↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/102

第70話 消えた記録

朝、記録保管室に向かう足取りは、少し前より軽かった。ガレンの一件のおかげか、それとも――ハンナから聞いた母の話のせいか。ノア自身にも、はっきりとは分からなかった。ただ、恐怖だけだった日々に、少しずつ、別の感情が混ざり始めている。それだけは、確かだった。


「今日も、頼むぞ」


アルバンが、いつもの調子で棚の前に立った。ハンナも、隅の椅子に腰を下ろす。ルカは、もう別の棚を漁り始めていた。


薄暗い部屋に、埃の匂いが満ちる。いつもと変わらない、静かな一日の始まりだった。


「昨日は、ゆっくり休めたか」


アルバンが、帳面を一冊手に取りながら、尋ねた。


「うん。……色々、考えることが多かったけど」


「無理はするな。急いても、記録は逃げない」


その言葉に、ノアは、小さく頷いた。


◇


「この分類、見てくれ」


昼を過ぎた頃、アルバンが、一冊の目録を指差した。年代・地域ごとに整理された記録の一覧表。その中に、見慣れない項目があった。


「『境の異能に関する記録――第七架』。これは、まだ見ていない棚だ」


三人は、顔を見合わせた。「境」という文字に、誰もが反応した。


「今まで、見落としてたのか」


「目録自体、この保管室の隅に埋もれてた代物だ。普段使う棚とは、番号の並びが違う。気づかなくても、無理はない」


アルバンは、そう言いながらも、自分を責めるような口調だった。


「行ってみよう」


第七架は、部屋のいちばん奥、他よりもさらに古びた一角にあった。棚の番号を頼りに探すと――


「……ない」


アルバンの声が、掠れた。目録に記された番号の場所に、あるはずの帳面がなかった。空いた隙間だけが、そこにあった。


「棚を間違えたか」


ルカが、周囲を確認する。だが、番号は合っていた。ただ、そこだけが、ぽっかりと空いていた。


◇


「妙だ」


アルバンが、その空白の周りを、指でなぞった。


「この棚の他の場所は、何十年も動かされた形跡がない。埃の積もり方が、均一だ。だが、ここだけ――」


「ここだけ、薄い」


ノアが、指差した。空いた隙間の縁だけ、埃が薄く、まるで最近何かがそこから引き抜かれたかのようだった。


「誰かが、持ち出した……?」


「あるいは、処分したか」


アルバンの声に、これまで聞いたことのない硬さがあった。


その時、ハンナが、棚の下の隙間を覗き込んだ。


「これ、何だい」


椅子から降りて、床に膝をつき、奥に手を伸ばす。指先に触れたのは、小さく丸まった、紙の切れ端だった。


◇


広げてみると、それは、焼け焦げた紙の一部だった。縁が黒く炭化し、判読できる文字はわずかしかなかった。


「――境の……番人……は……」


ルカが、声に出して読み上げた。それ以上は、燃え跡で読み取れなかった。


「番人?」


ノアが、聞き返す。


「分からない。だが、これは――」


アルバンが、その紙片を、震える手で持ち上げた。


「意図的に、燃やされている。誤って落としたようなものじゃない。焼き切って、処分した跡だ」


部屋に、重い沈黙が落ちた。


「誰が、こんなことを」


「それは……」


アルバンは、言葉を濁した。だが、その表情には、はっきりとした苦悩が浮かんでいた。神殿の記録保管室は、彼にとって、疑うことのない場所だったはずだ。それが、内側から食い荒らされていた。


「私の知る限り、この保管室に立ち入れるのは、限られた者だけだ。……上の許しがなければ、こんな真似はできない」


その一言の重さに、ノアの胸が、冷たくなった。


「アルバンさんも、疑われるかもしれない?」


「私は、構わない。だが――」


アルバンは、一度、言葉を切った。


「神殿という場所が、都合の悪いものを、平気で焼き捨てる場所だったのだと知って、私自身、どう受け止めていいのか、分からずにいる」


その横顔には、村の御堂で見せたのと同じ、深い迷いの色があった。


◇


「見つからないなら、他を当たるしかないな」


沈黙を破ったのは、ルカだった。


「え?」


「正式な記録が消されてるなら、正式じゃないところを探せばいい」


ルカは、ニヤリと笑った。だが、その目は真剣だった。


「俺が学舎にいた頃、世話になった人がいる。……今は、神殿から離れてるがな。昔のことを、色々知ってる人だ」


「その人、会えるの?」


「多分な。街の外れに住んでるはずだ。明日、行ってみよう」


アルバンが、しばらく考え込んでから、頷いた。


「……表立っては、動けない。だが、個人的に、力になれることがあるなら」


「アルバンさんは、来なくていい」


ルカが、遮った。


「あんたの立場じゃ、まずいだろう。俺とハンナさんとノアで、こっそり行ってくる」


アルバンは、複雑な表情を浮かべたが、やがて頷いた。


「……分かった。だが、何かあれば、必ず知らせてくれ」


◇


その夜、境の樹越しの枠に、ノアは今日の出来事を伝えた。


「記録が、燃やされてた」


キョウジュの声が、しばらく黙り込んだ。


「意図的に、か」


「うん。アルバンさんが、上の許しがないとできないって」


ミオの声が、心配そうに響いた。


「大丈夫? 危ないこと、してない?」


「大丈夫。……ただ、誰かが、僕みたいな人のことを、知られたくないみたいだ」


その言葉に、枠の向こうが、また沈黙した。


「調べるのを、やめた方がいいと思う?」


ノアが尋ねると、今度はソラが答えた。


「いいえ。隠されたものほど、本当は、大切なものであることが多いです」


その一言に、ノアの胸に、静かな決意が灯った。


誰かが消そうとしたものを、自分は、諦めずに探す。


「明日、その人のところへ、行ってくる」


「気をつけてな」


キョウジュの声が、少し硬かった。


「うん。……ハンナとルカさんが一緒だから」


「何かあれば、すぐに知らせろ。俺たちにできることは少ないが、それでも」


「分かってる。ありがとう」


通話を終えても、ノアは、しばらく箱を抱えたまま、動けなかった。明日、ルカの知る人のもとへ向かう。答えは、まだ遠い。だが、隠された道の先に、確かに何かがあるのだと、ノアは、信じ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。