↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/102

第72話 柳瀬の記憶

その夜、研究室は、いつもより静かだった。


ノアから、境の樹越しに伝えられた話――記録保管室で見つかった、燃やされた記録。「境の番人」「架け橋の子」という古い呼び名。それらの報告を受けて、誰もが、しばらく言葉を失っていた。


「……焼かれた記録、か」


黒川が、腕を組んだまま、低く呟いた。


「誰かが、意図的に隠してる。それだけは、間違いなさそうですね」


美緒が、眉を寄せる。


工藤は、何も言わず、ただ画面のデータを睨んでいた。


「境の番人、架け橋の子――呼び方はどうあれ、ノアみたいな存在が、他にもいたってことだよな」


楓太が、腕を組んで唸った。


「なのに、記録ごと消されてる。誰かにとって、都合が悪いんだ」


◇


「境の番人、ね」


それまで黙っていた柳瀬が、ぽつりと口を開いた。その声には、どこか遠くを見るような響きがあった。


「その言葉……初めて聞いたはずなのに、なぜだか、引っかかる」


「柳瀬先生?」


美緒が、怪訝な顔をした。柳瀬は、しばらく目を閉じていたが、やがて、静かに語り始めた。


「黒川、覚えてるか。学生の頃、二人で夜な夜な、あの古い観測装置を弄っていたことを」


黒川の目が、大きく見開かれた。


「……まさか」


「思い出した。あの、正体不明の共鳴信号のことだ」


◇


「共鳴信号?」


工藤が、身を乗り出した。柳瀬は、頷きながら、続けた。


「もう、二十五年以上前の話だ。俺と黒川は、学生時代、別の研究室の装置を間借りして、宇宙線の観測実験をやっていた。……その最中、説明のつかない信号が、繰り返し検出された」


「どんな信号ですか」


「規則性はあるのに、既知の自然現象とも、機器の誤作動とも、どうしても一致しない波形だった。あの頃の私たちは、それを『幽霊信号』と呼んで、半ば冗談で追いかけていた」


「冗談で、片付けられる話だったんですか」


美緒が、身を乗り出して尋ねた。


「最初はな。だが、何度観測しても、同じ特徴を持つ波形が現れる。単なるノイズにしては、あまりに規則正しかった」


黒川が、後を引き取った。


「本気で解明しようとしたのは、私の方だった。あの信号の発生源を突き止めたい一心で、独自に転送理論の研究を始めた。……それが、今の試作機に繋がる、最初の一歩だった」


部屋の空気が、静まり返った。


◇


「つまり……」


美緒が、震える声で言った。


「試作機の研究そのものが、その信号を追いかけた結果、生まれたってことですか」


「そういうことに、なる」


黒川が、重々しく頷いた。


「あの頃、信号の発生源など、突き止められなかった。ただの自然現象か、機器の異常だと、結論づけざるを得なかった。……だが、今なら分かる」


「境の樹、ですか」


工藤の問いに、黒川は、答えなかった。だが、その沈黙が、何よりの答えだった。


「あの信号が、いつからのものだったか、正確には覚えていない。だが、少なくとも、二十五年以上前から――誰かが、何かに向かって、ずっと手を伸ばし続けていたということになる」


楓太が、震える声で呟いた。


「二十五年前って……ノアの、お母さんが」


その一言に、誰も、答えられなかった。


◇


「憶測で、決めつけるのは早い」


黒川が、静かに、しかしきっぱりと言った。


「だが――もし、そうだとしたら」


美緒が、後を続けた。


「私たちの研究は、最初から、ノアの家族と繋がってたことになる。箱が、あの森に現れたのも、偶然じゃなかった」


美緒は、自分の手のひらを、じっと見つめた。


「今まで、この研究を、自分たちの成果だと思ってた。でも、違ったのかもしれない。……呼ばれて、ここまで来ただけなのかも」


「悪い話じゃないだろう」


工藤が、ぶっきらぼうに言った。


「呼ばれた先に、ノアがいた。それだけで、十分意味がある」


美緒は、その言葉に、小さく頷いた。


ソラの声が、静かに、部屋に響いた。


「私のセンサーログにも、開発初期の記録が一部残っています。可能であれば、当時の波形データと、現在の境の樹の反応データを、照合してみます」


「頼む」


黒川が、短く答えた。


◇


その夜、境の樹越しの枠に、柳瀬が、今日分かったことを、慎重に伝えた。


「昔、俺と黒川が、説明のつかない信号を追いかけていた。それが、今の試作機に繋がってる。……その信号が、いつから、どこから来ていたのか。まだ、断定はできない」


枠の向こうで、ノアが、しばらく沈黙していた。


「もしかして、母さんが、その信号を出してたのかもしれないってこと?」


「まだ、分からない。だが……可能性は、ゼロじゃない」


ノアは、静かに息を吸った。


「母さんが、知らないうちに、そっちの世界にも、手を伸ばしてたのかもしれないんだ」


「そうかもしれないし、違うかもしれない。だが――」


柳瀬の声が、いつになく、優しくなった。


「もしそうだとしたら、お前とお母さんは、俺たちが思ってた以上に、ずっと前から、繋がってたことになる。この研究室と、お前の存在そのものが」


その言葉に、ノアの胸の奥が、熱くなった。


偶然じゃなかった。すべては、繋がっていた。


「僕が、あの森で箱を見つけたのも……ただの偶然じゃ、なかったんだね」


「かもしれない。まだ、断定はできないが」


柳瀬の声が、少し困ったように和らいだ。


「ただ、一つだけ、確かなことがある。お前が箱を見つけたのは、二十五年分の積み重ねの、その先だった。……そう考えると、少し、感慨深いな」


「うん」


まだ、答えの全部は見えていない。それでも、一つずつ、糸がほどけていくのを、ノアは、確かに感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。