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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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85/102

第85話 ヴェルナーの結末

聖具の間に、駆けつけた兵たちの怒声と足音が満ちた。アルバンが、剣を鞘に収めたまま、静かに前へ進み出る。


「ヴェルナー様の暴走と、それを鎮めた顛末を、すべて話す」


その声に、迷いはなかった。


ガレンとルカが、崩れ落ちたヴェルナーを一瞥した後、疲れた様子で壁にもたれかかった。ノアとハンナは、駆けつけた神殿の医官に、あちこちを検められた。大きな怪我はない。ただ、深い疲労だけが、体の芯に残っていた。


ヴェルナーは、担架で運ばれていった。誰の目にも、それが只事ではないことは明らかだった。


「本当に、大丈夫なのかい」


ハンナが、医官の手当てを受けながら、ノアの顔を覗き込んだ。


「うん。……疲れただけ」


そう答えながらも、ノアの手は、まだ、微かに震えていた。腕輪の石は、赤みが薄れ、元の色へと戻りつつある。危機は、去った。それでも、体の奥に刻まれた緊張は、簡単には解けそうになかった。


医官が、ノアの脈を取りながら、感心したように呟いた。


「これほどの騒動の後にしては、驚くほど、安定しておる。……何か、特別な手当てでも受けていたのか」


「遠くの、知り合いに」


ノアは、それだけ答えた。詳しくは、説明のしようがなかった。医官は、怪訝そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


◇


それから数日、王都は、奇妙な静けさに包まれていた。


地鳴りと光は、街の人々の記憶に、消えない印象を残していた。表向きは「神殿の設備の不具合」とされたが、噂は、様々な形で市中を巡っていた。


その間、ノアとハンナは、領主メルヴィンの屋敷に留め置かれた。今度は、脅かされるためではなく、守られるためだった。


「教会内部で、審問が進んでいる」


アルバンが、屋敷を訪れて、そう告げた。憔悴した顔つきだったが、その目には、以前にはなかった、確かな芯のようなものが宿っていた。


「私の証言、記録保管室の搬出許可書、そして――何より、あの日、街の誰もが見た光と揺れ。もう、隠しようがない」


◇


「枢機卿の座を、退くことになった」


数日後、再び訪れたアルバンが、静かに告げた。


「表向きは、健康上の理由による勇退、とされる。だが、実質は、更迭だ。境界に関わるすべての職務から外され、辺境の修道院で、静かな生涯を送ることになる」


「それだけ、ですか」


ノアの問いに、アルバンは、少し複雑な表情を浮かべた。


「教会は、大きな混乱を、公にはしたくない。ヴェルナー様ご自身も、罪人として裁かれるより、静かに身を引く道を、自ら選ばれた。……それが、正しい終わり方かどうかは、私にも分からない」


「アルバンさんは、どう思うんですか」


「軽すぎる、とは思う」


アルバンは、正直に答えた。


「だが、これ以上を望めば、教会そのものへの不信が、際限なく広がる。……この国にとっても、境界に関わる者たちにとっても、静かな決着が、今は最善なのだろうと、自分に言い聞かせている」


ハンナが、腕を組んだまま、静かに口を挟んだ。


「あたしは、正直、それでいいのか、まだ迷ってるよ。あの人のせいで、ノアも、街の人たちも、危ない目に遭ったんだから」


「それは、私も同じ気持ちです」


アルバンは、深く頷いた。


「ですが、憎しみだけで裁いても、次に同じ過ちを繰り返さない保証には、なりません。……大切なのは、二度と、こういう事態が起きない仕組みを作ることだと、私は思っています」


