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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第84話 開いた境界

聖具の間に、静けさが戻っていた。


裂け目だった場所には、今、境の樹の根元で見るのと同じ、穏やかな光が、ゆっくりと明滅している。荒々しさは、もう、どこにもなかった。


「これが……」


アルバンが、言葉を失ったまま、その光を見つめていた。ガレンとルカも、荒い息を整えながら、同じ光に目を奪われている。


「本当に、これが、境ってやつか」


ルカが、掠れた声で呟いた。


◇


そのとき、光が、ふわりと、輪郭を広げた。


小さな箱の枠越しではない。まるで、部屋の壁の一部が、そのまま向こう側と繋がったかのように、光は、大人の背丈ほどの大きさにまで広がっていった。


その中に、人影が浮かび上がる。


「――え」


ノアの目が、大きく見開かれた。いつもの小さな枠越しではない。輪郭も、表情も、はっきりと見える。


「ノア!」


キョウジュの声が、光の向こうから、まっすぐに響いた。その隣に、ミオ、クドウ、フウタ、ヤナガセの姿もあった。誰もが、身を乗り出すようにして、こちらを見つめている。


◇


「見えて、ます」


ノアの声が、震えた。


「いつもより、ずっと、はっきり」


「こっちもだ」


キョウジュが、声を詰まらせながら答えた。


「境が、正しく共鳴したことで、繋がりそのものが、一時的に強まってるんだと思う。……ノア、無事で、本当によかった」


ミオが、両手で口元を覆っていた。その目から、涙がこぼれ落ちるのが、はっきりと見えた。


「顔、ちゃんと見えるの、初めてかもね。こんなに、大きく」


「私も、ここに」


ハンナが、ノアの隣に進み出た。光の向こうの人々を、まじまじと見つめる。


「あんたたちが、あの子を、ずっと支えてくれてたんだね」


「こちらこそ、ハンナさんに、ノアを預けてもらってます」


ヤナガセが、深く頭を下げた。


◇


アルバンとガレン、ルカも、光の前に歩み寄った。


「初めまして、と言うべきか」


アルバンが、静かに言った。


「話には聞いていたが……本当に、いたんだな。もう一つの世界に」


「あんたらが、ノアを守ってくれてる連中か」


ガレンが、腕を組んだまま、光を見つめた。その声には、皮肉の棘は、もうなかった。


「正直、最初は、こいつの知識の出所が、ずっと気に食わなかった。ずるをしてるみたいに思えてな」


「ガレンさん……」


「だが、今は違う」


ガレンは、光の向こうの面々を、まっすぐに見た。


「お前らが、独りで抱え込まずに、繋がって、支え合ってきたから、ノアは、ここに立ってられる。……ずるじゃない。それだけの積み重ねだったんだな」


「世話をかけてる。……こっちからも、礼を言わせてくれ」


ルカが、片手を挙げて笑った。


「あんたらの科学とやらが、王都を救ったわけだ。今度、詳しく聞かせてもらいたいね」


光の向こうで、クドウが、照れくさそうに頭をかいた。


「別に、大したことは。……ノアが、頑張っただけだ」


◇


キョウジュが、そっと、光の縁に手を伸ばした。


「触れられるか、試してみても?」


「うん」


ノアも、手を伸ばした。指先が、光の膜に触れる。ひやりとした感触の向こう、確かに、何かが押し返してくるような、柔らかな抵抗があった。


そのまま、そっと、押し進める。光が、わずかに歪み、二人の指先が、確かに、触れ合った。


「……あったかい」


キョウジュの声が、震えていた。


「そっちの世界も、あったかいんだな」


「うん」


ノアの目から、また、涙がこぼれた。二十五年越しの繋がりが、今、初めて、指先の熱として、確かな形を持った瞬間だった。


◇


「完全に渡れる、というわけじゃ、まだない」


ソラの声が、静かに割り込んだ。


「境は、まだ、人が通り抜けられるほどには開いていません。これは、あくまで一時的な、強い共鳴の余韻です」


「分かってる」


ノアは、指先を、名残惜しむように、そっと離した。


「でも、今日、分かったことがある。……ちゃんと向き合えば、いつか、もっと近づける。母さんが、辿り着けなかった場所より、もっと先に」


光が、少しずつ、元の小さな枠の大きさへと、収まっていく。それでも、そこに宿るあたたかさは、少しも変わっていなかった。


◇


遠く、扉の外から、慌ただしい足音と、複数の声が近づいてきた。


「事態を確認する! 中の様子を報告しろ!」


アルバンが、剣を鞘に収め、静かに前へ出た。


「私が、説明する。……ヴェルナー様の暴走と、それを鎮めた顛末を、すべて」


その声には、迷いがなかった。


「大丈夫か」


ガレンが、低く尋ねると、アルバンは、小さく頷いた。


「これからが、本当の意味での、正念場だ。だが――」


アルバンは、ノアの方を振り返った。


「もう、恐れることはない。私は、私が見た真実を、正直に話すだけだ」


◇


同じ頃、アルダの森では、ダグとティナが、境の樹の異変が、ゆっくりと収まっていくのを見つめていた。


「……止まった」


ダグが、安堵の息を吐いた。


「終わった、のかな」


ティナが、樹に向かって、そっと手を合わせた。


「ノア、無事だといいね」


樹の枝先が、静かに、いつもの穏やかな瞬きへと、戻っていった。遠く離れた場所にいる友の無事を、その光は、確かに伝えているように見えた。


「あたし、ノアが帰ってきたら、真っ先に、この場所に連れてくる」


ティナが、涙をぬぐいながら、笑った。


「みんなで、ここに立ってたって、伝えたいから」


ダグも、頷いた。二人は、しばらくの間、静かになった樹を見上げ続けた。


◇


聖具の間に、朝の光が、静かに差し込み始めていた。


すべてが解決したわけではない。ヴェルナーの処遇も、教会の今後の対応も、これから先の話だった。


それでも、ノアの胸には、確かな手応えが残っていた。


母が辿り着けなかった場所に、独りではなく、仲間と共に、立つことができた。触れ合った指先のあたたかさは、まだ、消えていない。


窓の外から差し込む光の中、ノアは、静かに、深く息を吸い込んだ。


隣で、ハンナが、そっと肩に手を置いた。何も言わずとも、その温もりだけで、十分だった。これから先に待つものが何であれ、もう、独りで立ち向かう必要はない。ノアは、そのことを、今、確かな実感として、胸に刻んでいた。


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