒はメモを取りながら頷いた。




「まとめると——知識の共有は基本的にOK。完成品の薬剤や武器はNG。どうしても物を送る場合は、向こうの生活の延長線上にあるもの、ということかな」




「あとは」




教授が付け加えた。




「向こうでの価値が、社会のバランスを崩すほど大きくなるものも避けたほうがいい。たとえば、大量生産されたものを大量に送るとか、希少な資源を一気に持ち込むとか」




「ノアが突然、村で一番の金持ちになるようなことはしないということですね」




楓太が言った。




「そういうことだ。ノアが自分の力で少しずつ変わっていけるよう、あくまでも補助するのが私たちの役割だ」


◇


「もう一つ、大事な話がある」




工藤が端末を開いた。




「衛生の問題だ」




全員が、工藤を見た。




「転送装置の転送窓には、センサーと滅菌機構が内蔵されている。通過する物体に対して、リアルタイムで検査を行う設計にしてある」




「どんな検査をするんですか?」




「病原菌、ウイルス、既知の毒物、有害化学物質——それらの有無をセンサーで確認する。検出された場合は転送が自動的に停止する。さらに、紫外線照射による滅菌処理を全ての転送物に対して行っている」




「今まで送ったものも?」




「全部だ。図鑑も黒い棒も植物サンプルも、転送窓を通った瞬間に処理されている」




美緒が少し安堵した表情をした。




「逆方向も? ノアから送られてくるものも?」




「もちろん。双方向で作動する。あちらの世界にも、私たちの知らない菌やウイルスがある可能性がある。向こうからサルベ草が届いたときも、窓を通過する段階で検査と滅菌が済んでいる」




「つまり——どちらの方向でも、有害なものを持ち込まない仕組みになっている」




「設計上はそうなっている。ただし、センサーが対応できるのは既知の物質に限る。未知の化合物や、あちらの世界固有の物質については保証できない部分がある」




「それは、ノアにも伝えたほうがいい」




教授が言った。




「あちらからこちらへ送るものについても、同じ考え方をお互いに持っておくべきだ。有害かもしれないものは送らない——それは双方が守るべき約束だ」


◇


「ノアに話すか」




美緒がカメラに向き直りながら言った。




「今日の議論の結論を」




「全部は難しいな」




工藤が腕を組んだ。




「翻訳の精度もある。ただ——物のやり取りに関するルールだけは、ちゃんと伝えておくべきだ」




「賛成です」




楓太が頷いた。




「ノアも知っておいたほうがいい。こっちが何を考えて送っているか」




「じゃあ——ノアが来たら、話しましょう」


◇


箱に触れると、いつもより早く光が走った気がした。




「おはよう、ノア、ティナさん」




「おはよう、ソラ」




「おはよ! ミオたちは?」




ティナが枠を覗き込んだ。




「います。今日は少し話したいことがあると言っています」




「なに?」




ミオが枠の前に現れた。隣にクドウが来て、フウタも顔を出した。奥に、目の周りに何かを付けた老人——教授——がいるのも見えた。




「ノア。ティナも。少し、大事な話をしたい」




ミオの声が、少しだけ改まっていた。




「なに?」




「物を送ること——について。こちらで、話し合った」




「……うん」




「いくつか、約束を、作りたい。ルール、ではなくて——お互いの、考えかた、として」




僕は姿勢を正した。


ミオが、静かに話し始めた。


ソラが翻訳しながら言葉を繋ぐ。


話の内容は、こうだった。


物を送るときは、お互いの世界の秩序を壊すものは送らない。武器や、持つ者が一気に強くなりすぎるものは送らない。こちらの判断を押しつけず、あくまでノアたちが自分で選べるよう、補助する形で送る。




