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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第8話 見えない宝


翌朝、一番に向かったのはエーラの家だった。




森よりも先に。箱よりも先に。


扉を叩くと、昨日より少し顔色のいいエーラが出てきた。




「ノア。ちょうどよかった」




「コラルは?」




「昨日の夜から、少し楽になったみたい。今朝は粥を食べられたよ」




僕は、息を吐いた。


自分でも気づかないうちに、ずっと息を詰めていたらしい。




「水は、続けて沸かしてる?」




「うん。言われた通りに。なんか、すっきりした味がする気がして」




「気のせいじゃないと思う。続けて」




「わかった。……ありがとね、ノア」




エーラが、静かな声で言った。


押しつけがましくない、さらりとした礼だった。それが、かえって胸に沁みた。


村の路地を歩きながら、昨日のティナの言葉を思い出した。


「ノアの知識でコラルちゃんが元気になったら、それが全部の答えだよ」


全部の答え、かどうかはまだわからない。でも——一つの答えは、出た気がした。


◇


「よかった!」




箱に触れてコラルの回復を伝えると、枠の中でフウタが声をあげた。




「煮沸、効いたんですね!」




「うん。粥、食べられたって」




「やった——!」




「フウタ、落ち着け」




クドウが制しながら、端末に何かを打ち込んでいる。でも、その横顔が珍しく、やわらかかった。




「ノア」




ミオが、こちらをまっすぐ見た。




「よかった。ほんとうに」




「ミオたちのおかげだ。目に見えないものの話、教えてくれなかったら、わからなかった」




「ノアが——うごいた。それが、いちばん大事」




そう言われると、返す言葉が見つからなかった。


隣でティナが、うんうんと大きく頷いている。


「ソラ」




しばらくして、クドウが口を開いた。




「目に見えない病原体の話、ノアにどこまで伝えられる?」




「基本的な概念なら。ただし、『菌』『ウイルス』といった語は対応する単語がノアの言語にないため、比喩的な説明になります」




「やってみてくれ」




ソラが、ゆっくりとした口調でノアに向けて話し始めた。


「ノア。水の中に、小さな——とても小さな——いきものがいます。目には見えない。でも、体の中に入ると、おなかをこわす。火で熱くすると、その小さないきものは死にます。だから、沸かした水は、きれいです」




「小さな、生きもの……」




「そうです。土の中にも、空気の中にも、いたるところにいます。ほとんどは害がない。でも、一部は体に悪い」




「魔法で見えたりは——しない?」




「私たちの世界では、特別な道具を使えば見えます。でも、道具がなくても——沸かすだけで十分です」




僕は少しの間、それを考えた。


見えないものが、人を病気にする。見えないものが、火で死ぬ。


魔法のない世界が持っている、まったく違う種類の「知ること」だった。


◇


その日の午後、僕はいつもより奥の森へ入った。




ミオに見せたい植物があった。


昨日、ふと目についた群生地がある。岩棚の下、日の当たらない湿った斜面に、見慣れない葉が広がっていた。灰緑色の、丸みを帯びた葉。茎の断面が三角形になっている。匂いを嗅ぐと、清涼感のある、鋭い香りがした。