ハンナは、しばらく黙っていたが、やがて、小さく息を吐いた。


「……あんたが、そこまで考えてるなら、あたしは、口を挟むまい」


◇


出発の前日、ノアは、アルバンに頼んで、一度だけ、ヴェルナーに会いに行った。


質素な一室に、かつての威厳を纏っていた男が、静かに座っていた。窓の外を見つめる横顔には、疲労の色が濃く滲んでいた。


「……会いに来るとはな」


ヴェルナーは、力なく笑った。


「恨み言でも、言いに来たか」


「いいえ」


ノアは、まっすぐに、その目を見た。


「聞きたかっただけです。……後悔してますか」


長い沈黙があった。


「後悔、か」


ヴェルナーは、窓の外に視線を戻した。


「境界の力を、正しく導く必要がある。その信念は、今も変わらない。……だが、やり方を、間違えた。それだけは、認めよう」


「僕は」


ノアは、静かに続けた。


「一人でやらなかったから、うまくいったんだと思います。あなたは、一人で、やろうとした」


ヴェルナーは、しばらく、何も言わなかった。やがて、微かに、頷いたように見えた。


「……その言葉、覚えておこう」


それ以上、多くは語られなかった。ノアは、一礼して、部屋を後にした。


◇


「私は」


屋敷の庭で、アルバンが、静かに切り出した。


「新設される『境界事務局』とやらの、責任者を任されることになった」


「境界事務局?」


「境の番人と呼ばれる者たちへの対応を、今後は、秘密裏の排除でも、独占的な管理でもなく、正しい知識と、支援を軸に行う。……そのための、新しい部署だ」


アルバンの声には、これまでにない、静かな誇りがあった。


「お前と、お前の母上のことがなければ、生まれなかった役職だ」


「アルバンさんなら、きっと、うまくやれます」


ノアの言葉に、アルバンは、少し照れくさそうに笑った。


◇


領主メルヴィンからも、正式な言葉があった。


「此度の働き、見事であった」


メルヴィンは、いつもの尊大さの中に、僅かながら、本物の敬意を滲ませていた。


「そなたを我が領の民と主張したこと、間違いではなかったと、証明してくれたな」


「ありがとう、ございます」


ノアは、深く頭を下げた。打算あってのことだとは、分かっている。それでも、この結果には、確かな価値があった。


◇


出発の朝、神殿の門前に、見送りの顔ぶれが揃った。


「王都に来るときは、また、声をかけろよ」


ガレンが、ぶっきらぼうに言った。


「メルヴィン様の使いで、俺も、たびたびこの街には来る」


「はい。……ガレンさん、本当に、ありがとうございました」


「礼はいい。……お前の顔、あの記録保管室で見た顔を、忘れられなかっただけだ」


ガレンは、そう言って、目を逸らした。


ルカが、軽く肩をすくめた。


「俺は、また、伝手を頼りに、あちこち回る。……だが、次にこの国のどこかで、お前の噂を聞いたら、必ず、会いに行くさ」


「待ってます」


ノアは、笑顔で答えた。


アルバンが、最後に、静かに歩み出た。


「境界事務局の仕事が軌道に乗ったら、一度、村を訪ねたいと思っている。……お前の暮らす場所を、この目で見ておきたい」


「いつでも、来てください」


ノアは、深く頭を下げた。この数ヶ月で出会った人たちの顔を、一人一人、目に焼き付けるように見つめた。敵だった者が、味方になった。見知らぬ他人が、かけがえのない誰かになった。その積み重ねの重さを、ノアは、今、確かに噛みしめていた。


◇


その夜、境の樹越しの枠に、キョウジュたちの顔が並んだ。


「明日から、村へ向かう」


ノアが告げると、枠の向こうから、歓声にも似た声が上がった。


「やっとだな」


キョウジュの声が、感慨深く響いた。


「長い旅だった。……本当に、よくやった」


「うん。みんなのおかげで」


ノアは、箱を、そっと抱きしめた。


すべてが、解決したわけではない。境界の正体も、その先にあるものも、まだ、知らないことばかりだ。


それでも、今は。


母が辿り着けなかった場所に、独りではなく、確かな仲間と共に立てたこと。それだけで、十分だった。


窓の外、王都の夜空に、星が瞬いていた。明日には、あの空の下を、村への道が始まる。


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