そして——もう一つ。




「窓を通るとき、悪いものを取り除く仕組みがある。小さな、目に見えない生きものや、毒になるものを感知して、止める」




「止める?」




「悪いものを持ち込まない、ということが大事だ。こちらからそちらへ。そちらからこちらへ。どちらも同じ」




「……それは、そっちが決めることじゃないの?」




ミオが、少し目を細めた。




「どういう意味?」




「仕組みがあるなら、こっちが気にしなくても、仕組みが止めてくれるんじゃないの」




「仕組みは、知らないものには対応できない。あちらの世界にしかないものに、この窓が気づかない場合もある。だから——お互いが意識することが大事」




僕は少し考えた。


目に見えない生き物が人を病気にする、という話をソラに聞いたばかりだった。水の中にいる、僕には想像もできなかったもの。




「わかった」




「ノアからこちらへ送るときも、おかしいと思ったら言ってほしい。私たちも、そうする」




「うん」




ティナが隣でうんうんと頷いていた。




「ルールって感じじゃないね」




ティナが僕に小声で言った。




「約束みたいな感じ」




「そう。なんか、それのほうがいい気がする」


◇


話が一段落したころ、クドウが立ち上がった。


枠の外で何かを取ってくる気配がして、戻ってきたとき、小さなものをいくつか手に持っていた。




「工藤さんが送りたいものがあるって」




楓太が説明した。




「今日の話を踏まえて——これなら問題ないって」




「なに、送ってくれるの?」




工藤が一つ目を転送窓に近づけた。


隙間から、最初に出てきたのは——小さくて平たい、銀色の道具だった。


片側が薄く、鋭くなっている。




「刃物だ」




思わず声が出た。




金属なのに、村の鍛冶が作るものより、ずっと薄くて均一だ。柄の部分は滑らかで、手に馴染む形になっている。




「植物を採るとき、使える。茎を切るのに」




ミオが言った。




「根を傷つけないように——切るのが、難しいことがあるって、ノアが言ってたから」




「これで——根を残したまま、切れる?」




「たぶん。クドウが選んだ」




工藤が無言で頷いた。


僕は刃物を手に取って、近くの細い草茎に当ててみた。




するり、と。


抵抗なく、切れた。




「すごい」




思わず声が出た。


ティナが覗き込んできた。




「うわ、すごい切れ味」




「植物採取用だって。根を残せるように」




「ノアのために選んだんだね、クドウさんが」




枠の中でフウタが何かを言った。クドウが「うるさい」という顔をしている。でも——否定はしていなかった。


◇


次に出てきたのは、丸くて透明な、小さな道具だった。


一方が膨らんでいて、レンズのような形をしている。持ち手がついていて、葉に近づけると——




「わあ」




ティナが声をあげた。




葉の表面が、大きく見えた。


細かい毛。葉脈の枝分かれ。普段は目を近づけてもわからない、小さな構造が、はっきりと見えた。




「これで——もっと詳しく、見られる?」




「そうです」




ソラが答えた。




「植物の表面の細かい構造が確認できます。採取した植物の同定にも役立ちます」




「同定?」




「どの植物かを特定すること。葉の毛の向きや密度が、種によって異なる場合があります」




僕は透明な道具を葉の上で動かした。角度によって、見え方が変わる。


母さんが、よく言っていた。


「ノアは目がいい。細かいものをよく見る」


でも——この道具を使えば、もっと細かく見える。


今まで勘で判断していたものが、もっとはっきりわかるかもしれない。




「ありがとう、クドウ」




枠の中でクドウが、少し顎を引いた。


◇


最後に出てきたのは、小さな袋だった。


中を開けると、粒が入っていた。丸くて、茶色い。




「種だ」




「そうです」




ソラが言った。




「ミオさんが選びました。ノアの世界で育てられるかどうか、わからない。でも——試してみてほしいと」




「何の種?」




「こちらの世界では薬用として使われる植物の種です。いくつかの種類が混じっています。もし芽が出たら、育て方も教えます」




「育つかどうかわからないのに?」




「育つかどうかを知ることも、大事なことだから」




ミオが枠の中で、少し笑いながら言った。




「ノアが——失敗しても、おこらない」




「怒るわけない」




「育ったら——おしえて」




「うん」




僕は種の袋を、大切に籠の中へしまった。




三つの道具。刃物、透明な道具、種。


どれも小さい。どれも、重くない。


でも——どれも、僕のために選ばれたものだった。


◇


帰り道、ティナが透明な道具を借りて、道端の草を次々と覗き込んでいた。




「これ面白い! この葉、こんなに毛があったんだ!」




「返して」




「もうちょっとだけ。ねえ、この草なんて名前?」




「カゼリ草。解熱に使う」




「へえ。クドウさん、職人気質って感じだよね」




「そう?」




「だって、ノアが植物採取してるの知ってて、一番使えそうなものを選んでくれたじゃない。しかも黙って。説明もフウタさんに任せて」




僕は少し考えた。




「クドウさんは、口が悪い」




「でも、選んでくれたのはクドウさんでしょ」




「……そうだな」




ティナが透明な道具を返しながら、笑った。




「いい人たちだよ、みんな」




「うん」




「ノア、最初怖くなかった? あの箱」




「怖かった」




「でも逃げなかった」




「逃げたら——今日、なかった」




ティナがしばらく黙ってから、また笑った。




「そうだね。逃げなくてよかった」


僕も、そう思った。


逃げなくてよかった。




あの日、大樹の根元に近づいた自分を——今日初めて、素直に、褒めてやりたいと思った。


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