「ティナ、これ見たことある?」




「ううん。なんか、いい匂いがするね」




「そう。でも、村ではほとんど生えてない。こんなに群生してるの、初めて見た」




「何に使えるの?」




「わからない。だから、ミオたちに聞いてみたい」


箱を取り出して、葉を一枚枠の前に近づけた。




「ミオ。これ、知ってる?」




ミオが枠の前に身を寄せた。しばらく、じっと見ている。それからクドウを呼んで、二人で何かを話し合った。フウタも覗き込んでくる。


少し待つと、ソラが口を開いた。




「ミオさんが言うには、これはこちらの世界の『ハッカ』に非常に近い植物の可能性があるとのことです」




「ハッカ?」




「はい。ノアの世界でどう呼ばれているかはわかりませんが——解熱、鎮痛、防虫など、様々な用途があります。特に、乾燥させて使うとより効果が高まります」




「乾燥させる?」




「葉を陰干しにして、水分を抜く。そうすると、長く保存もできます」




僕は葉をもう一度、手の中で確かめた。


清涼感のある香り。丸みのある形。群生地の広さ。




「どのくらい干せばいい?」




「三日から五日が目安です。直射日光は避けて、風通しのいい日陰で」




ティナが葉を一枚拾い上げて、くんくんと匂いを嗅いだ。




「これ、薬になるの?」




「なるかもしれない」




「なんか、すごくない? 今まで誰も気にしてなかった草が、実はすごいやつだったって」




「ミオたちの世界でも、同じものが——」




「あるんでしょ、きっと。そっちではちゃんと知られてて、こっちでは知られてない。なんか、面白いね」


◇


「ハッカに近い種か」




工藤が端末から顔を上げた。




「だとすれば、メントール系の成分を含んでいる可能性がある。解熱鎮痛だけじゃなく、抗菌作用も期待できる」




「向こうの世界では名前もついてないんですかね」




フウタが言った。




「ノアが知らないだけで、薬師とか詳しい人は知ってるかもしれない。ノアのおばあさんとか」




「可能性はある。ただ——」




工藤は少し間を置いた。




「あれだけの群生地が手つかずのままだとしたら、少なくともこの村では使われていない」




「もったいないですね」




「無知がもったいないとは言えない。知らなければ、使いようがない」




美緒が静かに言った。




「だからこそ、繋がることに意味がある」




工藤は何も言わなかった。でも、否定もしなかった。


◇


帰り際、ティナが群生地に戻って、葉をひとつかみ採ってきた。




「乾燥させてみよう。三日後に確かめる」




「どこに干すの?」




「家の裏、風通しいいから。お母さんには、森で見つけた薬草って言う。嘘じゃないし」




「それでいいのか?」




「いいよ。全部話せることと、話せないことがあるじゃない」




ティナは葉を布で包みながら、さらりと言った。


僕はそれを聞きながら、ハンナばあちゃんのことを考えた。


毎日森から帰るたびに、少しずつ、話せないことが増えている。箱のこと、ミオたちのこと、目に見えない生き物の話。全部、ばあちゃんには言えていない。


やましいことは何もない。でも——どう話せばいいか、わからない。




「ティナは、そういうの、気にならないの?」




「何が?」




「話せないこと。秘密、持つの」




ティナは少し考えてから、笑った。




「気にはなるよ。でも、守らなきゃいけない秘密と、ただ言えてない秘密は、違うと思う」




「どう違う?」




「守らなきゃいけない秘密は、誰かを守るためにある。言えてない秘密は——まだ言葉になってないだけ。そのうち言える日が来るよ」


そのうち、言える日が来る。


その言葉が、なんとなく、胸の中に落ちた。


◇


「ソラ、乾燥についてもう少し詳しく教えてほしい」




夜、ミオたちが離れてから、僕はソラに話しかけた。




「どういった点をお聞きになりたいですか?」




「乾燥させると、なぜ効果が高まるの?」




「植物の有効成分は、水分に薄められている場合があります。乾燥させることで成分が凝縮され、少量でも効果が出やすくなります。また、保存中に成分が変質しにくくなります」




「村の薬草も、乾燥させて使うものがある。でも、なんでそうするかは、あまり考えたことがなかった」




「経験として正しいことを知っていても、理由まで知ることは難しいですよね」




「ミオたちの世界では、理由から入るのか?」




「そうです。なぜそうなるのかを調べて、それをもとに使い方を考える。ノアの世界では、長い時間をかけた経験が積み上がっている。どちらにも、相手にはない強みがあります」




「……ソラ」




「はい」




「ミオたちがいなかったら、僕はこの草が何かも知らないまま、通り過ぎてた」




「そうかもしれません」




「でも——ミオたちも、この草がここに生えてることは、知らなかった」




「はい。ノアが見つけなければ、私たちには届かなかった」




僕は暗くなった森を眺めた。


どこかに、まだ名前も知らない草が生えている。誰にも気づかれないまま、静かに育っている草が。




「明日も、探しに行こう」




「おやすみなさい、ノア」




「おやすみ、ソラ」


箱を洞に戻して、立ち上がった。


足元の草が、夜風に揺れている。




見えないものが、世界を満たしている。目に見えない小さな生き物も、まだ名前のない植物の力も、言葉になっていない秘密も。


見えないからといって、ないわけじゃない。




そのことを——今日、僕はまた一つ、覚えた。


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